前代未聞の異能力者~自ら望んだ女体化だけど、もう無理!~(改正版)

砂風

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第一章/葉月瑠衣

Episode07/ー(3/5).朱殷を纏う少女ー

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(二.)
 休日の真っ昼間。家から少し離れた距離にあるやや広めの公園。
 ここならいじめっ子たちに見られることもないだろう位置にある公園を、瑠衣はわざわざありすを呼ぶ場所に指定した。

 少しずつ過激になり始めたいじめの主犯に見つかったら、あとでなにを言われるのかわかったものではない。
 そう考えてのことであった。

 瑠衣とありすは、向かい合うようにして立っていた。
 疎らに人はいるが、べつにやましいことはしているわけではないため特に問題にはならない。

 太陽の陽射しが少し強く、きょうに限っては長袖だと汗を掻く。
 そんななか、ありすはゴム製のナイフを瑠衣へと投げ渡す。

「じゃあ、まずは実際に体感してみて。それから教える内容を決めるから」

 ありすがナイフを構えるのを見て、瑠衣も焦りながらナイフを握る。

「……? ありす、訊いてもいい? どうして、あのときと、持ち方、違うの?」

 ありすは最初に会ったときのような逆手の握り方ではなく、順手ーー普通の握り方をしていた。
 瑠衣はあの持ち方のほうが格好いいと思い純粋に質問したのだ。

 そんな瑠衣のほうは、あの日のありすを真似て逆手にナイフを握っていた。
 
「瑠衣がいきなり真似したら悪影響だからと思ったんだけど、わー、気遣い無意味だったー」
「ごめん。でも、ありすがしてたし」

「自衛目的だよね?」ありすは説明をはじめた。「逆手は突き重視。要するに殺すための握り方ってことなんだよねー。瑠衣は相手を殺すわけじゃないよね? だったら基本は順手持ちのほうがいいよ。しゃあない。ぱぱっと握り方それぞれの特徴を教えるから、なるべくわたしのナイフが当たらないように避けつつ、好きなタイミングで攻撃してきていいよ。さあ、カモン」

「え、あ、うん、わかった」

 二人とも右手にナイフを構えた。
 瑠衣は逆手にナイフを握ったままありすに駆け寄る。

「まず、順手で刃(エッジ)が相手向きかつ柄に親指を乗せる」ありすはナイフを軽く振り瑠衣を牽制する。「リーチが長くて、斬り突き両方しやすいから、じわじわ相手を切りつけていくのに向いている」

 瑠衣は近寄ろうとするが、振られたゴム製のナイフの刃に当たりそうになり、なかなかありすに近寄ることができない。

「ちなみ柄をすべての指で握るのがハンマーグリップ。こっちのほうがすっぽ抜けにくい」ありすはナイフで牽制するように再び振るう。「ただし、手首の稼働範囲がちょい落ちちゃう。でーー」ありすは気のせいかと思う程度、眼孔を鋭くさせた。「今からする握り方は、すべて相手を殺すとき用の構え方」

 瑠衣は逆手の構えでは相手よりリーチが短く当てられないことに苛立ちを覚える。
 ありすはそれを気にせず、ナイフの刃を自分側真上に向けると、腰辺りにナイフを構えた。
 そのまま真下から切り上げたら自分のナイフの刃がもろに自分に当たりそうに思える危険な構え方である。

「順手で刃が上向きは完全突き特化」ナイフで突いてくる瑠衣の手を避け左手で瑠衣の右腕を内側へと払いお腹に軽くナイフを当てる。「お腹にナイフを突き刺した勢いで背刃が下へと押されるから、テコの原理で刃が上がり腸を切り裂く。お腹に骨はないからね。つまり、一撃必殺特化型の構え。よくヤクザ映画とかで出てくるでしょ?」

 とはいえ、と。
 ありすはドスとナイフは違うと補足した。

「もう、順手にする」

 瑠衣には逆手の握り方ではリーチの差から一向に近づけないと悟り、最初に教わった持ち方ーー通常どおりの順手の握り方ーーに持ち直した。

 しかし、ありすは逆に、ナイフを器用に回して逆手に構えた。
 瑠衣は不思議に思いながらも、そのリーチの差を生かすつもりで腕を伸ばす。

「次は、逆手持ちの刃は腕の外向き」ありすは腰を左に曲げ、左手を瑠衣の右腕に当てて制する。「突きに特化した握り方。リーチが短くて稼働範囲も狭い代わりに、力がかかりやすくなる。だから致死性が高いし、殺し合いになるなら結構、基本的な持ち方なんだ」

 瑠衣のナイフを間合いを見計らい、ありすはナイフを突き下ろし、素早く肩にゴム製ナイフの刃先を肩に突き立てる動作を見せた。
 直後、すぐに瑠衣の肩を押し無理やり退かせて間合いを空けさせた。

「柄底に親指を当てて力を受けてより威力を上げる握り方なんかもあったりするよ。まあ、これに関しては使い手の好みだね」

 瑠衣はナイフを振りかぶる。
 ありすはナイフの刃を自分に向くように逆手のまま持ち直すと、瑠衣がナイフを降り下ろすまえに前へと踏み込み、瑠衣の右腕へ自身の左前腕を当てて瑠衣の攻撃を防ぎ止めた。

「逆手持ちの刃も腕(じぶん)向きは、突き特化の威力最重用視変則型」

 瑠衣の右腕の外側にありすは意図も容易く左手を差し出し、瑠衣の切り裂く行為を巧く躱し、瑠衣の右腕を内側に曲げる。
 可動域の範囲のため、外圧から容易に腕を曲げられやすいのだ。
 同時にナイフを持つ右手を接近。

 すぐさまありすは右手首を曲げて瑠衣の腕にナイフの刃が引っ掛かった形になる。
 自分側に刃が向いている状態の逆手だからこそ、瑠衣の腕に刃が向く形になっている。そして切り落とすように手首に引っ掛かった刃を回わし引く。

「特殊な位置からの攻撃に使えて、威力は斬りも突きも一番強力。でも稼働範囲は極小。使える場面は限られてるね」

 ありすは言いながら、間を置かずに左手で瑠衣のナイフを持つ手をいなし、右手に握るナイフを襟首へと回し当てていた。ありすは自分へと引っ張るように力を入れる。

 すると、瑠衣は反射的に倒れないように力を入れる。
 しかしありすはすぐにナイフで喉を突いてみせた。

 瑠衣がナイフを振ろうとするのを、ありすは身体を超接近させて動作を抑える。
 ナイフを振ろうにもこの密着距離では上手く振れない。おまけにありすは身体で瑠衣の動作を抑えているため、順手の瑠衣の可動域では尚更ナイフが振りづらい。

 そのままありすは瑠衣の左肩へと回したナイフを引きながら、左手で頭を強く押し込み、さらに足を絡めて地面に倒した。

「いぎっ!」

 地面に頭がぶつかるのを防ぐため、ありすは胸元を素早く掴み、支えながら地面に着けた。
 刃の向きを変えて倒れた瑠衣を押さえつけ、仕上げとばかりに突いていく。

 心臓に突き、腋に突き入れ、肘を斬り、腹部に突き立て、手首をスライスして、最後に股の内側から足の付け根に強く刃を当てて外へ外へとスライドさせるよう切り払う動作を見せたのち、ようやくありすの攻撃は止まった。

 瑠衣は半泣きで衣服をはたきながら立ち上がる。

「ゴム製でも、痛い……」
「ごめん。でも、リバースグリップは自衛には向かないってわかったよね? 突きが強力で、致死性が高くて、稼働範囲は狭くて、慣れが必要で、自ら相手に寄る必要がある。うん。やっぱり日本じゃ自衛に使うには向いてないって」
「うん……でも、ありす、凄い。ナイフ、当たらなかった」

 この実践中、瑠衣はありすに一度もナイフを当てられた試しがなかった。

「そりゃ、一回失敗しただけで人生も一緒に強制退職な仕事だからであって、素人の瑠衣に切られるくらいならとっくに死んでるよ。とりあえず、瑠衣にはこんな素晴らしい異能力があるんだから、わざわざ逆手にしなくても大丈夫だよ」
 
 ありすはスカートの下からソッと、本物のナイフーー刃渡り15cmほどはあるナイフを取り出した。
 瑠衣の力を試すために、新たに異能力を使ってもらったありすの物である。

「こうもサクサク刺さるようになると、逆に危険かもしれないけどねー。まっ、瑠衣には対暴漢を想定して教えていくから。逃げられるのなら逃げるのが先決で、逃げられないようであれば仕方なく戦う。これを基本にしなよ?」 
「う、うん、わかった。頑張る」


 ーーその日からしばらくのあいだ、瑠衣はありすから戦い方を学びはじめることになった。


 ある日は、腰を低くして砂を拾い、相手の目に投げて切りかかる練習。

 石を投げて対象に命中させようとしたり、ナイフの隠し場所から素早く取り出しながら攻撃する方法。
 相手の肩などからだの動作を見て次に相手の取る行動の推測。臨機応変に行動する構え。
 武器持ちが相手の場合の対処法などを少しずつ学んでいく。

 本格的にナイフを振れるようになるため、ボールペンを握りながら、上下左右斜め奥と振り、どこからでも相手を切れるよう自室で練習を繰り返した事もある。

 代わりに、瑠衣はありすに言われた刃物を強化した。
 なにか鋭くしたい刃物があったらなんでも強化するーーと瑠衣自ら提案するほど、瑠衣はありすに依存していた。

 そう、ありすと訓練したり会話したりする時間が、生きていくなかで唯一の楽しみになっているほど……。
 初めての趣味ーーありすとの関係を継続するための趣味。

 見かけの上では友達同士に見える関係になっており、瑠衣にとっては充実した毎日だった。


 ーーその明るくも楽しかった日々は、唐突に終わりを告げた。


 何の前触れもなく、ありすに連絡ができなくなり、会えなくなってしまった。
 明るい日々は、暗い日々へと落下していくだけ……。
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