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第一章

問い合わせ2

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 外に撮影に行く機会を何となく失った俺は、再びパソコンの前に移動する。
「島の撮影スポットの検索でもするかな……」
 ブラウザを立ち上げようとした時、メールの受信を知らせるポップアップが現れた。
 はやる気持ちを抑え、クリックする。それは、写真館のウェブサイトの問い合わせフォームへの受信だった。撮影依頼フォームではないのが残念だったが、誰かが増井出張写真館に興味を持ってくれたということだ。素直にありがたい。
 メッセージはただ一言だった。
『遺影の撮影は可能でしょうか』
 遺影の撮影。生前に遺影を撮っておくことはよくある話だ。元気なうちに撮影しておくことで、生前遺影と呼ばれることもある。特に珍しいことではない。
 だが俺は、依頼フォームからではないことに若干の引っかかりを覚えた。もしかしたら、依頼者もどこかしらもやもやとしたものを抱えているのではないかと。
 俺は返信のメールを作成することにした。
『お問い合わせありがとうございます。当写真館ではご遺影の撮影も承っております。つきましては、一度お打ち合わせをさせていただきたく思います』
 かしこまったメールにどうも慣れない。たった三文を十分ほどかけて書いた。
 もしかしたら間をおかずに返信が来るかもしれない。そう思った俺は、いったん自宅に昼ご飯を取りに行くことにした。
 昼ご飯はたいてい夫婦別々に摂る。俺は日によって食べる時間がまちまちだし、香織さんはクリニックでスタッフと食べるからだ。ごくたまにタイミングが合う時は自宅で一緒に食べることもあるが、たいていは別々。
 昼に食べるものは、移住してから始めた個人宅配で買った菓子パンのストックだ。俺はストックの中からジャムパンと焼きそばパンを選び、冷蔵庫からペットボトルのカフェオレを取り出した。
 メールのやり取りだけならスマホでもできるので、ダイニングテーブルで食べてもいい。だが移住してきた時に夫婦で決めたことがあった。それは、仕事を自宅に持ち込まないことだ。
 身体の不自由さを理由にここに留まろうか。一瞬そんな考えがよぎるが、ふるふると頭を左右に振った。俺は身体が不自由なことを何かの言い訳にしたくない。それに生活の場と仕事の場はやはり区別するべきだ。
 また面倒な車椅子の乗り換えを経て、俺は写真館に戻る。
 結局、メールのやり取りは時々時間をおいたりしながら夕方近くまで続いた。依頼主は三好みよし美香みかさんという女性で、明後日この島で最大のS市で打ち合わせをすることになった。詳しい内容はやはり会ってからでということで、その時に聞かせていただくことになった。
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