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第二章

ハッピートレイン1

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 あらかじめピントは合わせてある。俺はカメラを構えたまま、被写体である電車が通るたびにシャッターを切る。
 車椅子の俺と鉄道写真は案外相性がいいのかもしれない。俺が動く必要がないからだ。写真事務所所属のカメラマンだった頃から風景写真は撮り続けていたが、鉄道には興味がなかった俺だ。今初めてその魅力に気がついている。
 隣でスマホを見ていたゲンキくんが、げんなりとした様子でつぶやいた。
「今回もまた違いましたね……」
「そうだな。今日は走っていないのかな」
 いつも元気なゲンキくんにしては、疲れた様子だ。それもそのはず、ゲンキくんは鉄道写真を撮る俺につき合って、かれこれ一時間もここにいるのだから。一時間もただぼうっとスマホを見ていれば、さすがに元気なゲンキくんといえども疲れるだろう。それも長距離移動のあとともなればなおさらだ。
 初めて本格的に撮る鉄道写真に充実感を抱き始めた俺だってそうだ。疲れている。だが、これも出張写真館の仕事の一環。……ただし非公式で個人的な依頼だが。
「さすがに、一時間も粘ってるんだから、もういいんじゃないですか?」
「けどなぁ……」
 カメラマンにとっては待つことも仕事のうち。だが、そもそも確実に運行するのかわからないものを待つのはさすがに苦行だ。
 あきらめるのも仕事のうち、ではないかもしれないが、心身ともに限界が来ていた。もっとも運行が不確定なのは依頼主も承知の上だ。
「撤収するか」
 構えていたカメラを下ろそうとした時、これまでとは明らかに異なる車両が視界に飛び込んできた。
 ゲンキくんも慌ててスマホを向ける。動画を撮るためだ。
「真也さん、あれですよね」
「うん。あれだな」
 前方から近づいてくる車両。車体の色はこれまで見てきたものと同じくシルバーに青とピンクのラインが入ったおなじみのものだが、前面すなわち電車の「顔」の部分だけが黄色に塗装されている。そして前の車両と後ろの車両の間には柵のついた荷台のような車両が連結されている。これこそが「できたら」という条件つきで、今回撮影を依頼されていたものだ。
 俺たちは今、島から遠く離れた東京にいる。そして、京王電鉄京王線の明大前駅からほど近い撮影スポットで撮り鉄をしている。
 京王電鉄版のドクターイエローともいうべきデヤ902形。乗客を乗せての運行はしない事業用車両だ。主に線路の維持管理といった役割を担う。
 何度か続けてシャッターを切る。少し離れたところから望遠レンズで狙っているので、圧縮効果によって迫力のある写真になるだろう。
 電車が通り過ぎていき、俺は構えていたカメラを下ろした。
「うまく撮れました?」
「まぁ、うまく撮れた方じゃないかな」
 ゲンキくんに問われて、俺はさっき撮ったばかりの写真を液晶画面に表示させた。するとゲンキくんがのぞき込んでくる。
「おぉっ。何かプロっぽい写真」
「俺、一応プロだから」
 相変わらず運営している写真館には閑古鳥が居座っているが、俺はプロのカメラマンだ。
「そうでした。これなら智彦ともひこさんも満足してくれますね」
「そうだな」
 今回の依頼主である竜崎りゅうざき智彦さん。彼は香織さんの実弟だ。
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