上 下
1 / 1

悪役令嬢と言う名の呪い

しおりを挟む

 そう、私は、この日この時を心から待ち侘びていた。


 それは、私に『 婚約者 』となる方がお見えになられる日なのですから。


 いつしかのナイトクルーズで偶然その場に居合わせた、
第2皇子のダグラス様が一目惚れをされたと聞いていた。
それから、とんとん拍子に話が進み二度顔を合わせる事もなく婚約となった。


 此の方、恋愛運のまったく無い、私には、
この縁談はまさに狐につままれる思いだった。

 
 この胸の高鳴りは久しくもあり、
そして、このトキメキは貴方がお見えになられる予定の時間に近付く程、
大きくなっていった。


「 あっ! 」

 今し方、馬の蹄の音が聞こえてきた。
一台の馬車が屋敷の前に停車したようだった。


 自室の窓際から見える青い空で心落ち着かせていた私の耳に、
慌ただしくメイドの足音が近付いて来るのが分かった。
そして、部屋の扉をメイドが3度軽くノックをする。


「 お嬢様、ダグラス皇子がお見えになられました 」

「 はい! 今ゆきます! 」


 本日は素敵な場所へ連れて行ってくださると聞いていた私は、
浮かれながら、緩やかな螺旋階段の前で立ち止まり貴方のお顔を拝見する。

そんな迎え出た私を見るなり、
貴方は突如表情を変え、そして、声を張り上げて言い放った。


「 違う! お前ではない! 」


 生まれて此の方、この屋敷では聞いた事のない怒鳴り声が、
空気を介して、私の肌に直接響いて伝わる。


 ダグラス皇子を出迎えたお父様にお母様、執事にメイドさん達が一斉に息を呑む。


〈 そんな、ちがう? 私じゃない? 〉


 でも今、はっきりとお父様やお母様、みんなの前で貴方はそう言った。


「 そうよね… 」


 分かっていたわ。そう、分かっていたの。
それは、妹のエレナは私より背が高いし、仕草も艶やかで大人の女性らしい。


 そう、貴方は当然、彼女と間違えた。


 魅力的なあの子に緊張して、焦ってもいたのかしらね、
あの時、貴方は私の隣に居た、妹のエレナの方が良かったのね。


「 帰れ! 皇子とて、人の娘を取り違えるなど、こんな愚か者は二度と顔を見せるな!」


 今度は初めて聞くお父様の怒鳴り声が、エントランスに響き渡った。


 怒った事が無いお父様の罵倒、そして、いつも笑顔を絶やさないお母様が泣いていた。


〈 ごめんなさい、全て私のせいね… 〉


 浮かれ過ぎてたようね。今度こそ、この私を愛してくださる方だと思ってましたのに…。


 いつしか、私は恋愛運が全く無い事に、薄々気が付いていた。


 男の人は皆んな口を揃えてこう言う、

妹のエレナは可愛いし、性格が良いと。

姉である私は可愛く無いし、性格が悪いとね。


 当然、私は何もしてはいない。それは何か呪いなのかも分からない。
どれだけ良い子でいたとしても、全てあの子に持って行かれてしまった。


 初恋のあの人も、次に好きになった人も、そして、次もそのまた次の人も…。


 ある時、私は気付いてしまったの。

『 悪役令嬢 』と言う存在を。

そして、全てを理解したわ、エレナは誰にでも愛される

『 ヒロイン 』だと言う事も。


 だから、今回の縁談は私に掛けられた『 悪役令嬢 』の呪いが解けたのだと思ったの。余計と私は浮かれてしまった。


———でも、違った。


 何故、姉妹でそうなるのよ。私達は仲の良い姉妹なのに、私はちゃんとあの子のいいお姉さんでいるのにね…。

 でも、『 ヒロイン 』は愛され、『 悪役令嬢 』は忌み嫌われる。
そういう仕組みだから仕方がない。


『 悪役令嬢 』は、どうせフラれてお終いなのだから、
始めから誰も好きにならなければいいだけの事。
今回の縁談で呪いは消えないという事もわかった。


 だったら、私は可愛い妹を愛する事にする。
前世の私にはいなかった、初めて出来た可愛い妹だもの。


 私はあの子の幸せだけを切に願う。


 当の本人はそんな私に気を遣っているのか、
彼氏を作ろうとぜずに、告白する男の人のお誘いを全て断ってしまっていた。


『 悪役令嬢 』の私に変な気を遣わなくてもいいのにね。


 そんな、エレナは螺旋階段を駆け上がり、私にべったりと引っ付き、ぎゅっと私の腕にしがみついて甘えん坊になっていた。


 私はそんな、いつも慕ってくれる妹と一緒に、
先日読んでいた書籍の続きが読みたくなり、自室の奥にある書斎の部屋へと歩き出した。


 私はエントランスで立ち尽くす、第2皇子ダグラス様に毅然と言い放つ。


「 では、御機嫌よう 」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...