政略結婚のはずが恋して拗れて離縁を申し出る話

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3.侯爵閣下


 閣下にお会いすることなく、あっという間に三ヶ月が過ぎ、けれど婚姻の準備は滞りなく進められた。兄さんたちは父の『口出し無用』の一言で騒ぐことはなくなった。さすが父上。
 そして婚姻式の準備があるため僕は王都にある侯爵家のタウンハウスへ居を移した。それでもまだ閣下とお会いできていない。

 そのような中でも閣下のことを信じることができたのは手紙のやりとりがあり、お人柄に触れる機会があったからだ。
 婚約者であるのに未だお姿すら拝見していない。それでも届いた手紙の文面でも、タウンハウスで生活していく上でも、家令を通じて細やかに手配してくれたのだ。

『こちらが届いておりましたよ』

 例えば部屋に飾られた花。
 甘い菓子。
 本や栞。
 閣下が、僕のことを思う時間が存在している。それがわかってなんともいえないくすぐったい気持ちになった。
 日常から知れたこともある。邸の皆が主を支え、尊敬し、仕えていると伝わったからだ。慕われている当主、それが彼自身を表していた。

 手紙に『これからはアルノルトと呼んでほしい』とあって、初めて「アルノルト様」とペンを走らせたときは照れてしまった。まさか自分にこんな一面があるとは思わず、両手で顔を覆った。会えないからこそ、恋のような気持ちが育っていた。
 アルノルト様は僕が思っていた以上に忙しいご様子だ。現在、領地で対応しなくてはならないことがおありだそうで、ようやくタウンハウスでの対面が叶ったのは、僕が移り住んで一ヶ月後のことだった。



「これでいいかな?」

「ええ、大変お美しゅうございます」

「……緊張してきた」

 僕に与えられた部屋で身支度を整えてもらう。何かあるわけじゃない。けれど、特別な日だ。アルノルト様が領地から戻られるとの知らせがあった。
 髪も衣装も気になる。普段、こんなに気にしたことはなかったのに、鏡の前で何度も確かめた。

(アルノルト様……)

 居間に移動してからも落ち着かず、淹れてもらった茶の味がよくわからない。お会いしたことがないから不安なのか、それとも期待なのか。こんな風にぐちゃぐちゃな感情は初めてだ。

 すると『アルノルト様がお着きです』とノックの後にドアが開いた。肌がピキッと引きつり緊張が高まる。
 立ち上がりそのときを待っていると姿を現した美丈夫に、僕はポカンと惚けることになった。

 姿絵詐欺。

 長身で優雅な所作に金髪碧眼。一度見たら忘れるはずがない。それくらいアルノルト様は素敵な方だった。兄たちもそれぞれ個性があって整った顔立ちをしているが、また違った存在感を放っていたのだ。

 僕の前でアルノルト様が立ち止まった。挨拶を忘れていることに気づかず、ただじっと見つめる僕にクスッと笑いながら『フィリベルト、触れてもいいかい?』と問われる。頷いてから、そこでようやく現実に引き戻された。

「おかえりなさいませ。フィリベルト・ローゼンハイムにございます」

「おや、俺の婚約者殿は真面目だね」

 婚約者……ではあるが何しろ初めてお会いする。礼をして名乗りはしたが、アルノルト様ご本人を前にどうするべきなのかわからない。あまりにも眩くて、本当に自分で合っているのだろうかと躊躇いが生じた。
 すると僕の左手をアルノルト様が取った。手の甲ではなく、薬指に唇を寄せられる。挨拶……ではないな? え、え、えー。

「俺を受け入れてくれてありがとう」

「……っ、あの」

「こうしてやっと会えたんだ、名前を呼んでくれる? フィリー」

 僕の左手はそのまま引かれ、ぽすりとアルノルト様の腕の中に倒れ込んだ。頭ひとつ分は身長差があるだろうか。白檀のような甘さを含んだ香りに優しく抱きしめられながら、家族ではない……いや、これからは伴侶となる方に耳元で愛称を呼ばれた。容貌だけでなく声までもが艷やかで耳に心地よい。意識した途端じわじわ顔が熱くなって、彼の求めに応じるまで少し時間が必要だった。

「アルノルト様……お会いしたかったです」


感想 2

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