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5.真実は残酷でした
穏やかな時間はあっという間に過ぎ、気づけば婚姻から一ヶ月が経っていた。アルノルト様は執務で留守にすることもあるが、変わらずに僕を抱きしめて眠る。
はしたなく自分から誘っては呆れられるかもしれないと躊躇い、言葉の代わりにじっと視線を向けてみる。しかしそれでは通じないのか僕に魅力が足りないのか、額や頬へのキスはあれどもまだ抱かれたことはない。
一度だけ恥ずかしい思いをして『抱かないのか』と尋ねたことはあるが、無理をしなくていいと気遣われてしまった。初夜に震えてしまったばかりにそれ以上せがむわけにもいかず、そのまま僕たちの白い関係は続いた。
そんなある日。懇意にしている侯爵家から夜会に招待されたそうで、僕も出席してほしいとアルノルト様から話があった。気楽なものだから挨拶をするだけ、と。
穏やかながらも、ものごとは簡潔に告げるアルノルト様にしてはどこかすっきりしない言い方に、何かあるのかもしれないと僕は気持ちを引き締めた。
クラインシュミットとして出席する以上、僕に無作法があればアルノルト様の名に関わる。そのため僕は出席者のお名前やお取り扱いなさっている商品、ご興味あるもの等を把握すべく、資料へ目を通すことにした。ここのところ少し寝不足になっていたのはそのためだ。
夜会当日。肩よりもだいぶ下まで伸びた髪は、片側を編み込んで蒼玉の髪飾りが着けてある。アルノルト様の瞳の色だ。そして選んでくださったシルバーグレーの衣装に身を包み、アルノルト様のエスコートで夜会へ向かった。もちろんアルノルト様もたいへん素敵です。
二人並んで会場へ入る。そういえば婚姻を結んでから人前へ立つ機会がなかった。お前は誰だと思われているのかもしれない。あちらこちらから視線が集まっていることに気付く。アルノルト様が精悍で素敵だからという理由もあるだろう。僕だって見惚れたもの。御髪の金色には太陽の輝きが似合う。でも夜の気配もまたしっとりと雰囲気が変わり素敵だ。
僕もアルノルト様の伴侶として恥ずかしくないよう努力はしてきたが、どのように見られているかはわからない。マナーはしっかり学んできたものの、夜会自体が初めてなのだ。それでも精一杯、相応しくあるよう務めるつもりだ。
(よしっ)
僕は俯くことなく前を向き、微笑むことを心掛けた。印象は大切。特に初めてお会いする方々ばかり。
アルノルト様と共に、ご招待いただいた侯爵閣下へご挨拶へ向かう。
「ようこそ、楽しんでいくといい。アルノルトには早く連れて来いと何度も伝えたが、なかなか頷いてはくれなくてね。こういう場でも設けなければ、会わせてくれないようだ」
「お招きにあずかり、ありがとうございます」
「お初にお目にかかります。フィリベルトにございます」
アルノルト様に続いて、僕もご挨拶を申し上げた。柔和で優しそうな侯爵閣下だ。アルノルト様から世話になっていると伺っているが、その割に閣下への態度が素っ気ない。
僕が礼の姿勢を正すと、アルノルト様からさり気なく腰を抱かれた。え、今ここでそんなにくっつきます?
「余計な事、言わないでくださいね。こうして連れてきましたからもういいでしょう?」
「はははっ そんなに露骨な態度を取らずとも。久しぶりだというのに相変わらずだな」
「お力添えには感謝していますが、それとこれは別です」
ほどほどで帰らせてもらいますからね、と挨拶を切り上げてしまった。早い。しかもちょっと不貞腐れたようなお顔がいつもと違い、青年らしさが可愛いと思えてしまう。
アルノルト様の態度を閣下は寛容に許されており、親しい間柄のようだ。その様子は友人にも親子のようにも見えた。閣下とアルノルト様の言い方は気になったが、詳細を伺うわけにもいかず、腰を抱かれたまま会場内をするする移動していった。
あまり僕を関わらせたくないのか、アルノルト様とお話されたいご様子の方がチラチラ見ていらっしゃるのに立ち止まろうとはしない。僕でもわかる視線だ。アルノルト様だって気づいているはず。
(本当にこの場から僕を連れ出そうとしている……?)
まさかと思いながら動きに合わせていると、さすがに挨拶のみで辞去するようなことはなく、その後、アルノルト様に伴って数人の方にもご挨拶を申し上げた。
そのときには事前に覚えていた情報が役立ち、話題に困らずに済んだ。ちゃんと把握しておいてよかったー。
しばらくしてアルノルト様は僕を人が少ない壁際へ移動させた。直前まで歓談していた伯爵閣下の夫人もいらっしゃる。
サッと給仕係からグラスを受け取り、僕と夫人へ渡してくれた。喉が乾いていたこともあってありがたい。ずっと気を張っていたから息をつきたいとも思っていた。
「フィリー、話をしてくるから待っていてくれるかい。夫人と一緒にいて?」
「はい。ここでお待ちしておりますね」
「夫人、フィリベルトをお願いします」
「ええ、ごゆっくり。フィリベルト様をお借りするわね ふふっ」
込み入った話があるようで、アルノルト様が僕の髪にひとつキスをし、『すぐ戻る』と離れていった。夫人が気遣ってくださったのに、ゆっくりはしてこないらしい。僕が無作法をしないか心配なのかもしれない。気にせずどうぞお話してきてください。
僕と夫人は手にグラスを持っている。しかもわざわざ壁に寄って。密な歓談をしているように見えれば、わざわざ声をかけられることはないだろう。
もし近寄られたとして、雑談などは多少交わせるだろうが、僕の情報はにわか仕込み。どこで綻びが出るかわからない。できることなら話したくはなかった。
気のせいでなければ、アルノルト様がご挨拶申し上げた方々は隣国と関わりが深い貴族家ではないだろうか……? ローゼンハイムともお取引があったような……うーん?
「フィリベルト様、お聞きしていたとおり、本当にお美しい方だわ」
「私、ですか」
「ええ。アルノルト様が紫水晶を愛でていらっしゃる、と。大切なあまり隠されてしまうんですもの。こうしてお話することができて嬉しいわ」
夫人のお話が自分には関係ないことのように思え、何のことだかわからず、一瞬ポカンとしてしまう。
(紫水晶とは……僕のこと?)
瞳の色が紫だから、そう言われているのかな?
「私も夫人とお会いできて光栄です」
大仰な表し方がくすぐったい。だとしても、アルノルト様は僕のことを隠しているわけではない。ましてや誰にも会わせないというのも誤解だろう。実際はご多忙だから僕を伴って外出する時間がない。ただそれだけだ。
「ふふっ アルノルト様、諦めたのではと思いましたけど、」
僕がこれまでの経緯を思い出していると、夫人が意味ありげにおっしゃった。そしてチラッと目線を送った先、あちらでも歓談なさっている方々がおられる。僕もそちらへ目をやった。
そこにいらっしゃる人物を目にして、思わず驚きで固まった。
(……同じ……似ている?)
僕とよく似た銀髪の令息。同じくらいの体躯、雰囲気も近い。と思う。ここから瞳の色まで確かめることはできないが、僕と近い色味のようにも見えた。
にわかで社交界の知識を身につけた僕と違い、この場にそぐわしい方だと思った。歓談の輪にいることが自然で、けれど目を引くというのだろうか。華美というわけではないのに見てしまう。所作も洗練されていた。
「探し続けて見つけたのね」
「っ……あの、方は?」
「公爵家のご令息と婚姻を結ばれたマルティス様よ。アルノルト様とはとても仲がよろしくて、婚姻を結ばれたときには寂しく思われたのじゃないかしら?」
婚姻なさって……銀髪の……
夫人の話を聞いて、僕は納得できてしまった。アルノルト様がわざわざ僕を探していた理由が。銀髪で紫水晶の瞳、探していたのは、そういう意味で――
どこで会ったのかわからない侯爵家からの打診。もっと慎重になるべきだった。わかっていた。何か理由があることはわかってはいたけれど、僕のことが必要なんだとばかり勘違いして。
違った。そんなことなかったんだ。
やはり政略結婚には気持ちなんて必要ない。求められたものを差し出すから見返りがある。そういうことなんだ。
アルノルト様が欲しかったのは僕じゃない。彼なのだ。もう手には入らないマルティス様の代わりに、僕は乞われた。そしてローゼンハイムには侯爵家との繋がりができた。
急に理解できた真実に、僕はいい表しようのない感情に胸が締め付けられた。おかしいな。衝撃でぐらぐらする。政略結婚ってわかっていたじゃないか。
「フィリベルト様? お加減でも?」
「待たせてごめん……どうかしたのかい? フィリー、顔色が悪い」
そこにアルノルト様が話を終えて戻られた。こういうときこそ平静でいなければならないというのに、心配されてしまった。僕の相手をしてくださった夫人にも申し訳ない。
アルノルト様にふさわしくあれと思っているのに、心を揺らしてどうする。きっとマルティス様なら何があろうと毅然とした振る舞いをなさるだろう。微塵も気振りなど見せないはずだ。
僕では代わりになれない格の違いを突きつけられ、打ちのめされる。代わりの僕は本物になれない。
「少し寝不足で……休めば大丈夫です」
絞り出してそう伝えはしたものの、アルノルト様に支えられながら辞去の断りを入れ、僕たちは邸へ戻ることになった。
馬車の中ではアルノルト様に肩を抱かれ、体温がわかるほど近くにいるというのに、僕たちの距離はあまりにも遠いもので、切なくなった。
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