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7.アルノルト様
顕になった僕の肌へアルノルト様は唇を落としていく。どうして、なぜ……驚きと力による征服に、肌がゾワリと粟立った。怖い、と思った。
けれど荒々しく扱われているのに、唇の触れ方はそっと壊れ物を確かめているようで――
こんなことは望んでいない。僕たちの関係は不毛でしかなく、互いに何も得られないのだ。マルティス様ではない僕を組み敷いたところで、アルノルト様が満たされることはないだろう。
(僕を求めてほしいのに……)
アルノルト様に僕の声は届かない。気持ちも届くことはない。これからもずっと……そう考えると涙が溢れた。
唇を噛み締めて耐える僕に気付いたアルノルト様は、ハッと我に返った。僕を暴こうとしていた手が止まる。掴まれていた両手は放され、アルノルト様はのそりっと身を起こし床へ降り立った。
苛立ちから自身の髪をかきあげ僕を見た。
「すまない……こんなことをしたいわけじゃないんだ。くそっ、」
アルノルト様は釦が飛んでいる僕の上衣を合わせて肌を隠し、腕と背中を支えて寝台の上へ座らせた。そして眦から溢れた涙の跡を指の腹で拭られる。いつもの優しい仕草。
僕の『離縁』という言葉に激昂したようだが、今はもう感情任せの滾った目をしていない。
僕はほっと長く息を吐いてから、まるで叱られた子どものように肩を落としているアルノルト様へ向き直った。
「おわかりだと思いますが、僕を抱いたとしてもマルティス様の代わりでしかありません。ですから、離縁を……」
「待ってくれ。さっきから何を言っているんだ? 代わりであるはずがないだろう」
落ち着いて話し始めた僕の言葉は、語気を強めたアルノルト様に遮られた。眉間にシワを寄せ、怒っているわけではないだろうが、困惑とも違う。訝しんでいた。
いやいや。僕はちゃんとわかっている。いまさら本心を隠す必要も、取り繕うこともしなくていい。
「ですが、僕の銀髪ならば似ていますし、瞳だって、」
そこまで口にすると、アルノルト様は僕の肩に両手を置いて、それ以上言うなという意味で力が込められる。
「一体誰に何を吹き込まれた? だから夜会など連れて行きたくなかったんだ……何も話さなかった俺も悪いが、フィリーを望んだ気持ちに嘘偽りはないぞ」
「まだ隠そうとなさるのですね」
「だからそういうことは一切ない。あー……面倒だっ」
苛立ちを隠すことなくアルノルト様は僕をぎゅうっと抱きしめた。まるで逃さないために拘束しているかのようだ。
「もう少しかかるが、こんなことになるなら話しておくべきだった。」
「アルノルト様?」
「フィリー、俺を信じて。話を聞いてくれないか?」
懇願するように言うから、僕は小さく頷いて耳を傾けることにした。それから静かに言葉を紡ぎ、アルノルト様はご自身について僕に聞かせた。
聞いたことのない侯爵位だったのは隣国から来ているためであること。
探している人物がこの国にいるとわかり、アルノルト様が現在置かれている状況や様々な理由から特別な許可を得て滞在していること。
ようやく探していた人物に会うことが叶い、実際話してみれば美しく優しい人柄とよく笑う愛らしさ。アルノルト様はその方を愛していると――聞きたくないその言葉を言われてしまった。
「それは、……よかったですね?」
「何故そうなる。フィリベルトのことだが」
「えっ?」
その言葉に今度は僕が驚く番だ。
アルノルト様とは婚姻式の前日に初めてお会いしたはず。この長身に金髪碧眼、精悍な顔。お見かけしたことがあるなら、記憶に残っているはずだ。まったく覚えていないことはあるまい。
そしてアルノルト様がおっしゃるには『美しく優しく愛らしい』人物が、僕だと……?
いやいやいやいや。どこをどうすれば僕になる? だって僕だ。この僕だ。多少整っているかもしれないが、美しいと言われたことなどない。しかも。自分でわかっていることだが、楽天的な性格をしていると思う。性格は直らない。愛らしいなんてほど遠い。
楽しいこと、面白いことがあれば当然笑うことはあるだろう。それは誰でもそうではなくて?
「僕ではないです」
きっぱり断言するとアルノルト様に上向かされ、『少し黙っててもらおうか』と、額に口づけられた。まるで子どものような扱いだ。嗜められてしまった。しかたがないので僕は口を噤むことにする。
「二年ほど前に自国で身なりを変えて城下街へ行ったことがある。そこにフィリーがいた。おそらく平民の子供が転んだのだろうが……その子に対して優しく声をかけていたんだ。貴族の中には平民を虫けらのように見る者もいるから。もちろん立場をわきまえなければならないことも承知しているが、それでもフィリーの優しさに救われた気がしたんだ」
するっとアルノルト様が僕の頬を撫でた。思い出しながら話しているようで、今の僕と重ねているのかもしれない。間違いなく僕だと伝えている。
確かに数年前、父と兄に連れられ隣国を訪れたことがある。商会の取引に関わることで、僕も同行した。実際この目で取り扱う商品の原材料を見てみないか、と。ついでに観光をしたときに、街中へ行っている。 子供のことは記憶にないが、そのときのことかもしれない。
「俺の心はそのときフィリーに奪われた」
ふっとアルノルト様がやわらかい笑みを浮かべた。『そのときの笑顔も愛らしかった』と。
「身なりからして貴族だろうと安易に考え、声をかけることもなかった。すぐに掴めると思ってね。しかし自国にあなたらしき人物は見つからず」
僕の髪を一房すくい、唇を寄せられる。探していたものはこれだと主張するように。
「銀の髪を頼りにこちらの国まで探す手をひろげたとき、マルティスの名前が挙がった。もちろん別人だとすぐにわかりはしたがな。マルティスと対面する機会があって、無遠慮にしつこく事情を尋ねてくるもので。協力するとアイツが言ってね。それからの友人だ」
マルティス様は友人であると、アルノルト様から直接お聞きすることができて、ほっとした。
「ようやくフィリーへ辿り着いたが、会わせてほしいと申し入れてもローゼンハイム伯に難色を示された。それはそうだろう、隣国の人間がいきなり婚姻の打診をしてきて自国へ連れて行くと言うのだから。かわいい末っ子の前途を心配なさるのは当然だ」
「父上と事前にお話をなさって? え、隣国……とは……」
話しながらアルノルト様は僕の髪や額、頬へと口付けていった。伝わっていなかった気持ちを届けようとしているのか、幾度も繰り返す。
何もかもが急なことで慌ただしく過ぎた日々。すべてがこのひと月ほどの出来事である。そう、僕にとってはたったひと月。アルノルト様のことを僕はまだ何も知らない。
「だから俺の立場を盤石なものにしてから連れて行くと約束した」
「アルノルト様……?」
ここまで話を聞いても点と点が繋がらない。理解できた部分とそうではない、まだ知らされていないアルノルト様の話がある。
きっと、僕が思ってもいないことなのだろう。それでも僕は全てを知り、受け止めたい。
「騙すようなことをしてすまない。父は隣国の王弟、俺は三男だが継承権は放棄している。……腹立たしいことに、俺を担ごうとする不穏な動きがあってね。ようやく片付くところなんだ」
まさか、そのような立場の方であるとは思っておらず、どう言葉を返せばいいのかわからない。驚きはしたがだからといってアルノルト様に対する気持ちが変わるわけもなく。
「フィリー……フィリベルト」
僕の反応にアルノルト様の声が揺れる。不安と、憂慮と、期待。
瞳を覗かれ僕に問う。
『どうか、一緒に来てほしい』と、切なげに乞われた。
僕は立ち上がりアルノルト様の腕の中へ自ら近づいた。背中へ手を伸ばし、そっと力を込める。同じようにアルノルト様からも抱きしめられ、空洞だった心が満ちていく。
顔を上げて碧眼を見つめた。アルノルト様が求める言葉を僕は口にした。
「僕はあなたの伴侶としてずっとお側にいてもいいのですか?」
「フィリベルト以外、誰もいらない」
とろりと熱を含んだ瞳で僕を捕えた。時間も距離も関係なく、アルノルト様は僕という存在を探して見つけ出した。けれどその熱量は僕だって同じだ。
この人だけでいい。
「僕も……アルノルト様をお慕いしております」
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