ソロモン校長の七十二柱学校

ヴェノジス・デ×3

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第一章 黒獄の天秤

七話 二人で三脚、仲間は共に

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 二限目の体育は、体育館に、一年のA組からH組の生徒まで多く集められた。今やここは悪魔が密集している。いつ何時襲われても対処できるように、先に第四部『アルス・アルマデル・サロモニス』を詠唱し、闇の塊をポケットに忍び込ませた。勿論レメゲトンも持っていき、体操服の背に隠している。

「お前らア、席順に座れイ。」



体育の先生である胸板の大きい肉体系の男フルフルが、八クラス四十名の生徒の群衆の移動を指示している。俺は前の悪魔に続いて歩き、H組は体育館の左下の隅に配置し、そこに二列になって座った。俺は二列の最後尾に座った。各クラスも同様にフルフルの指示に従い、二列になって座る。全クラスが体育館の床に着席すると、いかにも熱血系のような雰囲気を醸し出す厚い肉体をするフルフルが堂々とした態度で口を開いた。

「よおしこれで全員集まったなあア。」



うちのクラスや他所のクラスに多少の欠席はあるにせよ、ほぼ全員がこの体育館に集まった。これで俺の危険度は大きく増し、もはや逃げ場のない場所になっている。

 体育は暴力の使い方を教える。早いが話、暴力で相手を殴り蹴り合う授業だ。俺は人間独りで他は悪魔の場合、俺が真っ先に暴力の対象にされる。勿論俺も暴力で応えて悪魔を返り討ちにしてやったが、負けるときもある。今回は全クラスが集っている。数の暴力だ。圧倒的な集団リンチされれば流石に死んでしまう。だから俺は気を張り詰めている。だが今回は体育祭についてのことで一年の全クラスを集めた。暴力の使い方は教えないと思う。

「では体育祭の説明をするウ!体育祭は六月六日に行われるウ!朝から夕方までとにかく運動だア。」



やはり体育祭の説明で全クラスが集められたか。それにフルカスが二限目は各自競技の練習だと言った。まずは説明をしてから練習という流れだろうか。

 しかし六月六日と言うワードを聞くたびにウァサゴとの約束を思い出す。黒獄の天秤だ。黒獄の天秤は最終イベントらしく、競技の中で最後と言われているのだから熱狂的に盛り上がる競技なのだろうな。

「休憩は無しで続いて進行されるウ。一つ一つの競技がまさに戦争状態イ!まさに地獄と過労の体育祭イ!」



しかし語尾が伸び、その暑苦しい喋り方はどうにかならんか。喧しい熱血漢だ。

「個人競技とペア競技は一限目で決めてもらった通りイ、あとはひたすら練習するだけだ今日はア。その前に全ての競技を皆に説明をするウ!いいか一度しか言わないからよおく聞けエ!」

本当に今日はひらすら競技の練習をするのか。他のクソ授業を聞くのも嫌だが、ひらすらバルバトスのような悪魔と練習するのも耐え難い授業だ。しかしサボろうとしたり手を抜くと成績に影響しかねない。

「徒競走は運動場を十キロひたすら走るウ!走りまくるウ!それだけだ。」

「「「「「「……えええええええええええ!!!!?」」」」」」



思ったよりハードな内容だ。十キロをひたすら回るだなんて、まさに地獄の競技。流石の生徒たちも驚愕のブーイングを起こす。

「はい次イ!障害物徒競走は七キロ!障害物の上を下を走る!横はダメだア!」



驚愕のブーイングもなんのその。淡々とした無茶苦茶な説明を繰り返す。奴め、まるでブーイングを聞こえていないのではないかと思えるほど声の調子が良い。

「タッチダウンについて説明をするウ!タッチダウンは・・・」



フルフルはこの調子で淡々と競技の説明をし続けた。だがその競技に参加しない者にとってはただの喧しい説明にしか聞こえない。俺が参加する二人三脚の説明まで俺は無視を続けた。ただ俺は内心、二人三脚だけはどうかまともなルールであってくれと祈っていた。おそらく多くの生徒もそう願っていたであろう。

「次は二人三脚についてだア!」



ものの数分で二人三脚の説明がやってきた。奴の説明はあっさりし過ぎているから詳細が分からない。しっかり言葉一つ一つ聞かねばならない。

「二人三脚は運動場を七キロを周回するウ!左足と右足をチェーンで繋いで走るウ!はい次イ!二人でサンドイッチについてだア!・・・」



左足と右足を繋ぐのは二人三脚の基礎だから知っているが、チェーンで繋ぐのか。バンドや厚い紐で二つの足を縛って繋ぐものかと思ったが、わざわざチェーンで繋ぐのか。しかも七キロをか。十キロを走るシンプルな徒競走もそうだが七キロで二人三脚とは相当無茶な競技だ。願いは見事に蹴散らされた。

「以上ウ!全ての競技のルールの説明を終えたア。これらの競技は己を鍛えるもの。地獄並の鍛錬では意味がないイ!もしイ、鍛錬中や本番中に手を抜こうとしたり疲れてペースダウンしたら、背後にはこれが待っているウ!」



フルフルが指パッチンをすると、壇上のカーテンが開かれた。その壇上には、まず一目入るほどの印象的な巨大な口を持った、首のない大きな顔をした魔物が監獄に閉じ込められていた。顔の九割が口の醜い魔物だ。

「こいつはロちゃんン!疲弊した悪魔が大好物の魔物だア!」



つまり、鍛錬中や体育祭本番中に手を抜いたり疲弊してペースが落ちたりしたら、ロと呼ばれる魔物の餌食になるというわけか。

「おい!いくら何でもそれは無茶ありすぎだろ!」

「そうよ!私たちそんな体力持っていないですよ!」

「ふざけるな!」

八クラス四十名の生徒が全力でブーイングをする。正直俺もブーイングする彼らの味方だ。こんな無茶苦茶な内容に生徒を餌食にする魔物まで用意するだなんて、これはただの拷問だ。フルフルは冷静にマイクを持ち、

「黙れイイイイイイイ!」



フルフルの怒鳴りが生徒らのブーイングに勝り、一同ブーイングが収まった。

「てめえら甘ったれてんじゃあねえエッ!悪魔とは地獄の仕事人だア。そんな仕事人が地獄耐えれなかったら、てめえらは何のために悪魔として生まれたア!えエ?!」



フルフルは熱血に地獄について語り始め、生徒らをビビらせる。

「悪魔として生まれたからには覚悟しろオ?地獄耐えれなかったらそれはただの臆病者よオ!ろくに人間をビビらすこともできねえ!ただの強がりだア。真の悪魔とはッ!人間に地獄を味わわせられる奴のことだアアアア!」



言い終えるとフルフルは片足を上げて床に叩き下ろし、ドンと擬音が体育館に響く。奴の言っていることは、それは人間界に生きる人間たちに言っているのか。悪魔はこうして先輩や教師から学んで強力な悪魔が生まれるわけだ。益々許せん。



「走る競技は外に出ろオ!外で勝手に練習しやがれ!サボったらロちゃんの餌食になることを忘れるなよオ?」



まさかの指導放棄とは、あのフルフルとかいう体育教師なんでもありかよ。フルフルは壇上に上がり、鍵で牢屋を開け、ロを解放させた。ロは鉄製の扉に頭突きし、扉を弾いた。そして顔だけの身を出し、

「タアアアアアアアアアアアアアベエエエエエエエエエエエエエッ!!」



と悪夢のような咆哮を上げた。生徒たちは恐れをなして立ち上がり、走る競技の悪魔は逃げるように急いで体育館の出入口を突っ走った。

「レハ!なにしているの!早く逃げるよ!食われちゃうよ!」



バルバトスが青ざめた表情を浮かべて、俺の手首を掴み、外に繋がる出入口へ走った。

「ああそうだな。たくっ……。」



俺も続いて外を目指し出入口へ逃げた。

 逃げる先頭の悪魔は急いで出入口の扉を開け、皆も続いて外に出る。俺たちも外へ身を放り出し、後からロも外へ出た。外に散らばる生徒たちは、運動場のレーンに立ち、ロから逃げるように走った。レーンの外にはその名の通りのチェーンが転がっていた。

「あれだよレハ!あれで繋いで走るんだ!」



チェーンの元にたどり着き、しゃがんでそれを触ってみるが、かなり分厚い鉄のチェーンだ。まさかこれを両足巻いて繋いで走れというのか。となると相当足に負担がかかるぞ。

「本気かあの教師……!」

これを巻くのかという迷いは流石に起きた。しかしバルバトスは迷いなく俺の右足の横にバルバトスは左足を置き、チェーンを巻こうとした。体の位置は左側が俺で右側がバルバトスだ。

「ってっ!」

チェーンに強く縛られ、互いの足がズリズリと引き締め合い痛い。が、今はわがままを言っている場合ではないか。

「さ、いくよ!」

「ああ……!」

両腕を互いの肩で組み合い、縛られた足から一歩踏み出す。しかしこの一歩が二人係りといえど鎖の重量が圧し掛かり重い。更に巻きに余った鎖もぶら下がり、重さが倍増する。上げた両足を地に叩き下ろし、次に外側の縛られていない足を出す。このときの解放的な軽さと言ったら。しかし、縛られた足を前に出すこのとき、余った鎖が地面を引きずり、重さが圧し掛かる。この繰り返しでレーンを走る。

「「いちに、いちに、いちに、いちに、いちに、いちに!」」

「えっ、ほ、えっ、ほ……き、きついね……!」

「ああ、そう、だな……重い!」



これが地獄の体育祭か。既に練習だけでお先真っ暗だ。しかし徐々に体が重さとバルバトスの息の合わせに慣れて、走りにノリがやってきた。

 だが背後にはロが口を開けながら走り、俺たちを追い込んでいく。

「きゃ、きゃあああああああああああ!く、食われるううううう!」



怯え、全力でダッシュするバルバトス。俺もバルバトスの運動神経に合わせるのに精いっぱいだ。

「食われると思っているから食われるんだ!だから、食われない気持ちを出せ!」



気持ち次第だと精神論を言い、隣のバルバトスを鼓舞する。

「う、うん!で、でも怖いよおおおお!」

「俺だって怖いぞ!でも食われてたまるかああああああ!」



俺には人間界へ帰るという大きな目的がある。それまで俺は食われるわけにはいかないのだ。

 縛られた互いの足でえっ、ほ、えっ、ほと全力疾走する。いくつかの二人三脚ランナーや遅い徒競走ランナーたちを追い越し、ロから距離を全力で切り離す。俺たちの背後のレーンでは、ランナーたちがロの口に吸い込まれていき、その鋭い歯で噛みつかれてしまう。もう既に歯は血塗れだ。

「きゃあああ、ほ、ほ本気で食べてんじゃん!あのフルフル先生は何を考えているの!?」



食われた悪魔はゲーティア高校ではなくこの世から御卒業か。正直良い気味だが、そんなので笑っている場合ではない。

「さあな。俺みたいな人間には悪魔の考えることは理解できないな……!」

「私も理解できないいいいいい……!」

「お前は悪魔、だろうが……!」

「悪魔でも、これは、意味、分かんないよ……!」



バルバトスに息切れが起きた。流石の猫でもこれだけ全力疾走すれば息が上がるか。俺も正直、肩から呼吸しているぐらいきつい。前線ランナーも徐々にペースが落ちてきている。このままでは俺たちも食われてしまう。

「ええい、こうなったら……こうだっ!」

背からレメゲトンを取り出し、第三部を詠唱した。

『――我は、太陽の道にて死した三百六十星の屍なり。魂兵の憎悪を受け入れよ。――』



俺の足元に紫色の魔法陣が出て、走りながらだからすぐに身を魔法陣の外から出た。第三部の紙々はレメゲトンから切り離れ、紙々は自動でドクロ状に折りたたまれた。

「え、なにあれ……?」

「第三部『アルス・パウリナ』だ。」



複数の紙ドクロは浮かび上がり、ロに向けて口を開けて、口腔に黒い闇のエネルギーを集中させる。

「くらえっ!」



溜めた闇のエネルギーを砲火させ、レーザーとして放つ。複数の伸びるレーザーはロの口や歯に直撃し、貫通した。

「イデエエエエエエエエエッ!」



ロの進行が止まった。紙ドクロはそれぞれが己の顔を動かし、レーザーの軌道を変える。複数のレーザーに斬り裂かれるロはその場でぐったりと力尽き、灰色の霧となって消滅した。霧は曇天へ昇る。

「え゛え゛っ、た、倒したあ?!」



三脚を止めて、レーンに立ち止まる。肩の組み合いを外し、いったん休憩する。

「な、なななんあななななななんだこりゃア!」



フルフルが体育館から身を出し、ロの消滅に大きな声で驚く。頭を抱えて、四つん這いになり、俺たちが立っているレーンの位置から体育館は遠いが、この距離でもフルフルが動揺しているのがよく分かる。

 紙ドクロは俺の元に戻り、レメゲトンの近寄る。紙ドクロたちは元のペラペラの状態になり、しわ一つも無くレメゲトンのページに戻った。

 フルフルは俺が魔物を殺したということは気が付いていない。今なら安心して追い込まれる恐怖に怖気ずに練習できる。

「さて、これで有意義に練習ができる。さ、走るぞ。」



レメゲトンを肉背と体操着の間に入れて、バルバトスの肩を組む。

「え、ええっと、うん。そうだね。」



――このときたった今、視線を感じた。走り出そうとしたときブレーキをかけて止まり、頭を横にふり向かせて、視線の元を探す。やけに睨み付けてくる視線だ。

「ちょ、どうかしたの?」

「……いや、誰かに睨みつけられているような気がして。」

「気配察知力高っ。」



フルフルは頭を床にこすりつけているし、他の生徒もレーンを走っている。では一体誰から……。

「まあいい。俺たちも練習しよう。」

「え、あ、うん。せええの。いちに、いちに、いちに。」











「あの野郎……なんでバルバトスちゃんと肩組んで走ってやがんだ人間!」



その者は机に八つ当たり気味に拳を下ろした。ドンと銃の発砲のように豪音が二年の教室に鳴り響く。

「あの……アモンさん。どうかしたんですか?」

ここは三階の教室。シトリーが八つ当たりしたアモンに聞いた。

「っせえシトリー!俺に話しかけてくんな!」

「そ、そんなに言わなくてもいいじゃないですかあ。」

突然と叱責されて凹むシトリーは、そのままアモンから逃げるように離れていった。

「バルバトスちゃんは俺が狙っていたのによお。なんで肩組んで走ってんだあんやろう!しかもあの人間が魔物を殺しやがったな。」

アモンはレハベアムが魔物を殺したことを見破り、人間に睨み付ける。

「さて、どうするかな……。どう絶望を味わわせてやるか。」
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