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第一章 黒獄の天秤

十話 黒獄の天秤

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開始のゴングが鳴ると同時に、私は高台から跳び下り、天秤皿に着地した。そのとき、体の底から何がが吸われていくのが実感した。

「……これは……魔力の皿……。」

魔力吸収の皿に踏んでしまったか。これでは私の能力が徐々に吸い取られていく一方。しかし逆に言えばレハベアムは体力吸収の皿を踏むことになる。体力が減ってしまえば、あとはぶん殴って終いだ。

 レハベアムは高台に立ったまま、私へと見下ろす。

「さあ、早く降りてきなさい!」

そう煽ると、レハベアムは私の言う通りに高台から身を下ろした。

「え……。」

だが目を疑う光景が釘付けになった。レハベアムは、背から真っ白で大きい翼を展開させ、羽ばたきながらゆっくりと落ちていった。

「なんで、人間に翼が……?」

人間に翼は生えない。それは悪魔でもそうだ。化身する者は例外とするが、それにしてもなぜ人間のレハベアムが翼を展開している。

 レハベアムは皿にゆっくりと着地し、翼を折り畳んだ。何がともあれ、レハベアムは体力吸収の皿を踏んだ。

 このとき、天秤は両者の戦闘能力を図り、重さを比べる。しかし、天秤の皿は微動にも揺れず、皿の高さは定位置と同じだ。

「まさか……レハベアムは私と同じ強さを……!」

天秤は強者の強さを正確に測り、重さに変えていく。なのに私とレハベアムが乗ったのに皿が上下しないということは、両者の戦闘能力は互角ということだ。

「益々面白くなってきた。レハ!あなたを仲間にするからねっ!覚悟しなさい!」

そう奥の皿に立つレハベアムに問いかけると、レハベアムの足元から闇色の波が波紋状に広がる。広がる闇は真っ白な皿を黒に染め、皿全体が闇に覆われた。

「今度はなに……?」

レハベアムの魔法か。だがレハベアムはレメゲトンを開いていない。いや、それどころか両手とも魔術書らしきものを持っていない。

「レハベアム、レメゲトンはどうした!忘れたのか!」

だが私の問いかけには一切返さず、レハベアムの瞳をよく覗いていると空虚でなにも写っていない。まるで鬱の患者のようだ。

 レハベアムはレメゲトン無しで己の隠された能力で戦うつもりか。それよりもまず、なぜレハベアムは体力吸収の皿を踏んでいるのに、一切苦しむような素振りを見せないのだ。あの闇が関係しているのか。

「まさか、あの闇が皿をコーティングしたから、体力が吸われないの……?」

これは一度レハベアムの闇の正体を知るために、背後のワープ球に行った方が良さそうだ。迷わず後退し、皿の後方にあるワープ球に触れる。すると一瞬で体力吸収の皿のワープ球にワープし、足元を見る。すると本当に真っ黒で逆に自分が写って見えるほど。そして、いまこの闇を理解した。私はこの闇を経験している。

「この闇は……第四部『アルス・アルマデル・サロモニス』?!」

入学式後のとき、私はレハベアムの斬撃を指で真剣白刃どりした。そのとき闇の剣身が粘土状に変形し私の手を包んだ。そのとき、私の能力が発動できなくなっていた。それが今と同じだ。私の能力が発動しない。それは私がこの闇を踏んでいるからか。そして、やはり体力が吸収されない。皿の効果を上乗せし、この第四部の闇の能力無力化効果を発動させているのか。

 私とレハベアムが同じ皿に乗り、皿は大きく下がった。逆に空の魔力吸収の皿は上がった。

「いや、それよりも、なんでレハベアムはレメゲトンを持っていないのにこの魔法を……?」

この第四部の闇『アルス・アルマデル・サロモニス』はレメゲトンを詠唱することによって発動するもの。なのにレハベアムはレメゲトンを持っていない。それはつまりどういうことだ。

「この謎を解けない限り、私に勝機はない……!」

何がともあれ、まずは第一撃を与えてみよう。考えても答えは導きだせない。

「はああああ……!」

レハベアムへ間合いを詰め、拳を引き、打つ。しかしレハベアムはその空虚な面構えで私を見て、一切の防御態勢を構えない。そのとき、レハベアムの足元から黒い壁が上がった。これがレハベアムの防御態勢か。広げた闇の床から壁まで出すことができるとは厄介だ。しかし私の拳はその黒い壁を破壊し、破片が飛び散る。破片の奥に立つレハベアムの表情は至って変わらず不気味に空虚だ。

 そのとき、壁を破壊した闇の破片が針状になり、先端が私の右腕に伸びる。

「いたっ!」

複数、しかもかなり深く刺されてしまった。左手ですぐさま複数の針を抜くが、空虚に立つレハベアムが遂に実行を移し、両手から闇の剣身を出す。突き抜けた壁から黒い剣身を突き、私は後退して避ける。しかし後退した矢先に背を壁にぶつけてしまう。

「背後に壁か……!」

いつのまにか私の背後に闇壁を出していたのか。ここはレハベアムのテリトリー。この第四部の闇の床はレハベアムの支配する空間だ。ここに居ては圧倒的不利。すぐさま魔力吸収の皿へ避難しなくてはならない。

 だが突いてくる剣身が伸び、私の腹に刺さる。

「ぐううう。」

咄嗟に左の拳で剣身を叩き折り、刺された剣身を抜き、背後の壁から右へ逃げる。そして右腕に刺す破片の針を全て抜き、闇床に捨てる。針は闇床に飲み込まれていった。

 私は後退し、ワープ球へと突き走る。しかしワープ球の周りに黒い壁が囲い、逃げ場が塞がれた。

「逃げる、だなんて私らしくないわね。このまま、突っ切って戦うのみ!」

逃げ場に逃げたところで私の能力が吸収されてしまうだけ。これでは一向に勝てない。塞いでくれたことに感謝し、私は逆戻りにしてレハベアムへ間合いを詰める。拳を引き、レハベアムに接近する。対するレハベアムは両手から伸びる剣身を構え、突いてきた。

 突く剣身で指で真剣白刃どりするのは簡単だ。だが無暗に触れれば前みたいに粘土状になり、拳が塞がれる。教訓を生かし、突きに対し右にかわし、右脚をレハベアムの腹に目掛けて横に振るう。レハベアムは左腕を縦に曲げて、私の蹴りを真正面から受け止める。受け止められた脚を引くと同時に右拳で突く体勢を作り、胴体を回し肘を伸ばし、右拳を強く解き放つ。対するレハベアムは剣身をクロス状に構え、拳は重ねた剣身に衝突。その衝撃に押され、レハベアムは後ろに後退する。すかさず二歩前進し、今度は左拳でレハベアムの腹を殴る。その拳も剣身に衝突し、次は身を横に半回転させ、右足の足底でクロスする剣身に叩きつける。足底の衝撃は剣身にダイレクトアタックし、その一本を砕くことに成功した。足底を闇床に下ろし、身を振り返ると同時に左拳を強く振るい、剣身へと肘を伸ばす。私の鉄拳は更にもう一枚の剣身を砕きみせた。だが砕いた剣身の破片が針々と化し、私へと切先が伸びる。その行為を既に読んでいる私はすぐさま左拳を引き、右足を闇床に蹴り後退。突き伸びる黒い針々は空振りし、そのまま落ちていった。

「一瞬の隙も無いわね。」

私の一言にも聞かず、レハベアムはただ虚ろな表情で砕かれた剣身に闇を注ぎ、再生させた。今度は白き翼を広げ、空中へと羽ばたいた。そして私へ滑空していき、両掌を前に差しだして剣身で突いてきた。私は左へと避けようとするが、左に闇床から闇壁が上がり、私の回避を妨害する。

「ちょ、邪魔!」

身は闇壁に衝突し、その間に滑空するレハベアムが私の間合いに入り、差し出した剣身の切先が私の目前に迫る。咄嗟に後方に倒れ、滑空する突きを避ける。空中を滑るレハベアムの腹部の下に回りこみ、倒れながらも両足の足底で腹部に衝突させ、レハベアムは真上に撥ねあがる。だが空中で体勢を立て直し、翼で羽ばたき空中に維持する。同時に私もバク転で着地し、体勢を整えた。

「なかなかハードなものね。」

空中を舞うレハベアムは再び私へ滑空し、剣身を突き出す。そして、私の背後と左右に闇壁が上がり、回避場所が閉ざされた。空中へ逃げるなり闇床から逃げ場を無くすなり非常に厄介な能力だ。

「だが、空中に逃げたのはまずかったねレハ。この第四部の闇床は触れる者全ての能力を無力化させる。なら、」

私は滑空するレハベアムに対し、私は前に走り、そして跳ぶ。この足を闇床から離した。

「跳んで離れればいい!」

跳んだことで、今まで封じられた能力がやっとこさ使える。この能力を右脚に込め、互いの間合いが重なったタイミングで右脚を振るう。この飛び膝蹴りはレハベアムの顔面に正面衝突させてみせた。

 私の能力は時。時を操る能力者。右脚に力を溜め込む長時間分を一秒に短縮化させ、たったの一秒で全開フルパワーを発揮させることができる。これを利用すれば、私はいつでも何時でも百%中の百%のフルパワーをたった一秒でチャージすることができる。

「!?」

だが、レハベアムの顔に亀裂が走り、身は粉々に容易に砕け散った。これは強打させた肉体の砕け方ではない。どちらかといえば模型の砕け方だ。これは人間の肉体ではない。そして破片と共に大量の紙までもが溢れ出てきた。

「え、どういうこと……?」

レハベアムは言葉通り砕け散ってしまった。流石の私もこれは動揺しざるを得なかった。更には破片だけではなく紙までもが出てくる始末。

「ククク……。」

そのとき、誰かの笑い声が闘技場に大きく響く。闘技場で一人となった私はその笑い声の方向を探し、辺りを振り向く。天秤の中心に薄らと影が見える。その影の真上を覗かせると、ドーム状のガラスの真上には、何者かがが立っていた。

「まさか……!」

そう、その者は片手に魔術書を持っていた。

「本物はあそこに!」

レハベアムだ。奴め、卑劣にも正々堂々を好むこの私に偽物を戦わせたのか。おそらく第四部の闇塊と第三部の紙を複合させて作った、いわば紙ベアムという分身を作った。あの翼は紙でできている。

 ではやはり、私は偽物と戦っていた。道理で偽レハベアムが翼を生やす演出をしていたわけだ。レハベアムは翼を持たないはずだ。

 真上のレハベアムへ見上げると、右手には確かに魔術書を持っていた。あれがレメゲトンだ。レハベアムはレメゲトンを開き、口を開いた。

「『我は、太陽の道にて死した三百六十星の屍なり。魂兵の憎悪を受け入れよ。』第三部『アルス・パウリナ』。」

奴は詠唱した。そのとき、レメゲトンから多くの紙が噴出し、自動に紙がドクロ状に折りたたまれた。数えきれないほど多くの紙ドクロは空中に浮き、円形の観客席へ飛んでいった。

「おいレハ、なにをするつもりだ!」

「なにって、人間が受けた今までの痛みを返すのだ!」

観客席の真上に配置した紙ドクロの軍団は口先を生徒に向けて、黒きレーザービームを放った。レーザービームの雨が観客席に降り注ぎ、

「ぎゃああああああっ!」

「な、なんだああ!

「きゃあああああああああああああっ!」

体をレーザービームに撃たれ、観客席は混乱と混沌が入り混じったパニック状態となった。

「ククク……クハハハハハッハハハハハハハハハハッハハアハ!どうだ悪魔ども!気持ちいいか!その痛みは、全人間が受けた痛みだ!苦しみだ!」

レハベアム自身の痛みよりも、人間界の住人たちが受けた悪魔による苦しみ、痛みを、レハベアムが代表して悪魔に返しているのか。真の真実を知らない被害者の代わりにその苦しみを無差別に与えている。

 観客席にいる生徒たちは多くが倒れ、多くの血塗れの者は、ただひたすら出入口へと走っていた。だが大人数が狭い出入口に詰め寄せてぎゅうぎゅう詰めになっている。混雑する出入口に向かって紙ドクロは無慈悲にレーザービームを下し、頭を次々と貫通させていく。

「やめろ、レハベアム!」

混雑する出入口を求め逃げ、死に、レーザービームの雨で混乱する観客席は荒れ果てる。

 あの生徒たちは確かに悪魔だ。場合によっては生きているだけで重大な罪を背負っているかもしれない。だが、あの悪魔たちは人間たちを見下すが、彼らはまだ何もしていない。悪いことはしていない。それをレハベアムが無差別に逆襲するのは、それこそ大罪だ。まさか、レハベアムはこの逆襲のために私に偽物を戦わせたのか。

 私の訴えにレハベアムはガラス越しに見下し、満面の笑みを浮かべた。その笑みは狂気に歪んでいた。

「やめろだと?フハハハッハハハハハ笑わせるな。こんな殺戮病みつきになっちゃうだろう。」

もう、私の知るレハベアムではなくなっていた。レハベアムは黒獄の天秤という全生徒がこの場に集うこの時を待って、殺戮計画を隠し持っていた。もうその時点であの優しいはずのレハベアムではなくなっていたようだ。

 未だに降り注ぐ闇のレーザービームの雨。レハベアムは天空を見上げ、両手を上げて、高笑いを始めた。

「フハハハッハハハハハ、フハアアアッハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハアハハ!死ね、死ね、死ね!フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハ!死んでおくれ、悪魔共!」

まるで伝承にで読んで知った、魔王ソロモンの行いそのものだ。ソロモンは高笑いをしながら殺戮を楽しんでいたという。狂気を極限にまで達せさせた者のみしか成し得ない残酷さを、まるで魔王の呪いを引き継がれたレハベアムが、ソロモンのように歪んでいる。

「レハベアムをとめなくては!」

殺戮を止めなくては獄立ゲーティア高等学校の生徒は全員死んでしまう。生徒の安全を守るためには、レハベアムを倒さなければならない。だが飛距離で届かない真上奥のドーム状のガラスに立っている。どうにかしてガラスを破壊してレハベアムに接近しなくては。

 そのとき、砕いた闇の欠片と紙が複合し、体の模型を作り始めた。その姿はまた偽物のレハベアムを模り、黒き闇の両手から黒い剣身を出した。

「何度でも再生できるのね。厄介ね。」

紙べアムは紙の翼を生やし、羽ばたかせて空中へ飛んだ。両手に闇の剣身を突き出し、私へ滑空してきた。対する私は力いっぱい跳び、襲ってくる紙べアムの頭上を土台して更に跳んだ。更に両足に力を二十四時間分のチャージを一秒に短縮化させ、空中を蹴った。飛躍的に跳んでみせ、真上のドーム状のガラスに接近する。そして拳が届く範囲まで飛躍し、右腕に同様の力のチャージを一秒に短縮化させ、解き放つ。

「砕けろっ!」

拳はガラスに正面衝突し、ガラスは瞬く間に全体に亀裂が走り、粉々に砕いてみせた。

「うおおあ!」

ガラスの外側に立っていたレハベアムは土台を失せ、ガラスの破片と一緒に真っ白な魔力吸収の皿へ落下していく。魔術師にとって魔力吸収の皿は命取りだ。このまま落ちろ。

「ゆけっ!」

だがレハベアムはポケットから闇塊を皿に投げ、真っ白な皿に付着し汚した。闇は自動に皿を蝕み、高速で生き物のように広がっていく。白全て黒に塗り替えられ、魔力吸収の効果は無力化に塗り替えられた。レハベアムは華麗に着地し、私に睨み付けてきた。

「隙の無い男ね。どこまでも己の策に従う。」

まるで落ちることも推定の一つとして、ポケットから第四部の闇塊を投げ、皿の吸収を上乗せした策だ。その行動に一切の戸惑いや迷いが無かった。すぐに実行していた。

 元・魔力吸収の皿にレハベアム、元・体力吸収の皿に私が乗り、皿の高さは平等になった。偽物といえどその強さは私と同等。つまりレハベアムも私と同じぐらい強いということになる。しかし私の方が依然的に不利。このレハベアムのテリトリーである闇の床がある限り、何度でも妨害や奇襲してくる。

「第二ラウンドね。」

レハベアムを黒獄の天秤に引きずることに成功した。あとは本物をぶちのめして、レーザービームの雨を終わらせる。
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