八咫烏 〜神になるか、人として戦うか〜

秀零

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第77話 暗闇に差し伸べられた手

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視界が赤く染まっていた。
私の手は勝手に剣を振るい、目に入るものすべてを斬り裂いていた。
飛び散る血も、苦悶の声も、なにもかもが遠い世界の出来事のように感じる。
ただ、胸の奥で疼く渇きに突き動かされるまま、私は破壊を続けていた。

(壊せ、もっと……壊せ!)

頭の奥に響く声が私を煽り立てる。
理性なんてとうに消え失せ、私という存在は“力”に食い潰されようとしていた。
剣を振り下ろすたび、胸の奥から得体の知れない快感がじわじわと染み込んでくる。
その甘美さに抗えず、私はもう、自分が誰なのかすら分からなくなりかけていた。

そのとき──。

「──もう、いい」

耳に届いた声は、不思議なほど鮮明だった。
血の音も悲鳴も掻き消すように、ただ一人の声が私を呼び止める。

温もりが、私の体を包んだ。
紫苑さん……?

振り払おうと暴れる。
胸の奥から込み上げる衝動が、彼を拒もうと叫ぶ。
けれど、離そうとするたびに腕はなお強く抱き寄せられる。

「大丈夫だ、天音。もう、いい」

その低く穏やかな声に、乱れた鼓動が少しずつ落ち着いていく。
全身を焦がしていた赤い衝動が、冷たい水を浴びせられたように静まっていく。
紫苑の胸元に押し当てられた頬から、彼の体温がじんわりと伝わってきた。
その確かさに、私は自分がまだ“人”であることを思い出していく。

気づけば、私は震えていた。
剣を持つ手は力なく下がり、荒んでいた視界はようやく元の色を取り戻していく。

目の前に広がったのは──倒れ伏す天使たち。
そして、傷を負い血を流している仲間の姿だった。

「……私が、やったの……?」

喉が詰まり、かすれる声で問いかける。
胸が張り裂けそうな痛みと、胃を抉るような嫌悪感が私を覆う。
これが……私のせい? 私が仲間を……。

自己嫌悪に呑まれそうになった瞬間、紫苑の低く落ち着いた声が耳を打った。
「違う。あれは天音じゃない」

その言葉に、涙が込み上げる。
視界がぼやけ、頬を伝う温かい雫が彼の服を濡らしていく。
堪えきれず、私は震える唇から小さく零した。

「……ごめんなさい……」

紫苑は答えず、ただ強く抱きしめる腕に力を込める。
その温もりに包まれて、私はようやく自分を取り戻していった……。

『余計な事を……まあいいでしょ、まだ勝機はあります、その時は必ず……』

頭の中にまた、あの声が響く。
ぞっとする気配に背筋が凍りつき、恐怖をかき消すように紫苑さんの服を強く握りしめる。
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