78 / 108
第77話 暗闇に差し伸べられた手
しおりを挟む
視界が赤く染まっていた。
私の手は勝手に剣を振るい、目に入るものすべてを斬り裂いていた。
飛び散る血も、苦悶の声も、なにもかもが遠い世界の出来事のように感じる。
ただ、胸の奥で疼く渇きに突き動かされるまま、私は破壊を続けていた。
(壊せ、もっと……壊せ!)
頭の奥に響く声が私を煽り立てる。
理性なんてとうに消え失せ、私という存在は“力”に食い潰されようとしていた。
剣を振り下ろすたび、胸の奥から得体の知れない快感がじわじわと染み込んでくる。
その甘美さに抗えず、私はもう、自分が誰なのかすら分からなくなりかけていた。
そのとき──。
「──もう、いい」
耳に届いた声は、不思議なほど鮮明だった。
血の音も悲鳴も掻き消すように、ただ一人の声が私を呼び止める。
温もりが、私の体を包んだ。
紫苑さん……?
振り払おうと暴れる。
胸の奥から込み上げる衝動が、彼を拒もうと叫ぶ。
けれど、離そうとするたびに腕はなお強く抱き寄せられる。
「大丈夫だ、天音。もう、いい」
その低く穏やかな声に、乱れた鼓動が少しずつ落ち着いていく。
全身を焦がしていた赤い衝動が、冷たい水を浴びせられたように静まっていく。
紫苑の胸元に押し当てられた頬から、彼の体温がじんわりと伝わってきた。
その確かさに、私は自分がまだ“人”であることを思い出していく。
気づけば、私は震えていた。
剣を持つ手は力なく下がり、荒んでいた視界はようやく元の色を取り戻していく。
目の前に広がったのは──倒れ伏す天使たち。
そして、傷を負い血を流している仲間の姿だった。
「……私が、やったの……?」
喉が詰まり、かすれる声で問いかける。
胸が張り裂けそうな痛みと、胃を抉るような嫌悪感が私を覆う。
これが……私のせい? 私が仲間を……。
自己嫌悪に呑まれそうになった瞬間、紫苑の低く落ち着いた声が耳を打った。
「違う。あれは天音じゃない」
その言葉に、涙が込み上げる。
視界がぼやけ、頬を伝う温かい雫が彼の服を濡らしていく。
堪えきれず、私は震える唇から小さく零した。
「……ごめんなさい……」
紫苑は答えず、ただ強く抱きしめる腕に力を込める。
その温もりに包まれて、私はようやく自分を取り戻していった……。
『余計な事を……まあいいでしょ、まだ勝機はあります、その時は必ず……』
頭の中にまた、あの声が響く。
ぞっとする気配に背筋が凍りつき、恐怖をかき消すように紫苑さんの服を強く握りしめる。
私の手は勝手に剣を振るい、目に入るものすべてを斬り裂いていた。
飛び散る血も、苦悶の声も、なにもかもが遠い世界の出来事のように感じる。
ただ、胸の奥で疼く渇きに突き動かされるまま、私は破壊を続けていた。
(壊せ、もっと……壊せ!)
頭の奥に響く声が私を煽り立てる。
理性なんてとうに消え失せ、私という存在は“力”に食い潰されようとしていた。
剣を振り下ろすたび、胸の奥から得体の知れない快感がじわじわと染み込んでくる。
その甘美さに抗えず、私はもう、自分が誰なのかすら分からなくなりかけていた。
そのとき──。
「──もう、いい」
耳に届いた声は、不思議なほど鮮明だった。
血の音も悲鳴も掻き消すように、ただ一人の声が私を呼び止める。
温もりが、私の体を包んだ。
紫苑さん……?
振り払おうと暴れる。
胸の奥から込み上げる衝動が、彼を拒もうと叫ぶ。
けれど、離そうとするたびに腕はなお強く抱き寄せられる。
「大丈夫だ、天音。もう、いい」
その低く穏やかな声に、乱れた鼓動が少しずつ落ち着いていく。
全身を焦がしていた赤い衝動が、冷たい水を浴びせられたように静まっていく。
紫苑の胸元に押し当てられた頬から、彼の体温がじんわりと伝わってきた。
その確かさに、私は自分がまだ“人”であることを思い出していく。
気づけば、私は震えていた。
剣を持つ手は力なく下がり、荒んでいた視界はようやく元の色を取り戻していく。
目の前に広がったのは──倒れ伏す天使たち。
そして、傷を負い血を流している仲間の姿だった。
「……私が、やったの……?」
喉が詰まり、かすれる声で問いかける。
胸が張り裂けそうな痛みと、胃を抉るような嫌悪感が私を覆う。
これが……私のせい? 私が仲間を……。
自己嫌悪に呑まれそうになった瞬間、紫苑の低く落ち着いた声が耳を打った。
「違う。あれは天音じゃない」
その言葉に、涙が込み上げる。
視界がぼやけ、頬を伝う温かい雫が彼の服を濡らしていく。
堪えきれず、私は震える唇から小さく零した。
「……ごめんなさい……」
紫苑は答えず、ただ強く抱きしめる腕に力を込める。
その温もりに包まれて、私はようやく自分を取り戻していった……。
『余計な事を……まあいいでしょ、まだ勝機はあります、その時は必ず……』
頭の中にまた、あの声が響く。
ぞっとする気配に背筋が凍りつき、恐怖をかき消すように紫苑さんの服を強く握りしめる。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる