桜花狐鳴~幼子からチート級の狐の幼神へ。理を上書きして人生神からやり直し?!~

ましゅまろぽてち

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第1章

第9話

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こたつの傍らに横たわっていた桜花おうかが、わずかに身じろぎした。 悪夢から覚めてもなお残っていた朦朧もうろうとした意識のもやが、少しずつ晴れていく。 自分の体が、以前とは明らかに異なることに、桜花おうかは改めて気づき始めていた。 指先を動かせば、そこには鋭い爪。頭に触れれば、ぴくりと動く獣の耳。そして、全身を覆う包帯の隙間から覗く、ゆきのような白銀の髪。

(私……一体、どうなってしまったの?)

混乱と恐怖が、ゆっくりと桜花おうかの心を侵食し始める。 そして、体の奥底で、まるで生きているかのように渦巻く、巨大な力。 それは、以前の自分には決してなかった、異質で、それでいて抗いがたい魅力を放つ、野生の力だった。

(この力……何?)

桜花おうかは、その力の源を探るように、自身の内側へと意識を向ける。 すると、頭の中に、断片的な映像が駆け巡った。 黒い瘴気しょうきに覆われた町。変わり果てた両親の姿。そして、自分を抱きかかえ、光を放っていた金色の瞳の妖狐。 混乱の極致にあった桜花おうかは、自分の記憶が、ひどく曖昧であることを悟った。 両親の顔すら、はっきりと思い出せない。あの夢に出てきた二人が、本当に自分の両親だったのかさえ、定かではない。

桜花おうかは、ゆっくりと、しかし確かな意思を持って、上半身を起こした。 その動きに、日織ひおり桔梗ききょう、そして白虎びゃっこの視線が一斉に集まる。 桜花おうかは、目の前に座る桔梗ききょうの、金色の瞳をじっと見つめた。 そして、その口から、震えるような声が漏れた。

「……あなた……誰……? 私……お父さん、お母さんは……?」

その瞳は、まだ焦点が定まらず、まるで幼子のように、世界の全てを恐れ、戸惑っていた。 桔梗ききょうは、その問いを聞くと、冷徹な表情を和らげ、優しく微笑んだ。 その笑みは、普段の桔梗ききょうからは想像できないほど、温かく、慈愛じあいに満ちていた。

「心配するな。今のお前は、無理に何かを思い出す必要はない。儂が、全て教えてやろう。だが、それは、お前が心の準備を整えてからで良い」

桔梗ききょうは、そう言って、その白銀の髪を、そっと撫でた。その手つきは、どこか不器用ながらも、深い安堵と優しさを伝えていた。

「今は、ただ休むが良い。この高天原たかまがはらにて、何も考えず、何も恐れることなく、己の身を癒すが良い」

桜花おうかは、桔梗ききょうの言葉に導かれるように、再び布団へと体を横たえた。その瞳は、まだ不安に揺れていたが、桔梗ききょうの温かい視線に守られていると、漠然と感じ取っていた。

白虎びゃっこは、その光景を静かに見つめていた。 そして、再び日織ひおりへと視線を戻す。

日織ひおり様よ。この未曾有みぞうの事態にあって、我らは手を取り合うべきだと、我は考える。東西南北の主が、いまだ動きを見せぬならば、我らだけでもこの世界のことわりを正すべく、動かねばなるまい」

日織ひおりは、白虎びゃっこの言葉に、ゆっくりと目を開いた。 

「……白虎びゃっこ。お主の言葉、心に刻む。我もまた、この事態を看過するつもりはない。されど、神々のことわりを変えることは、一朝一夕には叶わぬ。今、動くならば、慎重かつ迅速に事を運ばねばなるまい」

日織ひおりは、神々の長としての責任と、現実的な困難を冷静に見据えていた。 その時、桔梗ききょうが口を挟んだ。

「ならば、儂も動かねばな。その娘を、しばし高天原たかまがはらに預けることは可能か、日織ひおり。今の状態は、その身に変容を遂げたばかり。人の世の瘴気しょうきに晒せば、再び病むやもしれぬ。高天原たかまがはら清浄せいじょうなる気ならば、その身も安定するであろう」

桔梗ききょうの言葉には、桜花おうかへの深い配慮が込められていた。彼女なりの優しさだった。 日織ひおりは、桔梗ききょうの提案に、わずかに首を傾げ、苦悩の表情を浮かべた。しかし、その視線は、再び桜花おうかへと向けられる。 そして、その瞳の奥に、かつて九重 秋人ここのえ あきひとを救えなかった後悔が、揺らめいた。

「……分かった。この子を、高天原たかまがはらに預かる。それが、この子の命を守り、今後の事態に対処するための、最善の策であると、我もまた判断する」

日織ひおりは、決意を固めたように、力強く頷いた。 白虎びゃっこは、日織ひおりの決断に、わずかに目を細めた。そして、桔梗ききょうの行動にも、一応の理解を示したようだった。

「……ならば、事態は早急に対処せねばなるまい。日織ひおり様よ、そなたの元にて、我ら三者さんしゃが手を取り合おう。この瘴気しょうきの調査、そして対処……これより、我らが再び世界のことわりを正すべく、動くこととなろう」

白虎びゃっこは、そう告げると、日織ひおり桔梗ききょうの顔を交互に見つめた。過去の後悔を乗り越えるために。
桔梗ききょうは、白虎びゃっこの言葉に、ゆっくりと頷いた。

「良いだろう。この娘(桜花おうか)の身に起きたこと、そして、その命。この儂が、しかと守らねばならぬ」

桔梗ききょうの言葉は、相変わらず冷静なものだったが、確かな責任感と、保護の意志が見て取れた。
こうして、日織ひおり桔梗ききょう、そして白虎びゃっこ三者さんしゃによる、未曾有みぞうの「三者同盟さんしゃどうめい」が結成された。
未だかつて無い規模の瘴気しょうきによる世界の変化。そして、人ならざるものへと変貌した少女。 世界の命運を賭けた物語が、今、動き出そうとしていた。

高天原たかまがはらの一室にて、「三者同盟さんしゃどうめい」が結成された頃、地上では、世界の均衡きんこうを司る四方しほうの主たちが、それぞれに瘴気しょうきの影響と向き合っていた。

 東の青龍せいりゅう、南の朱雀すざく、北の玄武げんぶ。彼ら三柱みはしらは、聖獣として古くからその地に君臨し、それぞれの縄張りを守護してきた。今のところ、その強大な神威かむいによって、自らの領域を瘴気しょうきから守り抜き、大規模な影響を受けることなく、比較的安定を保っていた。しかし、彼らもまた、この未曾有みぞう瘴気しょうきの広がりに対し、高天原たかまがはらの神々同様、その原因も対処法も掴めずに、ただ静観を続けている状態であった。

だが、西の状況だけは、他の三方さんほうとは大きく異なっていた。 西の主の座は、かつて白虎びゃっこが担っていたが、八岐大蛇やまたのおろちとの大戦で白虎びゃっこが敗れて以来、その座は空席となり、代わって、須佐之男すさのおに敗れた八岐大蛇やまたのおろちの血を引く、巨大な大蛇オロチが縄張りを治めていた。 その大蛇オロチの領地は、瘴気しょうきに少しずつむしばまれていた。

黒い霧が森の奥深くを覆い、大地をおかし、生命の輝きを奪っていく。 大蛇オロチ自身もまた、その影響を直接受け始めていた。本来ならば荒々しい気性を持ちながらも、西の主としての責務を果たす賢明さを備えていたはずの大蛇オロチが、瘴気しょうきによって徐々に正気を保てなくなっていたのだ。その瞳には狂気の色が混じり始め、時折、唸り声と共に、無差別に力を振るうこともあった。

その大蛇オロチの縄張りの中、ただ一つ、瘴気しょうきの影響を受けぬきよらかな場所があった。 大蛇オロチがその身を横たえる、深い洞窟の最奥部。そこは、強固な結界によって守られ、清涼せいりょうな空気が満ちていた。 結界の中心には、一人の人間の娘が、心配そうに大蛇オロチの巨大な体を撫でていた。

 娘の名は、ゆき。かつて、大蛇オロチへの供物くもつとして捧げられた人間の娘であったが、大蛇オロチは彼女を食らうことなく、むしろ深い愛情を注ぎ、自らの嫁として迎えていた。 二人の間には、種族を超えた絆が築かれていたのだ。ゆき大蛇オロチの結界の中にいるため、瘴気しょうきの影響を受けることなく無事だったが、その結界自体が、大蛇オロチの生命力と正気に直結していた。

「あなた様……また、少し荒れていらっしゃいますね……」

ゆきは、大きく膨らんだ大蛇オロチの体を撫でながら、悲しげな瞳で呟いた。 大蛇オロチは、時折苦しげに体をよじり、低い唸り声を上げる。その巨大な体は、瘴気しょうきの侵食により、黒い鱗(うろこ)が所々剥がれ落ち、生々しい傷跡が刻まれていた。 この結界は、大蛇オロチが辛うじて正気を保ち、ゆきを守るために、その全てをかけて維持しているものだった。しかし、その力は日増しに衰え、結界の輝きも、以前よりはるかに弱々しくなっている。

ゆきの心には、深い不安が押し寄せていた。 大蛇オロチの限界は、もうそこまで迫っている。 この結界のさらに奥には、西の龍脈りゅうみゃくが眠っていた。龍脈りゅうみゃくとは、大地の精気が流れる道であり、世界の生命力そのものと言える場所だ。西の龍脈りゅうみゃくは、大蛇オロチが守護することでその清浄が保たれてきたが、大蛇オロチ自身の正気が失われ、結界が弱まるにつれて、龍脈りゅうみゃくもまた瘴気しょうきに侵され始めていた。

 西の龍脈りゅうみゃくが完全に瘴気しょうきに染まれば、その影響は高天原たかまがはらへと及び、この世界全体が、取り返しのつかない混沌へと堕ちることになるだろう。


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