桜花狐鳴~幼子からチート級の狐の幼神へ。理を上書きして人生神からやり直し?!~

ましゅまろぽてち

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第2章

第28話

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日織ひおりの、震えるような呟きが響いた後、絶対的な静寂が訪れていた。
桔梗ききょうの隣で、急激に成長した桜花おうかは、浄化された赤子の亡骸を抱きしめている。亡骸は安らかで、もはや穢れの瘴気しょうきはない。

​この場の神々がただ呆然と立ち尽くす中、日織ひおりは顔を覆っていた手をおろし、涙の跡を拭い去った。その金色の瞳は、揺らぎを帯びながらも、この悲劇の因果の根源を、独力で突き止めようとしていた。

​(……お姉ちゃん、か。その一言が、この世界のことわりの、最も根源的な分岐点を指し示している……)
日織ひおりは、誰にも推論を挟ませぬよう、静かに、しかし、絶対的な確信をもって言葉を紡ぎ始めた。

​「皆。桔梗ききょう桜花おうかが共有した情報の核心は、『お姉ちゃん』という、あの魂の最期の言葉にある。これは、単なる並行世界の悲劇ではない。この世界のことわりの根幹に関わる問題なのだ」

日織ひおりは、神代の神話の時代にまで遡る、壮絶な考察を口にした。

​「この世界の因果律は、母である伊邪那美いざなみが、迦具土かぐつちを産んだ際の火傷によって亡くなったこと。そして、父である伊邪那岐いざなぎの禊から、天照大御神あまてらすおおみかみ月読命つくよみ須佐之男すさのお、我ら三兄弟が生まれた。この死と創造が、世界の秩序を定めた」
​「故に、もし別次元の母上が、火傷で亡くならなかったとしたら、その世界では母上のもと、新たな神々の誕生が止まらず、世界のことわりが飽和し、我ら三兄弟が生まれるはずの『因果律の隙間』が埋まってしまった。あの魂に根ざしていたものは、その因果によって生まれるはずだった、我々の兄弟姉妹や神々の思念体であった。そのうちの1人を浄化したのだ」

日織ひおりは、そこで言葉を切り、深く息を吐いた。彼女の考察は、この世界の存在そのものの根源的な矛盾を突きつけるものだった。

​「……そして、その理論を突き詰めれば、もしあちら側の因果、母上の生存が、本来有り得なかった『世界の歪み』であったとすれば、この世界での母上の死こそが、『歪められることなく進んでいる正しいことわり』であるということになる」
日織ひおりは、痛みを堪えるように自らの胸に手を当てた。 

​「その『正しいことわり』を築くために、母上の死という、歴史上の楔を以て本来の世界の秩序を定めた。だが、国産みという根源的な性質上、母上の生命が続けば、彼らは確かに生まれていた。彼らは、『正しい』因果の裏側に存在する、母上と父上の『可能性』そのものなのだ」  

​「つまり、我々が今目にしているのは、『生まれることが叶わなかった神々』という、世界のことわりの根源的な代償だ。その代償が、何者かの手によって、穢れとしてこの世界に誘導されてしまった……」

日織ひおりは、その悲劇的な連鎖こそが、今回の事件の正体であり、「あやつ」という存在が狙っている世界の隙間であることを悟ったのだ。
日織ひおりの言葉の重さに、神々が静かに頷く中、桜花おうかが亡骸を抱いたまま、はっきりと顔を上げた。 

​「日織ひおり様のお話、全部、桜花おうかにはわかる」
​彼女の銀色の瞳は、穢れを浄化する力を秘めた新しいことわりの光を帯びていた。

​「この子達は居場所がなかったんだ。正しく生まれるはずだったのに、順番を待ってたら別のだれかが入ってきて、どこにも受け入れてもらえなかった。だから、淀んでしまった。桜花おうかは、この子達が悲しいって、一番強く感じたから、全部綺麗にしてあげたかった」
桜花おうかは、日織ひおりの金色の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、自らの使命を、強い意志をもって断言した。

​「……でも、良くない考え方に流されてしまう神様も、中にはいると思う。みんなの居場所が、あんなに悲しい世界になったらだめだよ。桜花おうかの力が、あの人たちを救えたように、この世界を守らないと」
桜花おうかの言葉は、日織ひおりことわりの考察に、魂の確信という裏付けを与えた。彼女の力が、この世界の因果に囚われない「救済のことわり」であることは、もはや疑いようのない事実となった。

日織ひおりは、立ち上がった。最高神としての彼女の決断は、迷いなく、そして冷徹な論理に基づいていた。

​「この危機は、我らや四神柱ししんちゅうだけで秘匿し、対処できるものではない。だが、今、この世界の根源の真実を八百万の神々全てに共有すれば、計り知れない混乱を招くことになる」
日織ひおりは、その結論が、己の胸を強く締め付けるのを感じた。

​「あの魂の悲劇的な因果を理解し、この真実を受け止められるのは、世界のことわりを司る中枢の神々のみだ」
日織ひおりは、神殿の外で待機していた八咫烏やたがらすへと、絶対的な声で命じた。

​「八咫烏やたがらす! 高天原におる思金神おもいかねのかみ、そして西の龍脈りゅうみゃくを守護している大蛇オロチを、直ちに日嗣の宮へと召集せよ! 桜花おうか桔梗ききょうも会議に参加させる。この者たち以外には決して伝えるな」
​「これは、並行世界のことわりの侵食という、世界の崩壊に関わる最重要事態だ。会議の目的は、この考察と真実に基づき、迅速に解決策を模索すること。一刻の猶予もないことを、一同に伝えよ!」 

​「はっ! かしこまりましてございます!」
八咫烏やたがらすは、その命令の重さを理解し、最高機密の召集のために、音もなく飛び立っていった。

​そして、日織ひおりは、抱えきれないほどの重圧を背負いながら、己の心の中で問い続けた。

​(……桜花おうかの身体を借りた者、観測者。誰かが、この世界の因果の流れを定め、見守っている。もし、あちら側の世界が、既に瘴気しょうきによって崩壊しているのだとしたら……)
​(崩壊した世界とこちら側を観測している存在とは、一体誰なのか?)
​彼女の金色の瞳が、夜の帳が降りる下界を遠く見つめる。

​(父上は、黄泉から帰還されたが、既に神の政からは退いてご隠居されている。母上は、死した後は黄泉の神となられた……まさか、母上……伊邪那美いざなみが、崩壊した可能性の因果を観測している……?)

​その思考は、神代の根源に触れる、禁断の仮説であった。最高神の脳裏に、終わりのない疑問が絶えず巡り続けるのであった。
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