氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢

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12.オレの婚約者は

 コナーの話を要約すると、このところリイナシオン家がヴァルディール家に出向いていたのは、ミラとセティアスの婚約を解消してもらえないかという打診のためであったらしい。裏工作とも言う。ファレクがセティアスに結婚を申し込んでいるのでは、という噂はデマであったようだ。

「姉はそういうことはしません、僕です。家同士で勝手に話を進められないかなーと画策してたんですけど、昨日ご帰還されたセティアス様ご本人に知られて酷く怒らせてしまいました」

 笑い話のように肩をすくめるコナーを、セティアスはまだにらみ続けている。
 ちなみに上級貴族をいつまでも立たせておくわけにはいかないと、コナーとセティアスは再びソファに座らされていた。ついでにミラもだ。無理やり長兄と父との間に押し込まれ、場の中央で居心地が悪そうに縮こまりうつむいている。
 グアロの動転は未だ治まりそうにないため、進行代理の長兄がコナーに尋ねた。

「それで本日は何故お2人で当家に?」

「今朝セティアス様がうちにいらっしゃったんです。2人で話をしたのですが、肝心のミラがいないと結論も出ませんので、急遽そのまま共にこちらへ」

 ニコニコと楽しそうなコナー。遠征から戻ってすぐの祝勝会でコナーの思惑を知り、急いでミラのところへやって来たのが昨夜のセティアスの突然の訪問の理由だったらしい。それでミラはコナーが好きなのか、などというおかしな問いが出てきたわけか。ミラのほうはファレクのことばかり意識していたので、昨日のセティアスとの会話は随分とすれ違っていたことになる。
 だがやはり、ファレクの件も完全に無関係と言うわけにはいかないようだ。

「僕がミラと結婚すれば、セティアス様は他の誰とでも婚約できるようになります。ヴァルディール家のご当主は、それでも悪くなさそうなお口ぶりでしたよ?」

 挑戦的な笑みでコナーはセティアスを覗き込んだ。ミラでなくとも誰もが、それが暗にファレクを指しているのだと容易に見当が付く。ヴァルディール家の当主、すなわちセティアスの父が、シュレイン家よりもリイナシオン家を選ぼうと考えるのはごく自然なことだ。

「ほ……、ほう。いやはや、それはそれは……」

 グアロは顎髭を撫で付けた。シュレイン家としては、ヴァルディールだろうがリイナシオンだろうが上級貴族ならばどちらでも大歓迎なのだから、コナーの提案を飲めば、損無く両家に恩を売ることができるではないか。ようやく頭も口も回り始めたらしい父は、口もとをいやらしく引き上げた。

「ハ、ハハハハッ。名門リイナシオン家のご子息様が、こんな愚息のどこを気に入ってくださったのか、いやしかし参りましたなあー」

 白々しくニヤけるグアロは一転してご機嫌だった。無能な六男がよもや、社交界で羨望を集めるヴァルディール家とリイナシオン家の子息、その両方との縁談の渦中に座すことになろうとは。

「とは言えヴァルディール家のご子息様もそれはそれは素晴らしい騎士様ですからなあー。そのどちらかと婚約ということになりますと、何ともはや!」

 まるでミラが2人を手玉に取っているかのような言い様だ。ミラはどんな顔をしていれば良いのか分からず、中途半端に眉を寄せて中途半端にむくれている。
 コナーは身を乗り出してミラに話し掛けた。

「ねえ、ミラはどっちと結婚したい? 僕はミラといるのすごく楽しいよ。ミラには素直に何でも本音で話せるし、とっても気持ちが楽になるんだ」

 まだミラが何も返さぬうちから、グアロが横から口を出してくる。

「そのようなお言葉を勿体ない! 息子は果報者ですな! ハッハッハッハ!」

 天下を取ったような有頂天ぶりが恥ずかしい。ヴァルディール家とリイナシオン家を天秤に掛けているつもりなのだ。だがコナーはもはや慣れたようにグアロを無視している。

「ミラはセティアス様といっしょのとき、楽しいって思ってる? 余計なお世話かもしれないけど、あんまりそうは見えなくて……。ミラは僕にはたくさん笑ってくれるでしょ?」

 終始笑顔のコナーとは真逆に、セティアスは応接室に入ったときからずっとしかめ面を崩さずにいる。今も眉間に刻んだ皺をさらに深めて、口をつぐんだままだ。
 ミラは顔を上げないまま、目だけで正面に座る2人を見た。柔和な笑顔のコナーと、強面無愛想なセティアス。明るくやさしいコナーと、冷たく暴言三昧のセティアス。……婚約者としても人としても、どう考えても軍配が上がるのはコナーだ。
 だが、ミラにはどうしてもそう簡単に割り切ることができなかった。

 グッと押し黙るミラを幸いとし、グアロは自身の浅はかな絵図に従ってこの場を支配しようと朗々と語り始めた。

「いやあまことに! どちらもなんと将来性豊かな美丈夫であることか! お2人のどちらのほうがどうなどということはありはしない! ……だが、このミラはと言うと生憎お2人とは比べ物にもならん出来損ないでございます。こんな息子でも良いとおっしゃっていただける奇特な方にこそ、息子は尽くしてゆくべきなのかもしれません」

 わざとらしくチラリとセティアスに目をやるグアロ。ヴァルディール家に角が立たぬよう、セティアスは自ら望んでミラと婚約したわけではない、という合意形成を図ろうとしているのだ。

「おお、そう言えばコナー様には才色兼備と名高い双子の姉君様がいらっしゃるんでしたなあ! 確かお噂ではセティアス様も親しくなさっておられるとか?」

 またしたも見え透いた言い方で、グアロは両手を顔の横で広げた。さも偶然思い出したようにとぼけている。そしてファレクの容姿や魔術師としての実績をしつこいほどに賛美した。だがどれも事実であり、ファレクが非の打ち所の無い完璧な女性であることは、ミラもよく承知している。
 ミラはコナーに乗り換え、セティアスはファレクに乗り換える。事実だけを言葉にすると聞こえは悪いが、家という目線で見ればこれは正しい。グアロがコナーと同じ思索に行き着いたのは必然の帰結と言える。グアロの言葉にコナーは頷いた。

「姉はいずれ次期当主の座に就くかもしれません。となると、姉と結婚される方は当主の配偶者、つまりリイナシオン家のナンバー2になるってことですよねー」

 まあ先のことはまだ分からないけれど、と笑いながら。

「なんと! それは僥倖! セティアス様ならそのような器もおありでしょう!」

 大袈裟に手を叩くグアロだが、完全に息子の現婚約者を別の女性の配偶者として明言したようなものだ。ミラは唇を噛んだ。

 するとずっと黙っていたセティアスが、低く短く告げた。



「……私はミラと婚約しています」



 シンと静まる応接室だが、グアロは急いで場を濁そうと半分腰を浮かせて腕を振り回す。

「ええもちろん! 忘れるわけがありません! ヴァルディール家の皆様には10年もの長きの間、不出来な息子を気に掛けていただき感謝のしようもございません!」

 これではまるで、今までありがとうございましたそれではさようなら、と言っているように聞こえてしまう。ミラは息が詰まりそうになるのを感じた。だがセティアスは続けた。



「私は他の人間とは結婚しません。……ミラは、ミラのほうは……、知りませんが……」



 再度の沈黙が訪れる。コナーとは受け流されつつもそれなりに腹積もりに沿った会話を交わしていたグアロだが、セティアスに返すべき適切な台詞はどうも咄嗟に浮かばない。もっともセティアスとの会話を円滑に成立させることは、誰にとっても困難極まる難題であるのだが。

 とは言えこのまま皆で黙って座っているわけにもいかない。グアロはとりあえずまたいつもの取って付けたような笑い声で誤魔化そうと、自身の腹に手を添えた。

「ハ、ハッハッハ、いやまあ、あー……、」

 しかしそれを遮るように、堪え切れなくなったミラが立ち上がって叫んだ。リボンタイのフリルが大きく揺れる。

「もういい! ジジイはいいかげん黙ってろ! オレたち3人の問題だろ!」
「ミ、ミラ! お2人の前で何という言葉を! 慎め!!」
「うるせーわ! オレが今までおとなしくしてただけでもありがたいと思え!」

 それはまあ確かに、と全員がうっかり納得しそうになる。慌てて首を振り、隣にいた長兄がミラをたしなめた。

「しかしミラ、こうして上級貴族のお2人がおまえのような者のためにわざわざいらしてくださっているのだ。両家に誠意のある結論を出さねばならない」

「……フン」

 ミラは鼻息を吐いて顎を上げた。そして上級貴族のお2人とやらを思う存分見下ろしてやる。

「家の誠意だとかはオレには分かんねー。だからオレはオレの誠意で喋る。嘘は付かない」

「黙れミラっ、おまえは口を開くな!」
「座れミラ!」

 父や兄に諌められるが、コナーがそれを押し止めるように手をかざした。

「……ミラの嘘の無い気持ちを聞かせてくれるってことだよね? ……分かった、お願い」

 口もとは微笑んでいるけれど、真剣だ。セティアスもじっとこちらをにらんでいる。
 ミラは大きく息を吸い込んだ。同時に決心を胸に宿す。



「……セティアス、先に謝る」

 表情は変わらないけれど、膝に置かれていたセティアスの右手がビクンと動いた。固く握られていた拳にさらに力が入る。背筋に氷よりも冷たい汗が一筋流れたことは、もちろん誰に気付かれるはずもない。



「ゴメン。昨日の夜のオレの発言、取り消したい」

「…………!」



 セティアス以外は皆一様に首を傾げた。だがミラは彼らの疑問をそっくり放置し、胸を張って声高に宣言した。



「オレの婚約者は、セティアスだ! 何も変わらない!」



 自分の気持ちはよく分からない。セティアスが何を考えているのかも、大部分はやはり分からない。
 だがセティアスは、ミラ以外とは結婚しないとハッキリと口にした。ミラの前で、皆の前で。それをうれしいと感じてしまったのだから、もう他にどうしようもないじゃないか。

 セティアスの黒い瞳がほんのわずかに輝いた。ミラでなければ分からない程度ではあるけれど。
 コナーはまだ、微笑みを絶やさずにいた。そしてそのまま静かにミラに問いかける。

「……ミラは、いいの? ……きっと、僕と結婚したほうが楽しいのにな」

 後半はほんの少しだけ茶化すように。それに答えてミラもほんの少しだけおどけて見せた。

「それは多分、そうかもな。……うん」

 またもやセティアスの右手がビクンと揺れたことは、ひとまず見なかったことにしておく。ミラはコナーに正面から向かって立ち直した。そしてコナーの碧の瞳から目を反らさずに言った。

「……なあコナー。コナーがオレといて楽だって感じてくれるのはさあ、オレがオンサといるのと同じような感覚なのかもって思う。オンサはかわいい弟みたいな存在で、オンサといるときはふざけたり怠けたり弱音を吐いたりしても大丈夫だって思える」

 ミラは部屋の最奥に追いやられて並んでいるオンサに目を向けた。オンサのほうは態度も姿勢も保ったまま従者として取り澄まし、微動だにしないけれど。

「オレも最初はオンサみたいなヤツが婚約者だったらなーって思ったんだ。オンサだけいりゃそれでいいかなって考えてたりもした。……けど、楽だから結婚するっていうのは、なんか……、違うのかもしれない。そんだけじゃ、足りない気がするんだよな」

 いつもよりも慎重に、ミラは言葉を選ぶ。コナーのほうも、どことなく時間をかけて返答しようとしているようだ。

「……セティアス様には、その足りないものがあるってこと?」

「分かんねー。てかセティアスなんか楽でもねーし全然、むしろもっと色々足りてないような気もする。……けど、オレが結婚すんのはやっぱ、セティアスだなって思うんだよな、何故か」

「……そっか。ミラにも分からないなら、理由は誰にも分からないね」

「……申し訳ない。でもさ、オンサがずっとオレといてくれるのと同じで、オレはずっとコナーの友達でいられると思う。だからオレがコナーを楽な気持ちにさせられてるなら、それはすげー良かった!」

 ミラとコナーのやり取りを、セティアスは時々拳を震わせつつもじっと聞いていた。父母も兄たちもただ唖然と聞くに徹している。

 コナーは目を伏せて、長く大きな溜め息を吐き出した。そしてスッと息を吸い込み、また朗らかに笑い始めた。

「ふふ、アハハハハ! やっぱりミラは面白いなあ。勝手に人の婚約を解消させようとした僕のこと、今も友達だって思ってくれるんだ? ……面白い、けど……、でも、ありがと」

「オレは気にしてない。いっそ親友でもいいぞ! 魔法使えるようになったのコナーのおかげだし、レモンパイもまた食いたいしな!」

「アッハハハ! そうだね、また持って来なきゃ」

 パチパチと手を叩き、大笑いするコナー。そしてそのあと整った眉をハの字に曲げて、ボソリと呟いた。

「……あー……、悪巧みって上手くいかないねー」

 そこまで聞くとミラは、ポスンとソファに腰を下ろした。クッションに体を沈ませながら腕組みをし、口をやや尖らせている。

「コナーさあ、オレが前に言ったこと覚えてるか? 誰かのために生きるのはやめようって、コナーもあのとき分かってくれたと思ってたのに」

「今回僕は僕のために動いたんだよ? ミラと結婚したいって本気で思ってたよ。ミラのこといいなって、僕自身が。……それで結果として姉上もついでに上手くいくならまあ、良いかなーと……」

 コナーも真似をして口を尖らせた。だがじろりとミラに目で責められて、つい横を向いてしまう。ミラはますますふんぞり返った。

「コナーのその拗らせたシスコンは追々オレがどうにかしてやる。親友だからな!」

「……ぷっ、アハハハハハ!」

 そこには家同士のしがらみや駆け引きはもはや無く、飾ることもせずただ素直に笑い合う2人がいた。



◇ ◇ ◇
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