天念少女~スタート~

イヲイ

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後章

ネア様

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~ネア様~

 《アタクシの持つ、姿を変える杖。いや…本当は、出来た当初は水晶球の形をした、アゲートに似た特別な石だった。チェンジアゲートと呼ばれたそれは人を伝い、段々と自由な形状に変化できるようになった。
 やがて、ある時。命の危険を感じた当初の持ち主は、強く願った。早く魔方陣がかけますようにと。
 チェンジアゲートは本来、そのような目的に変化できるわけではなかった。それは無茶振りとも言えよう。しかし、チェンジアゲートは気紛れな王の弟子によって、ある変化を行った。
 そうしてチェンジアゲートは分裂し、瞬発力が磨かれる杖が出来上がった。
 その二つを受け取ったアタクシは、唯一無二の相棒として今まで腰に携えていた。


 「私はネアン。君が森の精霊ね?」
「…………それがなにか。」
「私は夢があるの。あるべき世界へ導く夢が。その夢により早く近付くために、君の杖が必要なの。」
 それからはすぐの事だった。
 あっという間に打ち付けられ、身動きまで取れなくされた体。
 齢十歳前後の幼い子供に敗北した事実は、アタクシには到底受け入れがたいものだった。何せ森の精霊という称号は、この世界の二割を占める森を一人で治めているのだから。
 「私がほしいのは、森の精霊を倒した事実でもないし、君の魂の残り物でもない。さあ、渡して。一本でいいよ。自由に形、変えるやつ。」
(どこからそんな情報を…)
 ネアンの攻撃を受けた時、そっちの方の杖は吹き飛ばされていて、ネアンは気付かずもう一本を手に取った。杖を試しに使うこともせず、ネアンは創っていた瞬間移動の魔方陣で去っていった。
 以来、もうひとつの杖は常に水晶球にし、隠し持ち、任意で存在感を消す魔方陣を首もとに描いた。

 アタクシが進んで隠れるほど、ネアンは強かった。
 もう二度と会いたくなかったのに。》



 どいつもこいつもこの異世界は、危険人物しかいないのか。善者と悪者の対比はどうなっているのか。
 心の底からそう思う。
 「あれ、毒じゃない?」
「やだなぁセイジュ。昏睡薬さ。目覚めるのは難しいけど。」
「それを毒だというんだよ!」
 あれが見えたということは、恐らく飲めばやがて死ぬのだろう。
 「そう?」
 とネアは悪く思う素振りも見せずに、近くの瓶を手に取り整理し初める。怖い。
 「えっ、どういう事だ!?毒!?」
「ああそうだ。早く出さないと死んじゃうな」
 ケタケタとネアは薄ら笑いを見せる。
 総は大慌てで椅子から転げ落ちる勢いで床に手をつき、休む間もなく飲んだものを吐き出そうとする。しかし後ろを向いて、ゲホゲホと咳をするだけで、つまりは毒は体内に回ったままだ。

 …え?

 いや、今なんて?

 「総も飲んだの!?!?」
「今すぐ吐き出して!!」
「殴ろうか。」
 光の件で安心し、自分達は反応が遅れてしまう。そのせいで、余計テンパる。
 『落ち着きなさい。総に毒は回ってない。』
「え」
 癒しだからか?
 自分はそれを聞いた瞬間、殴って吐かそうとする光を止めながら、医学的な吐かせ方を実践しようとしている透の手を掴む。
 『あれはネアンの呪文が込められている。呪文の中でも自身の魔力の塊と併用している呪文だから…光は呪文が合わさった魔力量のせいで負けたけど、総はそれでも勝ってたから、魔力の塊のネアンの攻撃は効かないって訳。』
「なるほど…いや詳しいね」
『あれくらいは目で見ればわかるでしょ。総の魔力量は松明使ってた時、見たし。』
 なら、グリーンガーネットはネアの魔力量も知っているというわけか。そりゃ、ここも森の中だしな…
 「ありがとグリーンガーネット。総、多分大丈夫。」
「ふぇ?」
 ちょっぴり涙目なのは置いておいて、振り向いた総に自分はウインクして見せる。
 「だって総は魔力量がネアより多いからねぇ。違う?ネアさん。」
「それは即効性だから。今効いていないなら、そういうことになる、か。」
「なんだぁ…」
 ひとまずは良かった。
 総の掌及び透の膝は、瓶の硝子が突き刺さり、双方服の外からでもわかるように血が滲んでいた。自分としては、そっちの方が心配である。傷口からまた怪しい液体が体内に混入したりしないだろうか。
 ハラハラしていると、総は安堵の笑みをこちらに向けて、「心配してくれて、ありがとな!」と言う。
 余程焦っていたのだろう。当然の事なんだけど、総のあの慌てっぷりを見れて良かったと思う。ほら、この手でモンスターを狩りまくって精神がやられてないか心配だったし、何より例えそれが元からの性格だとしても、自分なら赤の他人に呪いやらを押し付けられて、相手を恨まずにいられない。
 「いたた…ってトールも膝!」
「ああ、これくらい痛くないし大丈夫。」
「いや、俺より血出てんじゃん!ちょっと待っててくれ」
 その瞬間、二人の傷は癒えていく。刺さった破片も、パラパラと床に落ちていった。
 癒しだろうな。
 「離して。」
 と、そこで自分がずっと光を抑えていたことを思い出す。
 「や、ごめんごめん」
 パッと手を離すと、掌を顔の近くに持ってヒラヒラさせると、光はこくりと頷いた。
 「ネア。」
 すっかり自由になった光は、ネアを睨み付ける。
 「ごめん、ごめん。そんなに怒らないでよ。」
「無理。」
「ええー」
 と、そんな反省の色も、心からの謝罪もする気がないのが見え見えだ。いや、むしろここでそれをされた方が困る。
 ふ、と光の右手が揺れた。左肩の鎖を手に取ろうとしているのだ。いち早く気がついたグリーンガーネットは、自分の鼓膜を…いや、左目?を破る勢いで叫ぶ。
 『止めさせて!光は負ける!!』
 ネアはえーやるの?と口先は嫌がりつつも、杖の先は確実に光を殺る気満々だ。
 ネアは良い人だと、思っていたのに。
 いや、それともこれこそが常識なのだろうか。
 「ネアさん」
「どうしたの?」
「杖…見つけたら、何に使うの?」
「それは当然、革命に使うのさ」
「「「『革命?』」」」
「それ、なに。」
 少なくとも、良さそうな話ではない。
 「おっと、失言失言。ここから先は、企業秘密。」
 ネアは人差し指を口許に当てる。

 「ここから先は、杖を手に入れたらまたおいで。その時、話してあげる。」
 そういわれるけど、実際のところ、それほど聞きたくはない。空を助けられれば、もうこの世界に浸ることないだろうし。
 が、念のため。
 欠伸を隠すふりをして口元をおさえ、グリーンガーネットに問いかける。
 「念のためだけど、杖を外に出すことは?」
『出したくない』
 じゃあ、出来ないことはないのか。とはいえ、無理矢理出させるわけにもいかない。
 「ありがと。わかった。」
『…………』
 素直な気持ちを伝えると、グリーンガーネットは少し黙った後、こう言う。
 『せーじゅとアタクシが出会った時、見られていた痕跡はなかった。』
「!」
 なるほど、そう言うことか。グリーンガーネットの言わんとすることがわかった。
 自分はネアに向かい合う。
 「正直、ネアさんのことがすんごい怖いんだけど…恩は返すと約束したし、森の精霊にもし出会えたら、なんとか交渉してみるよ。」
 こういうことだ。これこそが、約束は受けるけど、今は退散出来る方法。つまりは、最善。しかもネアは全く疑う様子もなく、杖を下ろす。
 「うん、そうして。あの伝説の杖さえ手に入れば、準備はもう出来ているから、気長に待っているわ。」
 杖を置いた手でネアは握手を求めてきたものの、自分はそれを手に取る勇気はなかった。
 「まあ、信用されてないね。」
 ネアもそれは知ってか、すぐに手は引っ込める。殺されかけたこともあって、ずっと睨む光にも握手を求めていたが、当然するはずもない。総に向けられた時、思わず手を取ろうとしていたが、それは透に妨げられる。
 しかし、全く守りが反応しないのは、手を繋ぐことで自分が対処出来なくなる程の身の危険が待っているのか、それとも…?
 ――駄目だ、この人の事が全くわからない。
 今すぐ逃げたい。特に総が危機感もなくトンネルであったと言う事で間接的に面識があるとばれそうなので、早く避けたい。
 「じゃあせーじゅ達はもう行きますね。」
 一旦心を落ち着かせ、なんとか敬語が使えるようになるまで持ってくる。
 ドアまで十メートルとない、走らず落ち着いていこう。
 自分は踵を返して、万一守りが反応した時すぐ動けるよう、一番先に出ようとする。
 「あ、待って」
 ネアは引き止められたのは、透だった。
 「え?俺?」
「そう、透。」
 スッとネアは透の首筋辺りに細い指先を伸ばす。

 瞬間、緑の風が部屋に吹き荒れた。

 調理台の上のボウルはカランと音を立てて落下し、瓶は落ちずに割れる。
 地面の硝子屑は空気中を僅かに漂い、小さな音を集団で立ててさらに細かく砕ける。
 何より被害が大きかったのは机の上のごっちゃごちゃの薬達で、それらは混ざり合いつつ地面に垂れていった…………のは一瞬の事で、そのあとすぐに色の変化が著しく見受けられた液体のみが、ネアの頬を掠めながら、窓ガラスを割り全て外へ出ていく。空気中のはるか彼方で、微かに爆発音が聞こえた。
 「うおっ、ト、トール!?」
 緑色の光をまとった風はもう見えなくなっていた。けれどそれは、透から間違いなく放たれたと断言できる。
 「今の魔法は…」
『魔力の塊を利用した、呪文…ネアの使ったタイプの呪文だわ。操り方は魔方陣の、風限定魔法、フウソウに似ている。』
「呪文?」
 詳しくは知らないけど…これまでいろんな所から仕入れた情報を整理する。自身の持つ魔力を使わずに、今ある魔方陣より豊富な魔法が使えるけど難しいやつだったはず。
 単に暗記だけじゃなく、技術も必要なんだとか。だから自分にあってなくて、覚えるのを止めたんだけど、透が使えたとは。しかも、詠唱が聞こえなかった。
 『透はやっぱり、相当の技術がある。彼の杖の石の力もあるだろうけど、それでも詠唱が極端に短いのは一種の才能だ。それに、あの短時間で複雑な呪文をこうも操れるものか…』
 なるほど、言ってはいたのか。
 自分は色々教えてくれて、今はシンキングモードのグリーンガーネットにお礼を言うと、透のこれからの指示を待つ。下手に動くと食い違う…事はないだろうけど、透の真意が知りたいし、念のため。
 けれど先に口を開いたのは、ネアだ。
 「あぁ、やっぱり君は強いね。今すぐにでも、こちら側に引き込みたいくらいだ。」
「…今のは、呪いですよね。確か禁術ってやつの…」
 透は右腕を左手で掴み、手首の円を手で表す。
 自分が知っている中で、腕の呪いと言えば、あれしかない。
 「あれか…青いアザの呪い!そうだろ、トール!」
「うん」
 透は背後の総に視線を向けずに頷くと、汗水を滴しながらニヤッと笑った。普段の温厚な姿からは想像も出来ない、少しヒールな笑顔に、自分は思わず写真に収めたいと口にしてしまう。これは癖ですごい小声でとどまったのだけど、耳の良い総に聞かれてなくて良かった。

 透は続ける。
 そのときはもう時間が止まったようで、ここから逃げ出したいという思いさえ消えてしまうような、映画のクライマックスを見ているような感覚に陥っていた。
 「今の貴女の詠唱からして、不完全な方の呪いでしょうか。他人に押し付けられる方の。」
「へー、よく知ってるね。」
「はい。一度完全なものを見たんですが、あれに術者の癖がありました。その癖は貴女のものとそっくりです。そして、不完全な呪いと完全な呪い、双方ともに根本は同じです。もしかして…」
「もしかして?」
「ハリマさんに呪いをかけたのは、貴女では?」
 ドクン、と心臓が一際早く脳に響いた。
 だって、ネアはあの件で自分に情報を与えてくれた。
 あの時、ハリマの呪いを解けたのは、ネアのお陰でもある。
 …いや。
 ネアがあの件を教えてくれなかったとして、ハリマは透達と合流出来た。マスサエマの行動の真意がわからず、逃がすことが出来なかった可能性はあるけど、ハリマを助けられない可能性は、さほど変わらない。
 ハリマとの行き違いによって呪いの事をこちら側が知らされなかった可能性はあるものの、それは余程仕組まれていない限りネアとは関係ない。
 ゾッとする背筋を呼吸でおさえ、早く四人で逃げる方法を考える。ネアをパッと観察してみると、視線が彼女の腕に行く。
 「さすが。やっぱり、試してみた価値はある。」
 持ち上げられたネアの腕には、うっすらと見覚えのある痣が浮かび上がっていた。
 「風限定魔法でソウフウで液体を外に出しつつ、仕返しもする。さすがだよ。」
「すみません。呪いの反射で、かけてしまいました。すぐ解きますよ」
 と、透は再び聞き馴染みのない言葉で詠唱、すぐさまネアの痣はなにもなかったように消え去る。たしか、総の時もこんな感じだった。
 「へぇ、解いてくれるんだ。優しいね」
「なるべく、むやみに殺したくないので」
「殺されかけたのに、変な子。」
 それにはネアに同感する。まあそこが透の良いところだけど。
 ネアは今度はポキポキと手首を回しながら、少し呆れたように言い放つ。
 「この様子じゃ、ハリマも生きていそうだ。まあ、あれはもう興味ないし、殺しはしないよ。」
 じゃあ次は、と声が聞こえる。

 ――ネアは強い。

 こうやってこの家にいる限り、思わぬところから殺されかける。しかもネア、自分達を返す気がないんだろう。
 「…………」
 なら、いち早く逃げる。それも、足では駄目だ。もっと物理的に距離を取らねば。
 「グリーンガーネット」
『何?人前ですごい話しかけてくるね』
「良いから。杖、取り出せる?」
『嫌だよ、ネアンなんぞにかしたくない。』
「違う、自分に。」
 どんな姿にでも変化できる。
 なら、魔方陣を描くペンにだってなれる。
 『…すぐ返してよ』
「ありがとう」
 返しかたは知らないけど、とは言わなかった。
 まもなく、背後の掌にはペンの形の杖が現れる。
 ネアは博識な透と話すのが楽しいのか、全くこちらには気がついていない…よし。
 チャンスだ。

 自分は掌になるべく素早く魔方陣を描く。使い終わったタイミングで、続いて魔力を込めると、杖はグリーンガーネットの元へ戻っていった。
 次に、すんごい魔力を込める。光を帯びていると感じた右手の甲を利き手の左手で隠す。
 そして。
 ギリギリまで近付いた後、魔方陣を隠していた左手で、近くの光の腕を引っ張る。
 「うわっ」
 その声と共に、総と透にも一気に近付く。なんたって、俊敏さだけは誇れるから。
 総を掴んだ時、総は咄嗟に透を掴む。その瞬間、自分は陣を発動させた。
 「へぇ…」
 それに気がついたネアは、消える瞬間僅かに笑う。そうだ、これはネアが使っていた瞬間移動。始めて使う、魔方陣。

 それは成功したのだろう。

 気がつけば自分達は外の森にほっぽり出されていた。
 ネアも、ついてきていない。
 全てに安堵した瞬間、自分は思わずしゃがみこむ。
 「はああああーーーー」
 疲れた!!
 「いやあ、皆ごめんね。ネアがあんな奴とは知らなくて…」
 と、勿論言う。けどまあ、皆無傷で良かった。もう少し慎重にならないとな。
 「いや、正さんのせいじゃないよ…」
「そうだな!それよりも、ナイスだったぞ、最後の!なんで移動したんだ?」
「うん。お疲れ。」
 やっぱり、皆優しい。
 自分は手の甲の魔方陣を見せようとしたが、そこで魔方陣が消えていることに気がつく。
 『魔力の込めすぎで、消えたんだろうね。彫ったんじゃなくて所詮、ペンだから。』
 とグリーンガーネットは教えてくれた。そう言うことか…摩擦熱的なものだろう。小さかったからこそ誤魔化して魔方陣も描けたけど、だからこそすぐ消えたか。
 「はぁ、もう2度と会わないことを願うよ…」
『フラグだね』
「良い人だと思ったのになー」
 理由も目的も聞かずに飛び出てしまった。
 『多分、ずっと昔から革命をしようとしてたのね。それも、組織的に。』
「革命、か…」
 話を整理すれば、あの協会の名前が思い浮かぶ。
 …うん、でもまあもう関係ないし。例え無責任だと言われたとしても、こっちだって帰る場所があるんだから。ただ、そうだな、この世界の王様にくらいは教えておくか。今、マスサエマ達がどこにいるかわからないから、出来れば保護も頼もう。
 「正」
「ん?なに、光」
「目、つけら、れた。」
「あー、うん、あー、そうだね…」
 沢山の魔方陣を創ってるなら、追跡くらいは出来そうだ。
 「いや…多分大丈夫だよ」
 透は日が暮れかけた空を眺めながら言う。
 「どういうことだ?トール」
「あの人は多分、追ってこない。そういう気配がなかった。」
「気配って…」
 珍しい、そんなにふんわりしたことで確信する透は。
 『いや…あながち間違いではないかもね。』
「え?君まで?」
『ネアンからも感じられないのは前提なんだけどね。透から、せーじゅの持つ守りモドキの呪文をかけているのが見える。勿論能力はアタクシの特質モドキよりもモドキだけど…』
「それでも透がかけてる守りモドキの性能は高いって?」
『そうなるね。透は実に重宝すべき人物だ』
「へえー」
 そうだとすれば、透はどこから学んだ?
 「…………」
 勇者のようにしっかりと立って、輝かしいお空の光りを眺める透を自分は見上げていた。
 風が吹いて、首飾りの黄色いリボンが揺れる。透の頭より高くに行きそうなリボンは、まるで透の決意を表しているかのように毅然としていた。
 ふと、隣の見るからに心配そうな総を見る。こちらに気がつかない総は、透を心配しているようだ。
 自分達は何か、見落としてはいないか……
 そんな一抹の不安が、左手を汗で濡れさせた。



 ――夜。
 「失礼します。」
 私の仲間である男が、本当の私の家へやってくる。
 「はーい、どうしたの」
「革命の準備が滞りなく完了し、いよいよネア様が言う杖さえ手に入れればいつでも起こせるという報告です。」
「はい、ご苦労さん。」
 私は流行りだというシューテネーを幼少期のマナー教室で学んだ動作で丁寧に切って、口に運ぶ。甘い。
 「杖はああ、きっと、今年中には手に入るさ。」
「…お言葉ですが、ネア様。ネア様をこっそり護衛させていただいていた時出会った、あの四人組。あれらは確実に森の精霊とコンタクトがありますよ。少年が使っていた杖と、少女の持つ斧、そして少女自身からも森の精霊の香りがしていました。」
 ああ、さすがだ。さすが、私の信者。何の呪文だろうか。いや、恐らく、ルビー級の呪文、精霊探しだろう。あんな危険で、更に長い間発動してやっとひとつを見抜けるかどうかなものを簡単に使うとは、見直した。
 「それで、何が言いたいんだい」
「ですから、なぜあの時彼らを逃がしてしまったのですか、ということです。」
「なるほど。」
 夜景をバックに、今日を思い出す。
 ヒカルだっけ。あの少女は水色の髪をしていた。ただの水色なんかではない。特別な色だった。
 ソウはあれだ。人をおかしくするくらいの、恐るべき歌の才能だろう。それに、傷が一瞬にして癒えていた。珍しい、光属性なのだろう。
 そして…セイジュとトオルは実に興味深い。森の精霊達が賢い人を好む点では私と気が合うようで、特にあの二人はずば抜けていた。だって呪いを解くなんて、私以外有り得ないとたかを括っていたから。
 だから、思う。あそこで脅していては駄目だと。殺しては駄目だと。元々、無駄な脅しや殺傷は赦されないし。
 それに、安心している。
 「なんとなくわかるんだ。」
「何がですか?」
「今まで培ってきた経験からの勘かな。濃い縁がわかるんだ。セイジュとは、きっとまた会う。その時きっと、セイジュは図らずとも杖を手に入れている筈だから。」
「そうなんですね」
「ああ。あんなに珍しい集団、一度の接触で森の精霊とかが諦める筈無いし、あれだけ賢ければ、杖を必ず森の精霊は授ける。その時貰えば良いさ。」
 そう、だから。
 まだ待っておく。物事には順序があるから。
 強さを見せつけて、私が創った協会の素晴らしさを説く。そして杖は受け取り、仲間になって貰えば良い。
 私はワインを手に取り、夜空に高く掲げる。
 「セツリンネ協会に、乾杯。」
 私の顔が、赤く写っていた。
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