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後章
我らが過ちとその償い
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~我らが過ちとその償い~
《先代がまだ先代じゃなかった頃。僕は次の王となるために、この城へ見学へ来ていた。
その日は丁度、違う世界から人間が城へ辿り着いた日だった。
その時僕は初めて知った。
先代がしでかしてしまったこと。それは簡単には解決できないこと。僕の代まで影響は続くこと。
…先代は凍結保存されていた特質を使うと明言したこと。
「その特質で、透夏達は助かるのよね!?!?」
もっとも偉大な王の胸ぐらを勇敢にもつかんで揺する、赤髪の少女。
聞くに、彼女だけは森で死に至る呪いにかからなかったらしい。
森の精霊は精神破壊が得意と学んだが、さすが魔法に詳しいともされている者だ、僕達ですら解呪不能な呪いが存在するとは。
王は静かに首を振る。
「すまない…その呪いは解くことが出来ない…」
何度も繰り返されたその言葉は、まだまだこれからも、うんざりするほど繰り返される。それを聞くたび、傷付くのだろう。王も、彼女達も。無力な僕も、隣の一の使いだって。
「特質を使うなんて、いくらなんでもあんまりです!しかも、五つ全て使うだなんて!」
「仕方がないんだ。悪いな、一の使いよ。」
「………」
「…酷なことを言うが、将来、特質持ちとなった人間を…お前が支えてほしい。」
「…………」
そんな会話を柱の後ろから盗み聞いていた。
本当に、酷なことをいう。ただでさえ彼女は櫛風沐雨な役職だというのに、最後の最後でそう言われれば、一の使いは断れやしない。
それなら、僕は彼女に支えられるだけでなくて、彼女を支えよう。
そうしたい。
…だなんて決意したのに、一の使いは僕に頼らず、あくまで命令されたことを遂行しようと努力していた。
僕はそれを、静かに見守った。
何故なら、他でもない彼女がそうしたいと願ったのだから。》
生という少年に咄嗟に、思わずスカートの裾を引っ張り優雅にお辞儀する。けれどあまり広がらないミニスカートはうまく広がらずに終わった。
「ああ、緊張しないで。楽にしてよ。」
その声に本能的に自分は安心したのか、体を重圧していたなにかが幾分か軽くなる。
「ありがとうございます」
「敬語もいいよ。」
「わかった」
ありがとうと言ったのは自分なのに、先に返事したのは光だった。自分はそう考える暇もなかったけど、それでも言い躊躇っていただろうに、さすが、適応力が高い。
「よっと」
一瞬の事だった。長い階段の上に立っていて影だけだった生は、今、目の前にいる。
それが飛んできたのか、瞬間移動なのか、魔法なのか、元々の力なのか、それすらもわからないほどだった。
それに自分が気づいたすぐ後に総達も驚き、特に総は声をあげていた。
「こうした方が、話しやすいからね。」
「は、はあ…」
ウインクされて、一瞬ポカンとする。
いや、それより…
「いきなりで悪いのですが、僕達は…」
「トオルだよね。わかってるよ。ソラを迎えに来たんだろう?」
そんなことまで知っているのか。
「ソラと僕は直接会ったことはないんだけどね、一の使いから話は聞いてるよ。」
「うん…その言い方的に、本当にいるみたいだね」
よりじんわりと実感してくる。さっきまでの会えるというワクワクじゃない。いよいよ本当の本当に現実味が増して、緊迫した感じだ。本当に心臓がうるさい。
「勿論だよ」
「会わせて。」
「悪いね、ヒカル。君たちが来るのは明日だと予想してたからね…少し準備がてこずっているようだから、こちらも僕と少し、話をしよう。」
「話?」
総は首をかしげた。
「それって、どんなのなんだ?」
「君達の聞きたい話でいいよ。」
「じゃあ…」
その時、総のお腹がぐぅーっと鳴る。
何だかデジャヴ。…じゃなくて駄目だ、結構大事な場面なのに、思わず失笑してしまいそうだ。
対して生は、不意打ちについ笑ってから、思い出したと手を打った。
「ははは、それは悪い。とりあえずお茶でも用意するよ!一の使いが冷めても美味しいお茶を作り置きしてくれてるんだ。」
生は今度はパチンと指で音を鳴らすと、頭上から目の前に白い長机と椅子が落ちて並べられる。
更にカタカタと落ちてきたのは、ティーポットと繊細そうなカップ、ギャブロディーやその他お菓子累々が振ってくる。
「一の使いを通して、皆がなにが好きか聞いたからね。それに近しいものを用意したよ。セイジュはギャブロディー、ソウはパリアティス、トオルはアラズィ、ヒカルはシューテネーで良かったよね?」
お菓子はそれぞれフルーツが添えられていたり、可愛い瓶にはいっていたり、湯気が出ていたり。とてつもなく美味しそうだ。
守りでも何にも感じないし、グリーンガーネットが美味しそうと言っている辺り、害もなさそうである。
生が椅子に座ったのを革切りに、自分達も各々自分の好きな食べ物の並ぶ椅子へと向かう。向かい合って四対一という比率の気になるところだけど、いきなり王様と隣で食べるのはそれなりに勇気がいるからな。そこらへん、生が気遣ってくれてありがたい。
「あんまーい!!」
何度食べても、思わず声が出てしまう。
生の用意してくれたギャブロディーは、実に美味しかった。
形もすごいんだ。ハートやリボン、四分音符の形は勿論、十六分音符や八分休符の形まであって、そのどれもの味が違う。
特に、全音符の形をしたギャブロディーは、べっこう飴のようなただ甘くて、その中に林檎のような果実の風味が混じっている。
自分はそれが一番に好みで、次も食べるために、ワイングラスにリボンが結ばれたケースからそれを探す。
赤紫のギャブロディーはダイヤモンドのように透き通っていて食べるのが勿体ない。とか言いつつ、心の中では始めより小さくなってしまった口の中のギャブロディーが早く溶けきらないか、まだかまだかと待っていた。それなのに、まだ今のギャブロディーを味わっていたいと矛盾が生じているのも事実である。
『せーじゅ!』
「ん?何?」
『何?じゃないわよ、今チャンスだってこと、わかってる?』
「チャンス…?」
『あのねぇ、いま、目の前の人と話すことが出来るなんてそうそうないの!なんでも聞いちゃいなさいよ!』
「あ…」
しまった、自分としたことが。ギャブロディーと空の事でいっぱいですっかり忘れていた。
聞きたいことは一杯あるけど、いざと言われれば、何から聞けば言いかわからない。
「あの、ひとついいですか?」
頭を悩ませていると、あまりの美味しさに破顔していた内の一人である透が小さく手を上げつつ訊ねた。
「今の机や椅子等ってどうやって出したんですか?」
「王たる僕の特権だよ。水属性限定魔法と魔方陣の応用ってところ。」
「あの、今度教えて貰ってもいいですか?」
透は目をキラキラ輝かせていた。すごい興味心だな。
生は苦笑いすると、「いいけど、僕しか使えないよ?」とだけあらかじめ伝えていたが、勿論、透はそれもわかっている。その上で聞きたいそうだ。
けれど透はこれからを考えて、長話をしないようにしてくれた。初めに当たり障りない質問をした辺り、このままギャブロディーと紅茶を楽しめば気になることを透が全て聞いてくれそうだけど、さすがにそれは悪いから、バトンタッチしよう。
「じゃあ次、せーじゅからいい?」
「勿論。」
「聞きたいことは多いんだけどさ。なんでせーじゅ達や空は異世界に来れたの?…いや、違う。もっと根本的に…そもそもこの異世界って、どういう位置付けになるの?数多ある世界の内のひとつってこと?」
特質や素質の事だってわかってない。今思えば、よくこれほどまでに無知のままここまで来れたなって思う。
生はポテトチップスのような薄い煎餅を一つつまんでから、微笑んだ。あれだ、何故か強者の余裕というか、そんなものが感じられた。自分は怒っちゃいないんだけど、早口で言ったからかな。
「君達がこの世界に来た時、全て話さないととは思ってたよ。ただ、何から話そうか…君達が知るべき昔の話からしようか。」
――時間もかかるから、お茶でも飲みながら。
小学生のような容姿だというのに、行動その全てが思慮深い大人のように見える。
「今から話すのは、我らが過ちとその償いの物語だよ。」
自分の口に残っていたギャブロディーは溶けきった。
それでも、自分はグラスの一番上の四分音符を新たに口に入れる事はしなかった。
甘かった後味が、だんだんと苦くなっていく。
《先代がまだ先代じゃなかった頃。僕は次の王となるために、この城へ見学へ来ていた。
その日は丁度、違う世界から人間が城へ辿り着いた日だった。
その時僕は初めて知った。
先代がしでかしてしまったこと。それは簡単には解決できないこと。僕の代まで影響は続くこと。
…先代は凍結保存されていた特質を使うと明言したこと。
「その特質で、透夏達は助かるのよね!?!?」
もっとも偉大な王の胸ぐらを勇敢にもつかんで揺する、赤髪の少女。
聞くに、彼女だけは森で死に至る呪いにかからなかったらしい。
森の精霊は精神破壊が得意と学んだが、さすが魔法に詳しいともされている者だ、僕達ですら解呪不能な呪いが存在するとは。
王は静かに首を振る。
「すまない…その呪いは解くことが出来ない…」
何度も繰り返されたその言葉は、まだまだこれからも、うんざりするほど繰り返される。それを聞くたび、傷付くのだろう。王も、彼女達も。無力な僕も、隣の一の使いだって。
「特質を使うなんて、いくらなんでもあんまりです!しかも、五つ全て使うだなんて!」
「仕方がないんだ。悪いな、一の使いよ。」
「………」
「…酷なことを言うが、将来、特質持ちとなった人間を…お前が支えてほしい。」
「…………」
そんな会話を柱の後ろから盗み聞いていた。
本当に、酷なことをいう。ただでさえ彼女は櫛風沐雨な役職だというのに、最後の最後でそう言われれば、一の使いは断れやしない。
それなら、僕は彼女に支えられるだけでなくて、彼女を支えよう。
そうしたい。
…だなんて決意したのに、一の使いは僕に頼らず、あくまで命令されたことを遂行しようと努力していた。
僕はそれを、静かに見守った。
何故なら、他でもない彼女がそうしたいと願ったのだから。》
生という少年に咄嗟に、思わずスカートの裾を引っ張り優雅にお辞儀する。けれどあまり広がらないミニスカートはうまく広がらずに終わった。
「ああ、緊張しないで。楽にしてよ。」
その声に本能的に自分は安心したのか、体を重圧していたなにかが幾分か軽くなる。
「ありがとうございます」
「敬語もいいよ。」
「わかった」
ありがとうと言ったのは自分なのに、先に返事したのは光だった。自分はそう考える暇もなかったけど、それでも言い躊躇っていただろうに、さすが、適応力が高い。
「よっと」
一瞬の事だった。長い階段の上に立っていて影だけだった生は、今、目の前にいる。
それが飛んできたのか、瞬間移動なのか、魔法なのか、元々の力なのか、それすらもわからないほどだった。
それに自分が気づいたすぐ後に総達も驚き、特に総は声をあげていた。
「こうした方が、話しやすいからね。」
「は、はあ…」
ウインクされて、一瞬ポカンとする。
いや、それより…
「いきなりで悪いのですが、僕達は…」
「トオルだよね。わかってるよ。ソラを迎えに来たんだろう?」
そんなことまで知っているのか。
「ソラと僕は直接会ったことはないんだけどね、一の使いから話は聞いてるよ。」
「うん…その言い方的に、本当にいるみたいだね」
よりじんわりと実感してくる。さっきまでの会えるというワクワクじゃない。いよいよ本当の本当に現実味が増して、緊迫した感じだ。本当に心臓がうるさい。
「勿論だよ」
「会わせて。」
「悪いね、ヒカル。君たちが来るのは明日だと予想してたからね…少し準備がてこずっているようだから、こちらも僕と少し、話をしよう。」
「話?」
総は首をかしげた。
「それって、どんなのなんだ?」
「君達の聞きたい話でいいよ。」
「じゃあ…」
その時、総のお腹がぐぅーっと鳴る。
何だかデジャヴ。…じゃなくて駄目だ、結構大事な場面なのに、思わず失笑してしまいそうだ。
対して生は、不意打ちについ笑ってから、思い出したと手を打った。
「ははは、それは悪い。とりあえずお茶でも用意するよ!一の使いが冷めても美味しいお茶を作り置きしてくれてるんだ。」
生は今度はパチンと指で音を鳴らすと、頭上から目の前に白い長机と椅子が落ちて並べられる。
更にカタカタと落ちてきたのは、ティーポットと繊細そうなカップ、ギャブロディーやその他お菓子累々が振ってくる。
「一の使いを通して、皆がなにが好きか聞いたからね。それに近しいものを用意したよ。セイジュはギャブロディー、ソウはパリアティス、トオルはアラズィ、ヒカルはシューテネーで良かったよね?」
お菓子はそれぞれフルーツが添えられていたり、可愛い瓶にはいっていたり、湯気が出ていたり。とてつもなく美味しそうだ。
守りでも何にも感じないし、グリーンガーネットが美味しそうと言っている辺り、害もなさそうである。
生が椅子に座ったのを革切りに、自分達も各々自分の好きな食べ物の並ぶ椅子へと向かう。向かい合って四対一という比率の気になるところだけど、いきなり王様と隣で食べるのはそれなりに勇気がいるからな。そこらへん、生が気遣ってくれてありがたい。
「あんまーい!!」
何度食べても、思わず声が出てしまう。
生の用意してくれたギャブロディーは、実に美味しかった。
形もすごいんだ。ハートやリボン、四分音符の形は勿論、十六分音符や八分休符の形まであって、そのどれもの味が違う。
特に、全音符の形をしたギャブロディーは、べっこう飴のようなただ甘くて、その中に林檎のような果実の風味が混じっている。
自分はそれが一番に好みで、次も食べるために、ワイングラスにリボンが結ばれたケースからそれを探す。
赤紫のギャブロディーはダイヤモンドのように透き通っていて食べるのが勿体ない。とか言いつつ、心の中では始めより小さくなってしまった口の中のギャブロディーが早く溶けきらないか、まだかまだかと待っていた。それなのに、まだ今のギャブロディーを味わっていたいと矛盾が生じているのも事実である。
『せーじゅ!』
「ん?何?」
『何?じゃないわよ、今チャンスだってこと、わかってる?』
「チャンス…?」
『あのねぇ、いま、目の前の人と話すことが出来るなんてそうそうないの!なんでも聞いちゃいなさいよ!』
「あ…」
しまった、自分としたことが。ギャブロディーと空の事でいっぱいですっかり忘れていた。
聞きたいことは一杯あるけど、いざと言われれば、何から聞けば言いかわからない。
「あの、ひとついいですか?」
頭を悩ませていると、あまりの美味しさに破顔していた内の一人である透が小さく手を上げつつ訊ねた。
「今の机や椅子等ってどうやって出したんですか?」
「王たる僕の特権だよ。水属性限定魔法と魔方陣の応用ってところ。」
「あの、今度教えて貰ってもいいですか?」
透は目をキラキラ輝かせていた。すごい興味心だな。
生は苦笑いすると、「いいけど、僕しか使えないよ?」とだけあらかじめ伝えていたが、勿論、透はそれもわかっている。その上で聞きたいそうだ。
けれど透はこれからを考えて、長話をしないようにしてくれた。初めに当たり障りない質問をした辺り、このままギャブロディーと紅茶を楽しめば気になることを透が全て聞いてくれそうだけど、さすがにそれは悪いから、バトンタッチしよう。
「じゃあ次、せーじゅからいい?」
「勿論。」
「聞きたいことは多いんだけどさ。なんでせーじゅ達や空は異世界に来れたの?…いや、違う。もっと根本的に…そもそもこの異世界って、どういう位置付けになるの?数多ある世界の内のひとつってこと?」
特質や素質の事だってわかってない。今思えば、よくこれほどまでに無知のままここまで来れたなって思う。
生はポテトチップスのような薄い煎餅を一つつまんでから、微笑んだ。あれだ、何故か強者の余裕というか、そんなものが感じられた。自分は怒っちゃいないんだけど、早口で言ったからかな。
「君達がこの世界に来た時、全て話さないととは思ってたよ。ただ、何から話そうか…君達が知るべき昔の話からしようか。」
――時間もかかるから、お茶でも飲みながら。
小学生のような容姿だというのに、行動その全てが思慮深い大人のように見える。
「今から話すのは、我らが過ちとその償いの物語だよ。」
自分の口に残っていたギャブロディーは溶けきった。
それでも、自分はグラスの一番上の四分音符を新たに口に入れる事はしなかった。
甘かった後味が、だんだんと苦くなっていく。
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