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CASE1-4 1周目の7月1日

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そして放課後。

「――――っ!」
「あ、会長!」

HRの終了と同時に俺は教室を飛び出した。
抜かりなく下準備を整えていたので駆け出しはスムーズ。織原がなにか言っていたようだが、聞く耳なんぞもたぬ。
なんとなれば俺は本日の業務ノルマはすでに終えている。

したがって、放課後にまで奉仕活動に従事する義務はない。

俺は一刻も早くこの背中に貼りついた煩わしいシャツを脱ぎ捨て、クーラーをガンガンに利かせた部屋に篭り、スナック菓子片手に『たかが』ニュース見てナイター見てドストエフスキー読んで寝る予定で押しているのだ。

この崇高な予定を妨げる危険性があるカタブツ(織原)は撒いたし、心理的圧迫(聖良)はすでに調略済み。俺を邪魔する者は――

(…………あれ? 俺はなにか大事なことを忘れてないか?)

副会長、書記、どれも対応済みだ。残ってるのは……。

(!!!)

下駄箱からローファーを引き出すと俺はそこで反転、別ルートで裏門へと回る。
元々体力には自信がなく、脚力も当然人並み以下。それでも俺は懸命に走った。
ぶっちゃけた話、ヤツが真のラスボスといっていい。
もし、ヤツに見つかってしまえば、俺の壮大な計画は水泡に帰してしまう。

ピリリリリ!

裏門まで目前というところで携帯に着信。

一瞬の逡巡。

状況が状況なだけに無視すべきか迷ったのだが、発信元が他ならぬ聖良であったため、若干のペースダウンと引き替えにひとまず通話に出ることにした。

「はぁはぁ……ど、どうした、聖良? 埋め合わせなら、あとですると――」
『お兄様っ! いまどちらに!?』

電話越しの叫び声に俺は思わず足を止めてしまう。
その切羽詰まった声だけでただならぬ事態が起きたことは容易に想像がついた。

「あと少しで裏門だけど……」
『!!! お兄様! いますぐそこから逃げ――』
「――残念だが、ここまでだ。悠人」

(……………詰んだ)

聖良の警告を聞き終える前に、俺は全てを悟った。

スマホを耳に当てながら油の切れた機械のようにギギギ、と首を後ろに向けると、渦中の人物がいた。

ラスボスである。








生徒会執行部・会計――織原朱音おりはらあかね

副会長・織原藍莉と瓜二つの容貌から想像できるように、彼女たちは血の繋がった姉妹だ。それも双子の。

外見上の違いはといえば、藍莉はストレートロングヘア、朱音はそのロングヘアをポニーテールに結んでいるってところくらいか。
とにかく髪を下ろせば全くといっていいほど見分けがつかない。

だが内面に目を向けてみれば、学年次席である妹・藍莉とは対照的に、彼女は赤点の常連。しかし、それを補って余りあるほどのスポーツや武道全般に長けた、生徒会執行部きっての武闘派である。

「朱音……何故ここが分かった?」
「副会長サマが、悠人なら必ずここに現れるだろうと一報をもらってだな」
「やっぱあのカタブツかっ!」
「……おい、わたしの愛する妹を捕まえて『カタブツ』とはなんだ? 貴様はどうやら自殺志願者らしいな」
「い、いえ……そんなことは……」
「ならば大人しくわたしに付いてこい。抵抗しても構わないが、意識の有無を問わず連れていくぞ?」

物騒なことを言いつつゴキゴキと拳を鳴らし迫り来る朱音に、俺は必死になって思考を巡らす。どうすべきか、どうすればこの状況を切り抜けられるのかと。
仮にこの場から逃げ出したところで一瞬で回り込まれることは目に見えている。

と、なれば――

「朱音、ちょっと俺の話を聞いてくれないか?」

交渉する他に選択肢はない。

「話を聞いてやっても別に構わないが、結果は変わらんぞ? お前には『家に帰る』という選択肢は無いのだからな」
「……………………」

とりつく島もないとはこのことである。

そもそも俺はそんなに悪いことをしたのだろうか?
レベル一桁の村人に拳王を派遣されるほど俺は地球規模でなにかやったのか?

ふつふつと沸き上がる不条理感を胸に、俺は静かに決意した。

「生徒会室に帰ります」
「よろしい」

俺の戦いは、まだほんの幕開けにすぎないのだ。





「学園という閉鎖空間に埋没する諸君に一言いっておきたい」

生徒会室に場所を移したところで第2ラウンドの開始である。

俺はデスクを両手で叩き椅子から立ち上がると、正面の長机にそれぞれ座る3人の役員を見渡しながら言った。

「教育とは人格の完成を目的とするが、とりわけ重要なのは個人の価値と尊厳に基づいた自主性である。俺はその尊い自主的精神において『放課後はすぐに帰る』という新たなルールを設けた。往々にして自らに課したルールを破った瞬間から堕落が始まるのであって、俺を生徒会室に縛り付け、拘束せしめる諸君らのやっていることは、犬畜生にも劣る所業であり――」
「会長、満足したら業務に戻ってください」
「……はい」

冷淡な口調と目つきで俺の演説を一蹴する織原によって、俺の戦いは完全敗北を以て幕切れと相なった。

「お兄様……わたくしがもっと早く朱音さんの動きに気づいていれば……申し訳ありません」

聖良は心底申し訳なさそうに、深々と俺に頭を下げてくる。

できればやめてほしいと思った。
俺が惨めになるだけだ。

「聖良は悪くないよ。悪いのは――」
「悠人。なんだ、その目は?」
「別に」

俺はジト目で朱音の方に視線を送ったのだが、当の本人は何処吹く風。

「姉さん、ご苦労様でした」
「いや、悠人がいないとわたしも少々困ると思っていたのでな、はっはっは」

織原が朱音の労をねぎらう。しかし朱音の口からは聞き捨てならぬ言葉が飛び込んできた。

「俺がいないと困るって……朱音、お前まさか……」
「うむ、わたしの業務は山積みだっ」

胸を張って言うことじゃないと思う。
もしやこの姉妹は最初から俺を手伝わせる気で拉致ったんじゃなかろうな?
そう考えるとだんだん腹が立ってきた。

「俺は手伝う気ないからな?」
「まあまあ、そんな冷たいこと言わずに、な? ちなみに藍莉から聞いてるぞ、悠人は昼休みの間に自分の業務ノルマを終わらせたとな」
「知ってるならなおタチ悪いわ!」
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