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第十三話 馬鹿なこと
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バートンはルーカスをそのまま肩の上に抱き上げると「さ、家に帰ろうか」と言った。
ルーカスは幼子をあやすように扱うバートンに抗議しようと思ったが、もう疲れ果てて声もでなかった。
バートンに手をひかれるまま車に乗り、そして邸宅に戻る。もう二度と来ないと思った場所に数十分で戻ってくることになって、少し気恥ずかしい。
特にルーカスの世話をしていたロイには合わす顔がない。ルーカスは顔を伏せた。
サロンのソファに座って、バートンは言った。
「何か食べるものを持ってこさせようか。何も食べていないらしいじゃないか」
ルーカスは答える。
「食欲がなくて……」
「じゃあ、私が作ってあげよう」
「え?」
ルーカスは目を瞬いた。バートンは胸を張る。
「ノウに教わったんだ」
「父さんに?」
「少し待っていなさい」
サロンにロイとルーカスだけが残る。ルーカスは腹をくくった。
ルーカスはロイに呼びかけた。
「あの」
使用人たちがにこやかに進み出る。彼は無事に戻ってきたルーカスの姿を見て胸をなでおろしていた。
「あ……えと」
ルーカスはためらった。帰って来たのはいいが、これからどう振るまうべきかまではわかっていなかった。
それで、ルーカスは謝罪の言葉だけを口にした。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
ロイは丁寧に片膝を折ると、右手を胸に当てた。
彼はダン帝国人らしい金髪に青い目をしている。その目を潤ませて、彼は言った。
「お戻りいただけて、私はほんとうにうれしく思っております……」
ルーカスはほっと息をはいた。
「なんだか、僕もいっぱいいっぱいで……」
そう言って今度はぺこりと頭を下げる。ロイは血相を変えた。
「頭を下げられる必要など……」
ロイはルーカスの肩に手を置く。年かさの彼は、目じりに皺を刻んで優しい笑みを浮かべる。
「坊ちゃんはバートン様のご子息であらせられます。そして我々はお仕えする者です。どうか、主人らしくふるまってくださいませ」
この言葉にルーカスは驚いた。
「主人って……僕はカントット人だし……そんなこと……」
ロイは首を振った。
「少しずつ、学ばれていけばよろしいのですよ。私が坊ちゃんをお支えしますから」
ロイは穏やかな声でそう言う。
ルーカスはその笑みを心強く思った。これから自分がどうなるのか、まだわからない。
しかし、自分には何か役割を期待されている気がした。
ルーカスは「がんばります」と答えた。
しばらくすると、バートンが「できたよー」と明るい笑みと共に戻ってきた。
彼が作って持ってきたのはミルク粥だった。
それは確かにかつて、父であるノウが作ったものによく似ていた。
もっとも、ノウが作ったミルク粥が盛られていたのはこんな美しい陶器の椀ではなかったし、当時貴重品になっていたチーズはのっていなかった。
ルーカスは粥の湯気を顔に浴びたあと、ゆっくりとスプーンで粥を掬って口に入れた。甘いミルクの香りは同じだ。幼い頃、父が熱を出したルーカスのためにひと匙ひと匙すくって食べさせてくれた夜が、温かさを伴って思い出された。
「……おいしい」
ルーカスは言った。それは初めてチョコレを食べたときとは違う感動であった。お腹の奥がぽかぽかしてくる。
バートンは笑った。
「私もよくノウに作ってもらったよ……懐かしいな」
ルーカスはこっそりと目をあげてバートンを盗み見した。
彼は頬杖をついて目を細めていた。
長いまつ毛が影を落としている。
その影に、心臓が跳ねた。
ルーカスは誤魔化すように粥をまたひと匙口にはこぶ。
よく噛まないうちに飲み込む。
次はもう味がわからない。
「こら、ゆっくり食べなさい」
バートンが言う。
「はい」
平静を装って答えながら、ルーカスの頭の中には疑問が浮かんでは消えた。
――ほんとうに、そうなのだろうか。
またひと匙すくう。
湯気の向こうのバートンと目が合う。
その目は美しい虹色の光彩をたたえている。
――父さんと、この人が知り合いなら……。
粥を飲み込む。今度はゆっくりと。
――ほんとうに、僕はこの人の息子なんだろうか。
喉を通る温かい粥。
ルーカスは父のことを思った。いま、彼はほんとうに父に会いたかった。そして、ほんとうのことを知りたかった。バートンに優しくされればされるほど、ルーカスはその思いを強くした。
バートンはゆっくりとルーカスの額に唇を寄せた。ダン帝国ではこうした行為を親子の親愛を表す行為としてよく行うらしかった。
カントット国にはない習慣だ。ルーカスの心臓はまた跳ねた。
父に会いたかった。
そしてほんとうに自分がバートンの子であるなら、父に、「バートンはお前と血がつながっているから、馬鹿なことを考えるんじゃない」と叱ってほしかった。そしたら、この胸の高鳴りのことは忘れることができるのに。
脳内にあの写真に写ったバートンが浮かんでは消えた。
そしてその写真に恋焦がれた日々。
ルーカスはゆっくりと手の甲に爪を立てた。
ルーカスは幼子をあやすように扱うバートンに抗議しようと思ったが、もう疲れ果てて声もでなかった。
バートンに手をひかれるまま車に乗り、そして邸宅に戻る。もう二度と来ないと思った場所に数十分で戻ってくることになって、少し気恥ずかしい。
特にルーカスの世話をしていたロイには合わす顔がない。ルーカスは顔を伏せた。
サロンのソファに座って、バートンは言った。
「何か食べるものを持ってこさせようか。何も食べていないらしいじゃないか」
ルーカスは答える。
「食欲がなくて……」
「じゃあ、私が作ってあげよう」
「え?」
ルーカスは目を瞬いた。バートンは胸を張る。
「ノウに教わったんだ」
「父さんに?」
「少し待っていなさい」
サロンにロイとルーカスだけが残る。ルーカスは腹をくくった。
ルーカスはロイに呼びかけた。
「あの」
使用人たちがにこやかに進み出る。彼は無事に戻ってきたルーカスの姿を見て胸をなでおろしていた。
「あ……えと」
ルーカスはためらった。帰って来たのはいいが、これからどう振るまうべきかまではわかっていなかった。
それで、ルーカスは謝罪の言葉だけを口にした。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
ロイは丁寧に片膝を折ると、右手を胸に当てた。
彼はダン帝国人らしい金髪に青い目をしている。その目を潤ませて、彼は言った。
「お戻りいただけて、私はほんとうにうれしく思っております……」
ルーカスはほっと息をはいた。
「なんだか、僕もいっぱいいっぱいで……」
そう言って今度はぺこりと頭を下げる。ロイは血相を変えた。
「頭を下げられる必要など……」
ロイはルーカスの肩に手を置く。年かさの彼は、目じりに皺を刻んで優しい笑みを浮かべる。
「坊ちゃんはバートン様のご子息であらせられます。そして我々はお仕えする者です。どうか、主人らしくふるまってくださいませ」
この言葉にルーカスは驚いた。
「主人って……僕はカントット人だし……そんなこと……」
ロイは首を振った。
「少しずつ、学ばれていけばよろしいのですよ。私が坊ちゃんをお支えしますから」
ロイは穏やかな声でそう言う。
ルーカスはその笑みを心強く思った。これから自分がどうなるのか、まだわからない。
しかし、自分には何か役割を期待されている気がした。
ルーカスは「がんばります」と答えた。
しばらくすると、バートンが「できたよー」と明るい笑みと共に戻ってきた。
彼が作って持ってきたのはミルク粥だった。
それは確かにかつて、父であるノウが作ったものによく似ていた。
もっとも、ノウが作ったミルク粥が盛られていたのはこんな美しい陶器の椀ではなかったし、当時貴重品になっていたチーズはのっていなかった。
ルーカスは粥の湯気を顔に浴びたあと、ゆっくりとスプーンで粥を掬って口に入れた。甘いミルクの香りは同じだ。幼い頃、父が熱を出したルーカスのためにひと匙ひと匙すくって食べさせてくれた夜が、温かさを伴って思い出された。
「……おいしい」
ルーカスは言った。それは初めてチョコレを食べたときとは違う感動であった。お腹の奥がぽかぽかしてくる。
バートンは笑った。
「私もよくノウに作ってもらったよ……懐かしいな」
ルーカスはこっそりと目をあげてバートンを盗み見した。
彼は頬杖をついて目を細めていた。
長いまつ毛が影を落としている。
その影に、心臓が跳ねた。
ルーカスは誤魔化すように粥をまたひと匙口にはこぶ。
よく噛まないうちに飲み込む。
次はもう味がわからない。
「こら、ゆっくり食べなさい」
バートンが言う。
「はい」
平静を装って答えながら、ルーカスの頭の中には疑問が浮かんでは消えた。
――ほんとうに、そうなのだろうか。
またひと匙すくう。
湯気の向こうのバートンと目が合う。
その目は美しい虹色の光彩をたたえている。
――父さんと、この人が知り合いなら……。
粥を飲み込む。今度はゆっくりと。
――ほんとうに、僕はこの人の息子なんだろうか。
喉を通る温かい粥。
ルーカスは父のことを思った。いま、彼はほんとうに父に会いたかった。そして、ほんとうのことを知りたかった。バートンに優しくされればされるほど、ルーカスはその思いを強くした。
バートンはゆっくりとルーカスの額に唇を寄せた。ダン帝国ではこうした行為を親子の親愛を表す行為としてよく行うらしかった。
カントット国にはない習慣だ。ルーカスの心臓はまた跳ねた。
父に会いたかった。
そしてほんとうに自分がバートンの子であるなら、父に、「バートンはお前と血がつながっているから、馬鹿なことを考えるんじゃない」と叱ってほしかった。そしたら、この胸の高鳴りのことは忘れることができるのに。
脳内にあの写真に写ったバートンが浮かんでは消えた。
そしてその写真に恋焦がれた日々。
ルーカスはゆっくりと手の甲に爪を立てた。
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