シークレットベイビーだった俺(Ω)の運命の相手は父(α)でした

深山恐竜

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第十五話 父の足跡

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 ルーカスがカルヴァに来てふた月が過ぎた。カルヴァは夏の盛りである。突き抜けるような蒼穹が下界を見下ろしている。

 ルーカスは昼ご飯を済ませたあと、窓際の長椅子でぼんやりと本を読んでいた。
 本は邸宅の図書室から適当に選んだものだ。内容は理解できるところもあれば、できないところもあった。図書室には難しい専門書や教養書が多かった。
 今日、ルーカスは最初に飛行機を作った男の自伝書を選んでいた。専門的な飛行機の仕組みはルーカスにはさっぱりわからない。それでも何もしないよりましかと思い、ただ挿絵を眺めていた。
 要するに、ルーカスは時間を持て余しているのだ。

 ちょうどそこにバートンがやって来た。
「やあルーカス」
 バートンは仕事を終えたらしく、長ズボンに簡素なシャツを着ていた。ダン帝国軍がカントット国に上陸して早10カ月。この頃、司令部の状況はずいぶんと落ち着き、バートンはこうしてたまに仕事を半日休めるようになっていた。

 ルーカスは少しくすぐったいような気持ちで彼を「バートンさん」と呼んだ。
 ルーカスがバートンお手製のミルク粥を食べたあの日以来、二人の間で二つの変化があった。そのひとつが名前で呼び合うということだ。
 バートンは「父上」と呼ばれることを望んだが、ルーカスは頑として首を縦に振らなかった。その結果、「バートンさん」と呼ぶことで折り合いがついたのだ。

 バートンは尋ねた。
「何を読んでいるんだい?」
「『飛行機と生涯』です」
 バートンは意外そうな顔をした。
「ルーカスは飛行機が好きなのかい?」
「そういう訳ではないんですけど……僕、イレの街の工廠に動員されていて、そこで飛行機の部品を作っていたので……読めるかな、と思ったんです。でも難しくて。見ているだけです」
 バートンはひょい、と本を摘まみ上げるとぱらぱらと頁をめくった。眉間に皺が寄る。
「難しい本だねぇ」
「バートンさんでもわかりませんか」
「私は陸軍の人間だから」
 そう言うと、バートンは本をルーカスに返し、隣に座った。

 天気は快晴である。カルヴァの夏は雨が少ない。一年のうちでもっともよい季節である。バートンの邸宅の庭ではカビラセの花が最盛期を迎えていた。カビラセは低木で、うす紫の小さな花をいくつもつける。二人はしばし黙ってその花を眺めた。
「うん。そうだね」
 ふと、バートンが言った。
「え?」
「ルーカスは本が好きだし、勉強するのもいいかもしれない。家庭教師を呼ぼうか」
「ええ?」
「嫌かい?」
「いや……その……それは……うれしい、です。僕、中等学校までは進学していたんです」
 ルーカスはよろこんだ。彼は七歳から幼民学校に通い、十二歳で卒業した。成績は悪くなかった。運よく中等学校への推薦をもらえて進学したが、卒業はできなかった。家には金がなかったのだ。
 バートンは尋ねた。
「なんの先生を呼ぼうか?」
「僕……物理学が、好き、です」
 ルーカスは十五歳から工廠で働いた。働きながら、暇を見つけては工廠の片隅に置かれていた工学の本を読んだ。

 ――数学、力学、物理学。
 ルーカスの胸は高鳴っていた。彼は学費の問題によって中等学校で勉学をあきらめざるを得なかったが、勉学に対しては人一倍関心をもっていた。飛行機が飛ぶしくみを知りたい、船が進むしくみを知りたい、鉄道が走るしくみを知りたい。ルーカスは新しい時代の新しい学問が好きだった。

 バートンは「勉強好きなところもノウに似ているね」と言い、それから「じゃあ、先生を探しておくよ」と付け加えた。
 ルーカスはバートンに尋ねた。
「……父さんは、大学で何を勉強していたんですか?」
「ノウは哲学を専攻していたよ」
 バートンの答えの「センコウ」の意味をルーカスは知らなかったが、なんとなく「哲学を勉強していた」という意味だろうということは推測できた。それはルーカスにとって予想外の答えだった。ルーカスは首をひねった。
「哲学……」
 飛行機が飛び、船が逆風の中を進み、鉄道が走るいまの時代にそぐわない学問だと思った。

 そんなルーカスの疑問を察してバートンが答えた。
「いまこそ哲学の時代さ」
「そうなんですか?」
「ほんの50年前、戦争といえば銃を構えて国境付近で戦うことを指した。でも、いまは違う。飛行機を使って空で戦い、潜水艦を使って海中で戦う。人間はいまものすごい速度で時代を進めている。哲学はものごとの本質を見極める学問だ。変わっていく時代において、いまこそ人間は本質を見失ってはいけないのさ」
「本質……」
 ルーカスは少し考えた。本質。それはルーカスには難しい考え方のように思えた。

「哲学に興味があるかい?」
「ええっと……」
 問われて、ルーカスは答えに窮した。興味があるかどうかを判断するにはその学問を知らなさすぎた。それで、ルーカスは別の話題を振った。
「バートンさんも哲学を勉強していたんですよね?」
「――ああ。カルヴァ大学でね。懐かしい思い出だ。実は、まだカルヴァ大学に昔私たちに教えてくれていた先生が在籍されていてね。カントット国に来てすぐの頃に会ったんだ。そうだ、ルーカスもその先生の講義に出てみるといい。ほんとうに学ぶ意思を啓発するのが上手な先生だから」
「え? カルヴァ大学の講義に?」
 それはとんでもないことのように思えた。しかし、バートンはこともなげに言う。
「別に、私がひとこと言えば構わないさ。ちょうど秋から講義がはじまる。正規生としてじゃなくて、聴講生として、気軽に。どうだい?」

 カントット国最高教育機関の講義を聞ける。またとない機会であるが、それよりもルーカスには気になったことがあった。
「……その教授に父さんのこと、聞いてもいいですか?」
「ノウのことを?」
「はい。どうして大学を辞めたのか、とか……」
 ルーカスは少しだけ嘘をついた。彼が一番知りたいのは、自分がほんとうにバートンの子どもであるか、だ。それを知るために、その教授に昔の父とバートンの関係を聞きたかった。
 バートンは言った。
「実は、もう私も先生にノウのことを尋ねたんだけど……でも、うん、そうだね。自分で聞かないと気がすまないこともある。先生に時間をとってくれるように連絡しておくよ」
 それを聞いて、ルーカスは安堵した。先日からずっと抱えている靄を晴らせるかもしれない。

 父に教えていた先生に会う。それは父の足跡を拾い集める行為のようだ。
 そこにルーカスが求めている答え――ほんとうに自分はバートンの子なのか?――があるはずだ。

 バートンは言った。
「それで? 先生に会うのはいいとして、講義はどうする?」
「う、受けてみます……哲学を勉強したら、父さんのこと、もっと知ることができるかもしれませんし。……講義についていける自信はないですけど」
 ルーカスはおずおずと了承を示すために顎を引いた。

 そんなルーカスを見て、気をよくしたバートンは言った。
「それで? いつ私のことは父と呼んでくれるんだい?」
 ルーカスは目を丸くして、それから乾いた笑い声をおとした。
「はは……」
 バートンはルーカスにこれほど多くのものを与えてくれる。そこにとある期待が込められているのをルーカスは感じ取っている。つまり、親子としての関係を築くことである。
 ルーカスはその期待に応えるべきか否か、いや、応えられるか否か、自分自身を図りかねていた。

 バートンはふわりと笑うと、朗らかに言った。
「まあ、別に急がないよ。ゆっくり知るといい。私のことも、ノウのことも」
 バートンはルーカスの頭を撫でると「じゃあ、夕食のときにまた」と言い残し、ゆっくり立ち上がって去っていった。

 夕食を共に食べる。これが二人の間に起こった変化のふたつめである。これはルーカスが求めたことだ。ルーカスはバートンと会って、話ができることを喜んだ。
 もちろん、バートンも夕食の時間をいつも楽しみにするようになっていた。



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