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第二十二話 自覚
しおりを挟む大学へあいさつに行った翌朝、ルーカスはいつもよりずっと早くに目を覚ました。窓の外はまだ薄暗く、鳥の鳴き声も聞こえない。ひっそりとした静寂の中、ルーカスは昨日のバートンとの会話を思い出していた。
バートンが自分のことを大切に思ってくれているということはもうじゅうぶんすぎるほどに伝わっている。ルーカスの希望通りの家庭教師に、大学に、贅沢すぎる暮らし。バートンはルーカスを自分の息子だと信じて疑っていない。
「バートン父さん」
毛布にくるまって、小さな声でそう言ってみる。気恥ずかしくて、それでいてにがい気持ちになる。
苦しくて、ベッドの上で勝手に手足がばたばたしてしまう。思わずはあ、とため息が漏れる。そして、はっとする。そのため息があまりにも悩ましい、湿り気を帯びたものだったからだ。まさか自分からそんな湿っぽい吐息がでるとは思ってもいなかった。
ルーカスは奇妙な想像をした。自分の肺の中に自分が知らない、悩める乙女を飼っているというものだ。
その乙女はきっと川辺に座って花占いをするような子に違いない。好き、嫌い、好き、嫌い……。花弁が一枚一枚落ちていく。秋の風が花弁を攫う。旋風で花弁がくるくると踊る。
それを追いかけるうちに、目がぐるぐると回った。ルーカスは耐えかねて目をぎゅっと瞑った。
「ルーカス? 起きた? 大丈夫かい?」
「え?」
次に目を開けたら、バートンが覗き込んでいた。ルーカスはしばし状況が飲み込めずに口を開けて彼の虹色の光彩を見つめた。
バートンはルーカスの額に手を置いた。
「熱い。何か飲んだ方がいいね」
その言葉を聞いて、ルーカスはますます疑問でいっぱいになった。目だけを動かして周囲を見る。そこは寝る前と変わらず、自分に宛がわれた寝室である。
しかし、いつもとは違い、部屋の中には大勢の使用人たちと、胸に星と月の印――軍医を表す国際印――をつけた男がいた。彼らは一様にルーカスの方にぐっと首を伸ばし、ルーカスの様子を伺っている。
「あ…がぁっ…?」
いったいどうしたの、とルーカスは言うつもりだった。しかし、喉から出たのはしゃがれた声だけであった。
「あ、ぐっ……」
まるで喉の奥に熱いものが詰まっているようだった。ルーカスは何が起きているのか、目でバートンに問いかけた。
「無理してはいけないよ。悪い風邪をもらったようだから」
バートンは低く答え、ルーカスの胸をやさしく叩いた。
「が、がぜ……っ?」
「そう。さあ、水を飲んで。食べられるなら少し何か食べよう。そうしたら薬が飲めるからね」
勧められるままに水を飲む。ひんやりとした水が喉の奥に流れる。それでようやく、自分が冷たいものを欲していること、体が火照っていることに気が付いた。
「熱い……」
ルーカスが言うと、使用人たちが素早くルーカスの額の上に冷やした布を置いた。
「かわいそうに。疲れが出たんだろうね」
バートンはルーカスの頬を何度も撫でる。
「バートンさん、しごと……は?」
「そんなもの、いまはどうだっていいんだよ。……さっき注射してもらったからね、すぐに楽になるよ。あと……」
バートンが言い終わるのを待たず、ルーカスはまた意識を手放した。
次に気が付いたとき、窓の外は暗く、部屋の電気も消えていた。暗闇の中、手だけを動かすと、その手を別の手が包んだ。
「ルーカス。大丈夫だ。側にいるよ」
「バートンさん……」
バートンは使用人と医者を下がらせたあとも、寝ずにずっとルーカスの傍についていたのだ。
彼はベッドの脇に置いた椅子からゆっくりと立ち上がると、ルーカスの額の上に乗せてある布を交換した。火照った頬にその冷たさが心地よい。ルーカスはほっと息を吐く。
ゆっくりと口を開く。喉の痛みはずいぶんとよくなっていた。
「バートンさん」
呼べば、彼はぐっと身を乗り出してルーカスの顔を覗き込んできてくれる。
「ん? なんだい?」
「……なんでも、ないです」
バートンはくすりと笑って、ルーカスの頬に唇を寄せた。ルーカスは目を瞑ってそれを受け入れる。
同時に、胸の奥にすとんとある言葉が落ちた。
――好き。
ついにルーカスの中の胸の奥に灯っていた小さな灯りに名前がついた。いまはルーカスもそれを自覚した。
――ああ、僕、この人に恋してるんだなあ。
ルーカスは頭の上まで毛布を被った。いまきっと、自分は情けない顔をしている。それをバートンに見られるのが嫌だった。
「寝るのかい?」
バートンは心配そうに声をかける。ルーカスはその声に胸が締め付けられる。やさしい声、あたたかい部屋、すべてはバートンの息子として与えられたものだ。それ以上を望んではいけない。しかしルーカスの頭には欲望が渦巻いた。好きだと気が付いてしまったら、止められない欲だ。
ルーカスは毛布の中で唾を飲みこんだ。汗が出た。彼はいまから自分がしようとしていることの罪深さを理解していた。それでも彼はためらわなかった。
「僕……ノウ父さんに似ていますか?」
卑怯な言葉を吐く。これは罠だ。バートンはそれに気が付かずに頷く。
「ああ」
「やっぱり、僕、バートンさんの息子になれません」
「…………」
「それでも、僕、ここにいたいんです。ここにいてはいけませんか……?」
この答えをルーカスは知っている。父との写真を大切に持っているバートン。そして父に似ている自分。
「……君がたとえ戸籍上で私の息子になってくれなかったとしても、君はここにいていい。君を幸せにするのが、私の使命だ」
ルーカスはゆるゆると目を閉じた。
息子になれない、つまりバートンになんら利益をもたらさないというのに、傍にいることを許された。ルーカスは勝ち取った幸せをかみしめた。
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