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第七話 所謂、そういう病
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ついつい夢中になってしまって、俺の後ろから近付いてくる人影に気が付かなかった。
「何をしている」
「わあっ!」
頓狂な悲鳴をあげながら振り返ると、跳ね橋のところで俺を助けてくれた黒髪黒目の大柄な兵士が立っていた。彼の右手にはろうそくがある。
彼は険しい顔をしていた。
「勝手にうろつくな」
「え、あ……はい。すみません」
「ここでなにをしていた。返事によってはただではすまさんぞ」
彼は腰に太い剣を佩いている。
「ええっと……」
俺は口ごもる。
ポプラの木と楽しくお話していました、と素直に答えるわけにはいかないだろう。
――どうする? どう切り抜ける?
俺は唾を飲み込んだ。
俺が黙っていると、ププリエが口を開いた。
『ちょうどいい。セルジュ殿、すまないが、彼に伝えてはくれまいか』
ププリエの声が聞こえるのは俺だけのようだ。ププリエが話し出しても、目の前の男は微動だにしない。
『庭の奥の、そうだ、奥から二番目のポプラの木だが……。幹の奥深くにまで虫が入り込んでいて、痛い痛いと泣いているのだ。庭師に言ってとってやってくれないだろうか』
目だけでその木を探す。
あった。
奥から二番目のポプラの木。葉は青く、枝も元気そうに見えるが――。
――ププリエの言葉を信じるしかない。
俺の頭はかつてないほどに回った。そして、うまいこと立ち回るための計画を立てた。
唾を飲み込み、息を吐く。やるしかない。
「俺、その、木を育てるのが得意なんです。ちょっとポプラの木の様子が気になって見に来たんです。あのポプラの調子が悪そうですよね」
「木の調子?」
「中に虫がいるんじゃないですかね」
「……」
「明日、朝になってからでいいんで、庭師に言ってくれません? もし虫がいなくて、俺が嘘をついてるってなったら、俺のこと、打っていいですよ」
兵士は険しい顔をしたまま俺とポプラの木を見比べた。
何度かそれを繰り返したあと、彼は重々しく口を開いた。
「……いいだろう。部屋に戻れ」
「すみません、兵士様、お名前だけ教えていただけません?」
「ソールだ……」
俺は兵士の顔をまじまじと見た。日に焼け、眉間に皺があるが、その肌はまだ若く、同い年くらいなのかもしれない。
俺は頷いた。
「はい、ソールさんですね。じゃあ、俺は部屋に戻ります」
背を向け、足を踏み出す。背中にじりじりとした視線を感じるが、呼び止められることはなかった。
俺はほっと息を吐いた。――切り抜けた。
安堵したそのとき、後ろから兵士――ソールがぼそりと言った。
「いわゆる男児のそういう病気かと思った」
「え?」
振り返ると、男は肩をすくめて続けた。
「自分が神から不思議な力を身に与えられたと夢想する病気だ。お前も男なら一度くらいはかかったことがあるだろう? ――空に話しかけてみたり、剣に話しかけてみたりする、あれだ。木に話しかけるというのはなかなか斬新だ」
たっぷり、五拍。
俺は何を言われているのか理解した。
「……失礼しますっ!」
俺は真っ赤になって部屋に駆け戻った。なにやら恥ずかしい誤解をされた気がした。
俺は駆け足に部屋に戻る。
静かな夜だった。廊下では他に誰にも会わなかった。ただ俺の足音だけが響いている。
記憶を頼りに、俺に宛がわれた豪奢な部屋を見つけて、中に滑り込む。花瓶には大ぶりの花が生けられていて、さわやかな香りを放っている。
俺は深く息を吐いた。
無事に部屋に戻れたのはいいが、やはり部屋の奥にまで立ち入る勇気が出ず、結局その場に座ってエラーブルの帰りを待った。
少しするとエラーブルも戻って来た。
「ずいぶん帰るのがはやいな。ちゃんと働いたのか?」
彼は俺を見て怪訝そうな顔をする。俺は正直に答える。
「兵士に見つかっちゃってさ」
「はあ……」
エラーブルは呆れている。
「仕方ないだろ? 城の中だって警備があるんだから」
俺はそう反論する。しかしエラーブルは首を振る。
「寄ってきた兵士を物陰から絞め倒すくらいの気概はないのか」
「無茶言うなよ……! でも、うまいこと切り抜けたと思うよ?」
俺がポプラの木についた虫の話と、明日それを確かめるという話をすると、エラーブルは顎に手を当てて考え込み始めた。
そしてしばらくすると手を打った。
「なるほど、それはちょうどいい」
「え?」
彼はいい笑顔をしている。
「いいか、明日ポプラの木を庭師が見たあと、領主にこう言うのだぞ」
エラーブルの提案に、俺は目を見開いた。
「何をしている」
「わあっ!」
頓狂な悲鳴をあげながら振り返ると、跳ね橋のところで俺を助けてくれた黒髪黒目の大柄な兵士が立っていた。彼の右手にはろうそくがある。
彼は険しい顔をしていた。
「勝手にうろつくな」
「え、あ……はい。すみません」
「ここでなにをしていた。返事によってはただではすまさんぞ」
彼は腰に太い剣を佩いている。
「ええっと……」
俺は口ごもる。
ポプラの木と楽しくお話していました、と素直に答えるわけにはいかないだろう。
――どうする? どう切り抜ける?
俺は唾を飲み込んだ。
俺が黙っていると、ププリエが口を開いた。
『ちょうどいい。セルジュ殿、すまないが、彼に伝えてはくれまいか』
ププリエの声が聞こえるのは俺だけのようだ。ププリエが話し出しても、目の前の男は微動だにしない。
『庭の奥の、そうだ、奥から二番目のポプラの木だが……。幹の奥深くにまで虫が入り込んでいて、痛い痛いと泣いているのだ。庭師に言ってとってやってくれないだろうか』
目だけでその木を探す。
あった。
奥から二番目のポプラの木。葉は青く、枝も元気そうに見えるが――。
――ププリエの言葉を信じるしかない。
俺の頭はかつてないほどに回った。そして、うまいこと立ち回るための計画を立てた。
唾を飲み込み、息を吐く。やるしかない。
「俺、その、木を育てるのが得意なんです。ちょっとポプラの木の様子が気になって見に来たんです。あのポプラの調子が悪そうですよね」
「木の調子?」
「中に虫がいるんじゃないですかね」
「……」
「明日、朝になってからでいいんで、庭師に言ってくれません? もし虫がいなくて、俺が嘘をついてるってなったら、俺のこと、打っていいですよ」
兵士は険しい顔をしたまま俺とポプラの木を見比べた。
何度かそれを繰り返したあと、彼は重々しく口を開いた。
「……いいだろう。部屋に戻れ」
「すみません、兵士様、お名前だけ教えていただけません?」
「ソールだ……」
俺は兵士の顔をまじまじと見た。日に焼け、眉間に皺があるが、その肌はまだ若く、同い年くらいなのかもしれない。
俺は頷いた。
「はい、ソールさんですね。じゃあ、俺は部屋に戻ります」
背を向け、足を踏み出す。背中にじりじりとした視線を感じるが、呼び止められることはなかった。
俺はほっと息を吐いた。――切り抜けた。
安堵したそのとき、後ろから兵士――ソールがぼそりと言った。
「いわゆる男児のそういう病気かと思った」
「え?」
振り返ると、男は肩をすくめて続けた。
「自分が神から不思議な力を身に与えられたと夢想する病気だ。お前も男なら一度くらいはかかったことがあるだろう? ――空に話しかけてみたり、剣に話しかけてみたりする、あれだ。木に話しかけるというのはなかなか斬新だ」
たっぷり、五拍。
俺は何を言われているのか理解した。
「……失礼しますっ!」
俺は真っ赤になって部屋に駆け戻った。なにやら恥ずかしい誤解をされた気がした。
俺は駆け足に部屋に戻る。
静かな夜だった。廊下では他に誰にも会わなかった。ただ俺の足音だけが響いている。
記憶を頼りに、俺に宛がわれた豪奢な部屋を見つけて、中に滑り込む。花瓶には大ぶりの花が生けられていて、さわやかな香りを放っている。
俺は深く息を吐いた。
無事に部屋に戻れたのはいいが、やはり部屋の奥にまで立ち入る勇気が出ず、結局その場に座ってエラーブルの帰りを待った。
少しするとエラーブルも戻って来た。
「ずいぶん帰るのがはやいな。ちゃんと働いたのか?」
彼は俺を見て怪訝そうな顔をする。俺は正直に答える。
「兵士に見つかっちゃってさ」
「はあ……」
エラーブルは呆れている。
「仕方ないだろ? 城の中だって警備があるんだから」
俺はそう反論する。しかしエラーブルは首を振る。
「寄ってきた兵士を物陰から絞め倒すくらいの気概はないのか」
「無茶言うなよ……! でも、うまいこと切り抜けたと思うよ?」
俺がポプラの木についた虫の話と、明日それを確かめるという話をすると、エラーブルは顎に手を当てて考え込み始めた。
そしてしばらくすると手を打った。
「なるほど、それはちょうどいい」
「え?」
彼はいい笑顔をしている。
「いいか、明日ポプラの木を庭師が見たあと、領主にこう言うのだぞ」
エラーブルの提案に、俺は目を見開いた。
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