14 / 41
第十三話 いま泣け
しおりを挟む
本の虫、もとい、司書・ノワイエは知識欲の塊のような人物であるらしい。
彼はさんざん俺の持っている知識がほしいと捲し立てたあと、糸が切れたようにその場に座り込んだ。
そのとき向かいの部屋から物音が聞こえ、俺はあわてて呆然としている彼を連れて彼の部屋に入った。
上級使用人の部屋は俺に宛がわれた部屋よりも広かった。
家具もそれなりの質のものが置かれている。
本棚もある。そこにはノワイエが自費で集めているのであろう本がびっしりと並んでいた。
背表紙を見ると、自然科学から文学まで幅広く読んでいるようだ。
しばらくすると彼は正気に戻り、そして俺への非礼を詫びた。
「すまない、どうかしていた」
見事に直角に腰を折るノワイエを前にして、俺はぶんぶんと首を横に振った。
「いえ……あの、ほんとうに気にしないでください」
エラーブルは後ろでぎゃんぎゃんと吠える。
「いや! 気にさせろ! 謝罪させろ! 書庫の鍵を渡さなければ許さない、と言え! 罪悪感を抱かせるためにいま泣け!」
「んな無茶な!」
思わずつっこむ。虚空に向けていきなりつっこみをいれた俺を見てノワイエが目を丸くしている。俺は咳ばらいをしてごまかした。
――そういう計画かよっ。
【罪悪感を利用する女狐大作戦】、ほんとうに碌でもない作戦だ。
俺は内心悪態をつきながら、しかし彼の計画を進めるためにつらつらと嘘を並べたてた。
「……あの、夜更けに訪問してすみません。その、ティユルから、あなたが植物図鑑を持っていると伺って……お借りできないか相談したかったのです」
「あ、ああ……」
ノワイエは立ち上がって、本棚から一冊の本を取り出した。その本を俺に差し出す。
「これのことかい?」
「あ、はい」
その表紙にはたしかに【植物図鑑】とある。
「持っていくといい」
「いいんですか?」
「本は読むためのものだ。並べておくものではない」
そう言って、彼は黙った。俺は植物図鑑を受け取った。
沈黙が落ちる。
ノワイエはしんみりとしている。俺に対して罪悪感を抱いているのかもしれない。
エラーブルのせいとはいえ、申し訳ないことをしてしまった。
俺としてはさっさとこの暗い雰囲気の部屋から逃げたいのだが。
「行け! 泣け! めーぎーつーね!」
俺の後ろでエラーブルが謎の応援歌を歌っているから、そうすることができない。
俺はため息をついた。
――申し訳ないが、計画通りに彼の罪悪感を利用させてもらおう。
なんだかこちらまで罪悪感を覚えてしまう。いや、利用という言葉が悪い。
――森を救うためだ。「協力」してもらおう。
うん、許される気がするぞ。
俺はおずおずと口を開いた。
「その、さっき、本を書かないかとおっしゃってくださいましたけど」
「ああ……すまない、ほんとうに。酒を飲んでいたわけでもないのに……」
「書いてみてもいいですか?」
「え?」
「その、たしかに、俺があの樹木園でお世話した内容とか、記録しておけたらいいなあって。そしたら、俺以外の人もお世話できるようになりますしね」
「……それは、とてもいい案だ」
「ですよね! その、それで……」
俺は唾をごくりと飲み込んだ。そして切り出す。
「本を書く場所として、書庫をお借りできませんか? 俺の部屋は狭いですし、できれば調べものをしながら書きたいのですけど……」
ノワイエは眉をひそめた。
「……書庫は領主様のものだから、私の一存では……」
「で、ですよねー……」
俺はあっさり引き下がる。ほら、やっぱり駄目だっただろう、とエラーブルに目線を送る。すると。
――やばい。
エラーブルはまた人差し指を立てている。またやる気だ。
俺は息を止めた。
しかし、エラーブルが指を振るより先に、ノワイエが言った。
「でも、領主様に相談してみよう。あなたは読書家のようだからね」
「は、はい! よかった! ほんとうに!」
俺は大きくうなずいた。そして彼に貸してもらった植物図鑑を抱きしめる。
ちなみに俺は、本に触れるのはこれが人生初である。
彼はさんざん俺の持っている知識がほしいと捲し立てたあと、糸が切れたようにその場に座り込んだ。
そのとき向かいの部屋から物音が聞こえ、俺はあわてて呆然としている彼を連れて彼の部屋に入った。
上級使用人の部屋は俺に宛がわれた部屋よりも広かった。
家具もそれなりの質のものが置かれている。
本棚もある。そこにはノワイエが自費で集めているのであろう本がびっしりと並んでいた。
背表紙を見ると、自然科学から文学まで幅広く読んでいるようだ。
しばらくすると彼は正気に戻り、そして俺への非礼を詫びた。
「すまない、どうかしていた」
見事に直角に腰を折るノワイエを前にして、俺はぶんぶんと首を横に振った。
「いえ……あの、ほんとうに気にしないでください」
エラーブルは後ろでぎゃんぎゃんと吠える。
「いや! 気にさせろ! 謝罪させろ! 書庫の鍵を渡さなければ許さない、と言え! 罪悪感を抱かせるためにいま泣け!」
「んな無茶な!」
思わずつっこむ。虚空に向けていきなりつっこみをいれた俺を見てノワイエが目を丸くしている。俺は咳ばらいをしてごまかした。
――そういう計画かよっ。
【罪悪感を利用する女狐大作戦】、ほんとうに碌でもない作戦だ。
俺は内心悪態をつきながら、しかし彼の計画を進めるためにつらつらと嘘を並べたてた。
「……あの、夜更けに訪問してすみません。その、ティユルから、あなたが植物図鑑を持っていると伺って……お借りできないか相談したかったのです」
「あ、ああ……」
ノワイエは立ち上がって、本棚から一冊の本を取り出した。その本を俺に差し出す。
「これのことかい?」
「あ、はい」
その表紙にはたしかに【植物図鑑】とある。
「持っていくといい」
「いいんですか?」
「本は読むためのものだ。並べておくものではない」
そう言って、彼は黙った。俺は植物図鑑を受け取った。
沈黙が落ちる。
ノワイエはしんみりとしている。俺に対して罪悪感を抱いているのかもしれない。
エラーブルのせいとはいえ、申し訳ないことをしてしまった。
俺としてはさっさとこの暗い雰囲気の部屋から逃げたいのだが。
「行け! 泣け! めーぎーつーね!」
俺の後ろでエラーブルが謎の応援歌を歌っているから、そうすることができない。
俺はため息をついた。
――申し訳ないが、計画通りに彼の罪悪感を利用させてもらおう。
なんだかこちらまで罪悪感を覚えてしまう。いや、利用という言葉が悪い。
――森を救うためだ。「協力」してもらおう。
うん、許される気がするぞ。
俺はおずおずと口を開いた。
「その、さっき、本を書かないかとおっしゃってくださいましたけど」
「ああ……すまない、ほんとうに。酒を飲んでいたわけでもないのに……」
「書いてみてもいいですか?」
「え?」
「その、たしかに、俺があの樹木園でお世話した内容とか、記録しておけたらいいなあって。そしたら、俺以外の人もお世話できるようになりますしね」
「……それは、とてもいい案だ」
「ですよね! その、それで……」
俺は唾をごくりと飲み込んだ。そして切り出す。
「本を書く場所として、書庫をお借りできませんか? 俺の部屋は狭いですし、できれば調べものをしながら書きたいのですけど……」
ノワイエは眉をひそめた。
「……書庫は領主様のものだから、私の一存では……」
「で、ですよねー……」
俺はあっさり引き下がる。ほら、やっぱり駄目だっただろう、とエラーブルに目線を送る。すると。
――やばい。
エラーブルはまた人差し指を立てている。またやる気だ。
俺は息を止めた。
しかし、エラーブルが指を振るより先に、ノワイエが言った。
「でも、領主様に相談してみよう。あなたは読書家のようだからね」
「は、はい! よかった! ほんとうに!」
俺は大きくうなずいた。そして彼に貸してもらった植物図鑑を抱きしめる。
ちなみに俺は、本に触れるのはこれが人生初である。
43
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
目が覚めたら宿敵の伴侶になっていた
木村木下
BL
日本の大学に通う俺はある日突然異世界で目覚め、思い出した。
自分が本来、この世界で生きていた妖精、フォランだということを。
しかし目覚めたフォランはなぜか自分の肉体ではなく、シルヴァ・サリオンという青年の体に入っていた。その上、シルヴァはフォランの宿敵である大英雄ユエ・オーレルの『望まれない伴侶』だった。
ユエ×フォラン
(ムーンライトノベルズ/全年齢版をカクヨムでも投稿しています)
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる