庭師の推しごと!~人外と契約したので領主さまを推します~

深山恐竜

文字の大きさ
19 / 41

第十八話 おやすみなさい

しおりを挟む
 ディヌプの森に夏の日差しが降り注ぎ、地面に複雑な影をつくりだしている。

 俺はゆっくりと息を吸った。木の匂い、土の匂い。それが胸いっぱいに広がった。

 ――もう立ち入らないと思ってたけど……。

 ディヌプの森。俺が生贄に捧げられ、オルム様に救われた場所。
 嫌な感じはしなかった。森はいつも通りだった。俺の心もいつも通りだった。
 俺は土を踏みしめて森の奥に進んだ。

 エラーブルに言われた通り、オルム様はそこにいた。彼は目をつむって木にもたれかかっている。
「オルム様」
 俺が呼びかけると、彼は片目を開けて俺をちらと見た。
「……よくここがわかったな」
 彼はどこか気だるげだ。いつもはきちんと一番上まで絞められているシャツのボタンが二つもあいていて、そこから形のいい鎖骨が見えた。
 俺は赤面する。

 ――かあっこいいなぁ……。

 しかし、伊達に長年むっつりをやっていない。俺は興味ないですよ、よという顔をとりつくろって答える。
「まあ。偶然通りかかりまして……」
 嘘だ。ほんとうはエラーブルに教えてもらったのだ。

 ――「領主なら、いつもディヌプの森のオークの木の根の洞にいるぞ」

 俺は尋ねる。
「……なにをなさっているんですか」
「なにもしないをしているんだ」
「……」
 じっと見つめると、オルム様は観念したように言った。
「……寝付けなくてな。ここで昼寝をしようと試していた。まったく寝られなかったがな」
「……領主様として土地を治めるのって重圧がありますよね」

 いたわりの俺の言葉に、オルム様は首を横に振った。
「そうじゃない」
「え?」
「お前が知らないことで悩んでいるんだ」
 オルム様はどこか遠くを見た。その横顔は、俺が知らないものだった。
「……はい。すみません、出過ぎたことを……」

 知らないことばかりだ。世界のことも、彼のことも。
 俺は息を吐いた。何もかもを知るには未熟な俺だが、オルム様の役に立ちたい気持ちは本物だ。

 俺はオルム様の隣に座った。彼と同じ景色を見たかった。そして言う。
「俺、嘘をつきました」
「?」
「さっき、偶然ここに来たって言ったんですけど、ほんとうはオルム様がここにいるって知っていたんです」
「……それは」
「ここにいるって知っている人から聞きました」

 オルム様を見る。彼は相変わらず美しいが、顔には疲労の影が落ちている。

 俺は意を決して言った。
「薬を持って来ました」
「薬?」
「寝られる薬です。前に寝られないっておっしゃっていましたよね? それで、調べていたんです」

 ポケットから紙の包みを取り出す。
「サンシシの花を乾燥させて、炒ったものです」
 サンシシは背の低い木だ。若木ではあるが、本人(本木)に尋ねたらもうこれ以上は伸びないと言っていた。サンシシは初夏のこの時期に白い可憐な花をつけた。

 サンシシはこう言った。
「人間はよく私の実を食べていましたよ。よく眠れる効果があるそうです。でも小鳥たちは私の花のほうがよく効くと話していましたね」
 それで、俺はこの花を薬として用意したのだ。

 おずおずとオルム様を見る。
「ど、どうですか」
 オルム様は数回瞬いた。
「サンシシはどこの国の木だったか……」
「エンです。東方の……」
「ああ……シルクの国」
「……」
 不審に思われてしまっただろうか。俺は手の上の薬をひとかけらとると、口の中に放り込んだ。
「毒じゃありませんよ」
 オルム様はあっけにとられた顔でこちらを見る。
「……疑っていない」
 彼はふ、と笑った。
「飲もう。水はあるのか」
「あ、はい。どうぞ」
 俺が差し出した水筒を傾け、彼はいっきに薬を飲み干す。

 オルム様は目を閉じる。そして数拍後。
「効いてこないな」
「気が早すぎます。そんなにすぐ効きませんよ……」
「なら、効くまでなにか話をしてくれないか」
「話、ですか? どんな?」
「なんでもいい。お前の話を聞かせてくれ」

 俺はためらったあと、自分のこれまでの人生を語った。
 それはそれほど面白い話ではない。ふつうの夫婦の、ふつうの子として生まれ、ふつうに畑を耕し、豚を放牧した日々の話だ。

 そんな俺の面白味のない話を、オルム様は黙って聞いていた。
 俺は幸せだった時代の話をした。そしてその話は終わる。

 オルム様が口を開く。
「そんなふつうの子が、生贄に選ばれたのか」
 俺は苦笑した。
「両親が死んでしまったので」
「立場の弱いものを狙うのは最低だ」
「しかたないこともありますよ」
「そうだろうか」
「そうです。くよくよしても仕方ありません。それに、生贄に選ばれたおかげで新しい友達が二人もできましたし、ノワイエ司書のおかげで勉強もできています。なにより、オルム様のお側にいられます」
「ふっ」
「なんで笑うんですか」
 オルム様はこちらを見た。その目があまりにも澄んでいて、俺は目を伏せる。
「……お前は強いな」
「俺が強くなれたのは……オルム様のおかげですよ」
「私は強くないぞ」
「え?」
「こうして、いつも森に逃げ込んでいるんだ」

 俺は弾かれたように顔をあげた。オルム様は真剣な顔をしていて、冗談を言っているようには見えない。

「逃げ込んでって……」
「逃げ込んでいる」
「……」
 オルム様は喉の奥で笑った。自分をあざけるかのように。
「私は幼いころから嫌なことがあったらこの森に逃げ込むんだ」
「……」
「最近ではしょっちゅうだ。この森は、いい森だからな」

 オルム様は目を細める。なるほど、彼も俺と同じらしい。
「俺も、この森は大好きですよ。死にかけましたけど」

 そう、この森が好きなのだ。
 俺は胸いっぱいに森の空気を吸い込んだ。初夏。風はぬるく、光はやわらかい。
 ふと、俺の肩にオルム様がもたれかかった。彼のあたたかい体温が伝わってくる。

「おおおお、……オルム様!?」
 動揺する俺に、オルム様は目をこすりながら言った。
「……眠くなってきた」
「あ……」

 風が吹いた。ここには俺とオルム様以外に誰もいない。
 森はやさしく俺たちを隠し、包んでくれている。
 やがて隣から寝息が聞こえ、彼の胸がゆっくりと規則正しく上下に動くのが見えた。

 ――死ぬ! 幸せすぎて死ぬ!

 穏やかな空間で、俺の心だけが大恐慌だった。
 しばし心の嵐が吹き荒れたあと、少しの平穏が訪れる。

 俺は夢の中に旅立った人に向かって小さく言った。
「――おやすみなさい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる

路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか? いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ? 2025年10月に全面改稿を行ないました。 2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。 2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。 2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。 2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...