庭師の推しごと!~人外と契約したので領主さまを推します~

深山恐竜

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第二十二話 足るを知る

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 その夜、いつものように俺の部屋にオルム様がやってきた。

「入るぞ」

 さっそうとやって来たオルム様。鈍色の髪、きれいな鼻筋、長い足。ああ、今日も今日とて。


 ――尊い!
 俺は「んぐう」と言葉にならない悲鳴をあげて彼を拝む。今日もその姿を拝見させてくださってありがとうございます。神様、森の精様、オルム様。生きててよかった。

「……お前のそれは何なのだ」
 オルム様は床に跪いて祈りを捧げはじめた俺を見下げてあきれ顔だ。
 俺はまた感動する。
「オルム様がしゃべった……!」
「もういい加減慣れたらどうだ」
「あきれた顔も、いい……!」
 鼻を押さえる。出ていないけど、俺の頭の中では鼻血が出ている。出ていないけど。

 オルム様はやれやれ、と肩をすくめる。俺がオルム様に慣れるより先に、オルム様の方が俺に慣れてしまったようだった。うれしいことだ。これで堂々と彼を拝めるというものだ。
 俺が今日という一日をオルム様がすこやかに暮らせたことを神に感謝していると、オルム様はさっさとベッドに横になった。
 そして髪をかきあげて、俺に手を伸ばす。

「……ほら、来なさい」
「ぐはっ……」
 破壊力抜群の笑顔を向けられて、俺は床に倒れ込む。そしてぴくぴくと震わせる。もうだめだ。

 ――神よ……!

 天国はここにあったのだ。救済はここにあったのだ。
 俺がぶつぶつと神への感謝を述べていると、あきれ顔のオルム様に抱えられてベッドまで運ばれた。

 ――もう死んでもいい。

 ベッドに降ろされたとき、オルム様に手ずから納棺してもらった気持ちだった。

 俺は半分昇天しかけているというのに、オルム様はそんな俺のとなりでいつも通りだ。
「今日は何をしていたんだ?」
 ふつうに雑談をはじめてしまう。
 部屋の隅でエラーブルがうめく。
「……小さな一人用ベッドに二人で横たわって、薄い夜着ごしに体温を感じて……、それですることが雑談……嘘だろう……貴様らは赤ん坊なのか?」

 俺は彼を無視してオルム様に答える。
「今日はですね、ティユルの恋愛相談にのっていました」
「ほう? ティユルの? 相手はソールだな」
 オルム様にすぐに言い当てられて、俺は苦笑した。
「やっぱり、ティユルってわかりやすいですよね」
「彼は子どものころからそうだからな」
「へえ」

 オルム様は喉の奥でなつかしそうに笑う。そうか。三人は幼馴染でもあるのか。
 そこまで考えて、はたと気が付く。
「でもよく考えたら、ティユルとソールはくっついても問題ないですよね。身分差があるわけでもないし」
「よく考えたら?」
「はい。ティユル、まるでソールとくっつけない理由があるみたいで」
 そうでなければ、妄想の中での致し方を訊いてくるはずかない。
 俺は首をかしげる。
「なんででしょう……」
 オルム様も首をかしげる。
「なんでだろうな……」

 少しだけ沈黙が落ちた。俺はティユルとソールのことを考えていた。明日ティユルに会ったらなぜ妄想で補う必要があるのか聞いてみよう。もしかしたら何か深刻な悩みを抱えているのかもしれない。
 俺がうんうんとうなずいていると、オルム様が俺の腰に手をまわしてきた。仰向けに寝る俺の耳元にオルム様の吐息がかかる。
「セルジュは好きな人はいないのか」
「すすす好きな人!?」

 あなたです! と言うには俺に度胸がなさすぎる。
 エラーブルはきらりと目を輝かせて「行け! 言え!」と叫んでいる。しかし聞いてほしい。もう俺の中でオルム様はそういう対象を超越してしまっているのだ。

 ――好きすぎて、好きと言うのも憚られて……。

「いますけど、いません」
 俺は答えた。オルム様はさらに問いを重ねる。
「それはどういう意味だ?」
「秘密です」
「この私に隠し事とはいい度胸だ」
 オルム様は手を俺のわきに移動させた。俺は身もだえた。
「く、くすぐったいです!」
「罰だ」
「ひゃ~!」

 一通りじゃれついたあと、ぽっかりと沈黙が作られた。
「オルム様?」
 静かになった彼の方をうかがうと、彼は困ったような顔をしていた。
「好きな人がいるのなら、私と噂になったのは迷惑か?」
「全然! まったく! その辺は大丈夫です!」
 俺は全力で首を振る。
「しかし、仕事にも影響が出ているのではないか?」
「俺は樹木園か書庫にしかいないので。ノワイエ司書はわかってくれています。あとは食堂ですけど、そこもだいたいティユルかソールがいるので」

 気にならないといえば嘘になるが、このオルム様を独り占めできる時間がなくなるのも悲しい。
 俺は胸を叩いた。
「オルム様とどんな噂になっても、俺はまーったくへっちゃらですよ!」
「そ、そうか……」
 オルム様はなぜか切なそうだ。俺はもっと胸をはった。彼に安心してほしかった。
 エラーブルはなぜか部屋の隅で「あちゃー」と言って頭を抱えている。一体なんだというのか。

 オルム様はまた言った。
「もし、ほかの目が気になるなら、夜に私の部屋に来てもいいんだぞ?」
「そっちの方が目立ちますよ」
「そんなことはない」
「それに、オルム様の寝室なんて行ったら………俺死にます!」
 鼻血の出過ぎで。もしくは抑えきれなくてなにかオルム様の私物を失敬してしまった罰で。

 オルム様はしゅんとした。
「……そんなに嫌か」
「嫌じゃないから無理なんです!」
 エラーブルは壁に頭を叩きつけた。
「いや、行け! いや、しかし……そうか……行っても無駄か……どうせ添い寝するだけ。どうしたらいいんだ……」
 例のごとく、森の精を無視して俺は言った。
「俺、いまのままでいいです」
 いまがほんとうに幸せなのだ。もうこれ以上は望んではいけないのだ。

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