庭師の推しごと!~人外と契約したので領主さまを推します~

深山恐竜

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第三十四話 あいしている

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 その夜、いつものようにオルム様は俺の部屋にやってきた。

 いつもなら「オルム様、今日も尊いっ……!」と膝から崩れ落ちて彼という存在に感謝をささげるのだが、今日ばかりはそうはいかなかった。
 俺たちは目が合うと、どちらからともなく照れ笑いをして、目をそらす。昨日お互いの素肌に触れてしまっていて、おまけに俺はオルム様への恋心を自覚してしまっている。それまで胸のときめきのままに行動できていたのに、いまは胸の奥がちくちくしてそれができなかった。

 彼は慣れた様子で俺のベッドに腰掛けて、俺に手招きをした。手招きをうけて、俺は彼の隣に座る。ふいに肩と肩が触れて、俺の心臓は跳ねる。

 オルム様はすぐに本題に入った。
「エートルから話を聞いた」
「はい」
「お前はいつも言葉不足だ」
「え」
 オルム様に対して思っていたことをずばり言われて、俺は言葉を失う。
「エートルことも、エラーブルのことも、なぜ黙っていた。まっさきに私に言うべきではないか」
「そう言われてみれば……そうかも……」
 ぐうう、と俺は黙る。たしかに、そうだ。言葉が足りないのは俺自身だった。
「エートル様とは、その、話せましたか?」
「当然だ。私の思いも伝えてきた。エートルはエートルで、領主の座は私と私の子が継ぐべきだと考えていたらしい」
「そうですか……」
「私は、あの子にお前以上の領主はいないと言った」
「それで、エートル様は、なんと?」
「謹んで受けします、と。シャテニエ領は自分が守るから、叔父上は叔父上の幸せを考えてください、と」

 俺はオルム様の顔を見た。彼は誇らしげな顔をしている。
「知らないうちに、大人になっているものだなぁ……子どもの成長は早い。守ってやらねばならんと思っていたが、もうじきに俺など越されてしまうぞ」
 噛み締めるように彼は言う。なるほど、エートルとオルム様はもうお互いをわかりあったようだった。

 俺はほっとして笑った。
「そうかもしれませんね」
「おい、こら。そこはちゃんと否定しろ」
「あはは。すみません」

 そこで話が途切れた。エートルとオルム様の話はこれで終わりだ。そしていよいよ俺とオルム様の話をはじめるときだ。
 俺は唾を飲み込んだ。息を吐く。どこかの本に書いてあるような高尚な言葉が浮かんできた。しかし、俺はそれらの言葉を飲み込んだ。いまは自分の言葉を使いたかった。俺は自分の気持ちをゆっくりとひも解いていく。

「俺、オルム様に命を救われて、そのときに願ったんです。オルム様のお役に立ちたいって。そのときにエラーブルが現れて、オルム様の役に立てる力を与えてくれる代わりに、オルム様から森をどうするつもりか聞き出せと言われました」
「力?」
「俺、木と話せるんです」
「ああ……なるほど」
「驚かないんですか?」
「いや、むしろ合点がいった。ポプラの木も、そういうことなのだろう?」
「はい」

 虫がついたポプラの木。いまはもうすっかり元気になっている。そう、その木からはじまった。

「俺、ほんとうにオルム様の役に立ちたくて」
「ああ。知っている。お前には救われた」
「俺がですか?」
「私は自分がまがいものの領主だと思っていた。エートルが成長するまでの、まがいもの」
「そんなことは……」
「そんな私でも民の命を救えた。そして、まっすぐに慕ってもらえた。お前は森の中で悩む私の手を引いてくれた。お前は私の光だ」

 ――光。

 そんなことを言われるとは思ってもみなくて、俺は言葉が見つからなかった。胸の奥にじんわりとあたたかさが広がっていく。
「オルム様……」
 オルム様が、感動している俺の肩を抱いた。
「セルジュ。船に乗ったことはあるか」
「船、ですか? ……ないです」

 俺は村から出たことがなかった。

「私はある。昔、両親に連れられて船に乗って、バーミーまで行った」
「バーミー……騎馬民族の国ですよね」
「よく知っているな」
「勉強しました」

 オルム様は俺の頭をなでてくれた。それだけで頑張ってよかったと思えた。
「バーミーは一面草原なんだ」
「草原?」
「そう。どこまでも、地平線まで続く草原だ。そこで人々は羊を飼い、女たちは結婚の持参金代わりに羊を持って行く。男は馬に乗り、鷹を操って狩りをする」
「へえ……すごい。全然フラヌとは違いますね」
「ああ。世界は広い」

 オルム様は言葉を切って、顔を伏せる。鈍色の髪が彼の頬にかかってその表情を隠す。
「オルム様?」
「エートルに領主の座を引き継いだら、船で旅に出ようと思っている」
 俺は息を飲む。
「いまは東側はどこも情勢が安定しないが、それでもその国々が持つ文化や技術は我が国を凌ぐ。直接、この目で見て回りたいんだ。領主をやっているより、よっぽど性にあっている」
 俺は胸を押さえた。

 昨日自覚したばかりの恋心が、じくじくと痛み出す。
 長い旅路。旅にでたら、彼はもう俺のことなど忘れてしまう気がした。

 オルム様はぱっと顔をあげた。
「ついてきてくれないか」
 まっすぐに、俺を見据える。彼は力強い目をしていた。
「へ?」
「いっしょに、世界を旅しないか」
 俺はおずおずと尋ねる。
「そっ……それは、その、抱き枕として、ですか」
 オルム様は肩をすくめて苦笑した。
「……察しの悪い奴だ」
「へっ?」
 オルム様は俺の両手をとる。そして手の甲にキスをひとつ落として――。
「結婚してくれないか」

 白馬の王子様が、見えた気がした。
 俺はその素敵な王子様に手を引かれて、海へ――。

 一拍置いて、俺は妄想の世界から舞い戻り、これが現実であることに気が付いて叫んだ。
「ええええ!?」
「なぜそれほど驚くのだ……」
「いやっ! え!?」
 喜びと驚きで動揺する俺とは対照的に、彼は肩を落とした。
「私はわりと順調に仲を深めていたと思っていたのだが……落ち込むな……」
「そんな! 元気出してくださいオルム様!」
「どの口がいうのだ……」
「いやあ……とっさに。オルム様に元気でいてほしくて、つい」

 頬を掻く。頬が熱い。その熱に気が付いて頬がゆるむ。

 オルム様は尋ねる。
「それで? 返事は?」
 俺は顔面に喜色を乗せて、力一杯に宣言した。
「愛しています、オルム様」
 たぶん、あなたが想像している百倍以上。
 俺はオルム様の首筋に抱き着いた。
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