魂魄シリーズ

常葉寿

文字の大きさ
16 / 185
第一章「闇割鬼往来(やみをさくおにのゆきき)」

【魂魄・壱】『輝く夜に月を見た』15話「輝夜の君」

しおりを挟む
 キザシとキジ、それにトキは貴武に憑いた「禍々しく邪悪な気」の正体を探ることを水面下で探る一方、命じられた朝廷軍部の仕事をこなす必要があった。

 直近に命じられた指令がこの宝探し……輝夜の君が求めたという「仏の御石鉢」だ。それにしても輝夜の君とは何者だろうか。

 数年前、獣の村の一角に住む老人が山で竹を採集していた際に光り輝く一本の竹を見つけた。不思議がり割ったところ中からたまのような赤ん坊が出てきたという。

 その赤ん坊はスクスクと美しく成長し各村々にまでその評判が広がり、それはついに朝廷にまで及んだ。

 キジは市中に広がった噂話を広く収集しまとめたものを簡潔に説明した。彼女は機動力に優れ、思慮深く、冷静に物事を分析するのが得意だ。

 キザシはいつも諜報活動の際には彼女に判断を一任していた。そんな聡明なキジは話を続ける。

「仏の御石鉢みいしばち蓬莱玉ほうらいぎょくの枝、緋鼠ひねずみかわごろも龍首りゅうじゅの珠、つばめが産し小安貝こやすがい……それらを婚姻の条件として五人の公達きんだちにお求めになったそうです」

 朝廷は国皇を筆頭に日ノ本を五つの地域に分断し自分の息子達に治めさせている。輝夜の君が獣の村出身である事から、狂都を治める貴武には仏の御石鉢が求められたのだった。

「……すでに次兄である紗君さきみ様は蓬莱玉の枝に見当が付いたとのことです。貴武陛下はひどく焦っておいでかと……」

 キジは理知的に分析し説明する。国皇の次男である紗君は幼い頃から優秀で麒麟児きりんじとも呼ばれ、長兄である貴武はいつも追い抜かれる恐怖で弟をうとんじていた。

 もちろん、これは朝廷の中枢ちゅうすいに深く入り込んでいるキジだからこそ得られる情報だった。

 彼女は続ける。

 優秀過ぎる紗君は先頭を走る長兄貴武の背後をピタリと追走し、兄が愚かな失敗をしようものなら、いつでもその後嗣権こうしけんをかすめ取ろうと虎視眈々こしたんたんと算段を練っているという。

 彼は狂都を主都とする貴武支配の地域以東を治めており、穢土えどと呼ばれる都を主とした関東全域を統括している。

「紗君閣下が先に宝を手に入れたら貴武陛下は大きな恥をかいてしまうでしょう。輝夜の君の評判は今や天下に広く知れ渡っていますので……」

「そうだね。何はともあれ僕達は仏の御石鉢を探そう。見当はついているかい」

「はい。仏とは死者のことを指していると思われます。輝夜の君が提示した宝物はどれも聞いたことのないものばかり。おそらく存在しない類か希少性の著しく高いもの……ですから名称にもひねりが加えられているはずと思いまして」

「なるほど、キジの分析はいつも素晴らしいね。確かに輝夜の君が結婚の条件に提示した物はどれも不思議だ。もしかすると結婚を拒んで考えたのかもしれないね」

「はい。結婚に対する真偽は分かりませんが穢土の更に北にある地域には、万物の命を操る『殺生石さっしょうせき』という岩があるそうです。この岩を削り出して作られた鉢が……」

「仏の御石鉢か……穢土には移動するだけでも数日はかかる」

「ハンッ、何をゴチャゴチャと面倒なこと言ってやがる」

 ずっと口を閉ざしていたトキが少しイライラとした様子で切り出した。

「輝夜の君は狂都にいるんだろ? 他の皇子より陛下の方が有利、直接会って仏の御石鉢の正体を聞けばいいじゃなねぇかッ」

「……」

 確かにトキの言う通りである。獣の村出身の輝夜の君は都にいる。ならば本人に直にあって聞き出すのが単刀直入なのではないか。少なくとも見当外れのものを探す時間は免れる。物事を難しく考える二人はポカンとして単純な思考のトキを見つめた……。

 ○

 貴武が治める狂都は国皇が居を構える御皇所ごこうじょを中心に衛士達による守りが固められた堀内、そして都人が暮らす堀外に分かれている。

 その少し西、竹林が荒れた山奥に皇子貴武の本拠地がある。その鬱蒼とした竹林に包まれた広大な山に聳え立つ大きな屋敷の一部屋に……輝夜は監禁されていた。

(なぜ、こんな事になってしまったのだろう)

 思えば卯の村で祖父母と過ごしていた頃は幸せだった。

 豪華とは言えないけれど慎ましくも清い暮らし。少しの野菜と雑炊だけの朝食を食べたら近所の子供達と野山を駆けて動物と戯れる。そんな当たり前の日常が朝廷の使いが迎えに来てからガラリと変わってしまった。

 見るから高価な召し物に一日に三度出る贅沢な菓子付きの御馳走。起床すると女中が髪を整え化粧も施してくれる。

 そして日に一回は「皇子」と名乗る男が来て執念深く求婚しにやってくる。その男が来る度に断っていたのだが、最近は男の弟と名乗る者が日ノ本の各地からやって来るようになった。

 彼女は思う。ぜにくらいで威張り散らす男との結婚なんて真平御免まっぴらごめんだ。だからを手に入れた者となら結婚する……という無理難題を提示した。

 どうせ誰も手に入れることはできないだろう。輝夜の君は小さな窓の横で溜息をついた。

(何より、私には「アレ」が必要だ。早く見つけないと……)

 嘘には真実を匠に織り込むことで信憑性が増す。五つの宝の中に彼女自身が欲しがる、実際に存在するアレを混ぜておいた。監禁されている今は自分で探すことはできない。ならば求婚してくるバカな皇子にそれを探せよう……という算段だった。

 輝夜の君はふと鏡を見る。そこには上品な身嗜みだしなみの美しい少女がいる。頭にはピョコンとウサギ耳が可愛らしく伸びており、長い黒髪は胸の下まで垂れ物憂ものうげな表情は御伽噺おとぎばなしに出てくる姫のようだ。

 まだ幼さが残る顔は艶々としていて、星が煌めく瞳、それに唇には控えめな紅が引かれている。ふと窓から外を眺めると月が見えた。頬に温かいものが流れるのを感じた。

「君だったのか」

 誰もいないはずの部屋。

 この屋敷には多くの侍女がいるが輝夜の住まいには彼女しかいない。一人にして欲しいと言い何人をも寄せ付けなかったのだ。そんな静寂を破ったのは誰の声であろうか。振り返った輝夜の瞳に飛び込んできたのは、数日前に卯の村で出会った青年だった。

「あなたは……卯の村で会った」

「キザシといいます。あの時の処置は見事だったね」

「それにしても……どうやってこの部屋に」

 キョトンとするウサギ耳の少女。彼女が幽閉された塔は貴武屋敷の中でも隔離された場所にあり、一つだけある扉は門番によって厳重に警備されている。皇子と侍女以外は登って来れないはずだ。

「お初にお目にかかります。私はキジ、この翼でここまで飛んで参りました」

「まぁ発案したのはオレだけどな。夜だから人目に付かずに来れたぜ」

「驚いたよ。キミが輝夜の君だったんだね」

 少女は美しい白い翼を持つキジという女性を見てなるほどと思った。

「……そういえば、自己紹介してなかったわね」

 そう呟くとウサギ耳の少女は長く伸びた美しい後ろ髪を後ろに払い、コホンと息を整えてキザシ達の顔を交互に見た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...