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第二章「海神懐潮風(わだつみなつのしおかぜ)」
【魂魄・壱】『輝く夜に月を見た』20話「召喚士」
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何とも言えない気まずい空気に海中が淀む。その沈黙をウミガメの浦島太郎がコホンと咳払いして破ると、彼は二人の手をとり握手をさせた。
「何はともあれ、お二人はめでたく再会したではありませんか。乙婀様は元の美しいお姿に戻ったしハル殿も本心ではナミ殿……乙婀様を嫌っている訳ではありません」
「……」
「……」
ハルは考える。もちろん乙婀を嫌ってなんかいない。ただ……あの時はああいうしかなかった。本心ではない。それではナミのことは? 夕日の海岸で語り合ったあの時間をどう感じた? 醜女と呼ばれた彼女のことをどう思っていたのか。
一方、乙姫も感じた。修行が完了し元の姿を取り戻せたが……大好きな少年から言われた一言は想像以上に深く心に突き刺さる……本当の姿を取り戻せた今、その言葉は「ナミ」に向けられたものだと思っている。けれど、夕日の海岸で語り合った、あの楽しい時間も「ナミ」のものだ。
沈黙して俯く二人にアチャーといった様子で頭を抱え込むウミガメ――そこへ。
「クラーケンだッ、ヤツに竜宮が見つかったぞッ」と周囲の者が俄かに騒ぎ始めた。
「グブブッ、つ、遂に竜宮の都を見つけたぞ……乙姫ぁどこだァ」
瓦礫の崩れる音。美しい海の都がクラーケンによってみるみるうちに破壊されていく。
獰猛で巨大な海獣の二つの腕は、武器屋を建物ごと持ち上げ防具屋を強靭な尻尾で破壊してしまう。クラーケンの進撃は周囲の建築物を無慈悲に破壊し続けながら着実に城へと向かっていた。
「マズい……このままでは竜宮の都が壊滅してしまう」
「なんて破壊力だ」
「予が行くしかあるまいか」
そう言うと乙婀は大きな移動式玉座を前進させ、謁見の間の先にある出窓から進撃する海獣に向かって叫んだ。
「クラーケンよッ……予はここじゃ、都の破壊を今すぐやめよッ」
「乙姫ェ、ようやく姿を現したなァァッ」
「予がお前の贄となろう……だからこれ以上、民を苦しめるでないッ」
「ムフゥ、乙姫が嫁になるのならッ」
クラーケンは四本の足で竜宮城に登り巨体を巻き付かせガッチリと爪を城壁に食い込ませる。太い両腕で乙婀のいる出窓を鷲掴みにすると、城壁から捻じりとった出窓ごと彼女を連れ去ろうとした。
「このままでは乙姫さまが連れ去られてしまうッ」
「浦島さんッ、何か助ける方法はないの?」
「くっ……あるにはあるが、この姿では釣り竿が持てない……こうなったら、ハル殿ッ」
「え?」
「一か八かですッ、あなたの掌には異なる才覚線があった。それに釣りに好かれていること。この二つからあなたに召喚の才覚があると思われます。それに賭けましょうッ」
「む、無理だよ……ボクにはできないよっ」
「以前は開花していなかっただけ……自分を信じるのです。迷っている暇はありませんぞッ」
浦島は竜宮の兵士達と共に音婀を連れ去ろうとする海獣に攻撃を仕掛けつつハルを諭す。このままでは音婀が連れ去られてしまう。
ハルは乙姫と浦島を交互に見たあと、キッと決意したように真っ直ぐに浦島を見据えて力強く応えた。
「わかったっ……お祖父ちゃんは百年に一度の天才陰陽士。きっとボクにもできるはずだ。浦島さん、ボクに召喚を教えてよッ」
浦島はそんなハルの瞳を真っ向から受け止めると強く頷いて続けた。
「よろしいッ、まず才能が必要でハル殿にはそれがある……二つ目は?」
「ええと……召喚する対象より優位であることッ」
「そうです。先ほどの醜女を思い出すのです」
「醜女はナミ……乙婀でしょ?」
「話している暇はありませんッ、記憶の泉に釣り糸を垂らし醜女を釣り上げるのです」
「記憶の泉……なにそれッ?」
「早くッ」
「くそッ、成るように成れッ」
そう言うとハルは「かつて自分が傷つけてしまったナミ」を強く思い出した。
『こんなブス、醜女なんて嫌いだ』
そう口から出てしまった言葉の刃に傷つくナミ。精一杯の笑顔で流れ落ちそうな涙を堪えていた。その切ない記憶が今も残る……記憶の泉。
そこには沢山のナミがいる。どれもがハルが知るナミだけれど、今まで彼は自分自身で気づいていなかったことが一つだけある。それは……
(見た目でナミのこと……好きになったわけじゃないッ)
そう。
醜女と都人たちから呼ばれていたナミ、元の美しい竜宮の姫であるナミ、そのどちらもがハルが好きになったナミであった。
なぜなら容姿は関係なく、ただ……ハルの苦悩や挫折感を優しく聞いてくれた……ナミの心の清らかさに好意を抱いたのだ。
彼は精一杯に釣り竿を振りあげ虚空へ向かって釣り糸を放つ。様々な記憶の断片で溢れ返る泉で、泣き沈む醜女に焦点を合わせる。
――ナミ、あの時はゴメン……ボクだって君のこと
ハルが釣り竿を思い切り振りかぶる。
遠心力で背後に跳んだ釣り針が虚無空間を越え記憶の泉にいる「醜女」の胸に命中する。
ハルが竿に力を込めると糸先から概念の重みが伝わってくる。その重みは傷付いた彼女の気持ちだ。竿がしなる。今だからこそ分かる。
「そうですッ、優位とは単純な力の差ではありません。他者を慮る慈しみの心です。弱い己を理解し律する強い心なのですっ」
「うんッ」
「そして三つ目ッ、記憶の泉との触媒……その釣り竿をクラーケンに向かって放つのですっ」
「釣り竿をッ?」
「早くッ」
「うん、やってみるッ」
ハルは竿先から糸を伝う彼女の気持ちを感じ取っていた。そして心から謝罪する気持ちで叫ぶ。そして感謝を糸に伝えると、何よりも思いのたけを竿にかけて力を込めた。
「ナミィィィィッッッ……好きだぁぁぁぁぁぁっっっっっ」
すると記憶の泉から釣り上げられた『概念』が形を成してクラーケンに放たれた。
醜女の概念がクラーケンの顔にベチッと当たり、その拍子に海獣が両手で持っていた出窓が落下する。このままでは乙婀が地面に強打されてしまう。
浦島は物凄い速さで泳ぐが間一髪で間に合わない……だれもが地面に叩きつけられる乙姫を想像して顔を背けた……が、玉座ごと彼女を受け止めたのは釣り竿を放り出して駆けつけた……たったいま成り立ての――駆け出しの召喚士だった。
海獣は顔に当たった醜女をしばらく見つめ頬ずりすると、落下した乙姫には目もくれず「共に愛の巣へ行こう」と満面の笑みを浮かべて竜宮をあとにして去るのだった――。
「何はともあれ、お二人はめでたく再会したではありませんか。乙婀様は元の美しいお姿に戻ったしハル殿も本心ではナミ殿……乙婀様を嫌っている訳ではありません」
「……」
「……」
ハルは考える。もちろん乙婀を嫌ってなんかいない。ただ……あの時はああいうしかなかった。本心ではない。それではナミのことは? 夕日の海岸で語り合ったあの時間をどう感じた? 醜女と呼ばれた彼女のことをどう思っていたのか。
一方、乙姫も感じた。修行が完了し元の姿を取り戻せたが……大好きな少年から言われた一言は想像以上に深く心に突き刺さる……本当の姿を取り戻せた今、その言葉は「ナミ」に向けられたものだと思っている。けれど、夕日の海岸で語り合った、あの楽しい時間も「ナミ」のものだ。
沈黙して俯く二人にアチャーといった様子で頭を抱え込むウミガメ――そこへ。
「クラーケンだッ、ヤツに竜宮が見つかったぞッ」と周囲の者が俄かに騒ぎ始めた。
「グブブッ、つ、遂に竜宮の都を見つけたぞ……乙姫ぁどこだァ」
瓦礫の崩れる音。美しい海の都がクラーケンによってみるみるうちに破壊されていく。
獰猛で巨大な海獣の二つの腕は、武器屋を建物ごと持ち上げ防具屋を強靭な尻尾で破壊してしまう。クラーケンの進撃は周囲の建築物を無慈悲に破壊し続けながら着実に城へと向かっていた。
「マズい……このままでは竜宮の都が壊滅してしまう」
「なんて破壊力だ」
「予が行くしかあるまいか」
そう言うと乙婀は大きな移動式玉座を前進させ、謁見の間の先にある出窓から進撃する海獣に向かって叫んだ。
「クラーケンよッ……予はここじゃ、都の破壊を今すぐやめよッ」
「乙姫ェ、ようやく姿を現したなァァッ」
「予がお前の贄となろう……だからこれ以上、民を苦しめるでないッ」
「ムフゥ、乙姫が嫁になるのならッ」
クラーケンは四本の足で竜宮城に登り巨体を巻き付かせガッチリと爪を城壁に食い込ませる。太い両腕で乙婀のいる出窓を鷲掴みにすると、城壁から捻じりとった出窓ごと彼女を連れ去ろうとした。
「このままでは乙姫さまが連れ去られてしまうッ」
「浦島さんッ、何か助ける方法はないの?」
「くっ……あるにはあるが、この姿では釣り竿が持てない……こうなったら、ハル殿ッ」
「え?」
「一か八かですッ、あなたの掌には異なる才覚線があった。それに釣りに好かれていること。この二つからあなたに召喚の才覚があると思われます。それに賭けましょうッ」
「む、無理だよ……ボクにはできないよっ」
「以前は開花していなかっただけ……自分を信じるのです。迷っている暇はありませんぞッ」
浦島は竜宮の兵士達と共に音婀を連れ去ろうとする海獣に攻撃を仕掛けつつハルを諭す。このままでは音婀が連れ去られてしまう。
ハルは乙姫と浦島を交互に見たあと、キッと決意したように真っ直ぐに浦島を見据えて力強く応えた。
「わかったっ……お祖父ちゃんは百年に一度の天才陰陽士。きっとボクにもできるはずだ。浦島さん、ボクに召喚を教えてよッ」
浦島はそんなハルの瞳を真っ向から受け止めると強く頷いて続けた。
「よろしいッ、まず才能が必要でハル殿にはそれがある……二つ目は?」
「ええと……召喚する対象より優位であることッ」
「そうです。先ほどの醜女を思い出すのです」
「醜女はナミ……乙婀でしょ?」
「話している暇はありませんッ、記憶の泉に釣り糸を垂らし醜女を釣り上げるのです」
「記憶の泉……なにそれッ?」
「早くッ」
「くそッ、成るように成れッ」
そう言うとハルは「かつて自分が傷つけてしまったナミ」を強く思い出した。
『こんなブス、醜女なんて嫌いだ』
そう口から出てしまった言葉の刃に傷つくナミ。精一杯の笑顔で流れ落ちそうな涙を堪えていた。その切ない記憶が今も残る……記憶の泉。
そこには沢山のナミがいる。どれもがハルが知るナミだけれど、今まで彼は自分自身で気づいていなかったことが一つだけある。それは……
(見た目でナミのこと……好きになったわけじゃないッ)
そう。
醜女と都人たちから呼ばれていたナミ、元の美しい竜宮の姫であるナミ、そのどちらもがハルが好きになったナミであった。
なぜなら容姿は関係なく、ただ……ハルの苦悩や挫折感を優しく聞いてくれた……ナミの心の清らかさに好意を抱いたのだ。
彼は精一杯に釣り竿を振りあげ虚空へ向かって釣り糸を放つ。様々な記憶の断片で溢れ返る泉で、泣き沈む醜女に焦点を合わせる。
――ナミ、あの時はゴメン……ボクだって君のこと
ハルが釣り竿を思い切り振りかぶる。
遠心力で背後に跳んだ釣り針が虚無空間を越え記憶の泉にいる「醜女」の胸に命中する。
ハルが竿に力を込めると糸先から概念の重みが伝わってくる。その重みは傷付いた彼女の気持ちだ。竿がしなる。今だからこそ分かる。
「そうですッ、優位とは単純な力の差ではありません。他者を慮る慈しみの心です。弱い己を理解し律する強い心なのですっ」
「うんッ」
「そして三つ目ッ、記憶の泉との触媒……その釣り竿をクラーケンに向かって放つのですっ」
「釣り竿をッ?」
「早くッ」
「うん、やってみるッ」
ハルは竿先から糸を伝う彼女の気持ちを感じ取っていた。そして心から謝罪する気持ちで叫ぶ。そして感謝を糸に伝えると、何よりも思いのたけを竿にかけて力を込めた。
「ナミィィィィッッッ……好きだぁぁぁぁぁぁっっっっっ」
すると記憶の泉から釣り上げられた『概念』が形を成してクラーケンに放たれた。
醜女の概念がクラーケンの顔にベチッと当たり、その拍子に海獣が両手で持っていた出窓が落下する。このままでは乙婀が地面に強打されてしまう。
浦島は物凄い速さで泳ぐが間一髪で間に合わない……だれもが地面に叩きつけられる乙姫を想像して顔を背けた……が、玉座ごと彼女を受け止めたのは釣り竿を放り出して駆けつけた……たったいま成り立ての――駆け出しの召喚士だった。
海獣は顔に当たった醜女をしばらく見つめ頬ずりすると、落下した乙姫には目もくれず「共に愛の巣へ行こう」と満面の笑みを浮かべて竜宮をあとにして去るのだった――。
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