魂魄シリーズ

常葉寿

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第三章「獣戦慄吼噦(けものわななくきつねのなきごえ)」

【魂魄・壱】『輝く夜に月を見た』22話「不死鳥伝説」

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 ――霊峰れいほう不死山ふじやま

 その昔。まだ邪馬徒やまと朝廷が日ノ本ひのもとを制圧する以前のこと。この土地では多くの半獣達が共に協力して穏やかに暮らしていた。

 しかし、ある半獣の族長が他の族長を殺めてしまう事件が起こる。殺められた部族の半獣達は族長を神山として崇める霊峰に丁寧に葬った。

 彼らは復讐することなく三日三晩ただひたすら神に祈り続けた。そして……族長が亡くなってから四十九日後に奇跡が起こる。霊峰の頂きから族長がよみがえったのだ。

 それからというもの、この霊峰は死から甦る復活の山――不死の山と呼ばれている。


 時は流れ、日ノ本をヒトである邪馬徒民族が支配するようになる。初めは抵抗した半獣も次第に服従し始め、彼らヒトに使役しえきされるようになる。

 そして日ノ本をはじめて統一した覇道皇はどうおうは息子に皇位を譲り、彼もまた統治者として成長し、邪馬徒民族を束ねる国皇……現在の日ノ本皇となった。

 彼は子宝に恵まれ五人の後継者を育てた。そして年に一度、各地域を治める息子達を神聖な霊峰に呼び集め、狩りの腕前を披露させ腕を競わせて、世間に邪馬徒の軍事力を誇示こじする儀式を行った。

 キザシとキジ、それにトキの三人は不死山の裾野に各陣営が置かれた「紗君さきみの陣」を目指していた。目的は紗君が入手したという「蓬莱玉ほうらいぎょくの枝」の奪取だっしゅだ。

 不思議な縁で繋がった卯の村の少女――月の民カグヤの頼みで「月への移動装置」を紗君から奪おうとしているのだが、それは同時に紗君の邪魔をすることで主君貴武きぶのためになるので都合もよかった。

 また、貴武を変貌へんぼうさせた原因となる「禍々まがまがしい邪悪な気」の正体や対抗策も探らねばならない。このままではカグヤにも危険が及ぶ。

 それというのもキザシにとってカグヤは恋愛の対象以上に特別に何か感じる部分があった。このウサギ耳の少女は不思議なことに、夢に出てくる少女と同じ懐かしい月見草の香りを放つのだ。

 キザシは幼き頃からたくましくしく利発で優秀だった。

 祖父母は「お前は特別だから」と言っていたが、年を重ねるにつれ他者との違いに苦しむようになる。有能故に感じる孤独、それを補ってくれたのが三人の半獣だったのだが、友と信じる彼らでさえ埋められない何かを感じていた。

 それを埋めてくれたのが――カグヤの放つ不思議な香り。

「蓬莱玉の枝か。紗君殿下は本当に入手したのかな」

「存在の確認が取れたら、明日の儀式に紛れて奪取しましょう」

「どんなもんか分からねぇけどな……」

「キジ、獣化けものかして偵察してくれるかい?」

「かしこまりました」

 紗君の陣営近くの物陰でキジは獣化して小鳥になった。ピヨピヨとさえずりながら彼らの頭上を回転して飛来したあと、他の小鳥に紛れて紗君の陣へと入っていく。

 この獣化は半獣であれば誰でもできるが、ふだん多くの半獣は危険性を配慮はいりょして獣化を行わない。

 キジは武人としての能力が高いので、仮に襲撃されたとしても瞬時に獣化を解き速やかに反撃することが可能だ。だからキザシの命令以外でも頻繁に獣化していたのだが、この日だけは……その油断は鳴き声と共に後悔へと変わった。

「ピーピーッ」

「キジの鳴き声、何があったんだッ」

「わかるのか?」

「助けを求めてる、行くよッ」

「お、おいッ、紗君に見つかっちまうぞ」

 飛び出るキザシをトキが制止するが伸ばした手は届かず、勢いよく走り込んだキザシと共に、転がるように紗君の陣営へと雪崩なだれ込んでしまう。

「おやおや、兄貴の部下は礼儀がなってないねぇ、光圀みつくに

御意ぎょい

 二人が目にしたのは獣化したキジを鷲掴みにした剛健な武人と、彼の背後にある台座で長い煙管きせるを吹かしながら足を組んでいる公達きんだちの姿だった。よく見ずとも貴武に似ている。だが優美な彼よりも髪は短く険しい雰囲気を醸し出していた。

「キジを返せッ」

「お前が紗君かッ」

「おやおや、行儀が悪いね。私の陣営で無礼なふるまいはやめて欲しいな……光圀」

 その公達――紗君が目の前にいる武人に指図すると、彼はキジを握った手にギリギリと力を込める。すると獣化を解けないキジが貧弱な小鳥の姿のまま、成す術もなくピーピーと弱々しくいた。

「クッ……」

「まぁ落ち着きなよ。私は君達と争うつもりはない」

 紗君の言葉を悟って剛健な武人は握りしめた拳を解きキジを自由にした。彼女はフラフラとキザシの元にすがるように逃げてくると、速やかに獣化を解いて再び元の姿に戻った。

 いくら獣化しているとはいえ一国の軍部副長をいとも簡単に握り潰そうとした光圀という武人は、その力がいかに強力なものかを示していた。

「君達はこれを狙っているんだろう?」

 紗君はふところから宝飾がふんだんに散りばめられた枝を取り出した。

「そ、それはまさか……蓬莱玉の枝、やはり入手していたのか」

「そう。輝夜の君が提示した宝の一つさ」

 紗君は両手で金銀珠玉きんぎんしゅぎょくの宝飾がなされた輝く枝を撫でながらキザシに言った。

「これが欲しいなら、あげてもいいよ」

「えっ」

「そのかわり……実は君達に頼みたいことがあるんだ」

「取引かッ」

「最近の貴武はおかしいと思わない?」

「……」

「私には西国で起こったことを逐一報告してくれる優秀な部下がいるんだ。聞いたよ……土蜘蛛征伐に鬼にかこつけた異人狩り、それにあのウサギ耳の少女……」

「……」

勾玉まがたまを見たことはないかい? 貴武を狂気に走らせたのは、あの勾玉だ」

「えっ」

 キザシとトキは驚いた。この第二皇子はどこまで事態を把握しているのだろう。

「私の住む穢土の北に禍々しい邪悪な気をまとった特殊な石があってね。石というよりは岩の大きさだけど……ある時、旅の行商が魅せられて石から鉢を削り出した。万物の命を操る生け殺しの石……殺生石さっしょうせきと呼ばれるそれから作られた石鉢に水を入れると、たちまち傷が癒える『延命の聖水』になったらしい。どんな傷も治るのだから不老不死の水と言っても良いよね」

「殺生石……」

「延命の聖水を生む石鉢……それってまさか」

「そう……『仏の御石鉢みいしばち』のことだよ」

「それも存在……したのか」

 キザシは驚愕した。カグヤは蓬莱玉の枝しか存在しないと言っていたが、仏の御石鉢まで実在したとは驚くのも無理はない。事実であるなら片腕を失ったシュテルンも治すことができる。いや、そればかりか……。

「ああ。生殺与奪せいさつよだつの神秘的な石鉢……当然、時の為政者いせいしゃ達はこの宝を奪い合った。まだ邪馬徒朝廷が日ノ本を治める前の話だよ。各地方を治める半獣の長達がこの石鉢を欲しがった。それまではお互いに協力し合って生きていたのに……怖いよね、生に対する執着。不老不死に対する憧れはいつの時代もあるんだね」

「……不老不死」

「そして遂に事件が起こる。ある半獣の族長が石鉢欲しさに他の族長を殺めてしまったんだ。この殺された部族の半獣達はいきどおって復讐するために立ち上がったけど、結局、彼らはなんの復讐もせずに亡き族長を神山として崇める霊峰――ここ不死山に丁寧に葬ったという。そして三日三晩、神に祈ると族長が亡くなってから四十九日後に奇跡が起こり、山が応えて霊峰の頂きからその族長――トリ族の半獣が甦ったという……これが俗にいう『不死鳥ふしちょう伝説』だよ」
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