魂魄シリーズ

常葉寿

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第五章「髑髏嗤縁仇(どくろがわらうえにしのあだ)」

【魂魄・壱】『輝く夜に月を見た』49話「ハルの力」

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九尾狐くびこぉぉぉぉぉぉッッッ」

 洞窟内にハルの怒号が響き渡り、釣り竿から放たれた皐月姫の概念が紅蓮ぐれんの火炎翼を広げ、大蛇、大蜈蚣、大蝦蟇の光り輝く魂と共に、無数の水触手を伴って九尾狐に襲いかかった。
 
 妖狐はニタリと邪悪な笑みを浮かべると「シツコイ鳳凰族メ、ソノ概念ヲ喰ライ永久ニ消滅サセテヤルッ」とうなり声をあげて迎え撃つ。

 崩壊してゆく洞窟の中で鳳凰族と妖狐は激しく衝突した。

 両者は周囲を爆風で吹き飛ばし、すれ違いざまに互いを振り返って再び対峙たいじする。強力な皐月姫の概念を召喚するに至ったが、その力の差はあまりにわずか。いや、むしろ紙一重で九尾狐が上のように一同は直感で感じる。

 まさに分の悪い五分と五分とその場にいる誰の目にも写った……だが、ハルは直ぐに体勢を立て直すと、再び釣り竿をふりかぶって、に意識を集中させて思い切り力を込めた。

「ハルの名において命ずる……出でよ……」

「それはまさかッ……」

「僕には運命の才覚線があるんだ」
 
 カグヤが目を見開き、ハルが今にも折れそうな釣り竿を極限までしならせて、記憶の泉からその『何か』を釣り上げようとする様子を見届ける。

 その『何か』は記憶の泉からヌッと頭を出し、怒りとも悲しみとも言えぬおぞましい形相で、青い血の涙を流し、その下顎から生えた牙は天を貫くほど上を目指し伸び上がっていた。

「ボクは百年に一度の……」

 ハルは何の躊躇ちゅうちょもなく、皐月姫と対峙した九尾狐にその『何か』を放出する。九尾狐は背中越しに異様な雰囲気を感じて振り返るが、なんの抵抗もできずただひたすら驚愕の表情を浮かべた。

「天才召喚士だぁぁぁッッ、滝夜叉たきやしゃぁぁぁぁぁァァッッ」

 ハルの咆哮ほうこうと共に記憶の泉から釣り上げられた滝夜叉が、溶岩をまとった牙邪髑髏がじゃどくろを従えて九尾狐へと向かう。

 その背には青い翼が広がり、長い胴をもつ巨大な髑髏が、無数の牙が生えた蝦蟇のような口を大きく広げて、蜈蚣のような脚を小刻みに動かしながら、大蛇のように獰猛に身をくねらせて九尾狐に襲いかかった。

 釣り竿はその瞬間にボキッと音を立てて限界に達して役目を終えた。九尾狐の前方には皐月姫が大蛇、大蜈蚣、大蝦蟇の魂を使役して水触手を操り、背面では滝夜叉が牙邪髑髏と共に九尾狐を狙う。

 ――よくも父上を、よくも人々を……その報い存分に受けるがよい

 鳳凰族と夜叉……二つの巨大な力が九尾狐を挟んで激しく衝突した。いかな妖狐でさえもその力の前に成す術もなく、瞬く間に力を失い小さくなっていった。

「カグヤッ、キジッ、今だッ」

「ええッ」

「はいっ」

 キジは強く頷くと獅子王にほどこされた陰陽の勾玉をじり取って、ある種の信念のような力強い眼差しを瞳に宿したカグヤに向かって投げた。カグヤはそれを受け取ると同時に声高に叫ぶ。

「月の病よッ、元居た場所に還るが良いッ」

「グァァアアッッ」

 精力が底を尽き弱体化した九尾狐が勾玉の中へと吸い込まれる。続けて彼女は腰に携えた蓬莱玉ほうらいぎょくの枝を素早く抜き取ると、頭上に高く掲げて力の限り叫んだ。

「蓬莱玉の枝よッ、我は不死山ふじやまにて迎えを待つ月の民……再び月へといざない給えッ」

 カグヤが叫び終わるや否や轟音が洞窟内に響き渡り、今にもキザシ達を飲み込もうとしていた溶岩の海がピタリと止まった。けれどそれもつかの間、再び勢いを取り戻した溶岩は柱となって天井高く昇っていく。

 それは洞窟の天井……不死山の底に穴を開けると、猛烈な勢いで噴射して一気に地上に噴き上げた。

 周囲の瓦礫がれきを巻き込んで溶岩が噴火する。

 そのおびただしい量の溶岩が作った巨大な穴から無数の星が煌めく空が見え、その小さな白い粒の一つが徐々に近付いて大きくなってくるのが一同の瞳に写った。

 が不死山の山頂に降り立つ頃には目視もくしできるほど大きくなり、光の柱を放って洞窟内にいるカグヤを照らした。彼女は勾玉の付いた蓬莱玉の枝を持ち、その光の柱へと吸い込まれていく。キザシとキジは異変に気が付き思わず叫んだ。

「カグヤ、待ってッ」

「カグヤさんッ」

「月に送り返すだけじゃダメなの……誰かが石を監視していないと……」

 カグヤは呟くと最後にニコリと笑って一同を見回した。その頬を涙が伝い、声は小さく震えていた。

「皆んなと会えて楽しかったよ…………ありがとね」

 宙船そらふねの放つ光の柱が蓬莱玉の枝を持つ月の民を優しく包む。

 駆け寄ったキザシやキジ、ハル、それにトキが近付くも……まるで結界が張られたように光の柱は彼らを受け入れず、手を振るカグヤに触れることさえ許さなかった。

 キザシは何かを感じ取ったのか、最後に声をふり絞って彼を見つめるカグヤに呟いた。

「また……また会えるよね」

「……うん。『きっと』ね」
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