魂魄シリーズ

常葉寿

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第五章「新説地獄変(しんせつじごくへん)」

【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』42話「冥王」

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 ――閻魔が鎮座ちんざしている裁きの間

 そこには無数の牛頭馬頭ごずめずに連れて来られた魂が、一人ずつ閻魔の前にひざまずかされ、前世の悪事を告白していた。「あ、あれ見て」とサロクが呟いて二人が目をやると、岩次、法界坊、それに入鹿の魂が泣いて閻魔大王に弁明している。

「全て……入鹿の旦那に言われてやったんだッ」

「そうだっ、アッシは悪くない。助けてくれぃ」

「キサマらッ、自分だけ助かろうとは……この恥知らずめッ」

 泣き叫ぶ二人を足蹴あしげにして怒る入鹿だが、彼の威厳いげんも閻魔大王には通用しない。彼らは牛頭馬頭に殴られるとシュンと大人しく黙り込んだ。

 そんな三人の前に赤鬼青鬼が大きな鏡を持ってきてドシンと置いた。

「あれは……浄玻璃じょうはりの鏡だ」

「なに、それ?」

「ニャハっ、真実を映し出す裁判の鏡だ。見てなよ」

 ムネが呟くと、鏡に次々に三人の行いが映し出され、悪事の数々が暴かれた。彼らは自らの欲や野望のために他者を傷つけ陥れていた。閻魔大王は無言で首を横にふると彼らに判決を言い渡す。

「岩次は黒縄こくじょう地獄、法界坊は邪淫じゃいん地獄、入鹿は叫喚きょうかん地獄にでも放り込んでおけ。次ィッ」

 閻魔の指示をたまわった牛頭馬頭が、泣き叫ぶ三人を強引に不気味な扉の向こう側に連れて行く。

 反対側にあるもう一方の扉は美しく慈しみ深い雰囲気を醸し出しているので、極楽であると想像が付いた。

「次の者、申し開きはあるか」

「アタイは悪いことはしてないけど……地獄に用があるんだ」

「なんだと。自ら地獄に行きたいだと? おかしな奴め……何が目的だ」

「仲間を助けに行くんだ。だからアタイ達を地獄行きにしろ」

「ムゥ怪しい奴……浄玻璃の鏡にかけてくれよう」

「いいよ。ウソついてないもん」

 ムネは山のように大きな閻魔大王に少しも恐れることなく胸を張って主張する。彼女の姿が鏡に映し出されると、鏡の中の彼女はヨイチサロクと共に、魔法陣の上に佇む怪物と対峙している姿が見えた。

「お前たちはまさか冥王……様に歯向かおうというのか」

「冥王だか何だか知らんけど、仲間を助けに行くんだ」

「しかし……本当にいいのか?」

「いいって言ってるじゃん。早くしてよ」

 ムネの態度に動揺する黄泉の住人たち。閻魔大王を中心に話し合い、ヨイチたち三人を地獄へ繋がる門にうながすと赤鬼青鬼が重厚な扉を開いた。

 暗闇の中へと消えていく三人を見つめ牛頭馬頭が閻魔に尋ねる。

「大王さま、本当によかったのでしょうか」

「中にいるアレの正体に彼らは気付いていません」

「ああ。冥王に敵うはずはない……が、あの娘は仲間を助け出せることを疑わない、そんな目をしていた。私は好きなのだ。あのような若者が……彼らなら一矢いっし報いることが出来るやもしれん」

 ○

 ――地獄最深部

 三人が扉を開けると無限に広がる阿鼻叫喚あびきょうかんの世界にただただ驚くしかなかった。

 血の海に針の山、言葉では表現できないほど暗く残酷で救いようのない、叫び声と泣き声しか聞こえない闇の世界。

 凶悪な地下世界の獄卒ごくそつどもが堕ちた魂を追いかけ拷問し食らっていた。何万回も責め苦を与えるが、魂は滅することなく、すぐに再生しては何億回も同じ苦行を繰り返している。

「あ、あそこか……」

「うん」

「ニャハ、行くよっ」

 三人は様々な地獄を進んで、果てにある最も深い場所にたつ巨大な扉の前に佇んだ。その扉は先ほどの地獄に入った扉より絶望的に邪悪で一度入った者は二度と出ることはできない、そんな望みのない場所であると容易に想像できた。

 仁王立ちして胸を張るムネが「開けゴマっ」と能天気に叫ぶが、ヨイチとサロクは額に汗を滲ませて恐る恐る、その重厚な扉を左右に開いた。

 ――ギィィッ

 鈍い音が地獄中に響き渡る。魂を追い駆け回していた獄卒たちも、拷問を受けていた魂もその音を聞いた途端にピタリと止まり、中へ入る三人を呆然と見つめた。地獄の住人たちは、ただただ無言で様子を見守っている。

「おい、冥王だか何だか知らんけど、出てきなっ。ムネちゃん達が仲間を救いに来たよ」

「お、おい……あんまり敵を刺激するなよ」

「うん……もうちょっと慎重にいかないと」

 階段を降りた先でヨイチとサロクが口々にムネを制止する。彼女は鼻息が荒く自信に満ち溢れていた。進むと真っ暗な空間が広がり、蛇のようにくねった長細い道を進んだ先は大きく開けている。それは漆黒の闇に浮かんだ大広間だった。

「落ちたら……死ぬな」

「ヨイチ、もう死んでるよっ」

 つま先で蹴った小石が大広場の端から落下する。通常であれば底に落ちれば音がするものだが、それが音を立てることは永遠になかった。息を飲んで顔を見合わせる。静寂を破ったのはこの世のものとは思えない邪悪な声だった。

 ――ソレハ奈落ならくノ底……地獄ノ更ニ下ニアル虚無ヘト続イテイル

 その声の主は、大広間の魔法陣の上に突如として現れた。無数の髑髏どくろが積まれた燭台しょくだいに照らされると、暗闇の中から黒山羊くろやぎの頭をした巨大な化物が、腐臭を放ちヌッと顔を出した。

「お前が冥王かッ」

「クミと野分の魂を開放しろ」

「滄溟の魂を返せッ」
 
 ――我ガ名ハ冥王バフォメット、魔王トモ悪魔トモ呼バレテイル。オ前タチガ大明日ト崇メル神ダ

「なにぃッ」

「お前が、大明日……ッ」

 ヨイチとサロクが魔法陣の上にドッカリと居座る化物を睨み付ける。

 その醜悪な怪物は漆黒の翼を携え、女性の胸と男性の隆々とした筋肉を持ち、皮膚は地獄の炎に焼かれただれている。その右腕は天井を指し左腕は底を指していた。両腕とも異国の文字が書かれていたが何と書かれているかは不明だった。

 黒山羊の頭は邪悪に輝く瞳を爛々らんらんと輝かせ、腐臭を吐きだして三人を見て言った。

 ――イイダロウ、暇ヲシテイタトコロダ。お前達ノ魂ト、コノ者達ノ魂ヲ賭ケ遊ブトスルカ
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