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第三章「苦愛離暫別(くあいはなれるしばしのわかれ)」
【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』23話「四姉妹の館」
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そして数日後。
いよいよ空腹とノドの渇きに限界を迎えた三人は、虫や草でも腹を満たせるゴジョウと異なり、瀕死の体で火焔城近くにある屋敷に辿りついた。
豪華絢爛な屋敷には、女岐という女を筆頭に西施、褒姒、妹喜という四姉妹が住んでいた。
彼女たちは強引に村から拉致され、檮杌の元で死ぬまで働かされているという。檮杌は人間の十倍は軽く平らげるほどの大食漢で、屋敷中に肉が干され、中庭の池には酒が満たされていた。
四姉妹は地下で眠る檮杌から救い出すことを条件に、キザシたちに豪華な食事を提供した。
「モグモグ……この豆腐、唐辛子と山椒が効いてカリジュワな挽肉は旨味だらけだッ」
「うんめーっ、この細く切られた肉と筍、それに緑色の野菜はシャキシャキとして歯応えが心地良いッ」
「うんうん、こっちの肉野菜の味噌炒めなんか旨味の宝庫、まさにご飯ドロボーだよっ」
三人は円卓を囲み、数日分の空腹を満たすように食らい付いたが、ゴジョウだけは離れた場所で娘たちに目を光らせていた。
「そうなんですか……お仲間が羅刹女に」
次女西施が同情し、柳眉を顰めてキザシを見つめた。大陸独特の青絹の衣服が体に張り付き、目のやり場に困ってしまう。
「お姉さま、火焔鉄扇を彼らにお渡ししましょう」
紅絹の衣服を纏った三女褒姒が隣に座るトキの肩に寄りかかる。甘い香りが彼の鼻腔をくすぐる。
「扇は檮杌さまの寝所にあります。盗み出すのは難しいわ」
彼女達の中で一番幼い黄色い衣服の少女が、アーンと口を開けるハルに料理を食べさせて言った。彼は幸福この上ないと言った表情で口を動かし、悦にひたっている。
「キザシさま、檮杌は寝付きが悪いですが、一度眠れば三日は起きません。その隙に……」
白い衣服の長女が山盛りの卵を持ってきた。その黒色の卵は卵白卵黄ともに黒く、通常のものより大きい。口に含むとトロリととろけた。
「イノコには悪いけど寝込みを襲おう……寝てからどれくらい経ちますか」
「二日目です。明日になると再び起きて三日は眠りません。盗むなら今夜がいいでしょう」
「そうですか、二人とも、そういうことだ……食べたらいくよ」
「ふぁはっは(わかった)」
「ほっへー(オッケー)」
キザシはまだ焼飯や大陸独特の麺を口に詰め込む二人に話した。遠くでゴジョウがヤレヤレと言った様子で首を横に振った。
○
――檮杌の寝所
地響きのように響く轟音に耳を抑えた三人は巨大な台座に近付いた。そこには山のように巨大な妖魔が、屋敷中を揺らすイビキをかいて熟睡している。
(……火焔鉄扇だっ)
ハルが眠り込んだ猪の頭上にある大きな扇を発見した。彼らは身長より高い場所にある台座によじ登り、足元から徐々に頭へと向かう。
ようやく巨大な顔の横まで辿り着くが、檮杌の頭より高い場所に飾られた扇は届きそうにない。
(よじ登ろう)
キザシはそう言うとトキの肩にのぼり檮杌の胸元に登った。彼女がイビキをかくたびに地響きがして落下しそうになるが、ハルを引き上げたあとは二人で協力してトキを持ち上げる。
「口が閉じた瞬間を狙って飛ぶんだ」
喉元に辿り着くとイビキのたびに開閉する口を狙い次々に飛び越えた。鼻に立って合流した三人はいつの間にか静かなことに気がつく。
「イビキが……しない」
三人が鼻から額に飛び移ろうすると巨大な目がギョロリと彼らを捉えた。
「うわぁぁぁッ」
思わず三人は足元を滑らせ巨大な猪から落ちてしまう。檮杌は徐ろに立ち上がると、足元の三人を見下ろし地底を揺るがす重低音で尋ねた。
「あら……起きてすぐ食事が用意してあるわ。気が利くようになったじゃない」
「滅相も御座いません。痩せこけた小僧たちなのでたらふく餌を与えておきました」
驚いたキザシたちが目をやると、翼の生えた四姉妹が檮杌の顔の周りを飛び回っていた。
「う、姑獲鳥……やっぱりワナだったか」
「愚か者め……自らが檮杌様の胃袋に入るとも知らず、豚のように食い散らしおって」
「檮杌様、足の一本は取って置いて下さいませ」
「私もお腹が空きましたわ」
檮杌は舌なめずりをして巨大な手でキザシたちを掴む。
三人は各々の武器を持ち迎撃しようとしたが、武器は音を立てて床に転がり落ちた。驚いて手を見ると丸々と肥えた手……というか足には、黒い蹄があり、彼らは文字通り「ブタ」になっていた。
「おバカなブーちゃんが食べてたのは私たちの卵よ。姑獲鳥は獲物に卵を産みつけブタにするの。孵化したばかりのヒナがお腹をすかせないようにね。サァ、わかったら覚悟を決めてブタのようにおなきッ」
「ブ、ブヒーッ」
キザシたちは口々に姑獲鳥を罵倒するが、口からはブヒブヒという鳴き声しかしない。
武器も持てず召喚も不可能な彼らは巨大な檮杌からブヒブヒと逃げ惑うだけだ。この絶体絶命の窮地を救ったのは姉妹の卵を食べなかったゴジョウだった。彼は慌てて檮杌の寝所に入ると声高に叫んだ。
「やはりな……なにか不可解と用心した甲斐があったわっ。二人とも……行くぞッ」
「はいッ」
「なんでゴジョウが仕切ってんだよ……たくッ」
そこには犬と猿の半獣の姿があった。念のためにキザシが入室前に魂を出現さしていたのだ。二人は螺旋状に飛びあがると檮杌に勢いよく突撃する。巨大な猪は想定外の攻撃を受け豪快に倒れた。
「キザシの言う通り、魂は長い時間は存在できない……おいイノコ、そろそろ目を覚ませッ」
ゴジョウが叫ぶと目を覚ました檮杌は、キザシの掌に消えていくサトリを見て不思議そうにゴジョウを見た。
「ご……ゴクウの兄ッ?」
「そうだ、イノコ。お前は姑獲鳥たちに騙されていたのだ」
「そうなの……なんてことをォォ」
巨大な猪は萎んで小さくなり、彼らと同じ半獣の姿に戻ると四姉妹を睨み付けた。そんな逞しいイノコを見て胸をなで下ろしたゴジョウは、武器を構えなおしてイノコとともに臨戦態勢に入る。
「今度はこちらの番じゃ。キザシたちを元に戻して貰うぞっ」
「そうブヒー、今までの仕返しにボコボコにしてやるブヒ、あんな醜い化け物にして……覚悟しろいッッ」
そんな二人の剣幕にチッと舌打ちした女岐は三人の妹を従えて火焔城へと逃げ飛んでいった。心配そうに駆け寄ったゴジョウは、イノコの持つ解毒剤を使って無事に三人を元の姿に戻した。
「よし、火焔鉄扇を手に入れた」
「この仕返しタップリとしてやるぜ」
「食事は美味しかったんだけどね」
キザシとトキとハル、それに大きな鉄扇を持ったゴジョウとイノコは炎で守られた火焔山に向かうのだった――。
いよいよ空腹とノドの渇きに限界を迎えた三人は、虫や草でも腹を満たせるゴジョウと異なり、瀕死の体で火焔城近くにある屋敷に辿りついた。
豪華絢爛な屋敷には、女岐という女を筆頭に西施、褒姒、妹喜という四姉妹が住んでいた。
彼女たちは強引に村から拉致され、檮杌の元で死ぬまで働かされているという。檮杌は人間の十倍は軽く平らげるほどの大食漢で、屋敷中に肉が干され、中庭の池には酒が満たされていた。
四姉妹は地下で眠る檮杌から救い出すことを条件に、キザシたちに豪華な食事を提供した。
「モグモグ……この豆腐、唐辛子と山椒が効いてカリジュワな挽肉は旨味だらけだッ」
「うんめーっ、この細く切られた肉と筍、それに緑色の野菜はシャキシャキとして歯応えが心地良いッ」
「うんうん、こっちの肉野菜の味噌炒めなんか旨味の宝庫、まさにご飯ドロボーだよっ」
三人は円卓を囲み、数日分の空腹を満たすように食らい付いたが、ゴジョウだけは離れた場所で娘たちに目を光らせていた。
「そうなんですか……お仲間が羅刹女に」
次女西施が同情し、柳眉を顰めてキザシを見つめた。大陸独特の青絹の衣服が体に張り付き、目のやり場に困ってしまう。
「お姉さま、火焔鉄扇を彼らにお渡ししましょう」
紅絹の衣服を纏った三女褒姒が隣に座るトキの肩に寄りかかる。甘い香りが彼の鼻腔をくすぐる。
「扇は檮杌さまの寝所にあります。盗み出すのは難しいわ」
彼女達の中で一番幼い黄色い衣服の少女が、アーンと口を開けるハルに料理を食べさせて言った。彼は幸福この上ないと言った表情で口を動かし、悦にひたっている。
「キザシさま、檮杌は寝付きが悪いですが、一度眠れば三日は起きません。その隙に……」
白い衣服の長女が山盛りの卵を持ってきた。その黒色の卵は卵白卵黄ともに黒く、通常のものより大きい。口に含むとトロリととろけた。
「イノコには悪いけど寝込みを襲おう……寝てからどれくらい経ちますか」
「二日目です。明日になると再び起きて三日は眠りません。盗むなら今夜がいいでしょう」
「そうですか、二人とも、そういうことだ……食べたらいくよ」
「ふぁはっは(わかった)」
「ほっへー(オッケー)」
キザシはまだ焼飯や大陸独特の麺を口に詰め込む二人に話した。遠くでゴジョウがヤレヤレと言った様子で首を横に振った。
○
――檮杌の寝所
地響きのように響く轟音に耳を抑えた三人は巨大な台座に近付いた。そこには山のように巨大な妖魔が、屋敷中を揺らすイビキをかいて熟睡している。
(……火焔鉄扇だっ)
ハルが眠り込んだ猪の頭上にある大きな扇を発見した。彼らは身長より高い場所にある台座によじ登り、足元から徐々に頭へと向かう。
ようやく巨大な顔の横まで辿り着くが、檮杌の頭より高い場所に飾られた扇は届きそうにない。
(よじ登ろう)
キザシはそう言うとトキの肩にのぼり檮杌の胸元に登った。彼女がイビキをかくたびに地響きがして落下しそうになるが、ハルを引き上げたあとは二人で協力してトキを持ち上げる。
「口が閉じた瞬間を狙って飛ぶんだ」
喉元に辿り着くとイビキのたびに開閉する口を狙い次々に飛び越えた。鼻に立って合流した三人はいつの間にか静かなことに気がつく。
「イビキが……しない」
三人が鼻から額に飛び移ろうすると巨大な目がギョロリと彼らを捉えた。
「うわぁぁぁッ」
思わず三人は足元を滑らせ巨大な猪から落ちてしまう。檮杌は徐ろに立ち上がると、足元の三人を見下ろし地底を揺るがす重低音で尋ねた。
「あら……起きてすぐ食事が用意してあるわ。気が利くようになったじゃない」
「滅相も御座いません。痩せこけた小僧たちなのでたらふく餌を与えておきました」
驚いたキザシたちが目をやると、翼の生えた四姉妹が檮杌の顔の周りを飛び回っていた。
「う、姑獲鳥……やっぱりワナだったか」
「愚か者め……自らが檮杌様の胃袋に入るとも知らず、豚のように食い散らしおって」
「檮杌様、足の一本は取って置いて下さいませ」
「私もお腹が空きましたわ」
檮杌は舌なめずりをして巨大な手でキザシたちを掴む。
三人は各々の武器を持ち迎撃しようとしたが、武器は音を立てて床に転がり落ちた。驚いて手を見ると丸々と肥えた手……というか足には、黒い蹄があり、彼らは文字通り「ブタ」になっていた。
「おバカなブーちゃんが食べてたのは私たちの卵よ。姑獲鳥は獲物に卵を産みつけブタにするの。孵化したばかりのヒナがお腹をすかせないようにね。サァ、わかったら覚悟を決めてブタのようにおなきッ」
「ブ、ブヒーッ」
キザシたちは口々に姑獲鳥を罵倒するが、口からはブヒブヒという鳴き声しかしない。
武器も持てず召喚も不可能な彼らは巨大な檮杌からブヒブヒと逃げ惑うだけだ。この絶体絶命の窮地を救ったのは姉妹の卵を食べなかったゴジョウだった。彼は慌てて檮杌の寝所に入ると声高に叫んだ。
「やはりな……なにか不可解と用心した甲斐があったわっ。二人とも……行くぞッ」
「はいッ」
「なんでゴジョウが仕切ってんだよ……たくッ」
そこには犬と猿の半獣の姿があった。念のためにキザシが入室前に魂を出現さしていたのだ。二人は螺旋状に飛びあがると檮杌に勢いよく突撃する。巨大な猪は想定外の攻撃を受け豪快に倒れた。
「キザシの言う通り、魂は長い時間は存在できない……おいイノコ、そろそろ目を覚ませッ」
ゴジョウが叫ぶと目を覚ました檮杌は、キザシの掌に消えていくサトリを見て不思議そうにゴジョウを見た。
「ご……ゴクウの兄ッ?」
「そうだ、イノコ。お前は姑獲鳥たちに騙されていたのだ」
「そうなの……なんてことをォォ」
巨大な猪は萎んで小さくなり、彼らと同じ半獣の姿に戻ると四姉妹を睨み付けた。そんな逞しいイノコを見て胸をなで下ろしたゴジョウは、武器を構えなおしてイノコとともに臨戦態勢に入る。
「今度はこちらの番じゃ。キザシたちを元に戻して貰うぞっ」
「そうブヒー、今までの仕返しにボコボコにしてやるブヒ、あんな醜い化け物にして……覚悟しろいッッ」
そんな二人の剣幕にチッと舌打ちした女岐は三人の妹を従えて火焔城へと逃げ飛んでいった。心配そうに駆け寄ったゴジョウは、イノコの持つ解毒剤を使って無事に三人を元の姿に戻した。
「よし、火焔鉄扇を手に入れた」
「この仕返しタップリとしてやるぜ」
「食事は美味しかったんだけどね」
キザシとトキとハル、それに大きな鉄扇を持ったゴジョウとイノコは炎で守られた火焔山に向かうのだった――。
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