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第四章「恩愛訣別関(おんないわかれのせき)」
【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』28話「溟真山」
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――狂都北部溟真山
この山は都中心部にありながら、古くから闇の者が住むと恐れられてきた。深い闇は夜だけでなく、昼でも旅人を迷わせる。「真に溟い山」と呼ばれる、この暗い森には誰も立ち寄ることはない。
――外法様がきた
これは山に住まう魔物が人里に現れ、ヒトや半獣を魔界に連れて行くことを意味していた。彼らは鼻の伸びた赤狗の顔で、一様に山伏の格好をして高下駄羽団扇を携えており、木の葉が落ちる瞬間に現れることから、木葉天狗と呼ばれていた。
自分たちと相容れない存在を拒絶する傾向は、ヒトや半獣だけでなく天狗もまた同じだ。
彼らは自分たちと異なる一部の天狗を烏天狗と呼び敵対関係にあった。なぜなら、少数派の彼らは知性が高く、ヒトや半獣にも好意的だったからである。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
ある日、烏天狗の一人が森の中で修行をしていると泣き声が聞こえた。
草木をかき分けて進むと、生まれて間もない赤子が薄布にくるまれ落ちていた。このままでは獣の餌になってしまうと烏天狗は思案し、赤子を隠れ家まで連れて帰ると温かな毛布でくるみ粥を与えた。
「かぁか、かぁか」
通常であれば生まれたばかりの赤子は母親の乳で育つものだが、この赤子は粥を平らげただけでなく烏天狗を指さして言葉を話した。
ただたどしいが明らかに烏天狗のことを指している。彼はこの赤子を育てよと天命を受けた気がして、運命に身を任せることを決意する。
「それにしても、どこからやって来たのだろう」
烏天狗が不思議に思うのも仕方なかった。なぜならここは大人でも足を踏み入れない魔境。自分たちの他には、稀に奇襲をかけてくる木葉天狗しかいない。
――遡ること数日前
覇道皇は遂に常磐の発見を受けて宗清の関に意気揚々と出向いた。彼は大皇を丁重にもてなし、煌びやかな装束に身を包んだ常磐を差し出した。
「覇道皇さま」
もう常磐は逃げも隠れもしなかった。
彼女はあれほど逃げ回った覇道皇に深々と頭を下げる。武人の妻であり子供たちの母親である、彼女の覚悟の表れだった。
そんな事に微塵も気付かぬ覇道皇は、喜び勇んで常磐を側室に迎えた。
だが、悠々自適な日々もつかの間。
彼は連れ子たちを疎ましく思い、邪剣に扱いだした。覇道皇は再び宗清を呼ぶと政の本丸である狂都でなく、戦の最前線である穢土に三人の息子を追いやろうとした。
「獅子が我が子を崖から落とす親心だ」と言う建前だったが、これには宗清も常磐も従うほかなかった。
一行が都を出て穢土に向かう途中、木葉天狗は魔界へ連れ去る獲物を探していた。そこへ通りかかる馬車。襲いかかろうとした瞬間に横槍を入れる者たちがいた。
それは獲物と同じヒトだったが、彼らは財宝を得ようと馬車を襲う盗賊だった。
「宗清さま……お逃げ下さいッ」
「武人が背を見せられるかッ、私も戦うぞ」
「都を出てまだ間もない。助けを呼んで下さいッ」
「し、しかし……」
「我らで押さえていますッ、その内にッ」
宗清はギリッと配下を悔しそうに睨み救援を求めて馬を走らせた。
あとに残った配下は必死に抵抗するが、次々と山賊の刃に倒れていく。そこへ獲物を奪わせまいと木葉天狗が山賊に襲いかかった。
混乱の最中、彼らは一番幼い赤子だけを連れて溟真山に帰った。
「弟は俺が守るッ」
「なんだぁ、このガキ……生意気に刀を持ってやがる」
「うおおッ」
今若が乙若を守ろうとして斬りかかるが、山賊の一人が軽々と避けて足をかけて転ばせた。彼は泥濘に顔から滑り込み、泥塗れで転がった。
「くッ」
「ふん。逆らうなんざ、百年早ぇんだよ」
「まぁ、待て。顔を見せろ……うん、良い面構えをしてるじゃねぇか」
山賊の大将らしいヒゲヅラの巨漢が、泥だらけの今若の顔を拭うと言った。
彼はこの辺りを牛耳る山賊たちの親分をしており、宗清たちを金銀を積んだ馬車と思い襲撃したという。
目当ての財宝でなく子供だったので同行していた女――山椒女という若い女山賊に兄弟を奴隷として売るように言った。
「弟を放せッ」
「全く煩いガキだ。大人しいこっちのガキの方が高く売れるだろうよ」
山椒女は暴れる今若に目もくれず、弟の頬を摘まむ。恐怖に怯える乙若を助けようと、今若が捕まえられた体で身悶えるが、叫び声も虚しく山椒女は弟を連れ去り闇の中へ消えていった。
「乙若ぁ……くッ……ゥゥッ」
「諦めろボウズ。山椒女は交渉が上手いんだ。奴隷商に高く売れるだろうよ」
「そんな……ちくしょうッ」
「名は何と言うんだ」
「山賊に名乗る名などないッ」
「ハハハッ、面白いガキだ。お前は年も過ぎて反抗的だから売れやしねェ。だから選べ、ここで死ぬか、それとも俺たちの仲間になるかだ」
この山は都中心部にありながら、古くから闇の者が住むと恐れられてきた。深い闇は夜だけでなく、昼でも旅人を迷わせる。「真に溟い山」と呼ばれる、この暗い森には誰も立ち寄ることはない。
――外法様がきた
これは山に住まう魔物が人里に現れ、ヒトや半獣を魔界に連れて行くことを意味していた。彼らは鼻の伸びた赤狗の顔で、一様に山伏の格好をして高下駄羽団扇を携えており、木の葉が落ちる瞬間に現れることから、木葉天狗と呼ばれていた。
自分たちと相容れない存在を拒絶する傾向は、ヒトや半獣だけでなく天狗もまた同じだ。
彼らは自分たちと異なる一部の天狗を烏天狗と呼び敵対関係にあった。なぜなら、少数派の彼らは知性が高く、ヒトや半獣にも好意的だったからである。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
ある日、烏天狗の一人が森の中で修行をしていると泣き声が聞こえた。
草木をかき分けて進むと、生まれて間もない赤子が薄布にくるまれ落ちていた。このままでは獣の餌になってしまうと烏天狗は思案し、赤子を隠れ家まで連れて帰ると温かな毛布でくるみ粥を与えた。
「かぁか、かぁか」
通常であれば生まれたばかりの赤子は母親の乳で育つものだが、この赤子は粥を平らげただけでなく烏天狗を指さして言葉を話した。
ただたどしいが明らかに烏天狗のことを指している。彼はこの赤子を育てよと天命を受けた気がして、運命に身を任せることを決意する。
「それにしても、どこからやって来たのだろう」
烏天狗が不思議に思うのも仕方なかった。なぜならここは大人でも足を踏み入れない魔境。自分たちの他には、稀に奇襲をかけてくる木葉天狗しかいない。
――遡ること数日前
覇道皇は遂に常磐の発見を受けて宗清の関に意気揚々と出向いた。彼は大皇を丁重にもてなし、煌びやかな装束に身を包んだ常磐を差し出した。
「覇道皇さま」
もう常磐は逃げも隠れもしなかった。
彼女はあれほど逃げ回った覇道皇に深々と頭を下げる。武人の妻であり子供たちの母親である、彼女の覚悟の表れだった。
そんな事に微塵も気付かぬ覇道皇は、喜び勇んで常磐を側室に迎えた。
だが、悠々自適な日々もつかの間。
彼は連れ子たちを疎ましく思い、邪剣に扱いだした。覇道皇は再び宗清を呼ぶと政の本丸である狂都でなく、戦の最前線である穢土に三人の息子を追いやろうとした。
「獅子が我が子を崖から落とす親心だ」と言う建前だったが、これには宗清も常磐も従うほかなかった。
一行が都を出て穢土に向かう途中、木葉天狗は魔界へ連れ去る獲物を探していた。そこへ通りかかる馬車。襲いかかろうとした瞬間に横槍を入れる者たちがいた。
それは獲物と同じヒトだったが、彼らは財宝を得ようと馬車を襲う盗賊だった。
「宗清さま……お逃げ下さいッ」
「武人が背を見せられるかッ、私も戦うぞ」
「都を出てまだ間もない。助けを呼んで下さいッ」
「し、しかし……」
「我らで押さえていますッ、その内にッ」
宗清はギリッと配下を悔しそうに睨み救援を求めて馬を走らせた。
あとに残った配下は必死に抵抗するが、次々と山賊の刃に倒れていく。そこへ獲物を奪わせまいと木葉天狗が山賊に襲いかかった。
混乱の最中、彼らは一番幼い赤子だけを連れて溟真山に帰った。
「弟は俺が守るッ」
「なんだぁ、このガキ……生意気に刀を持ってやがる」
「うおおッ」
今若が乙若を守ろうとして斬りかかるが、山賊の一人が軽々と避けて足をかけて転ばせた。彼は泥濘に顔から滑り込み、泥塗れで転がった。
「くッ」
「ふん。逆らうなんざ、百年早ぇんだよ」
「まぁ、待て。顔を見せろ……うん、良い面構えをしてるじゃねぇか」
山賊の大将らしいヒゲヅラの巨漢が、泥だらけの今若の顔を拭うと言った。
彼はこの辺りを牛耳る山賊たちの親分をしており、宗清たちを金銀を積んだ馬車と思い襲撃したという。
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「乙若ぁ……くッ……ゥゥッ」
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