魂魄シリーズ

常葉寿

文字の大きさ
上 下
168 / 185
第二章「極道兆空刃(きわむみちきざしのそはや)」

【魂魄・肆】『鬼神啼く声儺にて聞く』18話「陰陽」

しおりを挟む
 黒く巨大な空弧くうこがキザシにまとわりつく天狗たちを駆逐する。

 それはムジナの放つ空弧の何倍も大きく、重低音を放つ漆黒の空弧だった。騒速はマミを抱き上げたままのキザシから放たれると、雪山に集められた無数の楓を巻きあげて、二人を取り囲んだ天狗を一人残さず狩っていく。

 最後の一匹が断末魔の声をあげるとサラサラと風に消えていった。

「キザシ、お前ならかつて俊宗としむねが編み出した騒速そはやを扱えると思っていた。私が目を付けた二人の弟子のうち、ヒトである弟弟子がまたもや習得するとはな」

「……カカさまッ」

 するとキザシの腕の中で気絶していたマミが目を覚ました。

「う、うぅん……パパっ、パパはッ?」

「……マ……ミ……マミ‥‥‥」

 二人が駆け寄ると、虫の息で横たわる飯綱いずなは娘の手を握って呟いた。

「ハァ……ハァ……お別れだ、マミ。今まで厳しく当たったのは、お前に……お前こそが私の技を……信念を継承する力があると……信じていたからだ」

「うんッ……うんッ……」

「願わくば……同じ道を歩んでくれることを、正道を歩んでくれることを望む……大嶽丸おおたけまるらが歩み損ねた……妖怪の正しい道をな」

「うッく……」

「そろそろ、お別れだ……フッ……己の死に時は己で見つけよか……カカさま、あなたの言うとおりだ……これで安心して死ねる」

「パパァァァァッッ、パパァァァァァァッッッッ!」

 娘の成長した姿を見る事ができたムジナは静かに息を引き取った。こうして伝説の男と謳われた半獣は、娘に秘術を託し本手ほんで派手はでことわりを伝え、彼女の弟弟子に、かつて自分を慕った弟弟子と同じように騒速の閃きを与え、その天寿を全うした。

「……マミよ、飯綱の意思を受け継ぎ、立派に己の道を歩むのだ」

「はい……カカさま、ありがとうございます」

「そして、キザシ」

「はい」

 キザシは立ち上がってカカの眼を真っ直ぐに見る。

「騒速は刀にして刀に非ず。陰三刃いんさんじんのうちの一つとされる魔剣だ。なんの因果か、お前はそれを会得えとくするに至った。大嶽丸は残りの二つを血眼になって探すだろう。かつて自分を封じた騒速に対抗するには、それしかないからな」

「え、陽三刀ようさんとうではなく、陰三刃いんさんじんを……?」

 キザシは疑問に思った。

 陰陽は相反する要素なのではないか。だとすると陰の騒速に対抗すべきは、陽の刀を持つ方が自然で納得がいく。

「陽極まりて陰となり、陰極まりて陽となる。二つの要素は表裏一体の関係にある」

「極まりて……」

「そうだ。この二つは対立しているように見えるが実態は同じだ」

「同じ……もの」

「ああ、だから今は残りの陰三刃を求めるのだ。大嶽丸に先を越されるでない」

「わかりましたッ」

 そう言うとキザシはふり向いてカグヤとヨイチを見て頷いた。マミもまたそんな弟弟子の真っ直ぐな視線を受け止めるのだった。
しおりを挟む

処理中です...