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第三章「風群妄執雲(かぜにむらがるもうしゅうのくも)」
【魂魄・肆】『鬼神啼く声儺にて聞く』25話「逢瀬」
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「……クソッ」
盛永の話を聞いて苛立つヨイチ。
集団から弾かれる辛さは彼にもよく分かる。かつて母と共に村八分にされていたからだ。多勢に無勢の圧倒的疎外感は人を狂わせる。
「そのあと……私は軍部を抜けた。今では花束を買う銭すらないよ。しかし、後悔はしていない。己の過ちを悔いるには己の身体で証明するしかないからだ」
「だから花を?」
「あぁ、毎日開くはずのない扉が開かれるのを待っている。ただの自己満足と叱責されても構わない。例えそうであろうと、私には菊水殿の墓前で両の手を合わせる義務があるのだ」
「……その菊水さんは怨霊化したのか」
「ああ。異人たちを助けきれなかったご自分を悔いたのだろう。志半ばで果てた公は怨霊化するようになった。私は怨霊化した公の鎮魂をしたい。それには千隼殿の協力が必要だ」
「そういえば、さっき彼女は『ここにはあなたが探す物はない』って言ってたな。なんのことだ」
「これだよ」
そう言うと盛永は立ち話もなんだからと近くの食事処にヨイチを連れて行った。年季ある店構えの老舗は鯖寿司を提供する店だった。
盛永は腰に携えた小刀を抜き、寿司を頬張るヨイチに見せた。
「これは菊水の宝剣、菊水家の当主政重公より奪ってしまった小刀だ。彼女は私がこれを狙っていると思い込み、話も聞いてくれない。公に花を手向け刀をお返ししたいと思っているのに、梨の礫だ」
「執念深いんだな。まぁ……当然だな。父親を殺されたんだから」
「あぁ、しかし問題なのは、その執念が妄執となり、拭いきれない煩悩となって人を修羅の道に落とすからだ。修羅は目的遂行のためには我が身を顧みない。このままでは彼女も怨霊に魅入られてしまう。菊水公や君の祖父のようにな」
「刀を返せれば解決しそうだけどな……」
「それには二人でゆっくり話す機会が必要だ」
二人は鯖寿司を頬張りながら考え込む。
箱寿司に稲荷や千巻も有名な店だ。頭を使えば腹が減る。二人は財布と相談することを忘れ、黙々と食べ続けた。
「……モグモグ、逢瀬に誘えばいいんじゃないかぃ?」
「デ、デ、デェトォォッ?」
「あ、お前はっ」
咀嚼した酢飯を噴き出した盛永を他所目に、ヨイチは隣の席で美味しそうに寿司を頬張る鼠の姿に驚いた。
それは先ほどの鼠だった。彼はどうすれば小さな体躯に納められるかという位の、大量の寿司をモキュモキュと旨そうに頬張っていた。
「女を落とすにはお膳立てが必要さ。ちんけな花一輪で女心は動かねぇなぁ、盛永とやら……その彼女の好きなものは何かないのかい」
「そう言えば……式楽が好きだと聞いたことがある」
「式楽?」
ヨイチはゴエモンが財布を盗んだことを忘れて話に食いついた。盛永は「なるほど、式楽か」と腕を組みながらウーンと唸っている。鼠小僧は続けた。
「朝廷の高貴な人しか見ることは許されない式楽は、普段は宮廷内でしか行われない。だが、復興中の都はいま……勧進式楽を準備しているという噂だ。喜劇に悲劇、焚き火に囲まれた境内で、じっくりと話すことが出来るんじゃねぇかい?」
「まさにその通りだッ、観客が静かに観劇する中であれば、千隼殿も話を聞いてくれるかもしれない。鼠ッ……名案だぞッ」
「役に立ててよかったよ。まぁ、おいらはこれから別仕事があるからここでさらばだ。幸運を祈ってるぜ」
「おい、待っ……」
鼠はそう言うと一枚の銀貨を置いて颯爽と店を出てしまった。ヨイチが追おうとするも、盛永が彼の裾を引いて放さない。ヨイチはフゥと溜息を付くと「乗りかかった船だ」と呟き、千隼を勧進式楽に連れ出す策を練るのだった――。
○
――穢土
キザシとカグヤ、それにマミは数日後に穢土に辿り着いた。
二人は新興都市穢土をゆっくり見て回るのは初めてだ。辺りはすっかり夜になっていたが、マミに付いて行くと提灯や行灯で賑わった街は、夜も眠らない昼のような明るさで面食らう。
「凄いっ、夜なのにこんなに明るいなんてっ」
「ねぇ、キザシくん、屋台があんなにっ」
「二人とも落ち着きなって、お上りさんみたいで恥ずかしいよ」
ムジナの半獣はサラリとした髪を肩上で靡かせながら頭を抱え込む。
マミが溜息をつくほどキザシとカグヤは興奮していた。無理はない、厳かな雰囲気の都とは異なり、穢土は魅惑的な要素で溢れていた。
「路地裏に座敷童の屋敷がある。彼女の力で妖怪たちを味方にすれば……」
「……お前さんたち、食ってかねぇかい?」
それは路地裏の屋台だった。華やかな表通りとは異なるしんみりとした赤提灯。こういった店は中々通好みの逸品を提供してくれる。
キザシとカグヤは「たのもぅ」と嬉々として暖簾をくぐり、制止するマミの襟を掴んで入店した。
「なににする? 穢土前の寿司もいいが、背開きの鰻もあっさりとした味わいでお勧めだよ。それに今から魚介や野菜、色んなタネを揚げるんだ。天婦羅は揚げたてが一番だぜ」
盛永の話を聞いて苛立つヨイチ。
集団から弾かれる辛さは彼にもよく分かる。かつて母と共に村八分にされていたからだ。多勢に無勢の圧倒的疎外感は人を狂わせる。
「そのあと……私は軍部を抜けた。今では花束を買う銭すらないよ。しかし、後悔はしていない。己の過ちを悔いるには己の身体で証明するしかないからだ」
「だから花を?」
「あぁ、毎日開くはずのない扉が開かれるのを待っている。ただの自己満足と叱責されても構わない。例えそうであろうと、私には菊水殿の墓前で両の手を合わせる義務があるのだ」
「……その菊水さんは怨霊化したのか」
「ああ。異人たちを助けきれなかったご自分を悔いたのだろう。志半ばで果てた公は怨霊化するようになった。私は怨霊化した公の鎮魂をしたい。それには千隼殿の協力が必要だ」
「そういえば、さっき彼女は『ここにはあなたが探す物はない』って言ってたな。なんのことだ」
「これだよ」
そう言うと盛永は立ち話もなんだからと近くの食事処にヨイチを連れて行った。年季ある店構えの老舗は鯖寿司を提供する店だった。
盛永は腰に携えた小刀を抜き、寿司を頬張るヨイチに見せた。
「これは菊水の宝剣、菊水家の当主政重公より奪ってしまった小刀だ。彼女は私がこれを狙っていると思い込み、話も聞いてくれない。公に花を手向け刀をお返ししたいと思っているのに、梨の礫だ」
「執念深いんだな。まぁ……当然だな。父親を殺されたんだから」
「あぁ、しかし問題なのは、その執念が妄執となり、拭いきれない煩悩となって人を修羅の道に落とすからだ。修羅は目的遂行のためには我が身を顧みない。このままでは彼女も怨霊に魅入られてしまう。菊水公や君の祖父のようにな」
「刀を返せれば解決しそうだけどな……」
「それには二人でゆっくり話す機会が必要だ」
二人は鯖寿司を頬張りながら考え込む。
箱寿司に稲荷や千巻も有名な店だ。頭を使えば腹が減る。二人は財布と相談することを忘れ、黙々と食べ続けた。
「……モグモグ、逢瀬に誘えばいいんじゃないかぃ?」
「デ、デ、デェトォォッ?」
「あ、お前はっ」
咀嚼した酢飯を噴き出した盛永を他所目に、ヨイチは隣の席で美味しそうに寿司を頬張る鼠の姿に驚いた。
それは先ほどの鼠だった。彼はどうすれば小さな体躯に納められるかという位の、大量の寿司をモキュモキュと旨そうに頬張っていた。
「女を落とすにはお膳立てが必要さ。ちんけな花一輪で女心は動かねぇなぁ、盛永とやら……その彼女の好きなものは何かないのかい」
「そう言えば……式楽が好きだと聞いたことがある」
「式楽?」
ヨイチはゴエモンが財布を盗んだことを忘れて話に食いついた。盛永は「なるほど、式楽か」と腕を組みながらウーンと唸っている。鼠小僧は続けた。
「朝廷の高貴な人しか見ることは許されない式楽は、普段は宮廷内でしか行われない。だが、復興中の都はいま……勧進式楽を準備しているという噂だ。喜劇に悲劇、焚き火に囲まれた境内で、じっくりと話すことが出来るんじゃねぇかい?」
「まさにその通りだッ、観客が静かに観劇する中であれば、千隼殿も話を聞いてくれるかもしれない。鼠ッ……名案だぞッ」
「役に立ててよかったよ。まぁ、おいらはこれから別仕事があるからここでさらばだ。幸運を祈ってるぜ」
「おい、待っ……」
鼠はそう言うと一枚の銀貨を置いて颯爽と店を出てしまった。ヨイチが追おうとするも、盛永が彼の裾を引いて放さない。ヨイチはフゥと溜息を付くと「乗りかかった船だ」と呟き、千隼を勧進式楽に連れ出す策を練るのだった――。
○
――穢土
キザシとカグヤ、それにマミは数日後に穢土に辿り着いた。
二人は新興都市穢土をゆっくり見て回るのは初めてだ。辺りはすっかり夜になっていたが、マミに付いて行くと提灯や行灯で賑わった街は、夜も眠らない昼のような明るさで面食らう。
「凄いっ、夜なのにこんなに明るいなんてっ」
「ねぇ、キザシくん、屋台があんなにっ」
「二人とも落ち着きなって、お上りさんみたいで恥ずかしいよ」
ムジナの半獣はサラリとした髪を肩上で靡かせながら頭を抱え込む。
マミが溜息をつくほどキザシとカグヤは興奮していた。無理はない、厳かな雰囲気の都とは異なり、穢土は魅惑的な要素で溢れていた。
「路地裏に座敷童の屋敷がある。彼女の力で妖怪たちを味方にすれば……」
「……お前さんたち、食ってかねぇかい?」
それは路地裏の屋台だった。華やかな表通りとは異なるしんみりとした赤提灯。こういった店は中々通好みの逸品を提供してくれる。
キザシとカグヤは「たのもぅ」と嬉々として暖簾をくぐり、制止するマミの襟を掴んで入店した。
「なににする? 穢土前の寿司もいいが、背開きの鰻もあっさりとした味わいでお勧めだよ。それに今から魚介や野菜、色んなタネを揚げるんだ。天婦羅は揚げたてが一番だぜ」
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