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4章 寄宿学校の謎
切り裂きジャック
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「おーい、俺の財布狙うとかありえねぇだろ」
小さな子供が、アーティに足を引っ掛けられてみっともなく地面に転がった。太陽がジリジリ照りつけているせいでアーティの機嫌は最悪で、床に転んだ少年を一瞥して、彼は大きく舌打ちをする。
光を避けるため、アーティはフードを目深に被っており、いかにもな不審者だ。隣を歩くことすらはばかられる。……他人のフリしとこ。
「あーあ、服が汚れちゃったよ」
アーティの言うことは、一理どころか百理くらいあった。貧民街は不衛生だし、私の目の前で転んでいるこの少年も例外ではなかった。ボロボロの布を纏い、ガリガリに痩せて飢えている。
ドブネズミ、そう呼んで彼らを忌み嫌う貴族たちもたくさん存在した。アーティがパチンと指を鳴らした。フードが脱げて、その黒髪が風になびく。魔法の超常的な力で、あっという間に少年の動きが止まる。
少年がハッと息を飲むのがわかった。黒髪はブラッドリー家――魔法使いの証に他ならない。まぁ、今更後悔しても遅いけど。私だって、わざわざドブネズミに情けをかけてアーティを止めようと思うほど優しくなかった。
「腕でも切断しとくか?」
無表情でそう呟き、地面に落ちたたいして中身の入ってない財布を拾ってポケットに突っ込んだ。十歳前後の外見のせいで凄みはあまり感じられなかったが、この少年にとってはそうでもなかったらしい。可哀想なくらいにガタガタ震えていて、無関心だった通行人がだんだん周囲に集まってくる。
いつの間にか、アーティは手にナイフを握っていた。私には、それが彼の得意な幻術だとわかっていたけれど、周囲の観衆たちはそうではなかったらしい。人殺しなんてこのロンドンじゃありふれているのに、急にどよめきたつ。他に楽しいことがないのかしら。
「おい、なにしてんだ! やめろって」
前を歩いていたモードお兄様が戻ってきて私たちを見下ろした。あ~本当に最高! 顔が良すぎる。生きてくれているだけで感謝! 今日も人生が楽しい! 背が高く金髪で、目は暗いグレー。私の人生の最推し。
お兄様の言うことは絶対! なのにアーティは冷ややかな視線を向けるのみだった。ため息をついた次の瞬間、手に持ったナイフが霧のように消える。
「お前に指図される筋合いねーんだけど」
不満そうに唇を尖らせた。とても十八歳の男の仕草じゃない。私たちはその外見に苦しめられ、一方で助けられている。アーティは眩しそうに目を細め、目深にフードを被った。大きく舌打ちをする。お兄様の前では得意の幻術も意味がない、そう悟ったのだろう。
「あのねお兄様。コイツ、日光に当たったから機嫌が悪いのよ」
喧嘩が勃発する前に私は慌てて口を挟んだ。観衆がザワついて、誰かの小さく息を飲む音が聞こえた。
「アンタら、ブラッドリー家の――」
「やだやだ、私たち有名人!? うれしー」
長い黒髪をわざと靡かせた。そう、私たちは外見で得をしている。わざわざ名乗らなくったって身分をアピールできるし、余計な争いごとに巻き込まれることもない。地面に尻もちをついていた少年が立ち上がり、人混みに駆けていった。
「あ、クソ……お前のせいで取り逃しただろ。せっかく腕切断のチャンスだったのに」
アーティの言葉にモードお兄様はやれやれと肩をすくめた。アーティならどんな残虐なことでもやりかねない。原作ゲームのシナリオが私に警告していた。
「来て早々問題事を起こすなよ」
「それな~、お兄様の言う通り!」
「うぜー」
お兄様が面倒臭そうに息を吐いた。アーティは腕を組んで、不服そうな様子だったがそれ以上文句を口にすることはなかった。
「わかってるだろ、遊びにきたわけじゃないんだからさ」
モードお兄様が静かに歩き出して、私たちはそれについていく。集まっていたはずの観衆もたちまち無関心に散って、各々仕事に戻っていった。
「なんだっけ? 調査? 俺そういうの向いてないんだよな。……切り裂きジャック? だっけ」
アーティの脳天気な声が聞こえてきて、今度は私が不機嫌になるほうだった。切り裂きジャック――最近このロンドンを騒がせている殺人鬼だった。だけど、私たちがこの貧民街を訪れたのはそんなつまらない理由じゃない。
「全然違うし。アンタ本当にお兄様の話聞いてないのね」
「あー、それは今日の新聞の見出しだったか」
わざとなのかしら。疑うレベルで白々しい。ロンドンの住民で、切り裂きジャックを知らない人間なんていやしない。
「ここだ」
イライラして、なにか言い返してやろうと口を開いた。けれど、モードお兄様が足を止めたものだから、頭に浮かんだ罵詈雑言の全てを飲み込んでしまう。
貧民街の片隅に広く土地を構えた教会、兼学校。こんなところで生活するなんて、本当信じられない。ブラッドリー家を崇拝する怪しい宗教、黒ミサ会が出資しているとかいないとか。
私たちはこの学校を調査しにきた。金の動きが怪しいとかなんとかって、お兄様が泣きつかれていたのを私は知っている。頑張ってお兄様の役に立たなくちゃ!
「そうそう、黒ミサ会……宗教の勧誘だよな!」
それも微妙に違うし。本当に自分のことしか考えてないんだな。コイツには期待できそうにない。
小さな子供が、アーティに足を引っ掛けられてみっともなく地面に転がった。太陽がジリジリ照りつけているせいでアーティの機嫌は最悪で、床に転んだ少年を一瞥して、彼は大きく舌打ちをする。
光を避けるため、アーティはフードを目深に被っており、いかにもな不審者だ。隣を歩くことすらはばかられる。……他人のフリしとこ。
「あーあ、服が汚れちゃったよ」
アーティの言うことは、一理どころか百理くらいあった。貧民街は不衛生だし、私の目の前で転んでいるこの少年も例外ではなかった。ボロボロの布を纏い、ガリガリに痩せて飢えている。
ドブネズミ、そう呼んで彼らを忌み嫌う貴族たちもたくさん存在した。アーティがパチンと指を鳴らした。フードが脱げて、その黒髪が風になびく。魔法の超常的な力で、あっという間に少年の動きが止まる。
少年がハッと息を飲むのがわかった。黒髪はブラッドリー家――魔法使いの証に他ならない。まぁ、今更後悔しても遅いけど。私だって、わざわざドブネズミに情けをかけてアーティを止めようと思うほど優しくなかった。
「腕でも切断しとくか?」
無表情でそう呟き、地面に落ちたたいして中身の入ってない財布を拾ってポケットに突っ込んだ。十歳前後の外見のせいで凄みはあまり感じられなかったが、この少年にとってはそうでもなかったらしい。可哀想なくらいにガタガタ震えていて、無関心だった通行人がだんだん周囲に集まってくる。
いつの間にか、アーティは手にナイフを握っていた。私には、それが彼の得意な幻術だとわかっていたけれど、周囲の観衆たちはそうではなかったらしい。人殺しなんてこのロンドンじゃありふれているのに、急にどよめきたつ。他に楽しいことがないのかしら。
「おい、なにしてんだ! やめろって」
前を歩いていたモードお兄様が戻ってきて私たちを見下ろした。あ~本当に最高! 顔が良すぎる。生きてくれているだけで感謝! 今日も人生が楽しい! 背が高く金髪で、目は暗いグレー。私の人生の最推し。
お兄様の言うことは絶対! なのにアーティは冷ややかな視線を向けるのみだった。ため息をついた次の瞬間、手に持ったナイフが霧のように消える。
「お前に指図される筋合いねーんだけど」
不満そうに唇を尖らせた。とても十八歳の男の仕草じゃない。私たちはその外見に苦しめられ、一方で助けられている。アーティは眩しそうに目を細め、目深にフードを被った。大きく舌打ちをする。お兄様の前では得意の幻術も意味がない、そう悟ったのだろう。
「あのねお兄様。コイツ、日光に当たったから機嫌が悪いのよ」
喧嘩が勃発する前に私は慌てて口を挟んだ。観衆がザワついて、誰かの小さく息を飲む音が聞こえた。
「アンタら、ブラッドリー家の――」
「やだやだ、私たち有名人!? うれしー」
長い黒髪をわざと靡かせた。そう、私たちは外見で得をしている。わざわざ名乗らなくったって身分をアピールできるし、余計な争いごとに巻き込まれることもない。地面に尻もちをついていた少年が立ち上がり、人混みに駆けていった。
「あ、クソ……お前のせいで取り逃しただろ。せっかく腕切断のチャンスだったのに」
アーティの言葉にモードお兄様はやれやれと肩をすくめた。アーティならどんな残虐なことでもやりかねない。原作ゲームのシナリオが私に警告していた。
「来て早々問題事を起こすなよ」
「それな~、お兄様の言う通り!」
「うぜー」
お兄様が面倒臭そうに息を吐いた。アーティは腕を組んで、不服そうな様子だったがそれ以上文句を口にすることはなかった。
「わかってるだろ、遊びにきたわけじゃないんだからさ」
モードお兄様が静かに歩き出して、私たちはそれについていく。集まっていたはずの観衆もたちまち無関心に散って、各々仕事に戻っていった。
「なんだっけ? 調査? 俺そういうの向いてないんだよな。……切り裂きジャック? だっけ」
アーティの脳天気な声が聞こえてきて、今度は私が不機嫌になるほうだった。切り裂きジャック――最近このロンドンを騒がせている殺人鬼だった。だけど、私たちがこの貧民街を訪れたのはそんなつまらない理由じゃない。
「全然違うし。アンタ本当にお兄様の話聞いてないのね」
「あー、それは今日の新聞の見出しだったか」
わざとなのかしら。疑うレベルで白々しい。ロンドンの住民で、切り裂きジャックを知らない人間なんていやしない。
「ここだ」
イライラして、なにか言い返してやろうと口を開いた。けれど、モードお兄様が足を止めたものだから、頭に浮かんだ罵詈雑言の全てを飲み込んでしまう。
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