その教室に秩序はない

つなかん

文字の大きさ
上 下
7 / 18
その教室に秩序はない

2章(3)

しおりを挟む
 募集していた書記に、見上が立候補したことは瞬く間に噂になった。
 小夜子は放課後になると、いつものように伊織のところに来て、なにやら作戦を話している。今日は会議の日だから、早く行かなければならない。
「いい、この際見上のことはいい。今日の課題は和泉と恋バナすること!」
「またしょうもないこと考えてますね」
 なんの作戦だかはよくわからないが、しょうもない計画のように感じた。
「もう一つのプランのほうがいい? ちなみにそのプランはキミが女装を――」
「えっと、恋バナですよね。頑張ってみます」
 小夜子の言葉を遮って答える。なんだかとんでもないことを言いだしたような気がしたが、きっと気のせいだ。
「やる気があるのはいいことだ」
 そう言って、ポン、と肩を叩く。
「じゃ、報告待ってるから!」
「はい」
 生徒会室へ向かう。会議の準備をしなければ。
 お茶を汲んでいると、すぐに時間は経った。
「えっと、結論から言うと、書記に立候補してきたのは一人しかいない」
「……」
 みんな黙っている。もうこの中で和泉に逆らう者はいない。静まり返った部屋の中に、和泉の声だけが響く。
「二年の見上だ。他に推薦したい者がいなければ決定したいんだが」
「……」
 無言が続く。猫のことを、今言ったほうがいいのだろうか。
「いなければ決定ということで書類を用意するが」
 いやでも、証拠があるわけではない。今そんなことを言ったら、竹本の二の舞になることは明白だった。
「……」
 結局言えなかった。まだ明るい時間なのに、会議が終わってしまった。
「じゃあ、そういうことで。今日は解散」
 今までにないスピード会議だ。みんな帰り支度を始めている。
「どうした。帰らないのか?」
 和泉は帰らない伊織を不審に思ったのか、ちょっと警戒してる様子だ。
「あの、会長。ちょっとお話が……」
「なに?」
 強めの口調。しかし、ここは小夜子の作戦を信じるしかない。ああ見えて、彼女は色々と考えている。
「先輩って彼女とかいらっしゃるんですか?」
 唐突すぎたかもしれない。
「どうした突然?」
 やっぱり、唐突すぎた。和泉も驚いている。
「えっと、小夜子先輩のあれも迷惑そうでしたし、いるのかなーって思いまして」
「ほう……」
 考えている様子。もうこちらの思惑は全て読まれているのかもしれない。小夜子の名前を出したのは失敗だったかもしれない。
「こうしよう、恋愛に関して、はい、か、いいえ、で答えられる質問を五つだけ受け付ける。その代わり糸杉君も、こちらの質問に五つ答えてくれ。嘘をつくのはなしだ」
「えっと……」
 リスキーか。あまり考えていると、小夜子の差し金ということもバレそうだ。
「やるか?」
 考えている暇などない。
「はい、やります」
 答えてしまった。心臓がどきどきしている。何をきいたらいいのか、こんなことになるなんて思っていなかったから、なにも思いつかない。
「じゃあそっちからどうぞ」
 和泉が促してくる。仕方ない。聞きたいことを訊こう。それが一番いいに決まっている。
「えっと、じゃあ、彼女はいますか?」
「いいえ」
 これは次々質問していいものなのか、一瞬黙って和泉を見ると、次の質問を促すように、目線で訴えかけてきた。
「好きな人はいますか?」
「はい」
 見境ないタイプではなかったようだ。どんどん訊いていこう。
「その人はこの学校の人ですか?」
「はい」
「生徒ですか?」
「はい」
 そう答えると、和泉は大きく息を吐いた。
「あとひとつだぞ」
「わかってます」
 どうしよう、ゲイなのか聞くべきだろうか。いやでもそんなことは聞けない。
「三年生ですか?」
「はい」
 あっさりと終わった。手にかいていた汗が引いていくのがわかる。
「なにか収穫はあったか?」
「いえ……あまり」
「そう、じゃあこっちからいくぞ」
「どうぞ」
 和泉はあまり考え込む様子もなく、すらすらと質問を始めた。
「空蝉とは付き合っているのか?」
「いいえ」
「空蝉には恋人がいる?」
 少し考えてしまう。そんなこと、聞いたことがないけれど、実際どうなのだろう。
「えっと、たぶん、いいえ」
「知らないなら構わない。糸杉君は恋人がいるのか?」
「いいえ」
「年上がタイプ?」
「……はい」
 そんなことまで訊かれるとは、なかなか抜け目ないタイプだ。
「空蝉のことが好きか?」
「……えっと、たぶん、いいえ」
「へぇ……」
 疑ったような目を向けられたが、すぐに和泉は扉のほうを向いた。
「じゃあ帰るか」
 そう言って、荷物を持つ。
「鍵を閉めるから帰ってくれ」
 下校の放送までは時間があるが、帰ろう。
「あ、終わったんだ! おつかれ!」
 小夜子が廊下で待っていた。こんな時間から待っているなんて、暇なのだろうか。それとも、やはり和泉のことが気になっているのか。
「また君か」
 和泉は、呆れたようにため息をつく。
「悪いですかー?」
 あえて敬語で接している小夜子にも、動じない。
「いや、文句はない。もっと他のことに労力を使おうとは思わないのか、と思うだけで」
「勉強とか?」
 小夜子が訊ねると、和泉はまた盛大に息を吐いた。
「そうだな、受験生だろう」
「ま、そのへんはうまくするつもりだから」
 どこからくるのかわからないが自信があるような言い方だ。
「ほう、まぁ頑張ってくれ」
 和泉も小夜子の物言いには慣れたもので、軽く流す。
「ねぇ、今日はなに話してたの?」
 伊織に話かけてきて、今日の会議を思い出す。
「見上先輩が書記になるってことです」
 伊織が早口で答える。この二人に長時間会話をさせると、絶対に喧嘩になることは学んでいた。
「へぇ、おおかた、他にやりたがるやつがいなかったんでしょ」
「君には関係ない」
 小夜子は無視して話を続ける。
「それで? それだけでこんなに時間かかってたわけじゃないでしょ? 他のメンバーより残ってたみたいだし」
「あぁ、恋バナ? ですかね」
 そう言うと、ウインクをしてくる。
「へぇ……、で何がわかったの?」
 澄ました顔をしているが、思惑通りに行って嬉しいのだろう、少し楽しそうだ。
「和泉先輩は、三年生に好きな人がいるって」
「へぇ、女?」
「ちょっと!」
 平然と訊く小夜子を、たしなめる。当の和泉は、平然とした様子だ。
「それは質問されなかったな」
「ちょっと、聞かなかったの?」
 責められて、少し怖い。
「さすがに失礼じゃないですか。それにそんなこと聞けませんよ」
 おずおずと答えると、小夜子はばっさりと言い切った。
「そういうところで遠慮しないほうがいいよ」
「すいません」
 そう言われると反論できない。謝るほかない。
「まぁでも。私の美貌に見向きもしないから、怪しいけどねー」
 そう言いながら、廊下を進む。
「うるさい女は嫌いだ」
「あっそ」
「あの、僕こっちなんで、それじゃあ……」
 この二人を二人きりにするのは憚れるが、背に腹は代えられない。誰だって自分の身がかわいいものだ。
「え、送ってってよ」
 逃げようとしたのがばれたのか、小夜子にそう言われると逆らえない。なんだか怒っている様子だし、これ以上怒らせないほうがいいに決まっている。
「あ、はい」
 そうこうしている間に、校門を出て、帰路を歩く。
「君たち恋人同士ではないんだよな」
「だからなに? あんたには関係ないでしょ」
 小夜子は怒ったまま、和泉を睨み付けるが、なにかに気づいたのか、伊織のほうを向いた。
「てかなに、なんか喋ったわけ?」
「……すいません」
 伊織が謝ると、和泉が強い口調で小夜子に言った。
「ギブアンドテイクって、君の好きな言葉だろう。俺のことを探るなら、それなりに覚悟してもらわないと」
「うっざ。ていうか、どこまでついてくんの? もう退場してよ」
 和泉の言葉に小夜子は本気で怒ったようだ。どうしてこの二人はそんなに仲が悪いのだろう。
「俺の家もこっちなんだが」
「あぁそうですかー」
「あの、じゃあ僕はこの辺で……」
 なんだか険悪な雰囲気だ。早く家に帰りたい。
「送ってってって言ったじゃん。それにこいつと一緒に帰宅とか、気持ち悪すぎて吐く」
「言い過ぎですよ」
 あまりにも失礼だと思ったが、強く注意できずに歩き出す。
「本当に失礼だな」
「眼鏡は黙ってろ」
「眼鏡は悪口だ」
「今更なに言ってんの?」
 売り言葉に買い言葉とはこのことを言うのだろう。喧嘩は本当にやめてほしい。止めるこちらの身になって欲しい。
「あのう、そんなに喧嘩しないでください」
「あーあ、後輩にこんなこと言わせちゃって、先輩恥ずかしー」
 小夜子が煽ると、和泉も少し怒っている様子を見せた。
「その言葉、そっくりそのまま返す」
「はぁ? あんたの後輩でしょ?」
「あの、小夜子先輩も、そんなに突っかからないで!」
 伊織の言葉に、和泉が嘲笑する。
「だってさ。小夜子せ、ん、ぱ、い」
「和泉先輩は黙っててください」
 そんなやり取りをしていると、小夜子がいち早く駆け出した。
「あ、じゃあ私こっちだから、じゃあねー」
 すごく、ボロい家だった。広さもそんなにないように思えるし、屋根も傾いている。
「あいつ本当に貧乏なんだな」
 和泉が少し驚いた様子で、家を眺める。
「あの、じゃあ僕帰りますね」
「あぁ、おつかれ」
しおりを挟む

処理中です...