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四月
しおりを挟む「月冴ももう、高校生になるんだね」
名前を呼ばれて吉村はため息をつく。春休み、突然家に押しかけてきたと思ったら、特に用もないのに部屋に居座る。付き合っているのだから仕方ないのかもしれないが、正直疲れた。
「一緒の学校で、嬉しい」
そう言った桐生は二つ年上で、次は三年生になる。中学のときの陸上部の先輩で、告白され付き合っている。一緒の学校に来て欲しいと言われ、勉強をよく教えてもらった。同じ学校に入れたのも、ひとえに桐生のおかげであった。今では陸上部に入らず、生徒会長をしているらしい。
ふと、カレンダーを見る。もう四月になったのにめくるのを忘れて、三月のままだ。そうだ。今日は四月一日。
「別れよう」
「え?」
どんな反応を見せてくれるのか、少し楽しみだ。恐くもあるが、試してみたい衝動には勝てなかった。
「別れたい」
きっぱりと言うと、それまで椅子に座っていた桐生が、こちらに来た。ベッドに二人で並んで座る形になる。
「なんで? 絶対許さない。他に誰か好きな人できた? 大丈夫、そんなのすぐいなくなるからそれに僕のほうがずっと――」
肩を強く掴んで、今にも泣きそうな目を見せる。
「落ち着けよ、ちょっと、痛いし」
「落ち着いていられるわけない。今凄く悲しい」
なんだか恐くなって、吉村はわざと明るい声色で言った。
「じょ、冗談だって!」
「じょうだん?」
ひどく動揺した様子で首を傾げる。
「ほら、だって今日――」
そう言うと、桐生も把握したように頷く。
「あぁ。……でも、ダメ。そういう冗談禁止」
そう言って顔を近付けてくる。
「わーったよ」
サッと避け、そう答える。立ち上がって、距離をとろうとしたら、腕を引っ張られた。
もう一度、ベッドに腰掛ける。
「浮気しない?」
「しないって、あんまり近付くな」
「やだ」
腕を掴まれているせいで、自由に身動きが取れない。
「毎日、一緒に帰ろう」
そう言って、さらに強く握る。
「分かったから、離せ!」
「約束だよ」
軽くキスをして、パッと手を離した。
「今日、クラス会らしいぜ」
「あ、そうなの?」
吉村は、友人の橋本に言われ、そういえば以前からクラスの女子がそんな話をしていたことを思い出す。
県内で有名な進学校に入学して、まだ一ヶ月も経っていない。
「参加する?」
「そうだなー、一応。今日部活ないし」
橋本の言葉に同意し、親にクラス会で帰りが遅くなる旨をメールした。
「いや、でも大丈夫なのか? あの、先輩とか」
「あぁ桐生? 大丈夫だろ、メールしとけば」
桐生とはこの学校に入ってから約束通り、ずっと登下校を共にしている。
吉村は桐生にクラス会で一緒に帰れないというメールを送り、放課後に思いを馳せた。
「じゃー今日は、盛り上がっていきましょー!」
幹事の女の子がカラオケではしゃいでいる。
歌っている人もいれば、友人と会話を楽しんでいる者もいる。
吉村は周りを見渡す。友人の何人かは最初は近くにいたが、いつのまにか遠くに離れた席にいた。
――どうしよう。
目の前のメロンソーダを一口飲んだときだった。
「歌、入れる?」
クラスで一番ではないが、そこそこ可愛い女子がいた。たしか、山下さん。歌を入れる機械を持っている。
「あぁ、いや俺は、いいよ」
大人数の前で歌うほど歌は得意ではない。下手と言われたことはないが、どうしても気後れしてしまう。
「そう、こういうの、苦手?」
「いや、そういうわけじゃ……」
そう言って、またメロンソーダを口に含む。なにを話したらいいのか分からない。
「吉村君、は。陸上部、だよね」
「う、うん」
「すごいよね。運動できるのってちょっと憧れる。私ほら、運動神経とかないし」
山下は笑って、こちらを見る。
「そう、なの? 俺も別にたいしてすごくないけど」
「そんなことないよ! すごいよ」
そう言って、なぜだか会話が弾んだ。
時間が進むにつれ、友達になることに成功し、最後には笑顔でこう言った。
「吉村君と話せて、楽しかった。ありがとう」
「いやこちらこそ」
なんだか嬉しかった。
クラス会は楽しかった。可愛い女子の隣に座れたし、話も弾んだ。皆とも、親睦が深まったと思う。
クラスの皆と別れ、家路につく。田舎のせいか、道は暗く、外灯もたまにしかない。
「わっ!」
驚いて、声を上げた。突然腕を掴まれた感覚に、そちらに目を向ける。
「なんだ、桐生かよ。びっくりしたじゃねーか」
暗闇の中立っていたのは桐生だった。普段人当たりの良い笑みを浮かべている顔は無表情で、どこか責めるような目を吉村に向けている。
「うち、来て」
掴んだ腕を離さないまま静かに言葉を紡ぐ。
「は? 今から、かよ」
「そう」
「いや、無理だって。もう遅いし……」
家はそんなに遠くはないが、時間が時間だ。あまり遅くなるのはよくない気がした。
「そう……やっぱりあいつが悪いんだね。殺さなきゃ、駄目だよね。そう、殺さなきゃ……」
物騒な言葉を発する桐生に、たじろぐ。
「な、に言ってんだよ。あいつって、山下さん? まさかお前、見て――」
「山下怜香十五歳クラスで三番目に可愛い右利き得意科目古典苦手科目生物三人姉妹の長女好きな食べ物は――」
「ちょっと待て、ストップ!」
「なに? 大丈夫、月冴のことなら、もっとちゃんと知ってる」
この短時間でどうやってそこまで情報を集めたのかは疑問だが、今は桐生を落ち着けることが先決だ。
「いや、そういう問題じゃなくてだな……。とりあえず分かったから、家行けばいいんだろ!」
「うん」
嬉しそうに頷く桐生に、ため息をつきたくなった。
桐生の家は生活感がなく、がらんとしていた。忙しい両親は不在が多いと聞いている。現に、吉村は一度も会ったことがなかった。
部屋に入る。無言の桐生は怒っているのだろうか、きっと怒っている。なんとかなだめないと……。
「と、とりあえず、山下さんとはたまたま席が隣になっただけだから。気にしなくてもだいじょ――」
突然、話している最中に手首を掴まれた。
「お、おい」
抗議の声を上げるが無視され、ベッドまで連れていかれる。
「なにすんだよッ! ふざけんな!」
「ふざけてるのはどっち? 山下怜香がたまたまあの席になったっていうの? ちょっと考えたら分かるよ。あんなに楽しそうに話すし……」
そう言って一呼吸置く。吉村を追い詰めて、ベッドに座らせた。
「僕以外見ないで欲しいのに、僕はこんなに我慢してるのに」
そう言いながら押し倒す。制服のボタンに手を触れた。
「待てよ。なんで、こんな……、俺あんまりこういうの好きじゃないっていうか……」
そんな言葉を無視して桐生は呟く。
「ねぇ、先輩って呼んで。昔みたいに」
「なんでだよ! 同じ部活でもないのに!」
「同じ学校でしょ」
「知るか! 離せ!」
手を叩き、身を捩る。
「離したら、逃げるでしょ」
先ほどより強い力で手首を掴まれる。痛みに顔を歪ませるが、強い口調で反論した。
「いいから離せ!」
「いいじゃん付き合ってるんだし。僕のこと、好きでしょ?」
「はあ? お前、いい加減に――」
「好きって言って。僕は好きだよ。月冴のこと……」
ぎりぎりと、手首をさらに強く掴む。
「ざっけんなッ。そもそもお前と付き合ったのだって、なかば脅されて……」
「じゃあ嫌いなんだ、僕のこと」
しゅん、と泣きそうな顔を見せる。
「いや、別にそういう訳じゃ……。あーもう! 分かった。言うから!」
そう言って二、三度深呼吸をする。目を背け、呟くような声で言った。
「その、す、好き。だから」
「よかった」
さっきまでの思い詰めた表情が嘘のように笑顔になる。
パッと手を離したことで、やっと起き上がることができた。
「じゃあ、舐めて」
「は?」
今まで、そんな要求をされたことがなかったので驚く。面食らっていると、責めるような目で見つめられた。
「僕のこと、好きなんでしょ?」
「いや。でも、今日は、もう帰らないと」
そう言い、もごもごと言い訳を連ねる。
「それは大丈夫。月冴の家には電話したし」
そい言ってにっこり笑う。
いつの間に連絡をしたのか分からない。勉強を教えてもらっていた中学時代から、桐生は吉村の両親に気に入られていた。電話一本すれば、たしかに心配はしないだろう。
「分かったよ」
そう言って吉村はベッドから降りる。おそるおそるベッドに座る桐生に近付き、ベルトを外した。制服のズボンと下着を下ろし、桐生の足の間に腰をおろした。
手で触れてから、ゆっくりと唇を近付ける。思いきって口に含むと、とても熱い。歯を立てないよう舌を這わせるが、技巧もなにも持ち合わせていないせいか、あまり反応がない。喉の奥まで銜えると、吐き気がしたが、必死に耐えた。目尻に涙が浮かぶ。
ふと、頭に掌の感触。見上げると、桐生が吉村の髪を触っていた。自分が唾液を絡め、舌で刺激するたびに、それはだんだん硬くなっていくことが分かった。
「んんッ!」
不意に、髪に触れていた桐生の手が、頭を強く掴んだ。突然のことに対応する間もなく、口の中のものが出し入れされる。顎ががくがくして痛む。喉の奥を突かれ、涙が滲んだ。目を瞑り、ズボンの裾を強く握る。歯を立てないようにするのが精一杯だった。
口の中に暖かい液体が広がる。独特の味に、思わず咳き込んだ。どろりと、口からそれが溢れ出る。
「飲んでくれないんだ」
「はあ? 誰がこんな――!」
目を逸らす。
すると、手を取られてベッドの上へと導かれた。
「こんな、なに?」
責めているのか。まっすぐに目を見つめられる。逸らしていた目線を少し戻し、返事をした。
「いや、なんでも……んッ」
まだ口内に精液が残っているというのに構わず唇を重ねてくる。舌を入れ、口腔を蹂躙する。
「次は、飲んで」
有無を言わせないような、そんな口調。
「いや、それは……。あ、うん。善処する」
断ろうとしたが、軋むほど強く腕を掴まれて、それは叶わなかった。
「じゃあ俺はかえ……ってなんだよ。んんッ……」
帰ろうとするが、キスをされて引き留められる。長いそれはいまだに慣れず、軽い酸欠を引き起こす。
「ざっけんなッ……明日も学校、だし。や、だって」
抵抗するが、桐生は意に介さない。それどころか、吉村の制服を脱がし始めた。
「なにすッ……んッ、ふ……ぁ」
キスのせいで、頭がくらりとする。まともな反抗も、反論もできない。
「んあッ……や、だってば」
自身を優しく掴まれて、一層高く声が上がる。扱かれると、快感でまた声が上擦る。手で口を押さえるが、甘い吐息は漏れる一方だった。
「やだッ、はなせ……でる、からッ」
切羽詰まった様子で訴える。しかし、桐生は手を休めず、さらに強く動かし始めた。
「出せばいいよ」
「こんな、やだッ」
目尻に涙を浮かべ、目を瞑る。快感に負け、ついに放出した。
「もう、いいだろ」
肩で息をしながら桐生を見る。彼はもてあそぶように精液を手に取ると、指に絡め、吉村のそこに押し当てた。
「ひっ、や……。もうイッたから、無理……だって」
ぬめりを借りて、容赦なく指は侵入してくる。
涙の残った瞳で見上げると、桐生は優しく微笑んでいた。
「目、ちゃんとあけて」
指を抜き、しっかりと押さえつける。瞼を押さえて、べろりと目を舐めた。
「んッ……い、たッ。もう、いいだろ!」
執拗に舐められる。痛みに顔を背けようとするが、押さえられているせいで、できない。
やっと飽きたのか、桐生は口を離し、再び指でそこをいじり始めた。行為に慣れた身体は簡単に快感を拾い始める。
「ん……もっと、おく」
「今拡げてるから、ちょっと待って」
「も、いいから。入れろよ」
吉村がそう言うと、桐生は眉根を寄せ、少し迷ったような素振りを見せた。しかしすぐにそれを引っ込め、笑みを見せた。
指を抜き、芯を持った自身を押し付ける。
「はや、く……しろ、よ」
荒い息を繰り返しながら桐生を見上げる。
「ん、くッ……ふ、ぁ……」
押し進められると、強い圧迫を感じる。目を固く閉じ、できるだけ深く呼吸をした。
「はぁ……、月冴、好き、だよ」
全てが収まると、指を絡め、手を繋ぐ。顔が近付き、キスをされるのかと瞼を落とす。しかし、予感した場所に感触はなく、代わりに耳に吐息がかかった。
「やだッ、耳は、よせ!」
舐められると、思わず甘い声が漏れる。軽く歯を立てられるが、感じるのは痛みではなかった。
「なに? 口がよかった?」
桐生はそう囁くと、耳から離れ、唇同士を重ねた。舌を入れ、わざと唾液を送り込む。
「んッ」
こくん、と飲み込むのを確認してから唇を離した。息も絶え絶えのところを、何度も強く突き上げる。
「ひゃ……、そんな、いきなり、はげしッ……」
大きく揺すられてベッドが音を立てる。快感に飲まれ、もう何も考えられない。
「顔、見せて」
桐生はそう言って、乱れた短い髪をかきあげる。顔を隠そうと腕を伸ばすが、やんわりと阻止された。
「やだッ……、もう、ほんとに、やば、いッ」
前をいじられると本当にダメになる。あっという間にのぼり詰め、すぐに欲を出してしまう。
「ッく」
桐生のほうも余裕のない表情で、息を吐いた。
生暖かいものが広がる感覚に、顔をしかめるよりない。
朝日の眩しさに目を覚ます。いつもと違う周りの風景に、ぼんやりとした頭で昨日を思い出す。
結局家に帰れなかった。あれから、薄れた意識の中、風呂に入ってそのまま眠ったのだ。
「やっべ」
よく考えれば学校に行く時間だ。壁の時計に目をやると、まだ余裕はあるが、ゆっくりもしていられない。置き勉しているから、わざわざ家に帰らず、直接学校に行けば普通に間に合うだろう。
「月冴、おはよう」
扉から、桐生が顔を出す。
「……おはよう」
「朝ごはん、食べて」
「おう」
ゆっくりベッドから起きる。リビングのほうから、ほのかに朝食の良い香りが漂っていた。
桐生のあれはなんとかしなければならない。束縛がきついのは、治らないものなのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていたせいか、今日はずっと上の空だった。授業はそれでもなんとかなるが、部活はそうもいかない。
中学から引き続き陸上部に入った。桐生も中学のときは同じ部活で、それをきっかけに知り合ったのだが、彼は高校では生徒会に入り、部活はしていないようだった。
少し高めのハードルを飛び越えようとしたときだった。足が引っ掛かり、倒れる感覚。咄嗟に手をつけばよかったのだが、うまくいかず、顔面から地面に落ちた。
「いっ、た」
「おい、大丈夫かよ」
頬を擦りむいて痛い。すぐに先輩がやってきて保健室に行くように言われた。
部活中というのもあり、付き添いなしで一人で保健室に向かう。がらりと扉を開けるが、先生の姿はない。
「あれ、吉村君?」
「山下さん……なんで」
保健室には同じクラスの山下怜香がいた。クラス会では楽しく会話ができ、楽しかった。
「ほら、私保健委員だし。今先生いないから、代わりに……」
「そうなんだ」
やはりかわいい。控えめな性格というのもかわいい。ひそかに彼女に想いを寄せついる輩は多いのではないだろうか、と思った。
「ていうか、血でてる。……座って」
救急箱を手に取り、近くの椅子を促す。
「あ、うん」
椅子に座る。山下はてきぱきと、慣れた動作で手当てをする。
「あのね、昨日凄く楽しかった。ありがとう」
「そうだね、俺も――いっ!」
消毒液が染みる。なんだか格好悪いところを見せた気がしてばつが悪くなった。
「ごめんね、痛い?」
「いや、大丈夫」
笑ってみせるが、山下の顔は晴れない。むしろ曇っているような気がする。
「そっか、吉村君って、なにか悩んでることとか……、いやほら今日ずっとぼんやりしてたから気になったっていうか」
頬にガーゼを押し当てながら言う。教室ではそんなに近い席ではないのに、ぼんやりしていたことがバレていたことに驚く。
「え、いや。たいしたことじゃないよ」
本当のことを言うわけにもいかず、ごまかす。しかし山下は納得した様子ではない。
「そっか、彼女さん、とか?」
「え?」
驚いて少し声が上擦る。
「ごめん、なんか。吉村君モテるし、その――」
山下が焦って取り繕う。自分がモテるというのは初耳だ。きっと世辞の類いなのだろう。
「彼女、いないよ」
「あ、そうなんだ」
山下はやっと笑顔を見せると、綺麗にガーゼを貼り終えた。手当てを施していた指が、頬から離れる。
礼を言おうと口を開いたときだった。突然勢いよく、保健室のドアが開けられる。ガラッという音と共に、息を切らした桐生がやってきた。
「月冴!」
「……げっ、桐生」
なぜここにいるのか。今日は生徒会ではないのか。仕事はどうしたんだろう。
「顔、怪我したって聞いた」
心配そうに近付いて、顔を覗き込む。
「いいよ別に元からたいした顔じゃないんだから」
そっぽを向いて、目を逸らす。
「そんなことない、可愛い」
「男に可愛いとか言うな!」
「月冴は可愛いよ」
「うっせ」
そこまで言うと、桐生は山下のほうを向いた。睨みつけるようにジッと見たあと、吉村の手を取る。
「じゃ、行こ」
「え?」
腕を掴まれれば、付いていくほかない。保健室を出て、なぜか外に出る。無言で前を歩く桐生からは殺気のようなものが出ていた。
「あの、さ。俺、部活戻らなきゃなんだけど」
人気のない旧校舎の裏までやってきた。丁度死角になる場所。ここで殺されたら、きっと数日は見つけてもらえないだろう。
「部長に言ってきた。今日はもう出なくていいって」
急に立ち止まり、桐生は強い口調で言う。
「は? なに勝手なこと――」
「今日、ずっとボーッとしてたって、聞いた。どうしたの? やっぱりあの女のこと考えてたの?」
壁際に押され、責められる。どうしたら良いのか分からなくなって、目を逸らす。
「ちがっ……山下さんはともだ、いたっ」
肩と後頭部を壁に打ち付けて痛い。ふと前を見ると、桐生の顔がすぐそこまで迫っていた。
「僕、怒ってる」
「え?」
「彼女いないって、言った」
「お前聞いてたのかよ」
嘘は言っていない。山下はかわいいし、友人だ。わざわざ余計な事実を言って、距離を置かれるのは避けたかった。
「聞かれたら、まずい?」
「いや、それは――」
ごまかそうと、顔を逸らそうとしたが、それは叶わない。後頭部に手が周り、押さえられた。
「む……、ふッ……」
噛みつくようなキス。歯が当たるのもお構い無しだ。舌が歯茎を舐めて、唾液が顎に垂れる。
ズボンのベルトに手が伸ばされ、焦る。やっと唇が離れ、まともに息ができた。
「いやだ、って。だいたいここ、外、だし。学校では、こういうこと、すんな」
「そんなこと、どうだっていい」
簡単に脱がせて、湿り気のない指を入れる。乱暴に動かされると、耐性のあるそこでも、さすがに悲鳴をあげる。
「いた、い……やだ、」
血が出ているのか。生暖かい液体が流れるのが分かった。痛みを伴って、押し拡げられていく。
「きりゅう、やだ……ほんとに、たの、む」
必死に桐生の制服を掴み、訴える。涙の溜まった目で見上げると、また唇を強引に重ねられた。
ベルトを外す金属音に、身体をこわばらせる。指が抜けて安堵したのも束の間、片足を持ち上げられ、熱をもったそれが、入ってきた。
「や、ほんとに……むり」
傷口が開く感覚。痛みで固く目を瞑る。肩を押して距離をとろうとするが、びくともしない。
「そんな、おく、まで……いや、だって……」
押し返す力を強めるが、あまり意味はない。
ぼたぼたと、液体が流れる感触に、身震いした。
遠慮なく動くそれに、快感はない。早く終わることだけを祈り、歯を食いしばった。
いつの間にか行為は終わり、なんとか家についた。歩くのも苦痛だった。
何も知らない母と桐生は楽しそうに会話をする。こういうときに猫を被るのがうまいと、本当に思う。
部屋に上がると、早々に話を切り上げてついてくる。早く帰ってくれないだろうか。
「ごめんね、痛かった、よね」
自室の扉を閉めると同時に抱きついてくる。
「うっせ、触んな。さっさと帰れ」
振りほどこうともがくが、さらに強く抱きとめられる。
「でも、月冴も悪いんだよ。あんな女と話すから」
「俺が誰と会話しようと俺の勝手だと思うが」
強気に出て、睨みつける。そんな吉村の視線を無視して、桐生は口を開く。
「浮気しないって、言った」
「いやあれは浮気じゃないだろ」
「……分かった」
しばらくの沈黙。なんだか自分が悪いことをした気分だ――桐生はそう思っているのだろうが――冗談じゃない。なにもやましいことなんてない。
「月冴から、キスしたら。許す」
静かにそう言って絡めた腕を離す。少し距離ができて、顔を伏せる。
「だからあれは違うって言って――」
「早く。舌入れてね」
責めるように急かして、注文をつける。
「分かったよ。ちょっと、屈め」
そう言うと、桐生は満足そうな顔をして少し屈んで見せる。
ゆっくりと唇を近づけて、思い切って重ねる。普段しないせいか、うまくいかない。なかば無理矢理に舌を押し込んだ。
「ふッ……ん……」
吐息が漏れる。歯茎をなぞって、いつもされるように口内に舌を這わせる。
「はぁ……これで、いいだろ」
「うん」
息が乱れる吉村を尻目に、桐生は満足気に返事をする。
こちらはもういっぱいいっぱいだというのに、余裕綽々というような態度が気に入らない。
「あの、さ。もっと俺のこと、信用しろよ」
照れてしまって顔をまともに見れない。目を逸らしてなんとかそれだけ言った。
「分かった、ごめんね」
そう言って、今度は桐生からキスをした。
「お前それどしたの?」
「いや、ちょっと部活で転んじゃって」
橋本に言われてガーゼを貼った頬に手をやる。自分で貼り直したが、山下ほどうまくできなかった。少し曲がっているが、気にしないことにする。
「てかさ、山下さんと付き合うの?」
橋本は頬杖をつきながら訊ねる。吉村はびっくりして、鞄を落としそうになった。
「なにその話、どっから出てきたんだよ」
「だってクラス会のときめっちゃ話してたじゃん。いいなー、可愛いよな!」
「まぁたしかに可愛い」
気遣いもできるし、控えめだし、いい子である。しかし付き合うかどうかは別の話だ。
「山下さんに聞かれたよ、桐生先輩とお前、なんかあるの? って」
「そうなんだ」
ちらりと教室を見渡す。山下は友人であろう女子生徒と話をしていた。いつもと変わった様子はない。
「一応、中学一緒らいしけどよく知らないって言っといた」
「そう」
事実だし、当たり障りはないだろう。それで問題はない。
「で、実際どうなん?」
「は? どうもこうもそれであってるけど」
「なんだよ、泥沼の三角関係とかねぇのかよ」
つまらなそうに唇を尖らせる。
「お前少女漫画の読みすぎだろ」
「マジか! 姉貴の持ってるやつわりと面白いぞ」
「へー」
興味なさげに返事をしたのに、ホームルームが始まるまで、なぜか少女漫画談義を聞かされるはめになった。
「あの、ちょっといい?」
「あ、うん」
休み時間、山下に呼び止められた。廊下の隅で、話を聞く。
山下は、なかなか話を切り出さない。なにを言おうか考えているのだろうか。吉村は自分から口を開くことにした。
「あのさ、昨日はありがとう」
手当てをしてもらったのに礼を言っていなかったことを思い出す。頬を指差しながらそう言った。
「え、あ……うん。気にしないで」
山下は 非常に言いにくそうにしていたが、やがて話し出した。
「あのね、昨日桐生先輩。すごく怒ってたような気がして……。私何かしたかなって」
目を逸らしてそう言う。
たしかに桐生は怒っていた。しかも相当理不尽な理由で。山下になにかする気はなさそうだが、釘を刺しておいたほうがよいのかもしれない。
「あー、大丈夫だろ。あいつちょっとおかしいから」
「中学一緒なんでしょ。橋本君に聞いた」
「うん、まぁ」
探るような目で見上げてくる。
「な、なに?」
戸惑って、よく分からなくて、訊ねる。山下はしばらく吉村を見ていたが、突然我に返ったように首を振った。
「え? ううん、なんでもない。それだけだから、じゃあね!」
それだけ言うと、廊下を走り去った。
「なにしてるの?」
知った声に、勢いよく振り返る。桐生の顔に、びっくりして声が出ない。三年生の教室はずっと遠くなのに、なぜいるのだろう。
「また、あの女と話した」
責める口調。春だというのに、変な汗が背中を伝う。
「いや違くて、これは……」
後ずさると、壁が背中に当たる。恐怖で思わず目を逸らした。
「まぁいいや。ゴールデンウィーク、暇?」
予想していた怒鳴り声はなく、少しホッとする。
そういえばもう来月には五月だ。すっかり休みのことなど忘れていた。
「いや、部活とかあるし……ちょっと、暇ではない、かな?」
「デートしよう」
話を聞いていたのだろうか。わざと聞いていないフリをしているのならなおタチが悪い。
「いや、だから部活が――」
「大丈夫、僕、陸上部の部長とは同じクラスだし、それに、貸しもいろいろ作ってる」
この前の部活も、途中で抜けたのになにも言われなかったのはそういうことなのだろう。
桐生は一歩こちらに近付き、肩に手を乗せてきた。
「いや、やめろって迷惑だし」
軽く振りほどいて答える。
「めいわく? なんで? 月冴は僕とデートしたくないの?」
また一歩近付く。
「いや、そうじゃないけど……」
さっきから、いや、としか言っていない気がする。視線をうろうろと彷徨わせて、言い訳を考えた。
「まぁ、大丈夫。一日くらいなら休みあると思うし」
決まり、とでも言うように笑顔を見せる。すんなり離れると、手を振って去っていった。
「……なんなんだよ」
一人でそう呟く。緊張からか、心臓が少し早くなっていた。
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そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる
桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」
首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。
レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。
ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。
逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。
マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。
そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。
近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン
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