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アルバイト、はじめました。
しおりを挟む「あれ? 惺君だよね?」
夕午はスーパーのアルバイトの仕事を始めた。社員に指導を受けることになったのだが、その社員に見覚えがあった。
その社員、矢吹惺は一度、目を細めて夕午のほうを見、すぐに逸らした。
「あれ、無視? 違う? ピアノ上手かった人でしょ? 俺のことを忘れちゃった?」
まくしたてるが、矢吹は意にも解さない様子だ。再び夕午を一瞥して、仕事の説明を始めた。
「おつかれしたー」
要領は悪くない方なので、夕午はつつがなくアルバイトを終えた。
私服に着替えて時間を見る。今日はリアムが迎えに来ると言っていた。無視しても良いが、待つことにしよう。煙草の箱をポケットから出し、喫煙所へと向かった。
「あれ、惺君って吸う人なんだ」
矢吹の姿を見つけ、話し掛ける。彼はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「あんまり馴れ馴れしくしないで欲しいんだけど」
感情を殺した声。それがなんだか面白く感じた。
「いいじゃん。俺と惺君の仲だし」
肩を組もうと近付くが、振り払われる。火を消して、出入口のドアノブに手を掛ける。
「いいか、お前の存在は俺の人生の汚点だ! お前みたいなおかしいやつの相手してる暇はないんだよ!」
殺していた感情が爆発したような大声で叫ぶ。
かすかに、ドアの向こうから音がした。一か八か。夕午も吸いかけの煙草の火を消した。胸ぐらを掴み、タイミングを見計らって唇を押し付ける。
丁度良くドアが開き、リアムが入ってきた。
面白いことになった。目論見が成功し、夕午は満足だ。
「ちょっと、何してるんですか?」
日本語を勉強し始めたらしいリアムは少しぎこちない言葉で話す。
夕午は唇を離し、目を白黒させている矢吹の肩を組む。
「何って、見りゃわかるだろ?」
「とにかく、離れて! 夕午さん、帰りますよ!」
リアムに腕を引かれて家路を歩く。少し薄暗くなった道に入ると、半ば無理矢理手を繋がれた。
自宅の部屋に、なぜかリアムも入ってくる。責めるような目つきでこちらを見る。
「なんでですか」
圧力のある声。面白くて、笑い出しそうだ。
「悪かったって。ちょっとノリでさ」
こんなことはいつものことだ。日常茶飯事なのに、その都度怒るリアムが面白い。
「オレは、すごく好きなのに……」
そう言って、キスをする。
これが楽しみで、毎回やってしまうのかもしれない。
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