不能だと噂の騎士隊長が『可能』なことを私だけが知っている(※のぞきは犯罪です)

南田 此仁@書籍発売中

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11~20話

唯一の呼び名【上】

「なぜ泣くんだ……? 俺は嬉しかったんだ」

 ヨルグの親指が、そっと目尻に溜まった涙を拭う。
 触れる手も、声音も、穏やかで温かくて。恐れていたような嫌悪感やわずらわしさなんか、本当にこれっぽっちも抱かれてはいないのだと伝わってくる。

「嬉しい……?」

「ああ。リズに心からの信頼を寄せられているようで、嬉しかった。抱きあげれば安心したように身を預けてくる姿も」

 ――本当にこの人は、どこまで私を甘やかすのだろう。

 二人でのお出かけに浮かれてはしゃぎ回る私に、嫌な顔一つせず付き合ってくれた。
 意外と距離感が近く、面倒見がよくて。私の好きなものに興味を示し、困難から守って、喜ばせようとしてくれる。

 うっかり好意を抱かれていると錯覚して、ますます深みにはまっていくこの恋心をどうしてくれよう。

 溢れた心が全身へと伝うように、冷たくなった指先にも体温が戻る。
 温かな手のひらを頬に添えられたまま、私は涙の残る目をしぱしぱと瞬いてヨルグを見つめた。

「……私のこと、嫌いになってませんか?」

「まさか! を嫌うなどありえない」

 明確な即答にほっと息を吐く。
 少なくとも、今回の件で嫌われたのではという心配は杞憂に終わったようだ。

 安心してみれば、気になることがもう一つ。

「その、『リズ』って……」

 先ほどから何度か聞こえてはいたけれど、やはり聞き間違いではなかったらしい。

 亡き両親が呼んでくれていた愛称。
 おじいちゃんは愛称呼びなんか小っ恥ずかしくてできるかと言って名前で呼ぶから、もう私のことを愛称で呼ぶ人なんて誰もいなかったのに。

「昨夜、そう呼んでくれと言っただろう?」

 昨夜?
 夕食の途中から記憶がないけれど、おそらく酔っぱらった私がヨルグにそんなことをねだったのだろう。
 もしかして……酔って開放的な気分になった私は、ヨルグに積極的なアプローチでもしていたのだろうか? 告白――まではさすがにしていないようだけれど、記憶のないあいだに一体何をやらかしたのだろう!?

 気になる。
 気になるけど、怖くて聞けない。
 聞きたくない!
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