刹那に過ぎた夏の朝

刹那に過ぎた夏の朝

「ワンワン！」と愛犬のハナの鳴き声で目が覚めた。時計を見ると午前５時を少し過ぎた頃。ハナに起こされるのが毎朝の日課だ。

ハナのご飯を済ませ、次はハナを連れての散歩だ。
家を出るとすでに暑く、セミが元気に鳴いている。
いつもの散歩コースを歩いているとハナが勢いよく走り出した。
思わずリードを放してしまったので急いでハナを追いかけた。
雷の音が聞こえた気がして思わず空を見上げると、すぐそこまで灰色の雨雲が近付いていた。

ようやくハナに追い付くとポツリポツリと雨が降り出してきた。
雨宿りできる所はないかとあたりを見てみると、遠くにぼんやりと光る電話ボックスを見つけた。

こんな所に電話ボックスなんてあったかと不思議に思ったのだが、びしょ濡れになるよりはまだマシだと思い、走って電話ボックスに向かった。

電話ボックスに入るとすぐに雨脚が強くなった。それほど濡れずに済んだとホッとしていると、雷で一瞬明るくなった電話ボックスは無数の赤い手形で埋め尽くされた。

「ワンワン！ワンワン！」とハナの吠える声が響く。その声で意識を取り戻した。しばらく電話ボックスの中で気絶していたようだ。
まだ雨の音はしていたが、ハナを放さないように無我夢中で家まで走って帰った。

後日、新聞を見ていると自分の名前があった。最初は同姓同名かと疑ったのだがすぐに自分の事だと確信した。
自分が住んでいる市と同じ市、それに自分の顔写真が写っていた。しかも電話ボックスに遭遇したあの日から行方不明だと書かれていた。
そう言われればあの日からなんとなく違和感があった。気のせいだと思っていたが、もしかしてソックリな別の世界線に来ていたというのか？