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03. 私が「妊娠しないと出られない部屋」の入居を迫った理由①私の前世の事情
私の脳内で、ユークリッド様の言葉が再生される。
「……昔、強く祈ったんだ。『自由になりたい』と」
ユークリッド様の顔に、彼の顔が重なる。
ユークリッド様とよく似た顔の彼は、……私の前世の元カレだ。
彼は悲痛な表情を浮かべ、口を開いた。
「ごめん、葵。僕たち、別れよう」
「……え?」
「勝手を言って申し訳ないんだけど、……葵のご両親に挨拶したいという話もなかったことにしてほしい」
彼から突然告げられた別れの言葉。
長年付き合っていた彼から「親に挨拶したい」と言われて、いつにするか二人で話し合っていた矢先のことだった。
婚約を予感した私は、幸せの真っ只中にいたのだけど。
あまりの出来事に、私は「これは彼の本心では無い」と咄嗟に思い込んだ。
優しい彼は、すぐに自分の気持ちを我慢してしまう。
だけど私は、長年の付き合いで、彼の表情からそれがわかるようになっていた。
だからその時も、彼が何かを我慢していると思ったのだ。
「悠くん、嘘でしょう? ……悠くんの本心じゃないことぐらい、顔を見たらわかるよ?」
彼は一瞬、怯んだような顔をした。
でも、すぐに決意を固めたような表情になる。
そして、彼の口から出た言葉は、私の愚かな希望を打ち砕いた。
「僕は、……自由になりたいんだ」
先ほどの言葉とは違って、その言葉は彼の本心だと表情で分かった。
頭の中が真っ白になる。
何も言うことができない私に、彼は続けた。
「葵、……お願いだ。解放してほしい」
もう、彼の顔は見れなかった。
私は溢れる涙を見せまいと、下を向いたまま頷くことしかできなかった。
◇◇◇
「私も飼育されたいなぁ……」
思わず願望が口をついて出た。
私は今日、会社を早退し、動物園に来ている。
私の泣き腫らした瞳に映る動物たちは、檻の中で今日ものんびりと生きていた。
ーーー大好きな元カレに捨てられてから1ヶ月。
私の心と体はすっかり弱ってしまっていた。
あの後、『婚約目前の彼氏に捨てられた』という最悪なタイミングで、友人の結婚や妊娠報告が続いた。
お祝いの場に暗い気持ちで参加するのは忍びなくて、友人からの誘いを全て断った。
同じタイミングで、彼氏の存在を伝えていた両親から「いつ結婚するの?」と聞かれ、酷い対応をしてしまった私は、家族とも距離を置くことにした。
恋人・友人・家族と過ごす予定を一気に失った私は、その隙間を仕事で埋めようと思い、タイミング良く打診されたプロジェクトへの参加を決めた。
積極的に業務を引き受け、連日開かれる飲み会に参加し、睡眠時間を削って新規業務の勉強に取り組んだ。
その上、妊娠後体調不良で休みがちになった先輩の業務を、上司から「君になら任せられる」と言われて、いい気になった私は、更に睡眠時間を削って仕事をしたのだった。
計画通り、絶望感に浸る暇も無いぐらい隙間を埋めることができたのだが。
ある日、私は仕事でとんでもない発注ミスを犯した。
取引先や本社まで巻き込む大問題になった。
更に酷いことに、私にはその発注時の記憶が全く無かった。
恐らく、睡眠時間を大幅に削っていたことが原因で、記憶が飛んでしまったのだろう。
発注ミスも、記憶がないのも、全て自業自得だった。
上司は私を会議室に呼び出し、大声で叱責した。
自分の犯したミスの重大さと自己嫌悪で一杯一杯だった私に、上司の怒りを受け止める余裕など全く無かった。
それに気付いた仲の良い後輩が、上司を会議室から追い出し、私を慰めてくれた。
しかしそこで、私にトドメを刺す出来事が起こる。
後輩のスマホが光り、通知を表示したのだ。
後輩は私を慰めるのに必死で、通知に気付いていなかったが、私の瞳には、よく見慣れたアイコンと名前が映った。
そこに書かれていたのは『僕も会いたい』という文字。
私の元カレが、後輩に、『僕も会いたい』というメッセージを送ったのだ。
通知を見た私の脳裏に、彼の言葉が再生される。
ーーー『自由になりたいんだ』
そうか。彼は、後輩と交際するため、私から自由になりたかったのだ。
会議室で、そのことに思い至った瞬間、心身共に限界だった私の何かがプツンと切れる音を聞いた。
同時に、真っ黒な感情が私を襲う。
私の心を憎悪が満たしていく。
ーーーやめてやめてやめて。
彼も後輩も。大好きなの。かけがえのない人なの。大切な人なの。
そうだ、二人はきっと、純粋に恋に落ちただけなのだ。
二人ともスラっとした長身で美男美女。
二人が恋に落ちるのは当たり前だ。
私なんかより、とってもお似合いじゃないか。
なのに二人を逆恨みするなんて……。
私の体を満たした憎悪が自己嫌悪に変換されていく。
勤務中だと言うのに、涙が溢れ止まらなくなった。
酷い頭痛で頭がクラクラした。
吐き気をもよおし、会議室で嘔吐した。
ますます嫌な顔をする上司。
使い物にならない私は、「病院に行け」と早退させられた。
フラフラと会社を出た私は、気付いたら、病院ではなく、……動物園にいた。
大好きだった元カレとよく訪れた場所。
愛されていると錯覚していた幸せな記憶。
ああ、頭がクラクラする。
ーーーそうだ。あそこのキリン館。
細長いキリンが「羨ましい」と言った私に、「葵はアザラシっぽいよね」と彼に言われて。
私のぽっちゃり体型を暗に揶揄われて、思わず拗ねてしまったんだった。
ーーーあのベンチでは、一緒にお弁当を食べたよね。
早起きして頑張って作ったのに、卵焼きを焦がしてしまって。
なのに彼は、「美味しいよ」と心底幸せそうに笑って食べてくれた。
嬉しかったなぁ。
ーーーあっちのオオカミ館は、番が飼育されていて。
二匹仲良く駆け回る姿が微笑ましくて、ずっと見ていた。
展示パネルでオオカミが『唯一の番と生涯連れ添う』と知って、私は思わず「いいなぁ」と呟いてしまった。
そしたら、彼は「僕達みたいだね」と言ってくれて、とっても幸せだった。
その後、急に真っ赤になった彼が「僕、葵の親に挨拶したいと思ってる」って言ってくれたんだっけ。
ここには、幸せだった二人の記憶が溢れている。
だけど、今は……。
ーーー恋愛の絶望から逃げるため、友人と家族から逃げ、逃げた先の仕事でも絶望し、そして恋愛の絶望にまた突き落とされ。
……もう逃げる場所がどこにもなくなってしまった私が一人。
だけど生きるためには仕事をせねばならない。
明日から私はまた出社するのだ。
……たとえどんなに辛くても。
私はふぅと一息吐く。
そして、再び願望が口をついて出た。
「……私も、飼育されたいなぁ」
ここで飼育されている動物の仕事内容は、生活を見せることと、研究されること。
住居は確保され、三食昼寝付き。多分おやつも出る。
結婚や出産に焦ることはなく、必要に応じて繁殖の相手があてがわれる。
見られたり管理されたり、自由が無いのは嫌って思う人もいるだろうけど。
今の私には、自由なんて、必要の無いものに思えた。
「……だけど、私にそんな価値ないか」
飼育には相当なお金と手間が掛かるのだ。
私みたいな見た目も中身も低劣な人間、飼育する価値がない。
ーーー生まれ変わりたい。
そう思った。
生まれ変わって……『彼ともう一度やり直したい』なんてバカな願いを抱きそうになって、慌てて首を横に振る。
ああ、この期に及んでこんなことを考えてしまうなんて……もう人間はやめた方が良さそうだ。
期待も焦燥も絶望も、もう嫌だ。
誰かに憎まれるのも、誰かを憎んでしまいそうになるのも、それで自己嫌悪に陥るのも、もう嫌なのだ。
生まれ変わって、人間以外の生き物になれたらいいのに。
例えば、ここにいる動物たちのように、人々が見たいと思う生き物に。
飼育する価値がある生き物に。
そう考えた途端、今まで経験したことがないような頭痛に襲われた。
吐き気が再び訪れる。
酷い目眩に立っていられず、蹲り、地面に嘔吐する。
「どうしました?!」
「大丈夫ですか?!」
「職員の方を呼んできますね!」
私を心配する複数の声が聞こえる。
……なんて親切な人たちなんだ。
何の価値もない私にまで。
顔を上げたのに、瞼は上げているはずなのに、私の視界はどんどん暗くなり、親切な人たちの顔が見えない。
せめて「ありがとうございます」「大丈夫ですよ」と伝えたいのに、口が全く動かない。
私を心配する言葉たちが、だんだん遠くなっていく。
……そして、私は意識を手放した。
◇◇◇
「でっけー! かっこいい!!」
「鱗がキラキラ! とってもキレイ!!」
「あっ! こっち向いた! 瞳がウルウルだ~」
子供達のはしゃぎ声がこだまする。
ここは、この国が運営する生物研究所。
この研究所では、研究目的で様々な生き物が飼育されている。
そして、月に一度の観覧解放日には、国民たちが飼育されている生き物を観覧できるのだ。
観覧解放日の様子は、まるで前世の動物園のようで、目をキラキラさせた子供たちや、どこかワクワクした大人たちの行列が作られる。
その中で、国民たちに一番人気がある生き物はドラゴン、……なんと私であった。
私はどうやら、あの日、動物園で気を失ったあと、死んでしまったらしい。
そして、前世最期の願い通り、『飼育する価値がある生き物』であるドラゴンに生まれ変わった。
これ以上ないぐらいの願いの叶えように、生まれ変わった時は思わず神様を拝んでしまった。
この世界はドラゴンがいることからもわかる通り、元の世界とは全然違う異世界だ。
前世、元カレと一緒にプレイしたゲームと同じで、ドラゴンは人間並みの知性と意思を持ち、ヒト型になることができる。
だからか、ドラゴンの飼育は当初、禁忌とされていた。
なのになぜ、私が飼育されているかというと、その理由は私の生い立ちにある。
ドラゴンである今世の私の母は、まだ卵だった私を産み落としてすぐに亡くなった。
親を失い、卵のまま孵化できずにいた私は、この研究所の職員たちに保護されたのだ。
ドラゴンの飼育について、当時はかなりの論争になったみたいだ。
しかし、「大切な命をむざむざ捨ておけない」という職員たちの必死の説得のおかげで、私は研究所で保護されることになった。
そうして、職員たちが私の孵化に挑戦する日々が始まり、無事に私が孵化した時は、この国中、いや、世界中で私の誕生が祝われたという。
そしてその後180年、数世代に渡る職員たちの努力の結果、私は無事に成体になることができたのだった。
ドラゴンの寿命は1万年。
成体になるまでは人間の1年がドラゴンの10年にあたる。
なので180歳の私は今、人間で言うと18歳ぐらいだ。
私が飼育されてから、それまで未知の生物だったドラゴンの研究が一気に進んだとのことで、職員たちはいつも私に感謝と愛を与えてくれた。
しかし同時に、職員たちは、人間と同じ知性と意思を持つドラゴンを飼育することに後ろめたさもあったようで、何度も私を外に出そうとしてくれた。
だけど、前世で惨めな最期を経験した私は、外に出ることが怖くて、どうしてもできなかった。
そんな私が成体になり、繁殖可能になったことに気付いた職員たちは、とある計画を進めていたのだが。
あの日まで、そんな計画があることを、私が知る由もなかった。
「……昔、強く祈ったんだ。『自由になりたい』と」
ユークリッド様の顔に、彼の顔が重なる。
ユークリッド様とよく似た顔の彼は、……私の前世の元カレだ。
彼は悲痛な表情を浮かべ、口を開いた。
「ごめん、葵。僕たち、別れよう」
「……え?」
「勝手を言って申し訳ないんだけど、……葵のご両親に挨拶したいという話もなかったことにしてほしい」
彼から突然告げられた別れの言葉。
長年付き合っていた彼から「親に挨拶したい」と言われて、いつにするか二人で話し合っていた矢先のことだった。
婚約を予感した私は、幸せの真っ只中にいたのだけど。
あまりの出来事に、私は「これは彼の本心では無い」と咄嗟に思い込んだ。
優しい彼は、すぐに自分の気持ちを我慢してしまう。
だけど私は、長年の付き合いで、彼の表情からそれがわかるようになっていた。
だからその時も、彼が何かを我慢していると思ったのだ。
「悠くん、嘘でしょう? ……悠くんの本心じゃないことぐらい、顔を見たらわかるよ?」
彼は一瞬、怯んだような顔をした。
でも、すぐに決意を固めたような表情になる。
そして、彼の口から出た言葉は、私の愚かな希望を打ち砕いた。
「僕は、……自由になりたいんだ」
先ほどの言葉とは違って、その言葉は彼の本心だと表情で分かった。
頭の中が真っ白になる。
何も言うことができない私に、彼は続けた。
「葵、……お願いだ。解放してほしい」
もう、彼の顔は見れなかった。
私は溢れる涙を見せまいと、下を向いたまま頷くことしかできなかった。
◇◇◇
「私も飼育されたいなぁ……」
思わず願望が口をついて出た。
私は今日、会社を早退し、動物園に来ている。
私の泣き腫らした瞳に映る動物たちは、檻の中で今日ものんびりと生きていた。
ーーー大好きな元カレに捨てられてから1ヶ月。
私の心と体はすっかり弱ってしまっていた。
あの後、『婚約目前の彼氏に捨てられた』という最悪なタイミングで、友人の結婚や妊娠報告が続いた。
お祝いの場に暗い気持ちで参加するのは忍びなくて、友人からの誘いを全て断った。
同じタイミングで、彼氏の存在を伝えていた両親から「いつ結婚するの?」と聞かれ、酷い対応をしてしまった私は、家族とも距離を置くことにした。
恋人・友人・家族と過ごす予定を一気に失った私は、その隙間を仕事で埋めようと思い、タイミング良く打診されたプロジェクトへの参加を決めた。
積極的に業務を引き受け、連日開かれる飲み会に参加し、睡眠時間を削って新規業務の勉強に取り組んだ。
その上、妊娠後体調不良で休みがちになった先輩の業務を、上司から「君になら任せられる」と言われて、いい気になった私は、更に睡眠時間を削って仕事をしたのだった。
計画通り、絶望感に浸る暇も無いぐらい隙間を埋めることができたのだが。
ある日、私は仕事でとんでもない発注ミスを犯した。
取引先や本社まで巻き込む大問題になった。
更に酷いことに、私にはその発注時の記憶が全く無かった。
恐らく、睡眠時間を大幅に削っていたことが原因で、記憶が飛んでしまったのだろう。
発注ミスも、記憶がないのも、全て自業自得だった。
上司は私を会議室に呼び出し、大声で叱責した。
自分の犯したミスの重大さと自己嫌悪で一杯一杯だった私に、上司の怒りを受け止める余裕など全く無かった。
それに気付いた仲の良い後輩が、上司を会議室から追い出し、私を慰めてくれた。
しかしそこで、私にトドメを刺す出来事が起こる。
後輩のスマホが光り、通知を表示したのだ。
後輩は私を慰めるのに必死で、通知に気付いていなかったが、私の瞳には、よく見慣れたアイコンと名前が映った。
そこに書かれていたのは『僕も会いたい』という文字。
私の元カレが、後輩に、『僕も会いたい』というメッセージを送ったのだ。
通知を見た私の脳裏に、彼の言葉が再生される。
ーーー『自由になりたいんだ』
そうか。彼は、後輩と交際するため、私から自由になりたかったのだ。
会議室で、そのことに思い至った瞬間、心身共に限界だった私の何かがプツンと切れる音を聞いた。
同時に、真っ黒な感情が私を襲う。
私の心を憎悪が満たしていく。
ーーーやめてやめてやめて。
彼も後輩も。大好きなの。かけがえのない人なの。大切な人なの。
そうだ、二人はきっと、純粋に恋に落ちただけなのだ。
二人ともスラっとした長身で美男美女。
二人が恋に落ちるのは当たり前だ。
私なんかより、とってもお似合いじゃないか。
なのに二人を逆恨みするなんて……。
私の体を満たした憎悪が自己嫌悪に変換されていく。
勤務中だと言うのに、涙が溢れ止まらなくなった。
酷い頭痛で頭がクラクラした。
吐き気をもよおし、会議室で嘔吐した。
ますます嫌な顔をする上司。
使い物にならない私は、「病院に行け」と早退させられた。
フラフラと会社を出た私は、気付いたら、病院ではなく、……動物園にいた。
大好きだった元カレとよく訪れた場所。
愛されていると錯覚していた幸せな記憶。
ああ、頭がクラクラする。
ーーーそうだ。あそこのキリン館。
細長いキリンが「羨ましい」と言った私に、「葵はアザラシっぽいよね」と彼に言われて。
私のぽっちゃり体型を暗に揶揄われて、思わず拗ねてしまったんだった。
ーーーあのベンチでは、一緒にお弁当を食べたよね。
早起きして頑張って作ったのに、卵焼きを焦がしてしまって。
なのに彼は、「美味しいよ」と心底幸せそうに笑って食べてくれた。
嬉しかったなぁ。
ーーーあっちのオオカミ館は、番が飼育されていて。
二匹仲良く駆け回る姿が微笑ましくて、ずっと見ていた。
展示パネルでオオカミが『唯一の番と生涯連れ添う』と知って、私は思わず「いいなぁ」と呟いてしまった。
そしたら、彼は「僕達みたいだね」と言ってくれて、とっても幸せだった。
その後、急に真っ赤になった彼が「僕、葵の親に挨拶したいと思ってる」って言ってくれたんだっけ。
ここには、幸せだった二人の記憶が溢れている。
だけど、今は……。
ーーー恋愛の絶望から逃げるため、友人と家族から逃げ、逃げた先の仕事でも絶望し、そして恋愛の絶望にまた突き落とされ。
……もう逃げる場所がどこにもなくなってしまった私が一人。
だけど生きるためには仕事をせねばならない。
明日から私はまた出社するのだ。
……たとえどんなに辛くても。
私はふぅと一息吐く。
そして、再び願望が口をついて出た。
「……私も、飼育されたいなぁ」
ここで飼育されている動物の仕事内容は、生活を見せることと、研究されること。
住居は確保され、三食昼寝付き。多分おやつも出る。
結婚や出産に焦ることはなく、必要に応じて繁殖の相手があてがわれる。
見られたり管理されたり、自由が無いのは嫌って思う人もいるだろうけど。
今の私には、自由なんて、必要の無いものに思えた。
「……だけど、私にそんな価値ないか」
飼育には相当なお金と手間が掛かるのだ。
私みたいな見た目も中身も低劣な人間、飼育する価値がない。
ーーー生まれ変わりたい。
そう思った。
生まれ変わって……『彼ともう一度やり直したい』なんてバカな願いを抱きそうになって、慌てて首を横に振る。
ああ、この期に及んでこんなことを考えてしまうなんて……もう人間はやめた方が良さそうだ。
期待も焦燥も絶望も、もう嫌だ。
誰かに憎まれるのも、誰かを憎んでしまいそうになるのも、それで自己嫌悪に陥るのも、もう嫌なのだ。
生まれ変わって、人間以外の生き物になれたらいいのに。
例えば、ここにいる動物たちのように、人々が見たいと思う生き物に。
飼育する価値がある生き物に。
そう考えた途端、今まで経験したことがないような頭痛に襲われた。
吐き気が再び訪れる。
酷い目眩に立っていられず、蹲り、地面に嘔吐する。
「どうしました?!」
「大丈夫ですか?!」
「職員の方を呼んできますね!」
私を心配する複数の声が聞こえる。
……なんて親切な人たちなんだ。
何の価値もない私にまで。
顔を上げたのに、瞼は上げているはずなのに、私の視界はどんどん暗くなり、親切な人たちの顔が見えない。
せめて「ありがとうございます」「大丈夫ですよ」と伝えたいのに、口が全く動かない。
私を心配する言葉たちが、だんだん遠くなっていく。
……そして、私は意識を手放した。
◇◇◇
「でっけー! かっこいい!!」
「鱗がキラキラ! とってもキレイ!!」
「あっ! こっち向いた! 瞳がウルウルだ~」
子供達のはしゃぎ声がこだまする。
ここは、この国が運営する生物研究所。
この研究所では、研究目的で様々な生き物が飼育されている。
そして、月に一度の観覧解放日には、国民たちが飼育されている生き物を観覧できるのだ。
観覧解放日の様子は、まるで前世の動物園のようで、目をキラキラさせた子供たちや、どこかワクワクした大人たちの行列が作られる。
その中で、国民たちに一番人気がある生き物はドラゴン、……なんと私であった。
私はどうやら、あの日、動物園で気を失ったあと、死んでしまったらしい。
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親を失い、卵のまま孵化できずにいた私は、この研究所の職員たちに保護されたのだ。
ドラゴンの飼育について、当時はかなりの論争になったみたいだ。
しかし、「大切な命をむざむざ捨ておけない」という職員たちの必死の説得のおかげで、私は研究所で保護されることになった。
そうして、職員たちが私の孵化に挑戦する日々が始まり、無事に私が孵化した時は、この国中、いや、世界中で私の誕生が祝われたという。
そしてその後180年、数世代に渡る職員たちの努力の結果、私は無事に成体になることができたのだった。
ドラゴンの寿命は1万年。
成体になるまでは人間の1年がドラゴンの10年にあたる。
なので180歳の私は今、人間で言うと18歳ぐらいだ。
私が飼育されてから、それまで未知の生物だったドラゴンの研究が一気に進んだとのことで、職員たちはいつも私に感謝と愛を与えてくれた。
しかし同時に、職員たちは、人間と同じ知性と意思を持つドラゴンを飼育することに後ろめたさもあったようで、何度も私を外に出そうとしてくれた。
だけど、前世で惨めな最期を経験した私は、外に出ることが怖くて、どうしてもできなかった。
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