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1章 D Dream of Tail
-5- 『夢の中の始めと終わり』 前半
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暗黒の中にウィル・オ・ウィプスが現れる。夢うつつと私はそれを見ていた。
ユラリユラリと揺れて、落ちた滴の水紋に空しく広がって……はっと、目を覚ます。
「……だいぶ休んだようだ」
クオレが、残りの木をすべて積み上げて火を付けた物音に私は、体を起していた。
私が飛び起きたのに気が付いてのクオレの言葉だった。
乾燥した木はすぐに燃え上がる。辺りを照らす光は人工的な白い光から、暖かい赤へと変化した。
私は慌てて時計を探り当て時間を確認していた。暗闇の、洞窟の中。状況を的確に思い出し……彼の言葉とは違い、予定以上に寝ていたわけではない事に安堵のため息を漏らしていた。
「寝坊の癖でもあるのか?」
クオレはトーチライトを消して、寝袋を畳み始めながら少しだけ笑っている。
その表情は普段と違って……柔らいと感じられた。私の心は寝ぼけもあってなおも緩んでしまう。
「私ったら爆睡してたみたいで……なんだかおかしな夢を見てました」
「ほう」
焚き火の光に見渡せば、他はまだ寝袋に入ったままだった。
「……えっと、」
「俺が早起きなのは歳の所為だ、気にするな」
笑って荷物を纏め、少し早いが朝食の準備でもするかと一人呟いて……インスタントコーヒーを手に取っているクオレ。
「こんな所まで来て爆睡して、あまつさえ夢を見るなんて……自分でも驚いてます」
「休む時には休む、この業界に限らず大切な事だ。夢を見る眠りは悪くないと聞くぞ」
「でも……」
今しがた見ていた夢を反芻してみる。
夢を、反芻するのは良くない事だとも云う。夢は、思い出す度に夢としての精度を失い壊れてしまうんだそうだ。
思い出す……すぐそこにあるはずなのに上手く、思い出せない。
でもどこかで見た事のあるような気配だけを探り当てた。
「多分、いつもの夢でしたし」
「何時もおかしな夢を見るのか」
「何度も見た気がするって思ったら、やっぱりそれはおかしな夢じゃないですか?」
木をくべた事で勢いが良くなった火の所為で、水はあっという間に沸いたようだった。コーヒーの良い匂いがふわりと空間に広がる。
クオレからマグを渡され、熱いそれを両手に持って私は覗き込んで……少し反省した。
「変な話してすみません」
「いや、そうは言っていない。夢か、どんな夢を繰返し見るんだ?」
クオレは厳つい顔をしているけど……外見に見合わずいい人かもしれない、あるいは、後で私がそうだと気が付くように……少し鈍くさい私に今は合わせてくれているだけなのか。
私はそう云う事、察するのがヘタらしい。よく人からそう指摘される。
「……龍を、ええと……龍に?……はっきりしませんけれど。攫われていくのを追いかけてる……そういう夢です」
「……」
クオレを窺うといつもの厳つい顔で湯気を立てているマグを掴み、熱いコーヒーを飲んでいた。湯気で暗視スコープが曇るのもお構いなしでしばらくそうしていて、クオレはふいと私に返事を返してくる。
「確かにそれは奇妙な夢だ」
返事は返ってこないものだと思っていたので私はちょっと、驚いていたり。
「そ、そう思いますか?」
「……ああ」
そう言って顔を反らし、洞窟の暗闇を見やっている。
「あー……良い匂いだ」
そうしている内にコーヒーの匂いに釣られたのか、ディザーが身を起して伸びをした。
「おはよう、ディザー」
「おはー……、んー……なんだか眠れなかった」
「人それぞれだな、」
関心したようなクオレの言葉に私は、爆睡出来てしまった事に赤面して顔を床に落とす。
「ん、おはよう……そろそろ時間ね。流石の私でも初日はよく寝れないのよねぇ……」
大きく伸びをして、アズサも起き上がった。ディザーを挟んで反対側で寝袋から手を上げているのは……ラーン……だよね?
「すいません……起きてはいるんですがもうちょっと、横になってても良いですか?」
「何よ、まさか低血圧なの?」
アズサの言葉にくぐもった笑い声が返ってきた。
「そのまさかです……いえ、お構いなく、定時には起きますので。その為に目は先ほどから開けてます、起き上がれないだけです」
「偉くフィールドワークに向きじゃないわねぇ」
「分ってます……」
アズサは早速簡単な食事を作るべく乾ソーセージを火であぶりはじめた。
互いに持ち寄った食料を順繰り、少し控えめに摂取していく事は昨日のうちに決めてある。
それぞれが予定したよりもこの謎の洞窟調査は時間が掛りそうだ、そう判断したクオレとアズサの判断に従う形だ。
料理はアズサがおおよそやってくれるので、その間私は昨日彼女と一緒に調べた食料の大雑把なカロリー計算をしてみて、5人で何日この洞窟を調査出来るか弾き出してみる。
当然帰路の分もさっ引いておかなければ行けない、こういう計算作業をするのがマッパーの役割なんだ。食料は最低限のラベリングがされてあるからこれを参照にする、記載されている内容量や加工品のカロリーや成分表を元に計算していく。
そんなわけでセイバーの記録係は栄養学にも精通しておく必要がある。肉や炭水化物の加工品がグラム当たりどれほどの熱量を持っているのか分っていないと計算出来ないしね。
D3Sで愛用されている携帯食料は、加工業者がニホンになっている事が多いんだ。民族的な特徴として内容表示や異物混入問題にニホン人はとても厳しく、国内に精査委員会もあるしメーカーで独自の調査機関を持っている事も少なくないんだとか。
こう言う所、ウチの国も少しは見習った方が良いかもね。
ディックで『世界基準』を学ぶと、ニホンは逆にきっちりし過ぎだと思っていたけど……実際そのきっちり計量されていてこのラベル表記が信用に値するというのはとても有りがたい事だと思い知らされる。
朝は……クオレの荷物からソーセージと乾パン、それにインスタントコーヒー。食べた食事とその材料の内容も記載しておく。
アズサがお味噌や醤油を持ち込んでいたように、クオレも当然というように粒マスタードを持参してきている。ちゃっかりしてるなぁ。それだけ仕事に慣れているって事なのかも。
魔物の討伐や生態調査で、気の滅入るような秘境探検も余儀なくされるD3Sにとって、食べる事と寝る事は唯一残されている安息時間だ、とも云われている。
おかげでD3S基本技能に料理っていう項目もあるくらい。
「水の音以外、怪しいもの音一つありませんでしたね。……この洞窟にはやはり魔物がいません。生物自体いるかどうかも怪しいものです」
「蛇もカエルも、トカゲも虫も。何もいないなんて変だもんな」
ディザーは荷物をリュックにしまって手頃な岩に腰掛ける。
その石の下、節足動物の一匹や二匹、いや……へたするとウジャウジャと沸いて出てくる事を期待してだろうけれど。ひっくりかえしていたけれど本当に、虫一匹いないんだ。
こういう洞窟だから蝙蝠の大群が寝床にしていてもおかしくないのに、それも無いみたい。水の流れが無いだろう洞窟の壁や、床を調べるに堆積しているだろう蝙蝠などの糞尿の後が見あたらないんだ。
「とりあえず軽くご飯を食べて、それから作戦会議にしましょ」
改めて水を沸かしてインスタントコーヒーをいれてそれぞれのマグに注がれる。アズサは手際よく……私達が手伝う間もなく朝食を作ってしまった。
乾パンにチーズの固まりから適切な量をナイフで切りとって乗せる。
火であぶってあったソーセージを縦半分に乾パンの上で切り分け、粒マスタードを添え、挟み込む。
手際が良いからソーセージの脂と熱で乾パンが暖かくすこし柔らかくなっている。
料理はスピードよ、と冷めないうちに食べなさいと笑いながら早速自分はかぶりついている。
私はエネルギー計算を止めてノートを置き、忠告に従って渡されたパンに齧りついた。
ラーンは朝食が出来上がる頃には予告通り目を覚まし、遅れて出発の準備を整えている。起きているのは間違いないようで、会話は問題無く私たちと交わしている通り。
トーチライトを最小モードで点灯して、パンを囓りながらラーンは、広げた地図の上に掲げた。
私は慌ててパンを頬張りながらノートを拾い上げる。
「すげーな」
ディザーが、改めて開示された『当たりの地図』を目の当りにして食べるのを休めて感嘆のため息を漏らしている。
うん……その感想、私達も同じだよ。
「かなり精密な地図です」
ラーンはこれを今まで積極的に見せてくれなかったけれど……改めてよく見ると本当に凄い地図だ。行儀悪いけどあまり時間があるわけでもない。私はパンを口に咥えながらペンを取って早速旅の記録にメモを付ける。
地図に小さなオレンジ色のピンが差込んであった。
それが現在地である事は、その緻密に書き込まれた地形から一目瞭然に理解出来る。真っ暗であたりの様子は分らないけれど、この地図のお陰で周辺がどんな風になっているのかよく分る。
細かい所だと1尺単位で細かく等高線が引かれてあった。測量が成されているって事だ。
ラーンは、この地図がこの近辺だけ調べた結果限りなく正確であった事をやや深刻な顔で告白してくれた。
確かにそれは深刻かもしれない。
一体誰がこんなに手の込んだ地図を作ったんだろう?
ここまで細かく記載されているという事は大規模な測量があったって事だ。それなのに、どうしてこの洞窟の存在を誰も認めずに、この地図は『ニセモノ』だと言われてきてしまったんだろう?
「こちらが原本と呼ばれるものでその後、手を加えられたのがこちら」
そう言って、ラーンはピンを外して同じサイズの地図を上から重ね、同じ所をピンで留める。
先ほどの地図にいろいろなメモ等がゴチャゴチャと書き込まれてるものなんだけど……言語は、英語かな。ラーンが描き込んだんじゃなくて、誰かが描き込んだものをプリントアウトしてある。
「奇妙な字体だな」
確かに少し妙だ、アルファベットがゴシック体で……崩れてない。なんとなく英語圏以外の人があえて横文字で書き込んだ様な印象があるかな。
通行可能な場所のガイドや、数ある横道の深さと広さ……のメモ、他よく分らないけれど諸々の事が細かく書き記されている。
「特別に許可をもらい複写しました。オリジナルは立体でして……原本自体はグラフィックデータなんですよ。こちらの落書き満載の方はそれを平面図変換したものに直接書き込んだ形で……別の場所で手に入れました」
「どこにあったんだ、こんなもん」
「それは、企業秘密です」
ラーンは口先に人差し指を当ててニッコリ笑う。
「もしかしたらそれが何か手掛かりになるかもしれないのに」
「でも、都合言えないんですよ。ま、これが本当に本物だというのならいずれ世間にも公表されていくでしょう」
「それにしたって異常な精密度だぞ。どうやってこれだけの広さの洞窟を調べたんだ。技術も然る事ながら、人手だって随分いる作業だろう」
私が疑問に思った事をあえて、クオレは口に出してラーンに問う。
「だから、これは本物として相手にされなかったんです」
ラーンはクオレの言葉に笑って答える。
「これは、随分悪質なイタズラだと。どこかの暇な人間が作り出した幻、作り物だと……ね」
「マジ物じゃねーか!だって、ここに実際あるわけだろ?どうして誰もそれを確かめなかったんだ?」
ディザーの言葉に、ラーンは肩を竦めるばかりである。
「酔狂な事でしょう。でもね、ドラゴンムーブメントもまた酔狂な事ではありませんか」
私達はそれを、否定は出来ないんだよね。世間みたいに脳天気に竜動には乗れない。D3Sだから、かな。
「ついに魔物専門のディックが動いてD3Sが血眼になってドラゴンを探すも、一向に手掛かりらしいものにもたどり着かない。これはもう、何か方法を変えるしかないんじゃないですかねぇと思いまして。私も、少し酔狂になってみようかと」
それで、この謎の地図を持ち出したって事?
「私は、イタズラにしろこんな地図がある事自体知らなかったけど」
事前調査はかなり綿密にしたつもりだったんだけどな、私。
「ああ、俺も事前に出来る限りの事は調べたが、こんなものがある事など全く聞いていない」
「一寸待って」
私とクオレの追求に、ややそっぽを向いてコーヒーのおかわりを飲んでいたアズサが口を開く。振り返ったら、彼女はやっぱり何処かそっぽを向いて何やら考えている。
「地図っていうのは特定の場所を示したりするものだけど……そもそも、どこの地図なのか分らずにいたのなら、その地図がこの場所のものだという情報すらディックには無いんじゃないの?」
「当たりですカトリ」
ラーンは、どうやらアズサの事もセカンドネームで呼ぶみたいね。私とディザーの事は名前で呼ぶのに。
「都合詳細は語れませんが、この地図はニホンの何処かを示す地図として存在していた訳ではないのです。それを、ただ私が酔狂に関連性をでっち上げて持ってきてみた。ただそれだけ」
「そいつがどんぴしゃりしたってのか?」
ディザーの呆れた口調に、クオレも同調するにようため息を漏らした。
「俄には信じられんな」
「ま、人と一風変わった事をやり遂げるのか私の特技ですから。私だってまさか本当にここが地図通りだなんて、ここに来て、そして見るまで殆ど信じては無かったんです」
暫く地図と地形を再確認しながら進むとして、とりあえずどちらに向かうか。この地図が当てになるものと仮定して動いてみる事に決まった。
そうする事で本当にこの地図が『当たり』なのかも分るだろう、という事みたいだ。
「じゃ、とりあえずはこの地図の中から怪しい場所を特定して、そこを重点的に調査って訳ね」
アズサの言葉に一同思わず地図から顔を上げ、お互いの顔を見合ってしまった。
怪しい場所。何に向けて怪しい、なのか。
「……龍の、最後か」
クオレの言葉にディザーが、やっぱりそれかぁと腕を組んでいる。
そう、それはディザーでさえ知っているんだ。
「まず謎解きですね」
お互い、分かり切って居る事だと口に出さない『呪い』がある。それを口に出すのはいつのまにか、不吉と思いこんでいる所があるのかもしれない。
実際それは『呪い』だ。
その言葉がマスメディアに乗り、世界中にばらまかれた。そしてその言葉に人は、世界は揺り動かされている。
予言者ドゥセルクが最後に残した龍の『予言』
私は、もはや『そら』で答える事が出来るその恐るべき呪いを……脳内で繰返してみた。
何度も何度も、この呪いの言葉は繰返されている。忘れられない、いつの間にか脳内で繰り返している。嫌が応にも耳に入る。目に飛び込んでくる。
誰も、逃げる事は出来ない。
龍を追おうと思ったのなら……尚更に。
龍と眠りを共にする者は、とこしえを知る
その大きな体を、世界に架けて
見えざる翼で全てを跨ぐ
力を込めた宝玉を持ちては、待ちわびる
龍の最後が極東で、始まりへと繋ぐ
「……そうだね、龍の最後が何であるか、それをハッキリさせないとだめだ」
私は地図をある程度書き写すのをやめて小さな溜め息を付いてみた。
「予言だか何だか知らないが、もちっと分りやすいヒントを残して欲しいぜ」
「あれがドラゴンの居場所を予言した言葉とは限らんがな」
「え?そうなのか?」
クオレは額にため息をついて、救いを求めるような視線をラーンに向けている。ラーンに、説明してやれと言ってるみたいだね。
そう、確かに。ドゥセルクの最後の言葉が本当に龍の存在を肯定し、龍の行方を指し示したものだとは限らないんだ。限らないからこそこれは『呪い』と呼ばれている。
「そもそも、ドゥセルクが死に際に『予言』を行ったかどうかはまた別の話です」
「ん……ああ、まぁそうなんだろうけれど」
一応ディザーはその当たり、分っているみたいで言葉を濁した。即座顔を上げて、なんだか難しい顔をして言うんだ。
「でもさ、なんかあの映像見た感じフツーじゃない気がするんだけど」
それは……病床のドゥセルクが『呪い』を放った瞬間を撮った『あの』映像の事、かな?
「それは直感での判断ですか?もしかして、貴方実は魔法使いの素質を持っているとか?」
「いや、そんな通知は貰ってないけど」
D3S許可を取るに当たり、自動的に魔力値は測定されるみたいなんだ。極めて稀に優秀な魔力を持つ人がいるから、そう言う人にはディックの方でウィザード養成コースに進むように通告が来る、という噂だ。
私は、そういう事例は見た事もないし聞いた事もないけれども。
「でも俺、自分の直感には自信があるぜ。それに従って来たから今ここにいるんだと思ってるし」
「ふむ」
「ラーン、何関心しているのよ。コイツ、適当な事言ってるだけよ?」
ディザーには自分の信じる『直感』に、言い返す程の確信が無い様で口をへの字に曲げている。……直感か。私が何度も見ているように『感じて』いる、龍の夢を信じるのと似たような事かもしれない。だとすれば私はディザーの事は笑えない、かな。
「私は……ディザー君の言っている事が強ち適当な事だ、とは思っていないんですよ」
「え?」
だから、ラーンの言葉に私も一緒になって驚いてしまった。
「ウィザードの素質と呼ばれる魔力の有無と、魔法を実際に使う素質は必ずしも同じではないという論があるのをご存じですか?」
アズサは肩をすくめて知らない事を示している。クオレは顎に手を置いて、何かを思い出すようにしていてふいと顔を上げた。
「ああ、まだ論文提出の段階だったがそう云う話を聞いた事があるな。知り合いのウィザードが」
と、言いかけて口を押さえて黙り込むクオレ。
「すげぇな、魔導師の知り合いなんか居るのかクオレ」
……だよね、私もびっくりしたけど。それは慌てて口を閉じる程悪い事なのかな?
「……いや、知り合いと言う程親しい訳ではないが……知り合いから聞いた話で……その、いろいろと愚痴を聞いた……と言う話を」
今更隠してもしょうがないのに、クオレは歯切れ悪く弁解している。ラーンも今回はフォローする気がないみたい。
「稀な事もあるものですねぇ、そうですかウィザードの方にもあの論文は出回っているんですねぇ。実は、私の兄が」
「魔導師だってのか?」
「いえいえ」
ラーンは笑って小さく手を振った。
「ウィザードの知り合いなんて早々出来るものではありませんよ。完全にディックの中でも隔離されている存在じゃないですか。兄の一人がディックの事務員として魔法道具の管理局で働いているんですよ」
「ああ、だからあんたヤケに魔法装備が多いのね」
「それとこれとは別です。ちゃんと自腹で買ってます」
「じゃ、ラーン家は金持ちって事か」
「否定はしません」
ラーン、爽やかに笑ってる。お金持ち、じゃなきゃ確かにそんなに魔法装備は持ってるはずないよね。結界石とか、お世話になっているから文句も何も言えない。
それはともかくウィザード。……魔法使い。
ラーンの言う通り、知り合いにウィザードが居るって云う人はもの凄く限られているはず。
親族が魔法に近い所では働いていても魔法使いとは知り合いになれない。それくらいウィザードは遠い存在なんだ。
ウィザードという存在は確実に『在る』。なぜなら彼らが編み込んだ魔法が確かにこの世界に『在る』から。魔法を魔力を使って構築出来るのはウィザードだけ。そしてウィザードの編み上げた魔法は道具としてD3S向けに使用出来るような特別な市場が形成されている。ウィザードは基本的に表に出てこない。彼らの編上げた魔法だけが彼らの存在を肯定する。ウィザードはみなディックの管理下にあってD3Sだけど決して表立って仕事はしない様だ。
でも極めて上級の探求任務はこの限りじゃないとか聞いた事がある。
要請と必要性が通じればウィザード本人が魔物の討伐や探査、保護の為に派遣される事もあるという。
やっぱりクオレは上級D3Sに間違いないのだろうな。誰も突っ込まないけど彼の背負ってる剣がその事実を無言で語ってる。クオレは、ウィザードと一緒になるような上級クエストをこなした事があるのかもしれない。
その時に知り合ったのかな?
誤魔化し切れなかった事にクオレは項垂れてため息漏らしてる。
何だろう、どうしてウィザードの知り合いが居る事を誤魔化す必要があったのかな?
何か、隠している事があるって事……なのかな。
「その魔導師素質の新理論によれば、魔力値は素質には全く結びつかない事になります。D3Sは一般的には理論的ではないとして無視される、秘密のパラメータ『直感力』が採用されておりますしね」
「隠しパラ~?!そんなのあんのかよ?」
私はディザーに向けて頷いていた。
「うん、あるらしい。でもそれは本人には通知されないものなんだって。稀に成績と実績に限らずランクが低い人や高い人とか居なかった?」
私の言葉にディザーは頭を掻いて少し、苦笑いでこちらを振り返る。
「うん……?ああ、実は俺がまさしくそれだな」
総合成績と与えられたランクが等しくない。
D3S試験では時にそういう結果が出る事があって、その時、本人には告げられない何らかの『素質』が関与しているらしい。成績に見合わないランクを貰った理由を尋ねるとそういう言訳がなされるんだって。
噂によると隠しパラメータとは『直感力』だと言われていたけど、ラーンはあっさり肯定したね。本当だったって事なのかな。
「貴方、筆記が弱そうですものね」
「う、まぁ……肉体技能は評価Sとして」
「まぁそういうわけで、この直感力というのはもしかすると魔導師の第一素質かもしれないと云われているのです。ですから、ディザー君の『直感』もまたこの場合バカには出来ないかも知れませんよと、そういう話です」
「ディザーの直感が当てになるならば、ドゥセルクの最期の言葉はやはり、予言だった可能性が高い……そういう事か」
ようやく気を取り直してクオレが顔を上げる。
「一つ、その方向で信じてみるというのも悪くないと思います」
「アズサはどうだ?」
「そう云う話は得意じゃないわ、口を出せる程情報通でもないし。チームを組んだのならその辺、大人しく判断は任せるわよ」
「ありがとうございます」
地図を広げ、まず手掛かり足掛かりとして。私達がここに集まった理由、ドゥセルクが残した呪い……『予言』から、それぞれが考えていた『龍の最後』を検討し合う事になった。
最期のフレーズだね。
『龍の最後が極東で、始まりへと繋ぐ』
……だ。
極東ってどこだろう。
地球は丸い、ここが中心と呼べる場所が決まっている訳でもない。主張する国や機関は色々あるけれど東の果てなんて、どこにもないともいえる。
だけど、世界を大陸に限っていえば……東の果てと呼ばれる地域は在る程度絞られてくる。
かつて、文化的に東の果を意味し『極東』と呼ばれていた所。巨大な海、太平洋を東に。巨大な大陸を西に。大陸文化とは独自の、高度文明社会を成す島国……ニホンだ。私の国から見てもそこは、東の果てにある。でもそれは一つの可能性に過ぎない事だよね。
オセアニア大陸で一番東になるのは、ベーリング海を南に抱えたロシアのチュコト半島の方がそれらしくもある。
ドゥセルクの残した呪いの『予言』から、数多くの龍を探すルートが開発されている。
今私達が居るここが一番怪しい、そんな事はない。
逆にここは一番可能性が低いとされている場所だ。だって、地下にこんな巨大な洞窟がある事は全く想定されてい。もはやこの辺りは調べつくされていてこれ以上何か新しいものが見つかる事はないだろう、そう思われていた極めて可能性の低い探査ポイントだったはず。
それが……そう、あの事件で少しだけ見直されるようになったんだった。
ディック公認で『ドラゴン探査チーム』第一団が結成されたのだけど……それが、何故かニホンで消息を絶った『あの事件』。
それで龍を探すD3Sは今、続々とこの島国に集まっていると聞いている。都合第一団が具体的に、どこを探索したのかは極秘になっているから分からないんだけどね。
ディックで絞り込まれた探査ポイントの中でも、やっぱりここはマイナーだったはず。
だけど事実として私達はここに集まった。
そして、この広い洞窟を見つけてしまったんだ。
ユラリユラリと揺れて、落ちた滴の水紋に空しく広がって……はっと、目を覚ます。
「……だいぶ休んだようだ」
クオレが、残りの木をすべて積み上げて火を付けた物音に私は、体を起していた。
私が飛び起きたのに気が付いてのクオレの言葉だった。
乾燥した木はすぐに燃え上がる。辺りを照らす光は人工的な白い光から、暖かい赤へと変化した。
私は慌てて時計を探り当て時間を確認していた。暗闇の、洞窟の中。状況を的確に思い出し……彼の言葉とは違い、予定以上に寝ていたわけではない事に安堵のため息を漏らしていた。
「寝坊の癖でもあるのか?」
クオレはトーチライトを消して、寝袋を畳み始めながら少しだけ笑っている。
その表情は普段と違って……柔らいと感じられた。私の心は寝ぼけもあってなおも緩んでしまう。
「私ったら爆睡してたみたいで……なんだかおかしな夢を見てました」
「ほう」
焚き火の光に見渡せば、他はまだ寝袋に入ったままだった。
「……えっと、」
「俺が早起きなのは歳の所為だ、気にするな」
笑って荷物を纏め、少し早いが朝食の準備でもするかと一人呟いて……インスタントコーヒーを手に取っているクオレ。
「こんな所まで来て爆睡して、あまつさえ夢を見るなんて……自分でも驚いてます」
「休む時には休む、この業界に限らず大切な事だ。夢を見る眠りは悪くないと聞くぞ」
「でも……」
今しがた見ていた夢を反芻してみる。
夢を、反芻するのは良くない事だとも云う。夢は、思い出す度に夢としての精度を失い壊れてしまうんだそうだ。
思い出す……すぐそこにあるはずなのに上手く、思い出せない。
でもどこかで見た事のあるような気配だけを探り当てた。
「多分、いつもの夢でしたし」
「何時もおかしな夢を見るのか」
「何度も見た気がするって思ったら、やっぱりそれはおかしな夢じゃないですか?」
木をくべた事で勢いが良くなった火の所為で、水はあっという間に沸いたようだった。コーヒーの良い匂いがふわりと空間に広がる。
クオレからマグを渡され、熱いそれを両手に持って私は覗き込んで……少し反省した。
「変な話してすみません」
「いや、そうは言っていない。夢か、どんな夢を繰返し見るんだ?」
クオレは厳つい顔をしているけど……外見に見合わずいい人かもしれない、あるいは、後で私がそうだと気が付くように……少し鈍くさい私に今は合わせてくれているだけなのか。
私はそう云う事、察するのがヘタらしい。よく人からそう指摘される。
「……龍を、ええと……龍に?……はっきりしませんけれど。攫われていくのを追いかけてる……そういう夢です」
「……」
クオレを窺うといつもの厳つい顔で湯気を立てているマグを掴み、熱いコーヒーを飲んでいた。湯気で暗視スコープが曇るのもお構いなしでしばらくそうしていて、クオレはふいと私に返事を返してくる。
「確かにそれは奇妙な夢だ」
返事は返ってこないものだと思っていたので私はちょっと、驚いていたり。
「そ、そう思いますか?」
「……ああ」
そう言って顔を反らし、洞窟の暗闇を見やっている。
「あー……良い匂いだ」
そうしている内にコーヒーの匂いに釣られたのか、ディザーが身を起して伸びをした。
「おはよう、ディザー」
「おはー……、んー……なんだか眠れなかった」
「人それぞれだな、」
関心したようなクオレの言葉に私は、爆睡出来てしまった事に赤面して顔を床に落とす。
「ん、おはよう……そろそろ時間ね。流石の私でも初日はよく寝れないのよねぇ……」
大きく伸びをして、アズサも起き上がった。ディザーを挟んで反対側で寝袋から手を上げているのは……ラーン……だよね?
「すいません……起きてはいるんですがもうちょっと、横になってても良いですか?」
「何よ、まさか低血圧なの?」
アズサの言葉にくぐもった笑い声が返ってきた。
「そのまさかです……いえ、お構いなく、定時には起きますので。その為に目は先ほどから開けてます、起き上がれないだけです」
「偉くフィールドワークに向きじゃないわねぇ」
「分ってます……」
アズサは早速簡単な食事を作るべく乾ソーセージを火であぶりはじめた。
互いに持ち寄った食料を順繰り、少し控えめに摂取していく事は昨日のうちに決めてある。
それぞれが予定したよりもこの謎の洞窟調査は時間が掛りそうだ、そう判断したクオレとアズサの判断に従う形だ。
料理はアズサがおおよそやってくれるので、その間私は昨日彼女と一緒に調べた食料の大雑把なカロリー計算をしてみて、5人で何日この洞窟を調査出来るか弾き出してみる。
当然帰路の分もさっ引いておかなければ行けない、こういう計算作業をするのがマッパーの役割なんだ。食料は最低限のラベリングがされてあるからこれを参照にする、記載されている内容量や加工品のカロリーや成分表を元に計算していく。
そんなわけでセイバーの記録係は栄養学にも精通しておく必要がある。肉や炭水化物の加工品がグラム当たりどれほどの熱量を持っているのか分っていないと計算出来ないしね。
D3Sで愛用されている携帯食料は、加工業者がニホンになっている事が多いんだ。民族的な特徴として内容表示や異物混入問題にニホン人はとても厳しく、国内に精査委員会もあるしメーカーで独自の調査機関を持っている事も少なくないんだとか。
こう言う所、ウチの国も少しは見習った方が良いかもね。
ディックで『世界基準』を学ぶと、ニホンは逆にきっちりし過ぎだと思っていたけど……実際そのきっちり計量されていてこのラベル表記が信用に値するというのはとても有りがたい事だと思い知らされる。
朝は……クオレの荷物からソーセージと乾パン、それにインスタントコーヒー。食べた食事とその材料の内容も記載しておく。
アズサがお味噌や醤油を持ち込んでいたように、クオレも当然というように粒マスタードを持参してきている。ちゃっかりしてるなぁ。それだけ仕事に慣れているって事なのかも。
魔物の討伐や生態調査で、気の滅入るような秘境探検も余儀なくされるD3Sにとって、食べる事と寝る事は唯一残されている安息時間だ、とも云われている。
おかげでD3S基本技能に料理っていう項目もあるくらい。
「水の音以外、怪しいもの音一つありませんでしたね。……この洞窟にはやはり魔物がいません。生物自体いるかどうかも怪しいものです」
「蛇もカエルも、トカゲも虫も。何もいないなんて変だもんな」
ディザーは荷物をリュックにしまって手頃な岩に腰掛ける。
その石の下、節足動物の一匹や二匹、いや……へたするとウジャウジャと沸いて出てくる事を期待してだろうけれど。ひっくりかえしていたけれど本当に、虫一匹いないんだ。
こういう洞窟だから蝙蝠の大群が寝床にしていてもおかしくないのに、それも無いみたい。水の流れが無いだろう洞窟の壁や、床を調べるに堆積しているだろう蝙蝠などの糞尿の後が見あたらないんだ。
「とりあえず軽くご飯を食べて、それから作戦会議にしましょ」
改めて水を沸かしてインスタントコーヒーをいれてそれぞれのマグに注がれる。アズサは手際よく……私達が手伝う間もなく朝食を作ってしまった。
乾パンにチーズの固まりから適切な量をナイフで切りとって乗せる。
火であぶってあったソーセージを縦半分に乾パンの上で切り分け、粒マスタードを添え、挟み込む。
手際が良いからソーセージの脂と熱で乾パンが暖かくすこし柔らかくなっている。
料理はスピードよ、と冷めないうちに食べなさいと笑いながら早速自分はかぶりついている。
私はエネルギー計算を止めてノートを置き、忠告に従って渡されたパンに齧りついた。
ラーンは朝食が出来上がる頃には予告通り目を覚まし、遅れて出発の準備を整えている。起きているのは間違いないようで、会話は問題無く私たちと交わしている通り。
トーチライトを最小モードで点灯して、パンを囓りながらラーンは、広げた地図の上に掲げた。
私は慌ててパンを頬張りながらノートを拾い上げる。
「すげーな」
ディザーが、改めて開示された『当たりの地図』を目の当りにして食べるのを休めて感嘆のため息を漏らしている。
うん……その感想、私達も同じだよ。
「かなり精密な地図です」
ラーンはこれを今まで積極的に見せてくれなかったけれど……改めてよく見ると本当に凄い地図だ。行儀悪いけどあまり時間があるわけでもない。私はパンを口に咥えながらペンを取って早速旅の記録にメモを付ける。
地図に小さなオレンジ色のピンが差込んであった。
それが現在地である事は、その緻密に書き込まれた地形から一目瞭然に理解出来る。真っ暗であたりの様子は分らないけれど、この地図のお陰で周辺がどんな風になっているのかよく分る。
細かい所だと1尺単位で細かく等高線が引かれてあった。測量が成されているって事だ。
ラーンは、この地図がこの近辺だけ調べた結果限りなく正確であった事をやや深刻な顔で告白してくれた。
確かにそれは深刻かもしれない。
一体誰がこんなに手の込んだ地図を作ったんだろう?
ここまで細かく記載されているという事は大規模な測量があったって事だ。それなのに、どうしてこの洞窟の存在を誰も認めずに、この地図は『ニセモノ』だと言われてきてしまったんだろう?
「こちらが原本と呼ばれるものでその後、手を加えられたのがこちら」
そう言って、ラーンはピンを外して同じサイズの地図を上から重ね、同じ所をピンで留める。
先ほどの地図にいろいろなメモ等がゴチャゴチャと書き込まれてるものなんだけど……言語は、英語かな。ラーンが描き込んだんじゃなくて、誰かが描き込んだものをプリントアウトしてある。
「奇妙な字体だな」
確かに少し妙だ、アルファベットがゴシック体で……崩れてない。なんとなく英語圏以外の人があえて横文字で書き込んだ様な印象があるかな。
通行可能な場所のガイドや、数ある横道の深さと広さ……のメモ、他よく分らないけれど諸々の事が細かく書き記されている。
「特別に許可をもらい複写しました。オリジナルは立体でして……原本自体はグラフィックデータなんですよ。こちらの落書き満載の方はそれを平面図変換したものに直接書き込んだ形で……別の場所で手に入れました」
「どこにあったんだ、こんなもん」
「それは、企業秘密です」
ラーンは口先に人差し指を当ててニッコリ笑う。
「もしかしたらそれが何か手掛かりになるかもしれないのに」
「でも、都合言えないんですよ。ま、これが本当に本物だというのならいずれ世間にも公表されていくでしょう」
「それにしたって異常な精密度だぞ。どうやってこれだけの広さの洞窟を調べたんだ。技術も然る事ながら、人手だって随分いる作業だろう」
私が疑問に思った事をあえて、クオレは口に出してラーンに問う。
「だから、これは本物として相手にされなかったんです」
ラーンはクオレの言葉に笑って答える。
「これは、随分悪質なイタズラだと。どこかの暇な人間が作り出した幻、作り物だと……ね」
「マジ物じゃねーか!だって、ここに実際あるわけだろ?どうして誰もそれを確かめなかったんだ?」
ディザーの言葉に、ラーンは肩を竦めるばかりである。
「酔狂な事でしょう。でもね、ドラゴンムーブメントもまた酔狂な事ではありませんか」
私達はそれを、否定は出来ないんだよね。世間みたいに脳天気に竜動には乗れない。D3Sだから、かな。
「ついに魔物専門のディックが動いてD3Sが血眼になってドラゴンを探すも、一向に手掛かりらしいものにもたどり着かない。これはもう、何か方法を変えるしかないんじゃないですかねぇと思いまして。私も、少し酔狂になってみようかと」
それで、この謎の地図を持ち出したって事?
「私は、イタズラにしろこんな地図がある事自体知らなかったけど」
事前調査はかなり綿密にしたつもりだったんだけどな、私。
「ああ、俺も事前に出来る限りの事は調べたが、こんなものがある事など全く聞いていない」
「一寸待って」
私とクオレの追求に、ややそっぽを向いてコーヒーのおかわりを飲んでいたアズサが口を開く。振り返ったら、彼女はやっぱり何処かそっぽを向いて何やら考えている。
「地図っていうのは特定の場所を示したりするものだけど……そもそも、どこの地図なのか分らずにいたのなら、その地図がこの場所のものだという情報すらディックには無いんじゃないの?」
「当たりですカトリ」
ラーンは、どうやらアズサの事もセカンドネームで呼ぶみたいね。私とディザーの事は名前で呼ぶのに。
「都合詳細は語れませんが、この地図はニホンの何処かを示す地図として存在していた訳ではないのです。それを、ただ私が酔狂に関連性をでっち上げて持ってきてみた。ただそれだけ」
「そいつがどんぴしゃりしたってのか?」
ディザーの呆れた口調に、クオレも同調するにようため息を漏らした。
「俄には信じられんな」
「ま、人と一風変わった事をやり遂げるのか私の特技ですから。私だってまさか本当にここが地図通りだなんて、ここに来て、そして見るまで殆ど信じては無かったんです」
暫く地図と地形を再確認しながら進むとして、とりあえずどちらに向かうか。この地図が当てになるものと仮定して動いてみる事に決まった。
そうする事で本当にこの地図が『当たり』なのかも分るだろう、という事みたいだ。
「じゃ、とりあえずはこの地図の中から怪しい場所を特定して、そこを重点的に調査って訳ね」
アズサの言葉に一同思わず地図から顔を上げ、お互いの顔を見合ってしまった。
怪しい場所。何に向けて怪しい、なのか。
「……龍の、最後か」
クオレの言葉にディザーが、やっぱりそれかぁと腕を組んでいる。
そう、それはディザーでさえ知っているんだ。
「まず謎解きですね」
お互い、分かり切って居る事だと口に出さない『呪い』がある。それを口に出すのはいつのまにか、不吉と思いこんでいる所があるのかもしれない。
実際それは『呪い』だ。
その言葉がマスメディアに乗り、世界中にばらまかれた。そしてその言葉に人は、世界は揺り動かされている。
予言者ドゥセルクが最後に残した龍の『予言』
私は、もはや『そら』で答える事が出来るその恐るべき呪いを……脳内で繰返してみた。
何度も何度も、この呪いの言葉は繰返されている。忘れられない、いつの間にか脳内で繰り返している。嫌が応にも耳に入る。目に飛び込んでくる。
誰も、逃げる事は出来ない。
龍を追おうと思ったのなら……尚更に。
龍と眠りを共にする者は、とこしえを知る
その大きな体を、世界に架けて
見えざる翼で全てを跨ぐ
力を込めた宝玉を持ちては、待ちわびる
龍の最後が極東で、始まりへと繋ぐ
「……そうだね、龍の最後が何であるか、それをハッキリさせないとだめだ」
私は地図をある程度書き写すのをやめて小さな溜め息を付いてみた。
「予言だか何だか知らないが、もちっと分りやすいヒントを残して欲しいぜ」
「あれがドラゴンの居場所を予言した言葉とは限らんがな」
「え?そうなのか?」
クオレは額にため息をついて、救いを求めるような視線をラーンに向けている。ラーンに、説明してやれと言ってるみたいだね。
そう、確かに。ドゥセルクの最後の言葉が本当に龍の存在を肯定し、龍の行方を指し示したものだとは限らないんだ。限らないからこそこれは『呪い』と呼ばれている。
「そもそも、ドゥセルクが死に際に『予言』を行ったかどうかはまた別の話です」
「ん……ああ、まぁそうなんだろうけれど」
一応ディザーはその当たり、分っているみたいで言葉を濁した。即座顔を上げて、なんだか難しい顔をして言うんだ。
「でもさ、なんかあの映像見た感じフツーじゃない気がするんだけど」
それは……病床のドゥセルクが『呪い』を放った瞬間を撮った『あの』映像の事、かな?
「それは直感での判断ですか?もしかして、貴方実は魔法使いの素質を持っているとか?」
「いや、そんな通知は貰ってないけど」
D3S許可を取るに当たり、自動的に魔力値は測定されるみたいなんだ。極めて稀に優秀な魔力を持つ人がいるから、そう言う人にはディックの方でウィザード養成コースに進むように通告が来る、という噂だ。
私は、そういう事例は見た事もないし聞いた事もないけれども。
「でも俺、自分の直感には自信があるぜ。それに従って来たから今ここにいるんだと思ってるし」
「ふむ」
「ラーン、何関心しているのよ。コイツ、適当な事言ってるだけよ?」
ディザーには自分の信じる『直感』に、言い返す程の確信が無い様で口をへの字に曲げている。……直感か。私が何度も見ているように『感じて』いる、龍の夢を信じるのと似たような事かもしれない。だとすれば私はディザーの事は笑えない、かな。
「私は……ディザー君の言っている事が強ち適当な事だ、とは思っていないんですよ」
「え?」
だから、ラーンの言葉に私も一緒になって驚いてしまった。
「ウィザードの素質と呼ばれる魔力の有無と、魔法を実際に使う素質は必ずしも同じではないという論があるのをご存じですか?」
アズサは肩をすくめて知らない事を示している。クオレは顎に手を置いて、何かを思い出すようにしていてふいと顔を上げた。
「ああ、まだ論文提出の段階だったがそう云う話を聞いた事があるな。知り合いのウィザードが」
と、言いかけて口を押さえて黙り込むクオレ。
「すげぇな、魔導師の知り合いなんか居るのかクオレ」
……だよね、私もびっくりしたけど。それは慌てて口を閉じる程悪い事なのかな?
「……いや、知り合いと言う程親しい訳ではないが……知り合いから聞いた話で……その、いろいろと愚痴を聞いた……と言う話を」
今更隠してもしょうがないのに、クオレは歯切れ悪く弁解している。ラーンも今回はフォローする気がないみたい。
「稀な事もあるものですねぇ、そうですかウィザードの方にもあの論文は出回っているんですねぇ。実は、私の兄が」
「魔導師だってのか?」
「いえいえ」
ラーンは笑って小さく手を振った。
「ウィザードの知り合いなんて早々出来るものではありませんよ。完全にディックの中でも隔離されている存在じゃないですか。兄の一人がディックの事務員として魔法道具の管理局で働いているんですよ」
「ああ、だからあんたヤケに魔法装備が多いのね」
「それとこれとは別です。ちゃんと自腹で買ってます」
「じゃ、ラーン家は金持ちって事か」
「否定はしません」
ラーン、爽やかに笑ってる。お金持ち、じゃなきゃ確かにそんなに魔法装備は持ってるはずないよね。結界石とか、お世話になっているから文句も何も言えない。
それはともかくウィザード。……魔法使い。
ラーンの言う通り、知り合いにウィザードが居るって云う人はもの凄く限られているはず。
親族が魔法に近い所では働いていても魔法使いとは知り合いになれない。それくらいウィザードは遠い存在なんだ。
ウィザードという存在は確実に『在る』。なぜなら彼らが編み込んだ魔法が確かにこの世界に『在る』から。魔法を魔力を使って構築出来るのはウィザードだけ。そしてウィザードの編み上げた魔法は道具としてD3S向けに使用出来るような特別な市場が形成されている。ウィザードは基本的に表に出てこない。彼らの編上げた魔法だけが彼らの存在を肯定する。ウィザードはみなディックの管理下にあってD3Sだけど決して表立って仕事はしない様だ。
でも極めて上級の探求任務はこの限りじゃないとか聞いた事がある。
要請と必要性が通じればウィザード本人が魔物の討伐や探査、保護の為に派遣される事もあるという。
やっぱりクオレは上級D3Sに間違いないのだろうな。誰も突っ込まないけど彼の背負ってる剣がその事実を無言で語ってる。クオレは、ウィザードと一緒になるような上級クエストをこなした事があるのかもしれない。
その時に知り合ったのかな?
誤魔化し切れなかった事にクオレは項垂れてため息漏らしてる。
何だろう、どうしてウィザードの知り合いが居る事を誤魔化す必要があったのかな?
何か、隠している事があるって事……なのかな。
「その魔導師素質の新理論によれば、魔力値は素質には全く結びつかない事になります。D3Sは一般的には理論的ではないとして無視される、秘密のパラメータ『直感力』が採用されておりますしね」
「隠しパラ~?!そんなのあんのかよ?」
私はディザーに向けて頷いていた。
「うん、あるらしい。でもそれは本人には通知されないものなんだって。稀に成績と実績に限らずランクが低い人や高い人とか居なかった?」
私の言葉にディザーは頭を掻いて少し、苦笑いでこちらを振り返る。
「うん……?ああ、実は俺がまさしくそれだな」
総合成績と与えられたランクが等しくない。
D3S試験では時にそういう結果が出る事があって、その時、本人には告げられない何らかの『素質』が関与しているらしい。成績に見合わないランクを貰った理由を尋ねるとそういう言訳がなされるんだって。
噂によると隠しパラメータとは『直感力』だと言われていたけど、ラーンはあっさり肯定したね。本当だったって事なのかな。
「貴方、筆記が弱そうですものね」
「う、まぁ……肉体技能は評価Sとして」
「まぁそういうわけで、この直感力というのはもしかすると魔導師の第一素質かもしれないと云われているのです。ですから、ディザー君の『直感』もまたこの場合バカには出来ないかも知れませんよと、そういう話です」
「ディザーの直感が当てになるならば、ドゥセルクの最期の言葉はやはり、予言だった可能性が高い……そういう事か」
ようやく気を取り直してクオレが顔を上げる。
「一つ、その方向で信じてみるというのも悪くないと思います」
「アズサはどうだ?」
「そう云う話は得意じゃないわ、口を出せる程情報通でもないし。チームを組んだのならその辺、大人しく判断は任せるわよ」
「ありがとうございます」
地図を広げ、まず手掛かり足掛かりとして。私達がここに集まった理由、ドゥセルクが残した呪い……『予言』から、それぞれが考えていた『龍の最後』を検討し合う事になった。
最期のフレーズだね。
『龍の最後が極東で、始まりへと繋ぐ』
……だ。
極東ってどこだろう。
地球は丸い、ここが中心と呼べる場所が決まっている訳でもない。主張する国や機関は色々あるけれど東の果てなんて、どこにもないともいえる。
だけど、世界を大陸に限っていえば……東の果てと呼ばれる地域は在る程度絞られてくる。
かつて、文化的に東の果を意味し『極東』と呼ばれていた所。巨大な海、太平洋を東に。巨大な大陸を西に。大陸文化とは独自の、高度文明社会を成す島国……ニホンだ。私の国から見てもそこは、東の果てにある。でもそれは一つの可能性に過ぎない事だよね。
オセアニア大陸で一番東になるのは、ベーリング海を南に抱えたロシアのチュコト半島の方がそれらしくもある。
ドゥセルクの残した呪いの『予言』から、数多くの龍を探すルートが開発されている。
今私達が居るここが一番怪しい、そんな事はない。
逆にここは一番可能性が低いとされている場所だ。だって、地下にこんな巨大な洞窟がある事は全く想定されてい。もはやこの辺りは調べつくされていてこれ以上何か新しいものが見つかる事はないだろう、そう思われていた極めて可能性の低い探査ポイントだったはず。
それが……そう、あの事件で少しだけ見直されるようになったんだった。
ディック公認で『ドラゴン探査チーム』第一団が結成されたのだけど……それが、何故かニホンで消息を絶った『あの事件』。
それで龍を探すD3Sは今、続々とこの島国に集まっていると聞いている。都合第一団が具体的に、どこを探索したのかは極秘になっているから分からないんだけどね。
ディックで絞り込まれた探査ポイントの中でも、やっぱりここはマイナーだったはず。
だけど事実として私達はここに集まった。
そして、この広い洞窟を見つけてしまったんだ。
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