異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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3章  トビラの夢   『ゲームオーバーにはまだ早い』

書の6後半 戦争大国 『フレイムトライブは争いがお嫌いで』

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■書の6後半■戦争大国 arrive in calked

 昼前には問題のバセリオンに到着したが……見渡す限り軍艦の軍艦また軍艦。木造の帆船に、沢山の砲台を乗っけてるんだ、商用船ではないだろう。どれもこれも翼ある女神の紋章……ファマメント国旗を掲げている。
 河もこれ以上遡れそうに無い、ファマメントの軍艦がすっかり通行規制を行っていた。

「どういうこった?」
「バセリオンはファマメント国の町ですからね」
 うわ、じゃぁ俺たち前線ぶっちぎってフェイアーンに入らないと行けない訳か。これがフェイアーンへの近道ったって……どうしてそういう重要な事を教えてくれないんだよレッド!
 あれ?……もしかして、分かってなかったのって俺だけ?
「こんな所まで……悪いですね」
「何、良いって事よ。本当ならもっと行けるんだがな……今はこれ以上はファマメント政府が許してくれそうにねぇ。悪い、後は頼んだぞ」
 中立の立場を示すフクロウの旗をはためかせたエイオール船から、俺達はファマメント兵達の白い視線を浴びつつ船を降りる。橋桁を降りる時に、ミンは小声で囁く。
「気をつけろよ、ヘタして捕まる様な事はすんな」
「ああ、」
 また短い船旅だったな……。俺達はミン達に手を振って別れた。悠長に別れを惜しんで良い雰囲気じゃぁねぇもんなぁ、ここ。

 何事も無かったかのように港を出ようとしたが、やっぱり職務質問は避けられない訳でして。目の前に兵士の一群が立ち塞がる。

 事前に事を荒げるような発言はしない様に、レッドからちょっと強めに言い含められている。俺達はおとなしく手を上げて反抗の意思が無い事を示した。
「何者だ、どこから渡って来た」
「ちょっと急ぎの用事があってな、ケレフェッタからだよ」
 これは嘘だ、レッドがそう言えって言うんだもん。何か意味があるんだと思うが、俺にはいまいち意図は掴めない。
「ならば陸路の方が早かろう?」
 げげ、もしかして失言?と、レッドがフォローすべく、すっと前に出る。
「それが、フェリアで大規模な戦闘があって交通規制を食らったんですよね」
 来たぞ、レッドの嘘八百技能発動!ここの兵士達に、フェリアでランドールパーティが魔王軍を蹴散らした事実情報が入っていないとは思えない。どういう事実で伝わっているのかは分からないが、今までやられっぱなしの所蹴散らしたってんだから、よっぽど激しい攻防戦だったと思わせるのは容易いだろうな。そしてその華々しい戦果は、瞬く間に国土を駆け巡ったはずである。
 幸いケレフェッタはヘルトの南西にある町で、バセリオンに来るにはルート的に、フェリアの領土をぶった切る必要がある。
 これは地図を見れば誰でも分る、だから常識的に考えてフェリア地方が戦いの為に通り抜け辛いという印象も与えられるはずである。
「幸い、エイオール船の伝手がありましてね」
「それにしたってお前達、ここから何処へ行こうと云うのだ?」
 仰々しく部下を引き連れた初老の将軍職っぽい人まで現れた。流石は最前線、無駄に神経が研ぎ澄まされているぜ。何か悪いな、お騒がせしちゃって。
 しかしそんなに俺達は怪しい人に見えるかなぁ?どっから見たって単なる通りすがりの冒険野郎じゃねぇの?
 しかもなんか、めんどくさい方向性になってない?だがレッドは現状を『話の通じる人が現れた』と見た様だ。早速眼鏡を押し上げて隠した表情は、横から見れば密かな笑みが湛えられている。
 余裕だなお前。交渉技能は任せたぜ、なんとか現状打破を頼む。
「さる筋より、僕らは重大な任務を仰せつかっているのです」
 っておいおいそれって……。横目で目配せされた、ああもう、はいはい。俺はイシュタル国から発行された『魔王討伐隊任命書』の入った銀の筒を取り出し、羊皮紙を広げてやった。
 これじゃぁ水戸黄門ご一行だよ、このお印が目に入らんかぁ!ってか?
「魔王討伐……」
 エラそうなおっさんは途端攻撃的な気配を消した。周りも明らかにどよめいている。効き目は抜群、マジで印籠かよ。出すタイミングってのが大事なんだな。雑魚相手に出しても意味が通じない場合もある訳でして。
「僕らは取り急ぎ、隣国に向かいたいのです」
「それは……」
「幸い、表立ってはランドール殿が魔王軍を相手にしてくれています。先だって彼らとも話をしたのですが、」
 してない、そんな話してませんから念のため、これは奴の嘘だからお間違え無く。
「彼らの横暴は近年目に余ります。ここは一つ、手痛く奴らのわき腹を突いてやるべきかと」
 一瞬の沈黙が降りた。そして次の瞬間、エラい人っぽいおっさんが片膝をついて畏まった。
 一斉に前倣えの部下達。
「確かに、その書状は中立イシュタル国の刻印、間違いの無い物とお見受けいたします」
 見事な現状打破だなレッド。ちょっと先がおっかないけど……。


 急ぐという名目でその後、バセリオン駐在のファマメント軍とは特に詳しい話を交わさず、俺達は森へ続く道をやや駆け足で進んでいる。

 話し込んでボロが出るのも何だし、俺達魔王討伐隊が魔王軍の拠点と呼ばれるタトラメルツ近辺に居るって情報を垂れ流す訳にも行かないってのも事実だ。隠密行動中だという事を先方に承知させると、さっさと町を出たって訳だよ。
 やれやれ、流石はレッドと誉めてやりたい所だが……本当にあんな嘘ついて大丈夫だったのか?
 大体、俺達が向かってるのはタトラメルツじゃなくってフェイアーンだろうが。

「隣国には変わりありません」
 そりゃぁ、そうだが。
 バセリオン、タトラメルツ、フェイアーン。
 それぞれがファマメント国、ディアス国、カルケード国の町だ。
 ここいらは丁度三国が隣り合うという微妙な所なのな。国同士仲が良くないから国境も曖昧だ。タトラメルツに行くには今、俺達が走破最中のこの森沿いを北に進む。そこを俺達は隠密だから、遠回りになるが森を行くと主張しておいた。

 当然これもウソ。

 森を挟んだ向こう側、カルケード国フェイアーンが俺達の本命だ。ファマメント国側では、まさか俺達がカルケードを目指しているなんて考えもつかない事だろう。魔王討伐隊の書状は確かなものだしな、先方は素直に俺達の行き先はタトラメルツだと信じたはずだ。
「確かにタトラメルツに向かう様な話をしましたが、はっきりと行き先を述べた訳ではありません。とりあえずバセリオンを出てしまえばこちらのものです」
 しかし、カルケード国に入ったからと言って安心も出来ないだろう。何しろカルケードとファマメントがこれから戦争しようって気配が濃厚だ。駆け足で石畳の広い道を行く。さながら長距離マラソンみたいな行軍だが割と、俺は余裕だ。
 流石戦士だ俺。
 テリーとマツナギと俺でパーティ荷物を背負い、背の高い木の上空ではナッツが周りを監視しながらついて来ているはずだ。アインとアベルは前方を行く斥候係。
 この行軍で一番問題なのは……体力の無いレッドだったり。
 現在なんとか体力補助系の魔法を行使してついて来ている。とにかく嘘かましたバセリオンから離れ、危険でもカルケード側の領地に食い込んでから休息する予定だ。
 ましてや夜になったらナッツの視力は低下しちまうからな。奴は有翼族ってだけあって鳥目なんだよ、移動は危険だ。明るいうちが勝負だ。

 と、明るかった森がだんだんと薄暗くなって来る。
「嵐が来る」
 マツナギが言うまでもなく、一雨来そうな独特な匂いが風に乗って匂う。風も強くなって来た。発達した雲を見たのか、ナッツが偵察を止めて降りて来る。
 ボツボツと大粒の雨が森の葉を鳴らす音に足運びを緩めると、道の向こうからアベルとアインが雨に叩かれながら引き返してくるのが見えた。
「雨宿りしましょう、」
 レッドはすばやく道を逸れ、大きな木をいくつか見上げながら雨の凌げる場所を探した。俺はすばやくタールを塗って防水加工された大きなシートを広げに掛かり、テリーはマツナギの荷物を預かる。マツナギ自身は身軽に森の木々に攀じ登ってレッドの作業を手伝っている。

 道をちょっと入った所に巨大な樹があったのが幸いだ。

 枝という枝から蔓性の植物の根子が垂れ下がっていてエラく不気味だが、おかげでシートを渡して屋根を掛けるのに苦労しない。すっかり雨に叩かれてびしょぬれだ。
 この辺りは亜熱帯域らしいから、この弾丸のような雨はスコールか。吸水性の良い鞣革のタオルで体を拭き水を絞る。俺達は無言で濡れた体を拭く作業に没頭し、その間にレッドは魔法で暖かい熱を発する石を作り出してくれた。
 火を起こすわけには行かないからな、煙が出ない熱源はありがたい。

 南方大陸に近いだけあって気温は高い、さっきまでのマラソンで火照っているはずの体は、雨に打たれて急激に体温を奪われた様だった。その所為でどっと疲れが出て、俺は鞣革を敷いた倒木に腰を降ろす。
「どれくらい進んだ?」
 このままのペースでも目的の町フェイアーンには1日以上掛かるんだ。レッドの体力もあるだろうから、このペースを保つわけにも行かないだろう。
「最低でも四十キロは進んだかと、かれこれ4時間走りっぱなしですから、」
 そりゃすげぇ、4時間マラソンか。
「道が良いのが幸いだな、これが山道ならもっと時間を食ってる」
 恐らくマツナギやアベル辺りなら、もっと早い速度で走れるんじゃぁなかろうか。森の中なら、圧倒的に暗黒貴族種であるマツナギには有利だし。

 辺りは真っ暗だがまだ陽が沈むには時間があるはずだ。この雨がスコールなら時期に止むだろうし、もう少し前進しようという事で意見は一致した。今は軽く休息にして、陽が落ちるぎりぎりまで走り抜く。森の中を悠長に歩いている場合じゃない。夜歩けない分、休息はしっかり取る事に決めた。

 簡単な魔法でナッツがお湯を沸かし、何時買ったもんだか本物のコーヒーを淹れてくれる。匂いだけで嬉しくなる程カフェイン中毒のリアル俺。こっちの世界でもその特性はやっぱり、あるみたい。濃い液体に他の連中はシロップ垂らして飲んでるが俺はこの原液でいい。ナッツ曰く、コーヒーって飲み物もこの世界では立派な薬草なんだそうだ。粉砕して漉し袋に入れ、煮出したものだが全然イケる。
「しかし、すげぇ樹だな」
 ようやく気分が落ち着いて俺は辺りを見回した。
 雨足は今だ強く、耐水加工の施された布の端から滝の様に水が滴り落ち足元に水たまりを作っている。
 柔らかな地面は水をたっぷりと吸い込むのだろう、水たまりはこれ以上広がる雰囲気は無かった。
 カーテンの様に垂れ下がる根っこをちょっと揺さぶると、パラパラと葉が落ちてくる。それ拾い上げてレッドは丹念に形状を調べながら言った。
「レインツリーの一種の様です。という事はこの蔓や根子はストレンジャーですね」
「何、それ?」
 暖かいマグを抱えたアベルが聞くと、意外にもマツナギが呟いた。
「無花果科の植物だ、着生植物でいずれ宿主を枯らしてしまう事も在ると言う……」
「シメコロシノ木か」
 ナッツが苦笑する。うへぇ、すげぇ名前の木。なる程大木に寄生する木ってわけだ、いずれ宿主を枯らしてしまうという……バーチャルな映像――つまりテレビか何かで何かで見た事があるなぁそれ。って事はこっち特有の植物じゃねぇのな。てゆーか、思うに文化は違うけど植物や動物は現実世界と割りと同じなんだな。
 俺はこの異世界で見上げる大木が、現実のどこかに実在するのだという奇妙な感覚に思わず関心のため息を漏らした。漏らしつつ、コーヒーを啜る。

 何かもう、割りと仮想だとか現実だとか、そろそろどーでもよくなって来た。
 こっちの俺、戦士ヤトに順応しつつあんのかなぁ。

 乾燥させた果実や肉、未成熟のぶどう酒でパサついた乾パンを齧る。強力粉で作られているパンは固くて、口の中でしっかり咀嚼してやらないと飲み込めない。
 戦士ヤトの知識によると、このパンは旅する者達には必需品みたいで腹持ちは良いらしい。味は素っ気無いがすでに食べ慣れている様で、食えない味じゃなかった。

 軽いうたた寝を交えながら、俺達は一時間程度休息していただろう。ぱぁっと明るい光が差し込んだと思った時には雨脚も弱くなっていた。
「そろそろ行くか?」
 俺の言葉に一同うなずき、すばやく場の後片付けを開始した。マツナギとアベルが木に登って行く。
「濡れてるから、足滑らせんなよ」
「大丈夫よ」
 アベルは身軽にレインツリーとやらを上に登って行った。おてんばだなぁ、斥候役とはいえ遠東方人は本当に身軽だ。それにアインが慌ててついて行った。マツナギと俺でシートを畳み、テリーが荷物を背負いなおす。
 突然、ナッツが道の方を振り向いて手を上げる。
「どうした?」
「静かに」
 俺達は作業を中断して中腰になる。雨はすっかり上がっていて、時たまに木の葉から落ちるしずくの音だけがあたりに響く。
 風も止んでいるな。
 俺は木の上を見上げると、アベルもナッツ同様何らかの気配を察知したらしい、動かない様にという仕草を送る。それから何か合図を送っているのが見えた。
 アベルが指差している方向はカルケード国フェイアーン側だ。
「部隊が進んで来ているのかな?」
 ナッツのささやき声に、レッドは小さく首を横に振る。
「恐らくはレンジャーでしょう」
「お前が好きな?」
「否定はしませんが、ヤト、今はその話は後」
 へい、すみません。でも否定はしないんだな、特撮好き。
「何さ、レンジャーって」
「特殊部隊ですよ」
 マツナギの言葉にレッドは簡潔に答えた。修飾語は……この際必要ないな。どういった意味での特殊部隊なのかは全員が察した。
「止めるべきじゃねぇの?」
「止めてどうするんです、僕らがカルケード側に向かっているのが双方にバレる可能性がありますよ?」
 ファマメント側から入ってきた冒険者が、カルケード軍にちょっかいを出した……という事になると色々と面倒な事になるわけだな?ふぅむ。すばやく上からアインが降りて来て、テリーの頭を突っつく。
「どうしたんだよ、」
「アベちゃんが何かこっちに向かって来るって」
「相手との距離は?」
「まだだいぶ先みたい、十人位じゃないかって」
「とりあえず、僕らの存在は隠すように小細工をしよう。見てくるよ」
 ナッツはそう言って、羽を軽く羽ばたいて枝の上に飛び移りながら木の上に上がっていった。
 と、
「ヤト!」
 突然アインが俺のわき腹をつついた。
「うわッ、何?」
 俺は逃げるように身を捻る。弱いんですってわき腹!……性感帯って奴?身を捻りつつ目を向けると、何かが光っているのが目に付く。腰につけてる小物入れの中だ……。光、この光は……。

 ナーイアストから貰った、あの謎の石の光か。

「何に反応してるんだ?」
「このタイミングです、深く考える必要は無いでしょう」
 レッドが澄まして言った。なる程な、

 脅威が近づいて来ている訳だ。
 ぶっちゃけて、ナーイアストが教える脅威と言えば、レッドフラグ関係を置いて他に無いに決まってる。

 そりゃ、止めないとだな。

 警告の意味を理解して俺達は取るべき行動を決めた。レッドフラグの進行なんてろくな行動じゃねぇ。全員この場で止めてやる。



 矢尻の隊形を組んで石畳の道を駆け抜けようとしている一群の前に、俺は素早く森の中から現れて立ちふさがった。ナッツの魔法で気配は完全に消していたからだろう、十人の部隊は驚いて道に散開する。
「……運が悪いな」
 先頭の軽装な戦士が静かに小さく呟いて短剣を抜き放った。俺はキリュウから貰った槍を構え、口の端を笑わせる。
「そりゃ、こっちのセリフだ」
 お互い会話が成立しないのは分かってる、どうせこうなるだろうと思ってたから迷いは無い。
 明らかに暗殺部隊っぽい黒装束で顔を隠した男達が、それぞれに獲物を構えた。邪魔しようがしまいが見つかったからには殺す、どうせそんな理屈だろ?

 先手必勝!

 ひゅんと鳴った音に黒装束の一人が首を射貫かれて倒れる。突然上から降ってきた拳闘士が今一人の首を躊躇無く捻る。背後の森からアベルが踊り出て、俺も槍を構えて突っ込んでいった。

 あっという間に乱戦だ、敵も士気が高くそう簡単には動揺しない。しかしこっちだって伊達に魔王討伐隊の認定受けてんじゃねぇからな。
 三人切り掛かってきた所俺は槍で一人の短剣を弾き、一人の足元をしたたかに打ち付け、最後の一人の一撃を柄で絡め取りつつ弾き飛ばし素早く突きの一撃。その隙に背後から不意打ちしようとした相手を跳躍で躱して槍を手放し、剣を抜いて一人の頭を峰で叩き割る。
 空いた手で槍を引き抜き篭手に戻し、反対側から切り掛かって来たリーダーと思しき人物の一撃を腕で止める。
「貴様ら、何者だ!」
「通りすがりの勇者って所だよ!」
 型通りの攻撃なんか温いぜ、俺は目の前相手の右死角から渾身の回し蹴りを見舞ってやった。案の定相手は反応が遅れて慌てて剣を引いたが、俺のねらいはお前の頭じゃねぇ、最初からそのどてっぱらだ!
 身をくの字にして吹っ飛んだ推定リーダーを無視して、両脇から俺目掛けて襲い掛かって来た黒装束をアベルの切っ先が捕らえ、テリーの掌底が沈めている。

 ものの数分、十人の特殊部隊は見事に地に這いつくばっていた。

「くッ、おのれ……」
 俺は目を細め、先頭を走っていた推定リーダーを見下ろした。手加減したにも理由がある、……見当たらないのだ。
 こいつにだけ『レッドフラグ』が付いてないってのは、一体どういう意味だ?

 と、目の端で何かが動く気配に俺達は身構える。すると今寝転がした九人の半死体が起き上がっていた。いや起き上がるっていうよりこれは、皮を脱ぐって表現が正しいな。
 流石は赤旗。
 一筋縄じゃぁいかねぇってわけか。ナーイアストがくれた謎の石が危険を知らせて来た通り。
 あの謎の石は、レッドフラグに関連する『危険』を知らせる役目を持っているらしい事が……今判明しましたよ。
 ユーステルが攫われた船の時はなぁ、石は携帯せず部屋の荷物の中だったからなぁ。
 脱皮する、というよりは『割れてひっくり返る』様に黒い、得体のしれない怪物と化した者達に向け、俺は好戦的に微笑んでいた。そういうのはある意味、お約束だからな、俺達ゲーマーにとっては。こういう展開ははっきり云って読んでたから、だから最初から遠慮しないで攻撃に出た訳だよ。

 この、怪物達にな。

「よぅあんた、こうなる事は知ってたのか?」
 絶句してる所見ると……身内が『怪物』だって事は知らなかったっぽいな、この人。人間の姿を脱ぎ捨てるように、血を撒き散らし皮をぶち破って現れた黒い毛と分厚い筋肉。
 顔を天へ向け、角が高々と伸び上がる。ユーステルを攫う為に現れたあの三匹の牛のバケモンよか小さいが、腕が二組あったり羽がついてたり、尻尾が生えていたりとバリエーションが広い。
『気をつけて、パラメーターは普通のモンスターよりも高くなっている』
 メージンからのコメントを聞き、俺たちは武器を隙無く構える。
「全部漏らさず倒すぜ」
「おうよ」
 テリーが好戦的に答え拳を打ち鳴らした。

 皮羽の片方を打ち落とすマツナギの剛弓の一撃に引き続き、体に見合わず激しい炎を吐くアインが逃げようとした一匹を火達磨にする。アベルは真空の魔法を剣に宿し相手を容赦なく切り刻めば、テリーも衝撃波をともなった豪腕を振るい敵を屠った。

「どうなっているんだ……?」
「バセリオンの軍をタトラメルツに向けるための小細工でしょうかね。貴方は何も聞かされていないのですか?」
 黒い怪物相手に一歩も引かない猛勇っぷりを発揮して立ち回る俺達に、呆然と呟く男。ようやく物陰から出て来たレッドは、事情聴取係だ。
 唯一赤旗を貰っていない、浅黒い肌の戦士に向けて襲い掛かってきた四本腕の怪物を俺は槍で牽制する。

 この人は大事な客人だ、手出しはさせねぇ!

 俺が突き出した槍は四つの腕で捕まれて止められた。流石赤旗立ててるモンスターだけあって一筋縄じゃぁ行かないな。だが、その腕四本の動きを『止められた』という事実に相手は気が付かなかった様だ。
 俺は槍を手放して剣を抜き敵の背後に切り抜ける。剣を振り、血を払う。すっぱりと両断された敵の首が落ち、血飛沫が舞った。
 両脇から襲い掛かって来た巨大な黒豹の様な怪物を躱しながら、反対側から掴み掛かって来る巨大な猿に似た怪物の懐に入り込んだ。伸ばされていた手は宙を抱き、俺はそのまま剣を中段に構えて敵の心臓めがけて突き刺す。
 血飛沫が上がる前に跳んで剣を軸に一回転。胸を抉るように切り捨てた敵は倒れ、俺はその背後に着地する。振り向きざま再び襲い掛かってきた黒豹の爪を皮一枚犠牲に避けると、下げていた剣を上に斬り上げて後ろ足と尻尾を斬り落としてやった。
「アイン、トドメ刺しとけ」
「はいはい~」
 閃光の様な灼熱のブレスをくらい、燃え上がる黒豹をバックに俺は槍を回収してレッドの所に戻る。
「で、こいつは何だって?」
 レッドは小さく、男の胸についている三日月と星の紋章……巷にはファマメント紋と呼ばれるものを指差した。
 ここの所、一般人によく誤解されるらしいのだが、精霊ファマメントを意味する三日月と星の紋章を国旗として持っているのは、ファマメント国じゃぁなくて南国カルケードなんだよな。実にややこしいんだが……。
「俺はヤト、あんたは?」
 切られた頬から流れるわずかな血を拭い、俺は片膝を付いて視線を落とし、敵意が無い事を示した。
 名前を聞くにはまず自分から、重要な事だぜ?割とこういう態度は先方に受けもいいのを知ってる。
「……カルケード軍所属、ヒュンス・バラードだ」
「悪かったな、立てるか?」
「これ位……」
 俺の差し出した手を取らずにヒュンスはなんとか立ち上がる。背は低いががっしりとした体格で肌は浅黒く、目は漆黒。タフなわけだ、見た感じ地下族種……族にドワーフって奴かな。
 実際に映像化されるドワーフ程縮んだ滑稽な姿とは違い、俺より少し低い位の体つきで信じられない程腕や足が太い。これがこっちの世界の俗称ドワーフで、太っているんじゃなくて全部筋肉、首も太くてがっちりしている。
「やはりフェイアーンより遣わされた様です、大将が揃うので早めに敵の偵察を行うようにと……命令されていたそうですが」
「……よもや魔王軍を引き連れていたとは……」
 ヒュンスは信じられないという様子で大きな手で額を覆う。
「魔王軍?あの怪物がか?」
 背後でまだテリーが戦っているが、すでにあらかた片がついている。
「そうだ、間違いない。あの系統を無視した混沌の魔物……なぜカルケード軍に奴らが混じっている?」
 レッドがため息を漏らした。
「貴方を斥候として派遣したのは?ミスト王子?」
 ヒュンスは少し驚いて顔を上げ、それから険しい顔で首を振る。
「恐らく違う……くそ、王子が危ない!」
「もしや貴方はその『さる筋』を疑いはしませんでしたか?もしくはこの派兵に何か疑問を持っていて、それを進言した……」
「お前たちは何者だ?」
 今だ怪訝な顔をするヒュンスに、うむ、そろそろ名乗ってもいいだろう。
 俺は再び銀の筒を出し、俺達の正体を教えてやった。
 どうやらこのおっさん、悪い人じゃぁなさそうだ。 
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