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4章 禍 つ 者 『魔王様と愉快な?八逆星』
書の7後半 西方魔城 『死ぬ前に魔王のツラを拝め!』
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■書の7後半■ 西方魔城 Black hillock country
「……女?」
女の、高笑いが返って来た。そこで今まで遭遇した魔王を、俺は思わず指折り数えてしまう。
ギル、こいつは男だ。ナドゥ、魔王かどうかは知らんがこいつも男。インティ……は、どうだろうな。ガキだからはっきりしないが多分あれはガキだから……こんな高笑いにはならんな、声が違う。あとは……名前出てる奴らだとアービスとか、推定大魔王ギガース?
いやいや、八逆星と呼ばれるんだからまだ見ぬ魔王も居るだろうが……よりにもよって今回の相手は女だってのか?
「おい!」
背後にあった光が奪われていくのに気が付いて振り返れば、桟橋が上がって扉が閉まっていく所だった。
「これで退路を断ったつもりか?」
俺は剣の柄に手を当てて身構える。すると突然、踊場にスポットライトが当たった。スポットライト?と思うだろうが間違いなく、スポットライトだ。両脇から取り巻きと思われる男が魔法照明で、彼女を照らし出しているのだ。
電気照明ではないが、イメージとしてはそれで間違いない。
「本当に来ちゃったのねぇ、んふ。驚いちゃった」
腰をくねッとさせて……妖艶な魅力溢れる女性が座っていた。……座っている場所がまたスゴい。
黒っぽい毛に覆われた怪物の膝の上だ。怪物は事もあろうか……く、空気椅子!?うおお、なんつープレイ!
「まぁ~、来ちゃったものはしょうがないわよねぇ。ノルマがキツくてストアお疲れモードなのになぁ、困っちゃう」
ざわりと闇が揺れる。すっかり照明が『彼女』に集中している分、その周りは圧倒的な闇となって広がっていた。
見える。闇の中に奇妙なものが次々と浮かび上がるのを俺達は見ていた。
……相手の姿は見えないのに、闇の中に淡く発光するように赤い旗が……『レッドフラグ』が次々に現れるのを緊張を高めて見守ってた。
「お前も魔王八逆星で間違い無いな?ファマメント国を襲っている……」
「あら、お前もって?」
頭上に赤い旗を立てている、妖艶な女性は色っぽく小首をかしげて唇の下に小指を当てる。
「あらん?ナドゥちゃんの予想が外れちゃったんじゃな~い?何、ボウヤ達もしかして『サンプル候補』の方?」
おいこら待てぃッ!問題発言多すぎだろう、誰がボウヤだ!……いやそっちじゃなく。
サンプル候補って何だそりゃ!
女性は身をくねらせて数度首を傾げて、実にわざとらしい困った仕草を散々やったあとに言った。
「大変、じゃぁ殺しちゃいけないのよねぇ?」
俺は剣を抜いた。
「誰が死ぬか!死ぬのはてめぇだっつーの!」
何はともあれ、相手がこっちを『殺せない』というのならシメたものだ。その弱みに付け込んで精々、暴れてやるぜ!
突然、一斉に閉じていたらしい城の窓が開け放たれる。
眩しい光に目を眩ませつつ俺達は構えた。光で目を眩ませつつ一斉に襲い掛かる。それが奴らの作戦らしいが……それ位で動転する程俺達は、素人では無い。
一斉に踊りかかって来た黒い怪物達を容赦なく、攻撃で出迎える俺達。話し合ってるヒマなんぞない。ここは腐っても魔王本拠地、気合い入れて超長期戦を見込んで挑まない事には、結果がどう転ぶか分かったもんじゃない。
襲い掛かってくる怪物達を斬って突いて問答無用に屠った。
今更元が人間だとか、そんなんにこだわっている場合じゃねぇ。現状、完全に元に戻す保証が無いのなら、いくら血を注いだってしょうがないのだ。
そこらへんは割り切るべきだと言われて、その通りだと俺も納得している。
問題なのはこれ以上、犠牲者を出さない事。その為にもホスト赤旗を叩く必要がある。
特に魔王八逆星……連中はヤバい。アイジャンの様に八星全員が強力な『赤旗感染力』を持つとするなら、こいつらはできる限り速やかに世界から抹殺すべきだ。
石の階段に怪物の死骸を積み重ねながら、俺は着実に上へ登って行く。ふざけた事に例の妖艶な女性は、そんな俺達を踊場から一歩も動かず傍観しているのだ。
相変わらず空気イスしている怪物の膝の上で、優雅に素敵な曲線美の太ももを組んだりしながら相当に余裕だ。階下で繰り広げられる阿鼻叫喚図などドコ吹く風である。すっかり単独行動に走っていたが……他の連中が苦戦している様子は無い。というかむしろ……あっという間に取り囲んでいた怪物をあらかたキレイに掃討しつつあった。
乱れた息を整え、今だ踊り場で優雅に足を組む赤旗の女性に俺は剣を向けた。
「覚悟しろ、魔王!」
「んふ、流石ダーリンから一撃貰って生きてるだけあるわねぇ」
「ダーリン?」
そのダーリンとやらが誰なのか分かったので、俺は過剰に反応せずにはいられなかった。
「なんだお前ら、連れ合い?」
「そんなんじゃないわよ。お互い一人の相手に縛られるのって、それって不幸よ?」
ああん?オトコとオンナ、一対一で結ばれて何が悪い。……俺に一撃入れたのはギルだ、恐らくその『ダーリン』とやらはギルだろう。要するにアレか、こいつら互いに遊び相手認識で、お互い遊び放題し放題って奴?
「悪いが俺はギルなんて怖くないぜ」
「大丈夫よ、報復するような人じゃぁないわ」
にっこりと彼女は笑う。近くで見ると……意外に可愛い人だ。妖艶で美人で、笑うとなぜか愛くるしいと感じてしまう……ああいかん、もしかして魅了されてんのか俺?
邪念を振り払い、俺は静かに剣を前に構えて近づいていく。さっきライトアップしていた魔物がロッドを構えて踊りかかってきたのを瞬殺。ふん、刀の錆にもなりゃしねぇ。
ようやく彼女は怪物の膝の上から立ち上がる。
すると……今まで姿を偽っていたのか、見る間に姿が人間離れしたものに変わって行った。しかし美しさと言い知れない妖艶さは残っていて……気を許すとそれに飲まれそうになる。左右こめかみの辺りから細い角が生えていて、露出の高い肌に鱗のような菱形の紋様が浮き出す。一瞬鱗かと思ったがそうじゃなく……ギルやアイジャン、インティにあったような魔王特有の紋であるらしい。
頬から目じりに掛けて点々と浮き出た紋様がこれまた、彼女の美しい顔を際立たせる。
「ストアはねぇ、実践向きじゃぁないの」
にっこり笑った彼女の言葉に、俺は別に騙された訳じゃない。……が現実、あっという間に踊場から吹き飛ばされたのはすなわち、油断していたからだろうなぁ……魅惑技能持ちに男は弱いか。
突然横から襲い掛かった衝撃を、篭手で防ぐのが精一杯で気がついたら宙を舞っていた。攻撃自体は防いだので投げ出された空中で、俺は何をされたか事態の把握はできた。体制を整え、怪物の死体折り重なる下の階に足を取られながらも着地する。
思いっきり怪物の死体踏みつけた所為で俺の具足の片方が内臓に埋まる。足を引き上げようとしたら肋骨の間に挟まってしまって重い。結局、臓物をぶちまけるようにして足を引き抜いた。
黒い怪物たちは黒い残像を煙の様に残して消えて行くのだが、ゲームの様に一瞬ではない。ゆっくりと、ぐずぐず溶ける様に崩れて行く。
「レッド、こいつら邪魔だ」
「浄化いたしましょう」
すっかり怪物達を成敗して、俺達6人と1匹は中央に集まった。レッドが灼熱の風を巻き起こし、そこらじゅうに散らばる怪物をあっという間に灰に替える。灰が開いた窓から外へ吹き出していった。ナッツの浄化魔法による弔いの果て、空へとばら撒かれているのだろう。
レッドフラグの感染力がホスト以外に無いのは確認済みだ。体液や燃えカス、これらを摂取してもレッドフラグは発症しない。ぶっちゃけ肉を焼肉や刺身で喰っても大丈夫だそうだ。最終的にはエネルギーにも変換されず消えてしまう、とかいう話だが……そんなエグい事はしないぞ!?
ホストもその個体が全体的に感染力を持つ訳では無いらしい。
レッドフラグをリセットする作用がブルーフラグである俺達には多少備わっているらしいが……これはまだはっきりとした実証はやっていない。どうにもカルケードでいくつか非合法な実験を行ったらしいブラックな魔導士は、俺がロッダ王妃を元に戻した案件は方法としては少々疑わしい、という結論を出している。
何時の間にやら俺の血を確保してなんか、実験的に残っていた魔王軍に試すようなことをしたやがったんだよアイツ、何時の間に。でも、どうやら上手く作用しなかったそうだ。
だから、その能力は乱発しない事にしている。
頼って良い力なのかはっきりしていない。
「良い反射神経ね」
彼女は嬉しそうに……踊場で鞭を振るった。うわー、やっぱり獲物は鞭なのですねオネエサマ。
「部下は一掃したぜ?」
テリーが好戦的に拳を構えた。
「心配は無用よ。貴方たち向けじゃないのは分かっていたもの。お楽しみ頂けたかしら?」
にっこりと彼女は笑い鞭を手にしてふいと、視線を隣に移した。彼女が俺に放った鞭の一撃は……事もあろうか彼女が椅子代わりにしていた大きな怪物を横に真っ二つにしてしまっていたのだが……その怪物が空気イスしていた背後にはなんと、上の階へ続く階段があったりしたのだ。
そしてそっから……見た事のある顔が覗く。
「やれやれ……君の消費癖は相変わらず酷いな」
「あらぁ、だってストアのものですもの、どう扱おうが勝手でしょ?」
「生産事態は一年に2度が限度だろうが」
「生産って、ナドゥちゃんってば相変わらず冷たい言い方するんだから」
溜め息を漏らしながら……階段から降りてきたのはまた出た、またコイツだ。
白衣のおっさん、ナドゥである。なぜか……魔王連中とつるんでいるのに赤旗を頭上に持たない謎の人物だ。おっさんと形容したが、実年齢はよく分からない。一見するとただの人間種族っぽいがどこか『得体の知れない』緊張感を齎す奴だ。
「しかシ関心するナ、あれだけの兵をほボ瞬殺かネ」
続いて、おかしなイントネーションで喋る……う、馬ッ?しかも二頭建ッ?白い二つの馬の頭を持った……これは、怪物でいいよな……?怪物が狭そうに階段から降りてきて俺達をものめずらしそうに見回した。
「ほら、さっさと行けっつーの」
「私はいいですって!」
「いいから顔見せとけって!」
更に誰か降りてくるらしいが……何やらもめている。しかし片方の声には聞き覚えがある。俺の隣に並ぶ前線ペア、テリーとアベルが明らかに緊張したのが分かった。
やっぱりこいつら、無駄にあいつを怖がってるな?確かに……『あいつ』は規格外な強さだった。
一番最初に遭遇し、たった一撃で俺を致命傷まで追い込んだギルから突き飛ばされるように階段を下りてきたのは……黒い鎧を纏った青年だ、声でそうだと思われる。迷惑そうに次を降りてくるギルに目配せしている。
その後に続いて来たのが……くすんだ金髪を撫でつけた鰓の張った顔に、黒色の肌全体に白く浮かび上がる紋様、二頭建ての馬の怪物に並ぶ巨漢。忘れる事が出来ない強烈な存在感……ギルだ、しかも偉く軽装で鎧も武器も装備していない。
「騒がしい……いつもこんなんなのか?」
「別にそういう訳じゃないけどさぁ」
とか何とかくっちゃべりながら更に二人降りてくる。管みたいな角を生やしたガキのインティと鉄仮面に顔を隠した……声から推定するに青年だ。
ナドゥを除いて、全員の頭上に禍々しくも赤い旗を見て取れる。
これは……あれじゃね?色々と端折って言うと……これこそまさに、引き際。
逃げ時って奴だ。
ギルが出てきてる時点でもぅヤバい。
相当にヤバいのに……並んでる7人、明らかに連中『同格』だ。ヤバさ加減は圧倒的にギルに傾いているとはいえこの展開、間違い無い。
俺達は多分、余計な連中の顔を今拝んでいる。
結局あの鞭のおねいさんにはっきり確認取れてないけどアレだ。こいつら間違いなく全員『魔王』だろ?巷西を賑わせている、北のシーミリオンを占拠し、南国カルケードに騒乱を持ち込んだ……魔王八逆星だ。
逃げるべきだという判断は俺達全員、その時した様だ。さりげなくレッドがその予備動作に入っていたのを当然、連中も気がついているのは間違い無い。
上の階から降りて来て、各々別々に俺達の事を見てくっちゃべっている七人……七匹?だったが、その中でナドゥが俺達向けに言った。
「そうそう、逃げようとは思わん事だ。タトラメルツが蒸発してしまうぞ」
「何ィ?」
「本当にやっちゃうんだ?面倒だなぁ」
と、言ったのはインティだ。こいつなんでも面倒だと言いやがる。
「こうでも言わんと連中、逃げるからな」
「サンプル欲しがってたもんねぇナドゥちゃん」
暢気に笑いあっている推定魔王一座に、俺は小さくレッドを振り返った。
奴は逃げるべきかどうするべきか、迷っていた。ばか、迷うな。
タトラメルツを巻き込む危険性を示唆し、それは避けるべきだと最初に言ったのはお前だろうが。
そんな俺達のうろたえ、迷い、困惑を完全に差し置いて魔王連中は好き勝手しゃべくりまくっている。大体3グループくらいに分かれてそれぞれが、別の事をくっちゃべってる所為で何を話しているのか上手く聞き取れない。その果てに……。
「お前は退路をガチガチに固めすぎなんだよ」
「固めて何が悪い?」
ギルの言葉に肩を竦めるナドゥ。
「ちったぁ相手に付け入る隙って奴を残してやれよ。その方が足掻く分楽しめるんだぜ?」
「そういういたぶる趣味は持ち合わせてないんでね」
「だよなぁ、お前、淡白だもんなぁ」
ぐッ、この……ッ!こっちが動けないからって散々言いやがって……。俺は逆上しそうになる精神を落ち着かせる。突っかかって行っては奴らの思うつぼ、今回は素直に……一人拝めればいいかなとか思っていたところ、ほぼ全員の顔を拝めてしまった状況に満足し、逃げるべきだ。
慌てるな、どうせログアウトする。今ここで死んだらキャラクターをロストしちまう……なんとかログアウトすればまだ……。いや?
連中サンプルが欲しいんだよな?
俺達をここでぶっ殺すとは言ってないよな?
サンプルって事はすなわち……生きて無いと困るんだよな?
ついでに思い出すと、ナドゥは出会った当初、さりげなく何と言ったよ?
サンプルは一人でいいと言ったよな……?
交渉の余地がある事に、俺の精神は一気に冷めた。冷静になった精神は同時に、もう一つ重要な事を思い出す。
それはつまり、
俺がその事実に気がついたという事は、パーティーメンバーほぼ全員が同じ事を考えているだろう、って事だ。
俺は先頭で小さく笑う。こっそりとポケットに忍ばせていた、ワイズから貰った護符を握り締めて口の中で呟いた。
ばぁか、誰にも譲らねぇよ。人柱は……俺の役目だぜ。
「お前がやれ」
ギルから命じられて、黒い鎧の青年が驚いて振り返ったのが見える。黒髪に青い目の、どことなく育ちが良さそうな品の在る青年だ。
ただ何故か……第一印象で『いいひと』というコメントをもらえそうな野暮ったさを持っている。
「な、なんで私が」
「ふむ、適任だ。どれくらい上達したのか見せてもらおう」
「ナドゥさん、勘弁してください」
すっかり状況に動けない俺達にお構いなく、連中はのんきに会話を楽しんでいる様にも見えて……そりゃぁもう、俺は腸が煮え繰り返る位悔しいのだが……。その実、冷静になれと自分に言い聞かせている。
「前回は酷かったからな……ギルには任せられんよ」
「おう、俺だと無理」
「……自慢にならん」
「それくらい俺様強すぎって事じゃね?という訳でアービス、お前がやれ」
「……」
「さっさと済ませろ、奴等が余計な事をしでかす前にな」
その余計な事、やらない訳にはいかねぇぜ……ッ!俺は前へ飛び出していった。足を前に運びながら剣の露を払う。
なにやら言い争っていたが結局、覚悟を決めた様に黒い鎧の青年……アービス、とか言ったな。アイツが例の『アービス』か。
奴が剣を構えて踊場から飛び降りて来た。
「ヤト!」
数人の声が重なって俺の背中に届く。アービスの剣と俺の剣が切り結ぶ音に重なって。
何をすればここで生き残れるのか。分かっている、言葉にしなくてもそんなの、俺を含む全員が分かっているはずだ。
「嫌よ、本気にしないでよ!」
目の前の相手に集中する俺に、アインの声が響いて聞こえた。
「人柱なんて冗談なんだから!」
キラキラと剣が光を反射する。差し込む光に時々晒された剣筋が、その都度眩しい光を反射して結構眩しい。けど俺は、目を潰されたって戦える自信があるんだ。
相手がたった一人ならな。
しかしこのアービス?それなりの使い手みたいだ。俺の一撃は難なく弾かれるし、流されて反撃に転じれば避けられる。でもそれは、奴にしても同じだ。
俺は集中していた。神経を尖らせ、観客を含む全てを俯瞰するように全てを把握する。
これも闘技場で身に付けた経験、目の前の敵だけを意識していてはダメだ。俺達の戦いを傍観している奴らが必ずしも、大人しく罵声を飛ばすだけとは限らない。モノを投げるなってアナウンスされるのに投げつけてきやがるんだよクソ親父どもめ。
雄たけびを上げながら、背後から何かが押し寄せる気配。
だから、俺はその動きにも機敏に反応できる。無防備に剣を降ろして、今戦う相手を『牽制』する。
ここまで互角に戦うならば、この無防備な構えの意味も察する事だろう。
俺は相手がちゃんと呼応し、剣を一旦引いた事を確認して、左手にさりげなく忍ばせていた護符を……思いっきり握り握りつぶして叫んだ。
「悪ィなぁ!お前らの出番は……ナシだ……!」
「……女?」
女の、高笑いが返って来た。そこで今まで遭遇した魔王を、俺は思わず指折り数えてしまう。
ギル、こいつは男だ。ナドゥ、魔王かどうかは知らんがこいつも男。インティ……は、どうだろうな。ガキだからはっきりしないが多分あれはガキだから……こんな高笑いにはならんな、声が違う。あとは……名前出てる奴らだとアービスとか、推定大魔王ギガース?
いやいや、八逆星と呼ばれるんだからまだ見ぬ魔王も居るだろうが……よりにもよって今回の相手は女だってのか?
「おい!」
背後にあった光が奪われていくのに気が付いて振り返れば、桟橋が上がって扉が閉まっていく所だった。
「これで退路を断ったつもりか?」
俺は剣の柄に手を当てて身構える。すると突然、踊場にスポットライトが当たった。スポットライト?と思うだろうが間違いなく、スポットライトだ。両脇から取り巻きと思われる男が魔法照明で、彼女を照らし出しているのだ。
電気照明ではないが、イメージとしてはそれで間違いない。
「本当に来ちゃったのねぇ、んふ。驚いちゃった」
腰をくねッとさせて……妖艶な魅力溢れる女性が座っていた。……座っている場所がまたスゴい。
黒っぽい毛に覆われた怪物の膝の上だ。怪物は事もあろうか……く、空気椅子!?うおお、なんつープレイ!
「まぁ~、来ちゃったものはしょうがないわよねぇ。ノルマがキツくてストアお疲れモードなのになぁ、困っちゃう」
ざわりと闇が揺れる。すっかり照明が『彼女』に集中している分、その周りは圧倒的な闇となって広がっていた。
見える。闇の中に奇妙なものが次々と浮かび上がるのを俺達は見ていた。
……相手の姿は見えないのに、闇の中に淡く発光するように赤い旗が……『レッドフラグ』が次々に現れるのを緊張を高めて見守ってた。
「お前も魔王八逆星で間違い無いな?ファマメント国を襲っている……」
「あら、お前もって?」
頭上に赤い旗を立てている、妖艶な女性は色っぽく小首をかしげて唇の下に小指を当てる。
「あらん?ナドゥちゃんの予想が外れちゃったんじゃな~い?何、ボウヤ達もしかして『サンプル候補』の方?」
おいこら待てぃッ!問題発言多すぎだろう、誰がボウヤだ!……いやそっちじゃなく。
サンプル候補って何だそりゃ!
女性は身をくねらせて数度首を傾げて、実にわざとらしい困った仕草を散々やったあとに言った。
「大変、じゃぁ殺しちゃいけないのよねぇ?」
俺は剣を抜いた。
「誰が死ぬか!死ぬのはてめぇだっつーの!」
何はともあれ、相手がこっちを『殺せない』というのならシメたものだ。その弱みに付け込んで精々、暴れてやるぜ!
突然、一斉に閉じていたらしい城の窓が開け放たれる。
眩しい光に目を眩ませつつ俺達は構えた。光で目を眩ませつつ一斉に襲い掛かる。それが奴らの作戦らしいが……それ位で動転する程俺達は、素人では無い。
一斉に踊りかかって来た黒い怪物達を容赦なく、攻撃で出迎える俺達。話し合ってるヒマなんぞない。ここは腐っても魔王本拠地、気合い入れて超長期戦を見込んで挑まない事には、結果がどう転ぶか分かったもんじゃない。
襲い掛かってくる怪物達を斬って突いて問答無用に屠った。
今更元が人間だとか、そんなんにこだわっている場合じゃねぇ。現状、完全に元に戻す保証が無いのなら、いくら血を注いだってしょうがないのだ。
そこらへんは割り切るべきだと言われて、その通りだと俺も納得している。
問題なのはこれ以上、犠牲者を出さない事。その為にもホスト赤旗を叩く必要がある。
特に魔王八逆星……連中はヤバい。アイジャンの様に八星全員が強力な『赤旗感染力』を持つとするなら、こいつらはできる限り速やかに世界から抹殺すべきだ。
石の階段に怪物の死骸を積み重ねながら、俺は着実に上へ登って行く。ふざけた事に例の妖艶な女性は、そんな俺達を踊場から一歩も動かず傍観しているのだ。
相変わらず空気イスしている怪物の膝の上で、優雅に素敵な曲線美の太ももを組んだりしながら相当に余裕だ。階下で繰り広げられる阿鼻叫喚図などドコ吹く風である。すっかり単独行動に走っていたが……他の連中が苦戦している様子は無い。というかむしろ……あっという間に取り囲んでいた怪物をあらかたキレイに掃討しつつあった。
乱れた息を整え、今だ踊り場で優雅に足を組む赤旗の女性に俺は剣を向けた。
「覚悟しろ、魔王!」
「んふ、流石ダーリンから一撃貰って生きてるだけあるわねぇ」
「ダーリン?」
そのダーリンとやらが誰なのか分かったので、俺は過剰に反応せずにはいられなかった。
「なんだお前ら、連れ合い?」
「そんなんじゃないわよ。お互い一人の相手に縛られるのって、それって不幸よ?」
ああん?オトコとオンナ、一対一で結ばれて何が悪い。……俺に一撃入れたのはギルだ、恐らくその『ダーリン』とやらはギルだろう。要するにアレか、こいつら互いに遊び相手認識で、お互い遊び放題し放題って奴?
「悪いが俺はギルなんて怖くないぜ」
「大丈夫よ、報復するような人じゃぁないわ」
にっこりと彼女は笑う。近くで見ると……意外に可愛い人だ。妖艶で美人で、笑うとなぜか愛くるしいと感じてしまう……ああいかん、もしかして魅了されてんのか俺?
邪念を振り払い、俺は静かに剣を前に構えて近づいていく。さっきライトアップしていた魔物がロッドを構えて踊りかかってきたのを瞬殺。ふん、刀の錆にもなりゃしねぇ。
ようやく彼女は怪物の膝の上から立ち上がる。
すると……今まで姿を偽っていたのか、見る間に姿が人間離れしたものに変わって行った。しかし美しさと言い知れない妖艶さは残っていて……気を許すとそれに飲まれそうになる。左右こめかみの辺りから細い角が生えていて、露出の高い肌に鱗のような菱形の紋様が浮き出す。一瞬鱗かと思ったがそうじゃなく……ギルやアイジャン、インティにあったような魔王特有の紋であるらしい。
頬から目じりに掛けて点々と浮き出た紋様がこれまた、彼女の美しい顔を際立たせる。
「ストアはねぇ、実践向きじゃぁないの」
にっこり笑った彼女の言葉に、俺は別に騙された訳じゃない。……が現実、あっという間に踊場から吹き飛ばされたのはすなわち、油断していたからだろうなぁ……魅惑技能持ちに男は弱いか。
突然横から襲い掛かった衝撃を、篭手で防ぐのが精一杯で気がついたら宙を舞っていた。攻撃自体は防いだので投げ出された空中で、俺は何をされたか事態の把握はできた。体制を整え、怪物の死体折り重なる下の階に足を取られながらも着地する。
思いっきり怪物の死体踏みつけた所為で俺の具足の片方が内臓に埋まる。足を引き上げようとしたら肋骨の間に挟まってしまって重い。結局、臓物をぶちまけるようにして足を引き抜いた。
黒い怪物たちは黒い残像を煙の様に残して消えて行くのだが、ゲームの様に一瞬ではない。ゆっくりと、ぐずぐず溶ける様に崩れて行く。
「レッド、こいつら邪魔だ」
「浄化いたしましょう」
すっかり怪物達を成敗して、俺達6人と1匹は中央に集まった。レッドが灼熱の風を巻き起こし、そこらじゅうに散らばる怪物をあっという間に灰に替える。灰が開いた窓から外へ吹き出していった。ナッツの浄化魔法による弔いの果て、空へとばら撒かれているのだろう。
レッドフラグの感染力がホスト以外に無いのは確認済みだ。体液や燃えカス、これらを摂取してもレッドフラグは発症しない。ぶっちゃけ肉を焼肉や刺身で喰っても大丈夫だそうだ。最終的にはエネルギーにも変換されず消えてしまう、とかいう話だが……そんなエグい事はしないぞ!?
ホストもその個体が全体的に感染力を持つ訳では無いらしい。
レッドフラグをリセットする作用がブルーフラグである俺達には多少備わっているらしいが……これはまだはっきりとした実証はやっていない。どうにもカルケードでいくつか非合法な実験を行ったらしいブラックな魔導士は、俺がロッダ王妃を元に戻した案件は方法としては少々疑わしい、という結論を出している。
何時の間にやら俺の血を確保してなんか、実験的に残っていた魔王軍に試すようなことをしたやがったんだよアイツ、何時の間に。でも、どうやら上手く作用しなかったそうだ。
だから、その能力は乱発しない事にしている。
頼って良い力なのかはっきりしていない。
「良い反射神経ね」
彼女は嬉しそうに……踊場で鞭を振るった。うわー、やっぱり獲物は鞭なのですねオネエサマ。
「部下は一掃したぜ?」
テリーが好戦的に拳を構えた。
「心配は無用よ。貴方たち向けじゃないのは分かっていたもの。お楽しみ頂けたかしら?」
にっこりと彼女は笑い鞭を手にしてふいと、視線を隣に移した。彼女が俺に放った鞭の一撃は……事もあろうか彼女が椅子代わりにしていた大きな怪物を横に真っ二つにしてしまっていたのだが……その怪物が空気イスしていた背後にはなんと、上の階へ続く階段があったりしたのだ。
そしてそっから……見た事のある顔が覗く。
「やれやれ……君の消費癖は相変わらず酷いな」
「あらぁ、だってストアのものですもの、どう扱おうが勝手でしょ?」
「生産事態は一年に2度が限度だろうが」
「生産って、ナドゥちゃんってば相変わらず冷たい言い方するんだから」
溜め息を漏らしながら……階段から降りてきたのはまた出た、またコイツだ。
白衣のおっさん、ナドゥである。なぜか……魔王連中とつるんでいるのに赤旗を頭上に持たない謎の人物だ。おっさんと形容したが、実年齢はよく分からない。一見するとただの人間種族っぽいがどこか『得体の知れない』緊張感を齎す奴だ。
「しかシ関心するナ、あれだけの兵をほボ瞬殺かネ」
続いて、おかしなイントネーションで喋る……う、馬ッ?しかも二頭建ッ?白い二つの馬の頭を持った……これは、怪物でいいよな……?怪物が狭そうに階段から降りてきて俺達をものめずらしそうに見回した。
「ほら、さっさと行けっつーの」
「私はいいですって!」
「いいから顔見せとけって!」
更に誰か降りてくるらしいが……何やらもめている。しかし片方の声には聞き覚えがある。俺の隣に並ぶ前線ペア、テリーとアベルが明らかに緊張したのが分かった。
やっぱりこいつら、無駄にあいつを怖がってるな?確かに……『あいつ』は規格外な強さだった。
一番最初に遭遇し、たった一撃で俺を致命傷まで追い込んだギルから突き飛ばされるように階段を下りてきたのは……黒い鎧を纏った青年だ、声でそうだと思われる。迷惑そうに次を降りてくるギルに目配せしている。
その後に続いて来たのが……くすんだ金髪を撫でつけた鰓の張った顔に、黒色の肌全体に白く浮かび上がる紋様、二頭建ての馬の怪物に並ぶ巨漢。忘れる事が出来ない強烈な存在感……ギルだ、しかも偉く軽装で鎧も武器も装備していない。
「騒がしい……いつもこんなんなのか?」
「別にそういう訳じゃないけどさぁ」
とか何とかくっちゃべりながら更に二人降りてくる。管みたいな角を生やしたガキのインティと鉄仮面に顔を隠した……声から推定するに青年だ。
ナドゥを除いて、全員の頭上に禍々しくも赤い旗を見て取れる。
これは……あれじゃね?色々と端折って言うと……これこそまさに、引き際。
逃げ時って奴だ。
ギルが出てきてる時点でもぅヤバい。
相当にヤバいのに……並んでる7人、明らかに連中『同格』だ。ヤバさ加減は圧倒的にギルに傾いているとはいえこの展開、間違い無い。
俺達は多分、余計な連中の顔を今拝んでいる。
結局あの鞭のおねいさんにはっきり確認取れてないけどアレだ。こいつら間違いなく全員『魔王』だろ?巷西を賑わせている、北のシーミリオンを占拠し、南国カルケードに騒乱を持ち込んだ……魔王八逆星だ。
逃げるべきだという判断は俺達全員、その時した様だ。さりげなくレッドがその予備動作に入っていたのを当然、連中も気がついているのは間違い無い。
上の階から降りて来て、各々別々に俺達の事を見てくっちゃべっている七人……七匹?だったが、その中でナドゥが俺達向けに言った。
「そうそう、逃げようとは思わん事だ。タトラメルツが蒸発してしまうぞ」
「何ィ?」
「本当にやっちゃうんだ?面倒だなぁ」
と、言ったのはインティだ。こいつなんでも面倒だと言いやがる。
「こうでも言わんと連中、逃げるからな」
「サンプル欲しがってたもんねぇナドゥちゃん」
暢気に笑いあっている推定魔王一座に、俺は小さくレッドを振り返った。
奴は逃げるべきかどうするべきか、迷っていた。ばか、迷うな。
タトラメルツを巻き込む危険性を示唆し、それは避けるべきだと最初に言ったのはお前だろうが。
そんな俺達のうろたえ、迷い、困惑を完全に差し置いて魔王連中は好き勝手しゃべくりまくっている。大体3グループくらいに分かれてそれぞれが、別の事をくっちゃべってる所為で何を話しているのか上手く聞き取れない。その果てに……。
「お前は退路をガチガチに固めすぎなんだよ」
「固めて何が悪い?」
ギルの言葉に肩を竦めるナドゥ。
「ちったぁ相手に付け入る隙って奴を残してやれよ。その方が足掻く分楽しめるんだぜ?」
「そういういたぶる趣味は持ち合わせてないんでね」
「だよなぁ、お前、淡白だもんなぁ」
ぐッ、この……ッ!こっちが動けないからって散々言いやがって……。俺は逆上しそうになる精神を落ち着かせる。突っかかって行っては奴らの思うつぼ、今回は素直に……一人拝めればいいかなとか思っていたところ、ほぼ全員の顔を拝めてしまった状況に満足し、逃げるべきだ。
慌てるな、どうせログアウトする。今ここで死んだらキャラクターをロストしちまう……なんとかログアウトすればまだ……。いや?
連中サンプルが欲しいんだよな?
俺達をここでぶっ殺すとは言ってないよな?
サンプルって事はすなわち……生きて無いと困るんだよな?
ついでに思い出すと、ナドゥは出会った当初、さりげなく何と言ったよ?
サンプルは一人でいいと言ったよな……?
交渉の余地がある事に、俺の精神は一気に冷めた。冷静になった精神は同時に、もう一つ重要な事を思い出す。
それはつまり、
俺がその事実に気がついたという事は、パーティーメンバーほぼ全員が同じ事を考えているだろう、って事だ。
俺は先頭で小さく笑う。こっそりとポケットに忍ばせていた、ワイズから貰った護符を握り締めて口の中で呟いた。
ばぁか、誰にも譲らねぇよ。人柱は……俺の役目だぜ。
「お前がやれ」
ギルから命じられて、黒い鎧の青年が驚いて振り返ったのが見える。黒髪に青い目の、どことなく育ちが良さそうな品の在る青年だ。
ただ何故か……第一印象で『いいひと』というコメントをもらえそうな野暮ったさを持っている。
「な、なんで私が」
「ふむ、適任だ。どれくらい上達したのか見せてもらおう」
「ナドゥさん、勘弁してください」
すっかり状況に動けない俺達にお構いなく、連中はのんきに会話を楽しんでいる様にも見えて……そりゃぁもう、俺は腸が煮え繰り返る位悔しいのだが……。その実、冷静になれと自分に言い聞かせている。
「前回は酷かったからな……ギルには任せられんよ」
「おう、俺だと無理」
「……自慢にならん」
「それくらい俺様強すぎって事じゃね?という訳でアービス、お前がやれ」
「……」
「さっさと済ませろ、奴等が余計な事をしでかす前にな」
その余計な事、やらない訳にはいかねぇぜ……ッ!俺は前へ飛び出していった。足を前に運びながら剣の露を払う。
なにやら言い争っていたが結局、覚悟を決めた様に黒い鎧の青年……アービス、とか言ったな。アイツが例の『アービス』か。
奴が剣を構えて踊場から飛び降りて来た。
「ヤト!」
数人の声が重なって俺の背中に届く。アービスの剣と俺の剣が切り結ぶ音に重なって。
何をすればここで生き残れるのか。分かっている、言葉にしなくてもそんなの、俺を含む全員が分かっているはずだ。
「嫌よ、本気にしないでよ!」
目の前の相手に集中する俺に、アインの声が響いて聞こえた。
「人柱なんて冗談なんだから!」
キラキラと剣が光を反射する。差し込む光に時々晒された剣筋が、その都度眩しい光を反射して結構眩しい。けど俺は、目を潰されたって戦える自信があるんだ。
相手がたった一人ならな。
しかしこのアービス?それなりの使い手みたいだ。俺の一撃は難なく弾かれるし、流されて反撃に転じれば避けられる。でもそれは、奴にしても同じだ。
俺は集中していた。神経を尖らせ、観客を含む全てを俯瞰するように全てを把握する。
これも闘技場で身に付けた経験、目の前の敵だけを意識していてはダメだ。俺達の戦いを傍観している奴らが必ずしも、大人しく罵声を飛ばすだけとは限らない。モノを投げるなってアナウンスされるのに投げつけてきやがるんだよクソ親父どもめ。
雄たけびを上げながら、背後から何かが押し寄せる気配。
だから、俺はその動きにも機敏に反応できる。無防備に剣を降ろして、今戦う相手を『牽制』する。
ここまで互角に戦うならば、この無防備な構えの意味も察する事だろう。
俺は相手がちゃんと呼応し、剣を一旦引いた事を確認して、左手にさりげなく忍ばせていた護符を……思いっきり握り握りつぶして叫んだ。
「悪ィなぁ!お前らの出番は……ナシだ……!」
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