異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

文字の大きさ
上 下
184 / 362
11章  禁則領域    『異世界創造の主要』

書の7後半 覚悟はいいか?『もう何も迷いはねぇけどな』

しおりを挟む
■書の7後半■ 覚悟はいいか? Are you ready? 

 ランドールは武器を中段に、体の横に構えて俺との間をゆっくり詰めてくる。
 俺は背後のアベルに会わせ半歩下がった。小声で打ち合わせる。
「いいな、卑怯だ何だ言われても気にするな、時間を稼ぐ」
「了解、……時間がないって何かしら?」
「ああ、気になる所だ。ついでにその秘密も暴いてやる……!」

 再びランドールと剣を交える。凄まじい怪力、受け流すにも限度ってもんがある。俺一人との戦いだったら勝負はあっさりついていただろう。こう、文章的に行一杯やってても実際経過した時間って総合的には数分ってのが戦闘の現実だ。

 だが、今俺達はなるべく長い時間を稼ぐ事を選んだ。それは更にもまして俺一人では無理な所業。

 ランドールのクソ重い一撃をがっちりと受止めるのはアベルの仕事だぜ。あのほそっこい腕のどこにあの怪力があるのかよくわからない。わからないが、イシュターラー先祖返りの奴は腕っぷしだけは俺でも敵わない。
 力が拮抗している、つばぜり合いになり俺はあえてそれにちょっかいを出さずランドールの死角の方へ足を運んだ。
 ランドールもアベルと斬り結びながら俺を、自分にとって不利な所に入れないように慎重に、しかし強引に足を運びつつアベルをねじ伏せようとしている。
 と、俺達の作戦が時間稼ぎだと気が付いたようだ。
 風を掴む羽音が聞え俺はちらりと空を睨む。真っ黒い夜の闇、星を覆い隠す巨大な影が覆い被さってくる。
「ラン様、避けてください!」
 瞬間アベルとランドールが互いに剣を引いて飛び退いた。
 ドラゴンヒノトが吐き出した灼熱のブレスが空気を焦がす。俺も折角良い位置とったってのに一旦転がってその場を逃げるハメに。
「ラン様、一旦戻りましょう!」
 シリアがヒノトの首元にまたがって叫んでいる。ランドールはそれを完全に無視し、再び剣を構えて近くにいた俺に斬りかかってくる。無造作な一撃だ、俺は受け流す事はなるべく避けて一撃を避ける。
 俺、割とこういう作業得意だ。
 長距離走向けな体力はないが、元々瞬発力は散々鍛えられたいっぱしの剣士。そんなヘタレじゃねぇんだから!
 鈍く石畳を削る一撃がそのまま横薙ぎに戻ってくるのを、俺は胸の所で剣と籠手を交差させ構えながら背後にステップ、やはり避けた。剣を胸に構えていたのは衝撃波から身を守る為だ。工夫すれば俺が背後に飛ぶまでもなく吹っ飛ばされる事を知っている。
「逃げるな!」
 ああそれって俺、割と昔からよく言われていた事かもしれない。そのようにリコレクトするのはリアル・サトウハヤトの経験じゃねぇ。俺の、戦士ヤトの記憶の方。

 俺は攻撃を避けるのが得意だ。避けて何が悪い。
 当てられないテメェの力量不足だろ、とお決まりに挑発を決め、相手のペースが崩れた所を切り込む。
 ずっとこのスタイルで戦ってきた訳じゃないが、昔はそうやって強い相手とも上手く渡り合うために時に『逃げる』事にも迷いはなかった。
 生き残る為なんだ。そこに自尊心やら持ち込むのはアホのやる事だ。剣闘士時代、挑戦者として外部ゲストと戦う事もよくあったが、命を賭して戦い存在を掛けている事に慣れてないゲスト連中は酷いアホが多かったな。
 よくわからんプライドでガッチガチで、それをちょいと叩いたりしてやればすぐにもボロが出る。
 逃げるな?別に、逃げて何が悪い。
 そういや、テリーと最初に戦った時もそんな事罵られたなぁ。今だからぶっちゃけるが、あれは当時の俺には相当辛い相手だったんだ。ほんと今だから言うがあの時はまだ奴の方が明らかに格上だったんだよ。だから、テリーとの一戦から何か変わり始めたのは間違いない。
 テリーとは好敵手だったが、同時にお互いの実力をがっちり認め合った友人として握手が交わせた。その瞬間から何かが変わったんだと思う。
 とにかく初戦においてテリーは俺よりランクが上で、負けて死なないように慎重に慎重を重ね、すっかりチキンスタイルで対応した。
 それでついにテリーがキレた、冷静さを欠きやがった。あの外見は暑苦しそうな態度なのに内面は冷え切っているアイツがだ、ぜ?よっぽど俺が逃げ回る戦法を取ったのに腹が立ったみたい。
 つい冷静さを欠き隙を見せて、格下でしかもライバル闘技場の剣闘士から初めて土つけられちまって。で、俺は実力に関心していたから殺さず、だろ。
 二回戦目は修羅場だったなぁ……ぶっちゃけて2回目だから事前対策は練れる。かなり良い勝負をしたはずだが結果的には徹底的に叩きつぶされました。ところが奴はそれでもまだ怒りが収まっていなかったと見え、俺を半殺しにした上で強引に握手で終わりやがった。最悪だ。隷属剣闘士は負けて生き残っちゃうとすげぇ辛いんだからな!?
 紆余曲折あったんだけどその後テリーとは仲良くなってしまった。ライバル闘技場の剣闘士なのにな。因縁の3回目に当った時は完全に戦いを楽しんでいる俺達がいましたとも!

 ランドールが斜めに切り下げて来た一撃を身を捻って避け、その返し刀にはすでに力がこもっていなかったので初めて剣を合わせて、はじき飛ばしてやる。
 ここで前に踏み込み盾を槍にして踏み込んでも良いけど……懐に入ったら瞬間的な決着がつく気がする。なんか、そんな未来が見える。この勘の鋭さが俺の武器だ。
 俺は距離を取る事を選び、その選択に再びランドールが舌打ちした。
 その間にアベルが側面から迫ってきている。その一撃を避けられずランドールは剣で受止めた。

 最初に戻る、だ。

 アベルは避ける、と云う動作はヘタだ。あいつに教え……うぉっと。いや、げふん。
 あいつが出来るのはひたすら相手の剣を打ち返す事だけだからな。人より遥かに優秀な動体視力でもって相手の攻撃をそのまま、打ち返す。力さえ勝っていればそれだけで相手を圧倒できるんだ。そんな芸当、フツーの奴には出来やしねぇだろうがな。
 めちゃくちゃな剣術だが、それが出来てしまう肉体的ポテンシャルがあるから奴の場合はそれでいいんだ。だが俺には勿論、無理。

「ラン様!」
「煩い、気が散る!」
 ランドールは頭上のシリアさんに吠えてついにアベルをはじき飛ばした。そこへ間髪入れず俺の槍による茶々。それを裁く間にアベルが体勢を立て直し再び、リピート。
 相当イライラしているようだが宣言した通り、例の破壊剣は使ってこない。使われたら、いくらアベルでも受けきれないだろう。
 今度はランドールがアベルの剣に撃ち負けて剣を弾かれた。それを見てアベル、遠慮無くランドールを蹴り飛ばしてしまう。うぉ、奴が吹っ飛んだの初めて見た!
「……なぜ、こんな奴の……味方をする!」
 魔法の消えた模様が刻まれているだけの壁に叩き付けられ、起きあがりながらランドールは不機嫌な顔でヒールがあるブーツを蹴り上げたポーズのアベルに向けて言った。
 惜しい、炎の壁が生きてたら火だるまの奴の姿を拝めたものを!
「悪かったわね、こんな奴でもあたしの道しるべをやってくれている人なの!それに、」
 アベルは短剣を振って俺を横目で睨む。
「コイツはあんたみたいに好きでもない人に好きだ、なんて言わないわ。ま、好きってのも殆ど言わなくてレアだけど」
「な、なんだよ、人の事言えるのか?」
 どういう意味でしょうアベルさん。俺、ちょっとうろたえてしまいますよ。
 ええと、俺、誰に向けて好きって言ったっけ?などとアホな事をリコレクトしようとしたがその間に、ランドールは剣を下げて意味深な事を呟いた。
「好きでもない人に……。好きとは何だ。愛、とは?……俺に言わせればそれは執着も同じだ。愛も憎悪も……同じ」
 突然に顔を上げ、顎を上げてランドールは空を睨み上げる。そこにいるドラゴンのヒノト、そしてシリアさんに向けて叫んだ。
「お前だってそうだろう。ただ俺に、執着しているだけだ!」
 シリアさんは何と返答して良いのか困っているのだろう。ええと、暗くて見えませんが返事は返ってこない。
「感情など関係ない、俺の事を必要か否か。自分にとって使えるかどうかが問題だ。あるいは邪魔になるかならないか、ようするにお前は俺に執着しなかった。それだけだ……が、あそこまで存在を無視されたのも初めてだったからな」
 正直に言えば少し戸惑ったよ、とランドールは小さく呟いた。
 なんか、初めてランドールが人間ぽく見えて来てしまう俺である。上空を睨んでいた顔を前に戻し、怒りでもない、微笑みでもない、悲しんでいるでもない。なんとも言葉に表わしがたい……あ?無表情か。
 ランドールの顔か表情というものが消え、その顔をアベルと俺に向けながら平坦な言葉を紡ぐ。
「そこまでしてソイツにはお前にとって、俺よりも執着すべき何かがあると言う事か。俺よりも、この……ランドール・アースドよりも!」
「そうよ?悪い?」
 相変わらずバッサリぶった切るよなぁ、アベル……。
「あたし、アンタの事なんか知らないもの。西方のお偉いさんだとか、関係ないもん。あたしは……もぅずーっとヤトの事だけ追っかけてるんだから……自分でも、そんな事殆ど分かってなかったくらい」
 ……ですよねぇ。
 俺は苦笑を漏らすがその苦笑いが癪に触ったらしく、具足の上から遠慮なく蹴り上げられ痛みはないが危うく転びそうになった。
「自分で道が見つけられずに、ずっと彼の後追っかけて前に進む事しか私はして来なかった。それしか進む方法が分からなかったから。……止めたいわよ、出来ればこんな道の歩き方。でも止められない今が、アンタの言う所執着だというなら確かにそうだわ。でも……理屈なんてない。損得じゃない、そんなの関係ないの!」
「……勿論だ、そんなのは損得に型をはめようったってなかなか上手くいかねぇもんさ」
 突然ランドールの口調が変わった事に俺は、緊張する。
「そうやって形を与えれば上手くコントロール出来ると思うらしいが、こいつの場合はそうじゃない」
「……ランドール?」
「おっと、奴は引っ込んだ。時間だ……少々早いがまぁそれだけ、ガードが甘くなったって事だぁな」 
 ……また俺の直感で語って良いですか。
「まさか、ウリッグじゃぁないだろうな?」
 ランドールが、嫌に下品に含み笑いを零す。
「出来ればそれは秘密にして置きたいところだったが、見事言い当てられちゃぁ否定する訳にもいかねぇ。いかにも。俺は、ウリッグと呼ばれていた者だ」
 うがーっ!安直な!安直な展開な!
 と俺は頭をかきむしりたい……が!確かに、俺はランドールが『おかしくなった』時、ウリッグはどうしたのかどうかを気に掛け、もしかしてランドールの皮被って奴が本性じゃないかと疑っていたよな。
 ある意味当たりで、在る意味外れてたって事か!?
「何がどーなって……!」
「乗っ取り損ねたのさ」
 ランドールの顔と声でウリッグは、あっさりとそう答えた。ウリッグは自身でランドールの体を指して笑う。
「こいつが強く成りすぎた。いや、強くなりすぎた事はハナっから懸念していたようだがな。そのあたりは政府の思惑やら何やら絡んでややこしい事になってやがるのさ……おかげさまで俺もめんどくさい事をやるハメになってな……おっと、そんな話をしたかった訳じぇねぇ」
 突然饒舌になり、ウリッグは両手を広げるような仕草をしてもう一度笑う。
「どうせお前らあれだろ?ハクガイコウと、事も在ろうかあのウィン家の次男坊一緒に行動してんだ。俺が何かについては説明受けたかどうかはわからんが……こいつについてはあらかた知ってるんだろ?」
 こいつ、ランドールの事を……?いや、多分。知らないと思うけどな。
 だってテリーが喋ってくんねぇもん。
 ウィン家の次男坊、『あの』次男坊って言い方は何だ?……嫌な予感がするぞ。
 ランドールの顔でニヤニヤ笑うウリッグは、そんな俺の迷いをすっかり見抜いているようにも思える。こいつ、明らかにその笑い方は下品だぞ?でも顔がランドールだから不敵な笑みにしか見えないって所がちょっと憎い。
「何よ?だから何なの?ウリッグ……?ランドールが倒したい蜘蛛よね?あれ、倒したって言ってたはずなのに……」
「外見はな。俺にとっちゃ外見なんて何とでもなるのさ。いや……憧れる箱はあるけどな……くくく……そうか、お嬢ちゃんは知らない訳だ」
 こいつ、何が何でもランドールについて説明したいらしい……!リップサービス過剰なのはいいが、なんか、すごい悪意を感じて嫌な気分だ。
 俺は剣を構えた。
「そんな事はどうでもいい、ランドールじゃないってんなら……」
「まぁまぁ、俺の話を聞けよ。俺はな、暴力ってあんま好きじゃねぇし……それに、お前は俺から何を聞き出しても全てが無駄になる。無駄な事はするな」
 なんだとぅ?
「ハクガイコウと担当官の奴と先に決着付けようかーとも考えていたがもはや、俺にもあまり時間がない」
 そう言ったランドールの影が、今だくすぶる炎に揺らめく影が一層膨らんだように見えて俺は目を眇める。
「俺は、自分が欲しい入れ物を手に入れる。いやまさかここで本命と出会えるとは思っても見なかった。嬉しいぜぇ、ナドゥの奴は約束を守らないつもりだったらしい事もこれでよぉく分かった。これで心おきなく奴を、裏切れる」
 そのようにランドールの顔でにやりと笑ってウリッグ、剣を両手で握る。
「目撃者は二人、それを消せばあとは何とでもなるだろう」

 うわー、ヤバい。
 ランドールにつけた手枷はランドールだからこそ機能するんだ。
 今の奴には……意味がない。
 ええい、うろたえたりグチったり迷っている場合じゃない!
 俺は先手必勝とばかりに剣を構え、走り出していた。
「ああ?お前から死にたいのかぁ!?」
 お決まりのセリフを!
 そんな簡単に死んでたまるか!
 しかし、ウリッグが両手に剣を構えて振りかぶる方が早い。間に合わない事を脳内で直感的に感じてはいる。それでも……最初に一撃はじき飛ばせたんならもう一回……なんとか出来ないものだろうか?
 襲いかかってくる衝撃を受けきるべく俺は走り寄るのを止めて剣を構えて両足でしっかりと地を踏みしめる。と、側面から光の玉が迫ってきた様な気がしてちょっと反射的に身を屈めてしまった。次の瞬間、ウリッグが放った衝撃が空へ飛んでった。
 光が収まる、……ランドールの左手が燃えている。
 燃えているのに何ともなさそうな涼しい顔で状況を眺めている。それから悟ったようにウリッグは舌打ちして光が放たれた方向を見た。
「余計な事を」
 俺は再び走った。エース爺さんだ、恐らくエース爺さんがランドールもといウリッグの手元に火の玉を投げて、奴の剣の一撃を見当違いの方向へ弾いてくれたに違いない。
 俺の剣がランドールに届く、だがその剣をウリッグが切り返していた。
 激しい衝撃に俺は、一気にアベルの所までふっとばされている。地面に体を転がせながら、遅れてその現状を把握している位に、訳の分からぬうちにふっ飛ばされたな。……首の骨なんかも軽くイってしまってそうな気がするのだがなぜだか、何でもない。
 いや、何でもないって事はない。
 地面に転がった所、起き上がろうとした瞬間体中を激痛が走り、俺は剣を取り落として地面に蹲ってしまった。
「ヤト?」
 いやまて、これは、斬られた痛みじゃない。打撲でもない。だが知っている痛みだ。
 思い出したくない、俺は近寄ってきたアベルを突き飛ばし、剣を拾わずに立ち上がった。
 戸惑っていてどうする。
 今、出来る事をしないと俺は、大切なものを何一つ守れないんだ。
 大丈夫、遺書は書いてないけど死ぬ準備はもう整っている。怖くなんかない。それは自分の消滅が怖くないと言う意味ではなく……。

 多分、今俺がここで死んでもまたどこかで目を覚ますだろ、という楽観的な感覚に近い。

「なんだ?ああ、……成る程。お前の蓋を剥いじまったのか」
 ウリッグは自分の剣を眺めて苦笑した。どうにもランドールが振るう『力を込めた一撃』は、先天基礎魔法を打ち破ってしまう効果があるのは……なんとなく分かっていたよなぁ俺。
 まさかそれが、俺に施されている『かさぶた』にも当っていたとはな!そうだ、だから初撃なんとか『それ』に当てて弾いたんだ。そういう理屈か!でもソイツですでに、かなり致命的なヒビが入ったんだろう。それで二撃目、ついに俺のかさぶたが剥がれちまったんだ……!
 ゆっくりと地面から『這い上がる』
「……ああ、どうにもそうらしい」
 俺は、体中から這い出す蔦を引きずりながら、歩きにくく前に踏み出す。
 歩く?めんどくせぇ。木は歩いたりしねぇもんだ。
「覚悟はいいな!」
 俺の叫びにウリッグは剣を構えるも、それを俺は剣ごと絡め取り、動きを封じた。
 辺り一面に黒い影の様な蔦が踊る。俺を中心に湧き出した、得体のしれない力が地面から湧き出してすでにランドールの体を抑え込んでいる。
「制御したか!はははは!実に魅力的な体だ!だが残念だがそれは俺には適してしなかった!それは……魂に枷持つお前だからこそ……!」
 そして、握りつぶす。
 幾重にも枝で巻き取り、囲い込んで絞め殺す。血の一滴も残さず糧として吸い上げてやるという勢いで、ランドールが居た場所に灰色の幹を持つ巨大な木を出現させていた。
 俺は、それを腕の一振りで成し遂げる。
 なんだこの力は。
 未だによく分からんが、確かに初めて制御できたと言えるかもしれない。
 ところが!
「くはははは!」
 あの耳障りな笑い声がまだ聞える。……いや、声がランドールのじゃない?いや、声かこれ?
「残念ながらそんな方法じゃ俺は潰せねぇのさ!だが段取りが狂った、頭に来たぜ、グランソールが来る前になんとか先回りして、奴に仕返ししてやりたかったのにな!」
 俺はじくじくと体中を突き刺されるような痛みに耐えながら辺りを見渡す。いや、俺が見ているのか?でも景色は認識できる。辺り一帯、良く見える。
 いない、どこだ?
 ウリッグはどこにいった?
「お前の蓋が剥がれればお前は、あとは破滅するだけだ。……お前の壊れた肉体を乗っ取ってやってもいいんだぜ?!」
 ……どのように?ウリッグ?中身だけの怪物……?よくわかんねぇ、すでに頭が良く働かねえ。
 気を許せばこの訳の分からん力を全部解放してしまいそうで、押さえ込むのに俺は必死だ。
 自我、保っているな。
 制御は出来ているかもしれないが……いや、完全には出来てないよ!
 蔓のように根が伸び、それが逃げようにも逃げられないアベルに絡みつこうとしているのを見つけた。
 さっさと逃げろと、叫びたいのだけどすでに、俺は思い通りに声さえ出せない! 
 俺はただひたすら、ぼんやりと辺りの惨状を俯瞰して『感じて』いる。
 緑色に浸食されて埋もれ行くヤト・ガザミを、驚愕の顔のまま何も出来ず、伺っているアベルをぼんやりと見ている事しかできなかった。
 意識が、朦朧としている。俺は誰だ、俺は、ドレだ?

 いや、ダメだろ。彼女を巻き込んじゃいけない。

 俺のその、緩慢な感情が彼女の足下に迫っていた植物を枯らす。……そうだ、枯れちまえばいいんだ。そう思うがダメだ、上手く行かない。意識に霧が掛かってきた。
 全てがどうでもいいような気がして……何か、何か刺激が欲しい。このまま大きなうねりに飲み込まれてしまいそうだ。

 そのように諦めそうになる直前だった、突然首筋に氷を当てられたような刺激に俺は叩き起こされた。意識が間違いなく戻った。おっぴろげていた力をひっこめて俺は目を見開く。
 俺の視界が戻って来た。目の前を塞ぐ木の幹を掻き分け、葉を散らせ、ぶら下げていた両手を振り払っているのに気が付く。
「何、しやがる……!」
 反射的に出た言葉の向こう、掌をこちら向けて俺の半身を凍らせたのは……誰だ?
「デバイスツールがあるでしょう!ヤト、貴方はイシュタルトのそれを持っているはず!」
 声が俺の意識まで届く。
 レッド、レッドだ!
 縋るべきものを見つけて俺は無意識的にそちらに枝を伸ばしていた。
「デバイスツールは失われたものを補う力があります!使いなさい、今失われたものを取り戻せばいいのです!」
 んな事いったってわかんねぇよ!俺は魔法使いじゃねぇんだ!ただのバカな剣士なんだよ!
 俺の戸惑いを察しているようにレッドの声が俺に届く。
「そこにある事を信じるからそこにある、イシュタルトの力はそういうもの。それがあると信じなさい。僕には無理な話ですけど……貴方なら、出来るんでしょう?」
 挑発的に言われて俺は……正直カチンと来た。
 むっとして、そこまで言われちゃやらない訳にはいかねぇとばかりに大きな息を吸いこんで、静かに目を閉じる。
 今失われたもの。
 俺の蓋、かさぶた。イメージでいいんだな?
 ワイズ、今更だが感謝する。
 このイメージはお前のちょっかいがあったから今、確実にそうだと形が与えられている。

 俺の心に被っている、傷はないのに被せられている謎の蓋。

 素質があるのに絶対魔法は使わない。そういう実に無駄な誓いによって認識され、実際……どうしてそういう蓋をしてしまったのか俺自身でもよくわからないもの。

 その奥に何かある。今はそれに気が付いている。

 一度ならず何度かこうやって、俺はこの蓋を開けているからな。そのたびに覗き込んでいる。それで、どうにも何かそこにいるらしい事を知ってしまった。

 蓋が剥がれた時に現れる、全てがどうでも良い、なんでもいいから壊してしまえばいい、何も要らない。
 最終的には自分自身も世界からいなくなってしまいたい、という、実にどーしようもない喪失感の正体がどんな姿をしているのか俺には未だによく見えない。

 覗き込む穴は暗くて。

 その奥にいる奴の顔なんて。見えねぇよ。
しおりを挟む

処理中です...