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毒盛りの料理長
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悪かった所から上げるとすれば、まずは、人相だろう。
仕事を始める前に身支度を整え、錆び始めた鏡を覗き込みながら何時も思う事を今日も考えてしまう。
はっきり言って、私から言ってもこの顔はよろしくない。この鏡が真実を写しているならば、の話ではあるが。
いや、鏡は真実を映すもの。
そこに見える景色を歪めているのは何時でも人の瞳、あるいはその奥にある人の意識だろう。
我ながらがっかりな顔だ。
必死にたるんだ肉を引っ張ってみるも無駄、まず骨格からしておかしい、何が原因か左右に少しずつずれている。下あごが異常に立派に育ちすぎている所為か、噛み合わせも悪い。
あまり良い食事をしてこなかったのだろう、
昔世話になった厨房の、料理長から言われた言葉を思い出している。
立派な人だった。人相の悪さから育ちの悪さ、ひいては食生活の乱れまで一瞬で見抜いて見せた料理長だけが私を、他と遜色ない、一人の人間として取り扱ってくれた。
実際、顔とやや姿勢が崩れているだけで、それ以外はさほど『悪い』所はないと自負する私だ。
だから、鏡を見るといつも思うのだ。
この人相が、もう少しマシであったなら私は……今とは違う、別の生き方が出来ていたのであろうか?と。
内心、どんなに良い人であろうとしても、残念ながら多くは外見で、時にひどい事には外見だけで人は、私と云う人柄を判断する。
料理長もそれは同じだったかもしれない。
顔や姿勢、そういう外見だけで私というものを分別した。
というか、料理長に拾われた当時私は、顔相当の『悪人』だったのかもしれない。
料理長に即座見抜かれた通りだ、ましな生活を送っていなかった。
送れなかったのだ。
それが人相の悪さの所為である事はうすうす感じていた。だからって、改善したくとも改善しようがないだろう?だから少しぐれてもいただろう。
そんな私の外見から、その根底にある問題を穿ち、そうした上で手元において厨房で働かせてくれた。
同僚達はみな私を疎んじ、みんなが嫌がる雑用ばかりをやらされた。
私は、料理長から拾われた事を感謝していたから、嫌な仕事でも不平を零さずこなしたつもりだ。だが人相の悪さ故に何も語っていなくても常に不機嫌なのだと思われているのか、人に喜ばれる事をしているつもりなのに一向に、そういう理解はしてもらえなかった。
なかなか火元には近づけてくれなかった。
でも……そんなある日料理長が、こっそり私に教えてくれたんだ。
料理は盗むものだ。
料理の方法は、いくら盗んでも良いのだ、と。
*** *** ***
さて顔の次に、私の経歴には確かに『悪い』所がある。
私は盗人だ、盗賊をやっていた。
それしか私が食っていく術が無かったのだ。
もちろん好きでやっているわけではない。でも、喰いっぱぐれて死にたい訳ではない。
外見で全てを判断するような『世界』で、私はそれ以外の職業でどうやって生きて行けばよいのか解らなかったのだ。
たまたま私にはそれ以外の選択肢が無かった、それだけの事。
ひょんなことでヘマをして、絞首台に送られる寸前で天職が舞い降りてきた。
料理長だ、彼が私を拾い上げ、私を料理人に密かに育ててくれたのだ。
私はその時間違いなく盗賊団であった、グレて人生に諦観しはじめて居た為か命乞い等はせず、淡々と刑の執行を待っていた。
そうして、牢の中で最後と振る舞われた料理が美味しかったのだ。
きっと不愛想に、世に拗ねている様に見えただろう私はその料理を口にして、気が付けば涙を流していた。
メニューは粗末な物だったろう。他愛のない食事だったはずだ。でも、今まで生きてきた人生の中でこれ程おいしいものを私は、食べた事が無いと思った。と同時にもはやこの味を再び味わう事はなく、これから自分は死ぬのだという事を唐突に悟って涙が止まらなくなった。
そんな私の姿を見て、その料理を作った料理長は何故か私を牢から出した。
お前は、まともな食事をしたことが無いのか。
出来なかったのか?
そう言って、人相の悪さが災いした私の人生を憐れんで、使用人に引き上げてくれたのだ。
何が起きたのかは暫らく、分からなかった。
しかし、呆然としていた私に料理長が、賄いだと差し出して来た豆のスープを見て、そしてその美味しさを噛みしめ再び緩んだ涙腺を止める事が出来ないままに。
自分が、命を救われた事を理解したのだ。
結局彼の元で厨房に立ち、鍋をふるう機会は訪れなかった。
それでも私は10年近い厨房の雑務の中で、彼の料理を盗む事が出来ていた。
それを今、存分に揮って……私は今、料理長をやっている。
ただ、一般的な料亭や酒場の厨房を任されているのではないのが問題だ。
私の顔と、経歴に悪い所がある通り。
ここは『悪』集う秘密の城、各国においては指折りの『極悪人』が集う不思議な城だ。
私もその『悪』の一員として料理長を任されている。
確かに、悪いところは有る。
私にも、この城に集う者達にも。
でも同時に良い所もあるのだろう。
ここは確実に『悪』集う場所である。その事情に目をつぶったりはしない。
しかし、だからと言って『良』という価値観の居場所が無いわけではない。
あっても良いのだろう。
そして、それによって『悪』を一時、忘れさせてやるのも悪く無い。
私のふるう料理にケチが付く事は無く、同時に感謝の言葉もあまり多くは無いが……喜んでくれているのは残された皿の上を見ればよくわかる。
ありがとう料理長、残念ながら私は今も盗賊に属してはいるが貴方から盗んだ味は『良く』生きている。
生かせている。そう信じている。
あくる日、貴方の店に押し入った盗賊どもに私以外が害された。
密かな復讐を企み、押し入ってきた盗賊たちに命乞いをして……私は盗賊に戻った。
いつか奴らの毒を盛ってやろうと思ったのだ。
私は料理人で、貴方たちにおいしい料理を提供できると売り込んだ。すると、おそらくその人相の悪さから親近感を抱かれたらしい。すんなり許されて、私は盗賊業に戻る事になった。
奴らの気が緩んだ頃を見計らい、毒を持って料理長の仇討ちをしよう。
そう思っていた。
だけどそうやって、盗んだ料理の技を駆使している内に……私は、あの日牢屋で食べた最後の食事の事を思い出してしまうのだった。
あの日、私は親愛する料理長から何を、与えられていたのか。
毒なんか盛って、どうして料理長への弔いが出来るだろう。
……悪党どもにもっとお似合いな『毒』があるのではないか。
私は、その『毒』をたっぷり盛るべきなのではないのか。
今、悪を忘れさせる致命的な『毒』をふんだんに皿に盛る。
さぁ召し上がれ、食事の席は和やかに、時に騒がしくも良い。
礼儀も忘れた連中のごちそうさまが聞こえる。
おわり
仕事を始める前に身支度を整え、錆び始めた鏡を覗き込みながら何時も思う事を今日も考えてしまう。
はっきり言って、私から言ってもこの顔はよろしくない。この鏡が真実を写しているならば、の話ではあるが。
いや、鏡は真実を映すもの。
そこに見える景色を歪めているのは何時でも人の瞳、あるいはその奥にある人の意識だろう。
我ながらがっかりな顔だ。
必死にたるんだ肉を引っ張ってみるも無駄、まず骨格からしておかしい、何が原因か左右に少しずつずれている。下あごが異常に立派に育ちすぎている所為か、噛み合わせも悪い。
あまり良い食事をしてこなかったのだろう、
昔世話になった厨房の、料理長から言われた言葉を思い出している。
立派な人だった。人相の悪さから育ちの悪さ、ひいては食生活の乱れまで一瞬で見抜いて見せた料理長だけが私を、他と遜色ない、一人の人間として取り扱ってくれた。
実際、顔とやや姿勢が崩れているだけで、それ以外はさほど『悪い』所はないと自負する私だ。
だから、鏡を見るといつも思うのだ。
この人相が、もう少しマシであったなら私は……今とは違う、別の生き方が出来ていたのであろうか?と。
内心、どんなに良い人であろうとしても、残念ながら多くは外見で、時にひどい事には外見だけで人は、私と云う人柄を判断する。
料理長もそれは同じだったかもしれない。
顔や姿勢、そういう外見だけで私というものを分別した。
というか、料理長に拾われた当時私は、顔相当の『悪人』だったのかもしれない。
料理長に即座見抜かれた通りだ、ましな生活を送っていなかった。
送れなかったのだ。
それが人相の悪さの所為である事はうすうす感じていた。だからって、改善したくとも改善しようがないだろう?だから少しぐれてもいただろう。
そんな私の外見から、その根底にある問題を穿ち、そうした上で手元において厨房で働かせてくれた。
同僚達はみな私を疎んじ、みんなが嫌がる雑用ばかりをやらされた。
私は、料理長から拾われた事を感謝していたから、嫌な仕事でも不平を零さずこなしたつもりだ。だが人相の悪さ故に何も語っていなくても常に不機嫌なのだと思われているのか、人に喜ばれる事をしているつもりなのに一向に、そういう理解はしてもらえなかった。
なかなか火元には近づけてくれなかった。
でも……そんなある日料理長が、こっそり私に教えてくれたんだ。
料理は盗むものだ。
料理の方法は、いくら盗んでも良いのだ、と。
*** *** ***
さて顔の次に、私の経歴には確かに『悪い』所がある。
私は盗人だ、盗賊をやっていた。
それしか私が食っていく術が無かったのだ。
もちろん好きでやっているわけではない。でも、喰いっぱぐれて死にたい訳ではない。
外見で全てを判断するような『世界』で、私はそれ以外の職業でどうやって生きて行けばよいのか解らなかったのだ。
たまたま私にはそれ以外の選択肢が無かった、それだけの事。
ひょんなことでヘマをして、絞首台に送られる寸前で天職が舞い降りてきた。
料理長だ、彼が私を拾い上げ、私を料理人に密かに育ててくれたのだ。
私はその時間違いなく盗賊団であった、グレて人生に諦観しはじめて居た為か命乞い等はせず、淡々と刑の執行を待っていた。
そうして、牢の中で最後と振る舞われた料理が美味しかったのだ。
きっと不愛想に、世に拗ねている様に見えただろう私はその料理を口にして、気が付けば涙を流していた。
メニューは粗末な物だったろう。他愛のない食事だったはずだ。でも、今まで生きてきた人生の中でこれ程おいしいものを私は、食べた事が無いと思った。と同時にもはやこの味を再び味わう事はなく、これから自分は死ぬのだという事を唐突に悟って涙が止まらなくなった。
そんな私の姿を見て、その料理を作った料理長は何故か私を牢から出した。
お前は、まともな食事をしたことが無いのか。
出来なかったのか?
そう言って、人相の悪さが災いした私の人生を憐れんで、使用人に引き上げてくれたのだ。
何が起きたのかは暫らく、分からなかった。
しかし、呆然としていた私に料理長が、賄いだと差し出して来た豆のスープを見て、そしてその美味しさを噛みしめ再び緩んだ涙腺を止める事が出来ないままに。
自分が、命を救われた事を理解したのだ。
結局彼の元で厨房に立ち、鍋をふるう機会は訪れなかった。
それでも私は10年近い厨房の雑務の中で、彼の料理を盗む事が出来ていた。
それを今、存分に揮って……私は今、料理長をやっている。
ただ、一般的な料亭や酒場の厨房を任されているのではないのが問題だ。
私の顔と、経歴に悪い所がある通り。
ここは『悪』集う秘密の城、各国においては指折りの『極悪人』が集う不思議な城だ。
私もその『悪』の一員として料理長を任されている。
確かに、悪いところは有る。
私にも、この城に集う者達にも。
でも同時に良い所もあるのだろう。
ここは確実に『悪』集う場所である。その事情に目をつぶったりはしない。
しかし、だからと言って『良』という価値観の居場所が無いわけではない。
あっても良いのだろう。
そして、それによって『悪』を一時、忘れさせてやるのも悪く無い。
私のふるう料理にケチが付く事は無く、同時に感謝の言葉もあまり多くは無いが……喜んでくれているのは残された皿の上を見ればよくわかる。
ありがとう料理長、残念ながら私は今も盗賊に属してはいるが貴方から盗んだ味は『良く』生きている。
生かせている。そう信じている。
あくる日、貴方の店に押し入った盗賊どもに私以外が害された。
密かな復讐を企み、押し入ってきた盗賊たちに命乞いをして……私は盗賊に戻った。
いつか奴らの毒を盛ってやろうと思ったのだ。
私は料理人で、貴方たちにおいしい料理を提供できると売り込んだ。すると、おそらくその人相の悪さから親近感を抱かれたらしい。すんなり許されて、私は盗賊業に戻る事になった。
奴らの気が緩んだ頃を見計らい、毒を持って料理長の仇討ちをしよう。
そう思っていた。
だけどそうやって、盗んだ料理の技を駆使している内に……私は、あの日牢屋で食べた最後の食事の事を思い出してしまうのだった。
あの日、私は親愛する料理長から何を、与えられていたのか。
毒なんか盛って、どうして料理長への弔いが出来るだろう。
……悪党どもにもっとお似合いな『毒』があるのではないか。
私は、その『毒』をたっぷり盛るべきなのではないのか。
今、悪を忘れさせる致命的な『毒』をふんだんに皿に盛る。
さぁ召し上がれ、食事の席は和やかに、時に騒がしくも良い。
礼儀も忘れた連中のごちそうさまが聞こえる。
おわり
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