3 / 22
醜癖のレギオン
しおりを挟む※ レギオンさんはその肩書の通りなので
非常に残酷で容赦ない事を言うかもしれません
ご注意ください
*** *** ***
よくもまぁやってくれた。
空気に混じる濃い、甘ったるい血の匂いを肺いっぱいに吸い込んで、この血の半分は愛おしい俺様の部下達だったという余韻に浸ってみる。
半分、醜いザコどもが混じっている事が苛立たしいが、な。
とはいえ、この甘美な血の霧。
こいつは見事だ。
しかもたった一人の男の手によって人工的に作られたともなれば、一種芸術的ですらあると俺は思うね。極めて個人的な意見であって容易く他人の同意を得られるものではない事は承知している。素晴らしい殺戮だった。とてもとても素晴らしい一方的な殺戮だった。
……知っている者は悪だ……と、言ったのは誰だったかな?
俺は薄く笑って、そんな事はどうでもいいかとわざと、惚けて呟いてみる。
しかし……どうしたもんかな。
俺の部下は全滅。30人は居たはずだな、主に顔の良いのを選りすぐって集めるのにすっげぇ苦労したってぇのに、一時間とかからない内にこのざまだ。血しぶきが空気中に蔓延し、すっかり俺の『匂い』を消してしまう状況なのだから惨状は解るだろう。俺の可愛い部下達の、美しく、可憐で、時にかわいらしい容姿や姿かたちはすっかり失われ文字通りみじん切りになってそこら中に飛び散っている。萌えたつ様な緑の絨毯が、赤黒く染まっていた。
それに混じって同じく、侵入者達を『よい肥やし』にするべく細切れに、切り刻んだものが混じっているという寸法だ。
こいつはいけないと俺の上司が珍しく、がっかりという感情を顕にしたな。
こいつ感情あるのかってくらい普段冷徹なクソビッチなんだが、ビッチの長い耳が不機嫌に垂れ下がり、それはもうがっかりという感情を隠すことなく表している。
さすがにこれでは上質な従属屍兵(ゾンビ)は作れないってんで、俺に指図する係である上司、ピーターは……一瞬落胆の表情を見せた訳だ。
が、次の瞬間にはあっさりと、現状を切り捨ててくれた。
俺のかわいい部下達を『起き上がらせる』事を諦め、全部『よい肥やし』にしてしまう様に冷酷に指図してきやがった。流石ビッチ、冷酷非道魔導士様サマだ。ちなみに俺はこれで褒めているんだ。勘違いするなよ?
しかしだなピーター、その前に俺に、言う事があるだろうが。
俺のかわいい部下3ダースあまりを、さらに仲間であろう侵入者も纏めて肉片に変えてしまいやがった男がまだ健在なんだぞ?
そいつについて、何か指示する事は無いのか?
俺の上司は可愛げのないメス豚様でな。いや、豚じゃねぇか。なんつーの?正確に言うならメス兎様なんだが……そう、ウサギな。世にも珍しい白兎の獣鬼だ。こんな弱そうな獣鬼は聞いた事も見たことも無い。それもそのはず、当方の国で実験生物として作られた種だって話だ。
兎のくせに肉食なんだぜ?たまんねぇよな。
まぁとにかくクソ生意気な割に要求する事は要求するっていう本当にかわいげのない、でも外見はそれなりにかわいらしい兎っていうビッチなんだが。こいつとの会話のそっけない事。
多分アレだな……つまり、最初に俺に命令した言葉が生きているって事なんだろう。なにしろ、俺の可愛い部下30人は肉片になったが、それらと俺とは切り離して別の存在とは言い難い。あれは俺の可愛い可愛い息子たちだ。
俺は、レギオン。『軍団』あるいは『集団』を表す名だそうだ。
良い名前だろう?ツギハギだらけの俺には本当に似合ってる。
フルネームだともっと素敵だぞ?レギオン・ストレンジア。奇妙な……『他人』の『集団』、だ。
まさしく俺を表している本当に素敵な名前だ。
そんな俺はあの、返り血を頭から浴びてぐちょぐちょなのに、なお美しいと思わせる、素晴らしい偉業を成し遂げた男から目を離せない。
男は状況を確認する為か、用心深くこちらに歩いてくる。俺は、あの素敵な男から自分の分身である可愛い部下30人を屠られてしまった。
とすりゃぁ、どうするよ。
あの素敵な男、何をしてくれた?この俺でもあった30人を肉片に変えてくれやがったんだぜ?
たまんねぇな、もちろん30人が俺一人の実力を兼ね備えていた訳ではないが……。それにしたって素敵だ、俺はもう奴にメロメロで……いや正しくはビンビンに感じていて、いまにも飛びかかって行って奴の目前にひれ伏して首でもアレでもなんでも差し出したい気分で一杯だったりする。
ああ、あいつを俺の一人に加えたい。あるいは、俺があいつの一人になってもいい。
正確に言えば、咥えたい。
*** *** ***
自主規制
*** *** ***
……とにかく、もうたまらなく奴の事が気に入ってしまって仕方が無いって訳だよ。
ああ、そんなゆっくり歩いてくるんじゃねぇ、もっと早く、もっと早くこっちに来い。
そこは血の霧が濃すぎる。俺の匂いが負けてしまう。
俺の方から近づいて行きたい、その熱く強い衝動を必死に抑える。そうだ、この身を晒そう、そうすれば奴は俺を屠りに近づいてきてくれるに違いない。
今さら逃げ出す事はしねぇだろう。
別に隠れている意図はなかったが、俺は何時しか藪の影でそっと、まるで乙女みたい胸をドキドキ高まらせながら奴を伺っていた。
俺は今にも奴に駆け寄りたい衝動をぐっと抑えていた。しかし、耐え切れなくなって数歩、獣道へ出て姿を晒す。
気がついた、奴が俺を見ている……いいぞ、いいぞ、さっさと俺に近づいて来い……!
その男は……俺がゆっくり藪の中から姿を現したのを見ても、ゆっくりと前に進む歩調を全く緩めなかった。なんという美しい足取りだろう。それでいて辺りを警戒する意識だけは強く保ったまま、それでも奴の目が、意識が、強く俺を見ている、感じている。
ただそれだけで今にもぶっ放しそうなほど俺は感じている訳だが、この俺の恍惚を奴は感じてくれているだろうか?
そうやって俺はすっかり一人で勝手に興奮していたが為にだな、大切な事に気づくのが遅れるのだった。
気が付いた時、美しい強い男はすぐ俺の目の前に居た。数歩歩けば彼が手に握る剣が俺の首をばっさり凪払えるほどの距離。
「……お前は、何だ?」
困った、全く今気が付いた。
美しくも強い男、今さら的な戸惑いを含んだ問いを俺にぶつけながら、ふいとその剣が届かないギリギリの距離で止まった。
その意味をこの状況で把握する。ちょっとまって、ダメじゃん、何に感じてんのよ俺!しっかりしろよ、もうイイ奴見つけるとちょっと舞い上がっちゃってダメダメだ。
彼……全く俺に殺意を向けてくれていないじゃないか。
おいおい、さっきまでの気迫はどうしたんだ?お前は圧倒的かつ一方的な暴力で全てを肉片に変えてしまったじゃないか。そこには確かに殺意があったぞ。お前は、殺そうと思って俺の可愛い部下と、お前が引き連れてきた足手まといの雑魚どもを一掃したじゃないか。
その時のあの純粋で、研ぎ澄まされた殺意はどうした?
一瞬そのように俺はとぼけたが……それと同時に自分の失敗を悟りもした訳だ。
男が俺に非常にマヌケな問いをした理由。ああしまった、そうかこれは俺が悪いんだな。
俺が彼にすっかり骨抜きにされていた為に、俺の方で彼を殺そうという気迫を全く送れずにいた。俺が殺気らしいものを全く発していない事を、実に敏感に感じてくれていた彼は……どうにも俺を、敵と認識出来ずにとりあえず何者だろうと恐れも知らずと近づいてきたという訳だ。
なんてこった、なんという失態だ。
そうしてもう一つ、俺は重要な事を理解した。
そうして、こいつは……俺が得意な一方的な搾取が出来ない手ごわい相手だと云う事も同時に理解したのだ。
ここまで俺に近づいて来て奴は、極めて冷静に『自ら』を保っているというのがそれだ。
なるほど納得だ、……だからこの男はここまでほれぼれするほど強かったんだな?
多くは、いや正しく言うと多くの『人』は、俺の傍に居て自分を保つ事が出来なくなる。昔はなんでそんな事になるのか分からなかったけどな、今はその理屈とやらを知っている。上司のピーターが教えてくれてある程度納得出来てる事だ。
俺は、いや、正しくは……ええと俺の『体臭』は……人の意識を従えてしまう非常に特殊な働きをするらしい。分かりやすく言えば『魅惑』してしまうって事だ。その匂いに捕らわれた人を俺は、『俺』にしてしまう事が出来ちまうのだ。
まさしく俺は、自分を中心に広がる匂いに捕らえた全てを集団として、俺自身として自在に操る事が出来ると言う事だ。
しかしこの能力、色々欠点があってな……その一つに『魔種』には効果が無いってのがある。極めて致命的だ欠点だ。魔種ってのはようするに人間や動物ではない、それ以外の分類が成されている、一般的には人間や動物よりも数歩『進んだ』奴らの事だ。魔種は人間らよりも多くは無い、強いからといって万能ではなくやっぱりそれなりの欠点を抱えている事が多い。
俺も魔種だ、正しくは……魔物の方だな。魔種ってのは魔物を経て『種』となったもの事で……マモノは、種として確立もしていない。それ単体で存在の全てであるモノの事だ、とか。
全部他人からの受け売りだ、この森の奴らは賢い奴らが一杯で、俺に色々教えてくれやがる。
俺は他人の集合体、レギオン・ストレンジア。物覚えは割かしいい方ではあるが、あからさまな群体で在るが為に収集は、あえてつけていない。知った振りしてバカに振舞うのが俺の信条であったりもするな、その方が楽だし。
俺の魅惑の力は強い。
人間の町に俺一人入れば、風向きや天候が良ければその日一日で制圧が終わるだろう。
あとはもう、好きなように料理出来るぜ。集団自決も、殺し合いも、犯し合いの乱気違騒ぎも自由自在。俺は全力でフルコースを一方的にお勧めしたりするな。うん。
しかし魔種の血が混じっている者には俺の魅惑は少々効き辛くなるようだ。度合いは、魔種の血の濃さによるらしいが……。
自由になりすぎる、簡単に支配出来るってのも、案外つまらねぇもんさ。
ともすれば、この魔種の血を帯びて強く、平然と俺の目の前に立っているこのなんとも返り血の似合う男はどうだ?
俺の匂いに惑わされない……めちゃくちゃ欲しいのに、簡単に俺の手には落ちないぞ。
しかし今すぐ俺の手の届きそうな所に要る。たまらない、エサを前にして食らいつけない鎖に縛られているみたいだ。俺は、その関係性に勝手に痺れて再び絶頂を迎えそうになりながら、それを自主的に押さえ込んでみている。そういう行為がまたイイ。ガマンは好きじゃないがガマンによって得られる痛みは俺にとって、極上の快楽であったりする。
矛盾している?結構だ。いや、当然か?俺は統一された一人じゃない。所詮他人の寄り集まりなのだから上手く統一されていない状況の方が正しかろう。人間、3人以上集まってそれが終始統一した意思と行動をもって行動できる事など奇跡に近い事なんだろ?
俺は、一人じゃないんだ。この体は、体臭を抑えるためにあえて着込んだスーツの下は、つぎはぎだらけでな……俺の元からあった体が一体ドレなのかも分からない程だ。
ふぅむ、しかし近くで見るとどこか間抜け顔してやがるなぁこの男。……なんなんだ?その仮面は?美しい顔を、なんでそんな半分のヘンテコな仮面で隠しているんだ?
「言葉が、通じなかったか?」
極めて真面目に、その上どこか困った顔で俺に聞き返してくる男。
ああ、そう言えば……お前は何だ?という問いに答えていなかったな。
俺は裂けている口の、歯肉がすり減った歯の隙間から卑しいと自覚する笑いを漏らしていた。
俺の体はつぎはぎだらけでぶっちゃけ、非常に醜い。パーツとして見てもそうだし全体的に見ても決して美しいものではないだろう。だから、体の全てをスーツで包み、鉄仮面を被っていて口と目ぐらいしか見えない様な外見である。
俺が、美しい物に憧れていて、美しいものを集めて侍らせたいと願うのはその所為かもしれない。美しいモノがどんなものなのかは俺自身との対比で分かっている。俺たちは醜い、醜くて結構。だからこそこの世の俺以外の全てがとてもすばらしく感じられる。
醜い事に対する劣等感は、ある。あるからこそ俺はその差異に向けて再び痛みを感じ、それを快楽に置き換えてあらゆるものとの間に快楽を見出している。
「失礼、言葉くらいは俺にもわかる、悪いちょっとボケてた。……名を訊ねているのか?」
さてはて、俺はようやくそのように言葉を返してやった。
すると美しい男は、はっとしたようにやや体を仰け反らせて、慌てて身を正して言うのだった。
「これは失礼した、人に名を尋ねるのであればこちらから名乗るが礼儀か。私は……ジャン・ジャスティ」
なんて美しい男だ、ヘドが出る。目の前の男が、何者なのかも知らずにぬけぬけと自己紹介してみせた。俺が、何者なのかを知る為に、だ。なんて間抜けで、なんてお美しい男だろう!ますます俺は気に行ってしまった。こいつはイイ。とてもつもなく、欲しい。どうしよう、どうやったら手に入る?考えろレギオン、こいつは魔種だ、しかも力で屈服させるのも一筋縄ではないぞ?知恵を絞れ、考えるんだレギオン!
俺はあえて恭しく腰を折り手を胸にやってお辞儀を垂れてやって、これに答える事にした。
「俺はレギオン・ストレンジア。この森の軍勢をやっている」
「……軍勢?」
「いましがたアンタが肉片に変えた俺の兵隊どもの長って事だよ」
途端、さすがに状況を察したたようにジャンという男の表情に緊張が走った。それでも、即座俺に殺意をぶつけて来なかったのは……やっぱり、俺がこの美しい男に心底不抜けているからか?
「意味がよくわからないな、……君がこの森の……守護者?」
「守護者、は……別にいるがな。すでにあんたの実力を察して怖がって手を出さなかった。なもんでな、俺様が駆り出されたって寸法なんだが」
よくまぁやってくれたよ。
俺は、男の背後に広がる血の海を軽く指で示す。
「あんた、俺の軍勢と一緒に仲間も屠ったよな?」
すると、ジャンは何って応えたと思う?
きっぱりと迷い無く応えやがったぜ。今度はこっちがとぼける番だ。
「俺は敵であるものしか倒した覚えは無い」
いやいや、お前が先頭に立ってあの雑魚軍団率いてきたじゃねぇかよオイ……。
「お前がこの森にあの大勢雑魚どもを引き連れてきたんだろう。雑魚を大勢率いて何しに来たんだ?ここがどこなのか分かってるんだろう?」
雑魚雑魚言ったのが気に入らなかったのか、しかしなんだか話をよく理解していないような顔でジャンは眉をひそめて軽く首を傾げてみせる。
「勿論だ、ここは、悪の集う庭なのだろう?……確か、」
「王の森、だ」
俺は肩をすくめて周囲を覆いつくす圧倒的緑を指し示す。
深い深い、人の手の届かぬ森の奥。
ここは8国により厳重な立ち入り制限の敷かれた禁忌の土地。
8国はこの土地の管理を『庭の王』に投げた。国の手の届かぬ秘境には、国を追われた者たちが自然と集う……。ようするに悪の巣窟、だな。
巷その様に噂されているらしいが……間違ってはいねぇな。確かにここは悪の巣窟だ。
何しろこの俺様が居ついている森でもある。
世界のどこでも異邦人(ストレンジア)として爪弾きにされ、他人としてあらゆる共同体に属する事ができずに俺は、ストレンジアとして群れる事になった。三度のメシより殺戮が好きで、女と知れば陵辱せずにはいられず、穴があるなら時に種も性別も問わない。拷問するもされるも好き。生きているのが辛いと思った事はない。ただ俺にとって唯一の苦痛は『何も感じなくなる事』であり、感じる事が出来るなら肉体・精神問わず痛みという信号でも構わない。
痛みは、最上級の快楽と思っている。
多くはそれに気がつかず理解できるはずも無い『死』という幻想に怯えているだけだ。俺には、そういう直感が昔から働いていた。
死を理解できる生物はいない。死ぬという事は感じなくなるという事だ。感じる事が出来ずにどうやって理解する?
他人を『感じ』させてやるのが俺の至上の喜びであり、同時に『感じる』のが最高の娯楽だ。
この俺を理解してくれた奴は少ない。とても少ない。だから、俺は俺自身で群れている。
王は……この森の、恐れ多くも王と呼ばれる存在はこの俺を、理解してくれた奴の一人でもある。
「レギオン、」
ジャンは静かに俺の名を呼ぶ。もうそれだけで俺は背中が、ぞくぞくする。
「私は、世の悪を倒す為に存在する。それをこの庭に探しに来た」
「……は?」
今、ジャンが言った言葉が見事に俺の耳穴に入って向こう側にそのまま突き抜けた。
何を言っているのか全く、理解できなかった事に俺は、ちょっとだけ慌てた。突き抜けたというのは間違っている。正しくは、ジャンの言葉は俺の脳を見事に素通りした……それはつまり、俺に全く掠らなかったという事だ。お前は悪っぽいから倒すとか、お前も悪か?とかなら少しは掠っただろう。しかしだ、そのジャンの物言いだと、俺は悪と認識されていない。
触れなければ何も『感覚』が生まれない。痛みも、何も無い。俺はそれが何より苦痛と弁えるが為にちょっと面食らった。
すらりと鞘に収めていた剣を抜き放ち、ジャンは俺がとぼけたのも見事に無視して話を進めやがる。
「ここは悪の巣窟と聞いた。この森に、悪を集める悪の王がいるらしいな。その存在が、」
鋭く剣先を振り、風を切り、鋭い音が鳴る。
「隣国を、ひいては世界の平和を脅かしているのではないか?少なくとも私にはそのように思えた。悪の存在を知って、素通りは出来んのだ」
「ちょ、ちょっと待て」
あわてて時間を求め、必死に通り抜けて言った言葉を捕まえて理解に勤める。
「つまり……お前は、俺やこの森の他の住民とか……森の王をぶっ倒しにやってきたって事だよな?」
「つまるところ、そうだ」
ならそうだと言えばいいんだ。理由なんてどうでもいいと思うが……よかった。俺もぶっ倒す方にカウントされてた。ちょっと安心したぞ。
しかし。この男はそれを一人で?
「……で、その仲間がいただろう。今はお前の背後の血溜まりに肉片になって浮かんでいる」
「仲間、だった」
あっさりとジャンは事実を過去に変えて語る。
……なんか、妙だな。
妙であるはずの俺から妙だと思われるのは、非常にレアだぜ?
「ここまで来て急に、仲たがいを始めた」
うむ、そうだな……俺が、そのように仕掛けたからな。
俺は殺戮が好きだ。殺し合い、互いに痛みを知り合う行為は最高の娯楽だと信条している。
奴らは奴らの意図でこの森の奥までやってきてしまった訳じゃない。……奴らは、この森の意図あってここまでおびき寄せられたのだ。
ジャンを含め、全てはここで死ぬ事になっている。俺と俺の部下、俺という集団によってそのような運命になる段取りだったのだ。王の森は広い。昔はそんなんでもなかったらしいが何時からか、王の庭に八国の禁忌を破ってちょっかいを出してくる自称正義やらおせっかいな連中が入り込むようになり、そういうのとのやり取りを嫌った引きこもりの『王』が森を、深くしたそうだ。森を深くし、そこに多くの爪弾き者を飼い、王の下へ辿り着くものをふるい落とす為だな。
俺もこの森に抱えられた爪弾き者の一人だ。けどまぁ、森に足を踏み入れた集団を迎え撃つためにいちいち出かけるのも億劫だろう?奴らでこっちに来てくれるというのだ。好きにすりゃぁいい。
しかしここから先は森の『軍勢』である俺が進むのを許さん。娯楽の少ない森での許された、娯楽だ。
たっぷり殺戮を楽しむようにと俺は望み、俺の匂いがそれを誘発し、ただの人間すなわち雑魚であれば容易く俺に感化されて、理由もなく互いに殺しあうように仕掛けて在るのだ。
多くはそんな仕掛けには気がつく間もない。稀に魔種の血が濃く俺の魅惑を振り切ったとして、なぜ仲間であったものが突然襲い掛かってくるのか訳もわからず混乱するだろう。で、大体仲間から殺されてジ・エーンドだ。
ところが、この正義を名乗る男、一切の迷いもなく怪しい働きをはじめた『仲間達』をいとも簡単に見限った。 そして、今もその自らの行為に疑問を感じていない。
俺は嗤っていた。そうして、美しい男の顔がゆがむのを見たくて安易に答えをばらしてみる。
「連中が仲たがいを始めたのは俺が、そのように嗾けたからだぜ」
「何?……どうやって?」
「教えてやりたいが上手い事教える方法がないな、大体いきなり同士で殺しあうなんて、明らかにおかしいだろう?」
「確かにおかしいが」
ジャンは俺に同意をしつつやっぱり、はっきりと言い切った。
「君の言う通り、同士で殺しあおうと混乱したきっかけが君にあったとしても、だ。そもそもそのように惑わされるような弱さを持って強く強力な悪をくじく事が出来るだろうか?」
「……はぁ……?」
俺は再びとぼけた返事を返してしまった。
「私は、強くあるように言われた。同時に私は、強くもあった。だからこそ私は正義でなければならないと諭され、その通りだと思っている。私は強いが為に揺るがない正義として迷いなど見せている余裕はないのだ」
……よ、よくわからん。ええと、確認しよう。
「ようするに、惑わされて仲たがいをするような連中は、あんたの仲間ではないと?」
強きものは弱い奴を守ってこそ、とかいうのが『正義』とか言うヤツの大切な教義なんじゃねぇのか?
「少なくとも悪を倒すべき正義の行いにおいては、不適切と思うが」
「……アンタは自分が正義を行うと断言するんだな?」
「当然だ、私は正義だ」
あまりにもきっぱりと断言されてしまい、俺は、間を置いて思わずバカがつくほど笑ってしまった。呼吸困難になりそうになりながら、ひとしきり嗤う隣でジャンがやや憤慨して何がおかしいんだと、狼狽えている。
ふいとジャンが顔半分を隠している、マヌケな仮面に目が行った。思い出したぞ、そこに書かれた文字の意味。東方の記号文字だな。正義、と書かれている。
確かにこの男は俺達自称『悪』とは対極の所にいるのかもしれねぇ。しかし、お前のそれは正義とは言いがたい。とはいえ、この正義からもっともかけ離れた俺様では『正義』について語るに説得力が欠ける。
さて、どうしてやろうか。
俺は未だ腹の痙攣が抑えきれず無様に嗤いながら……背負う長い槍を構えてわずかな殺気をジャンに送ってやった。
すでに抜刀していたジャンは鋭く殺気に反応し、自然体で剣を構え何時でも俺の急所を突けるように準備したのが分かる。
俺は冗談交じりの槍を繰り出し、適当に攻撃を与えてみる事にした。笑いが収まらないので手元が狂う、しかし別段問題はない。俺が余り本気ではない事を察したようにジャンは、美しく、そしてすばらしい剣捌きで俺の槍をなぎ払ってくれていた。俺に攻撃する気配はない。ただ、身に掛かる火の粉を振り払う、そんな動作だ。
俺達は暫くそのように、じゃれあうような攻防戦を続けていた。ようやく笑いが収まってきた所で本気の殺意を叩き込み、急所を狙って槍を繰り出してやると、即座その殺意に応じてジャンもまた俺の首を的確に狙って剣を繰り出してくる。
いい反応だ……こいつは、冗談抜きに強い。しかもまだ余計な殻を被ったままであるような底知れぬ雰囲気すら感じる……どこか化け物じみていやがる。
この俺様にそう思わせるのだ、勘の鋭い人間はもっと敏感にこいつのヤバさを理解した事だろう。
そうして、ジャンを正義に縛ったのだ。
いいねぇ……ヤツはそうだと気がついていないが、随分キツめに自身が縛りこまれているのに気がついてないぞ。その不自由さにも無自覚であるってのに俺は、偉く萌えてしまったな。
同時に思った。意地汚く、いつもの悪癖で……お前の手首は縛られているのだぞと教えてやって、自由のすばらしさを教えると同時にその事実を残酷に暴露してやりたいと、そう思った。
俺の持てる最高の一撃が、鋭くジャンの顔に切り込む。それと同時にジャンの剣が俺の醜い顔を覆い隠す鉄仮面に迫る。
「なんで顔を隠すんだ?見られたくなかったか」
「……」
ジャンの剣は俺の顔を隠す鉄仮面をほんの少し切り落としていた。そうすることできっと、火傷のケロイドに覆われて無残な皮膚や、骨の形も歪で毛もまばらにしか生えない醜悪な俺の顔の断片が見えているだろう。
避けているほほ肉を引き上げ、歯肉の削げ落ちた歯をむき出しに嗤ってやった。
「ぶっちゃけ俺はこの顔を見られたくないね、」
「……ああ、そうだな。私も、この仮面で不都合な傷を覆い隠している」
「そうか」
交錯していた武器を、先に下ろしたのは俺の方。
俺は俺で、ジャンの顔半分を覆い隠す仮面の一部を切り落としてやったのだ。すると確かに、どうやら仮面を被る右目側に切り傷があるらしいのが伺える。
「なら無理に仮面を剥ぐのは止めとこう。個人的には脱がせるのは好きだけどな。脱ぐのも同じく」
そんな俺の趣味に全く理解していない、と言う様なとぼけた顔でジャンも、武器を下ろす。
「しかしまぁ、お前にはそっちはいらんだろう」
俺がすっかり攻撃性を失い無防備に振舞うのを理解して……ジャンは、切り落とされた仮面の行方をゆるゆると視線で追いかけた。足元に落ちている、仮面の一部に書かれた記号をじっと見つめる。
正義、そのように大きく書かれた仮面の、義の所を切り落としてやった。
「意味がよく分からないが?」
「だろうな、それについちゃ俺様が……お前によくよく教えてやらぁ」
にんまり笑って俺は槍を担ぎ、顎で森の奥をしゃくって示す。
「着いて来な、お前はこの森の悪を倒したいんだってな?会わせてやるよ」
驚いた表情の次にまるで、今気がついたみたいにジャンは俺に初めて自主的な殺意を向けてきた。
「いや、待て。それは助かるが……悪の手は借りん。私は私で……」
「じゃぁ聞くがお前、俺は、お前の基準で『悪』だといえるのか?」
「……」
ジャンは少し厳しい顔をしているな。とりあえず、バカではないようだ。
同士討ちするように仕掛けた張本人であると俺自身がヤツに暴露をしたが、全く証拠が無い。俺の能力ははっきりとそうだというように目に見えるものではないからな。見せる事も出来るが、操れる人間が近くにないから今すぐに実証とはいかない。
ともすれば、積極的にジャンを排除に掛かるでもない俺を、むしろ殺意とは別の感情で熱い視線を送る俺を、一体どのように理解すればいいのか困っているようだ。
「お前はお前で、何が悪なのか決めて勝手に討伐でも何でもやればいい」
「……しかし、」
「仲間、か?」
にやりと、わざとらしくそれと分かるようにしてジャンを振り返ってやる。
「ぶっちゃけ俺はここの連中を仲間だとかいう風に認識した事はない」
部下どもはあくまで部下だ。あれは仲間なのではない、群れである俺の一部だ。そのように連中の意識をすっかり書き換えてしまっている。任意でもあるが、それは俺がそれを傍に置きたいと願ったときに自動的にそうなっているものなのだ。俺には、そうしてしまう能力がある。
「連中も互いにそういう意識でいるだろう。しかしなぁ、仲間である事と正義や悪の分類は別じゃあないか?お前はそういう判断をして、お前にとっては悪しき行いを始めた仲間どもを切り捨てたんだろ?」
「……そうだろうか?」
おいおい、迷わないんじゃなかったのか?全く持って、かわいらしいヤツだぜ。
「俺は、お前が気に入った。お前が……欲しいなぁ、大好きだぞ」
「そんなこと、はっきり言われたのは初めてだな」
おいこら、こちとら愛の告白をしてんだぞ?それにクソまじめに答えてくれやがる。こいつはつれねぇ。全く俺の意図が伝わっていないのがよく分かる。
「だから特別に、俺様の権限において王の森へ、入れてやるよ」
とりあえずはアレだな……王のヤツは起きてるかどうか分からんし。
この森の管理人気取りのアイツん所に連れて行ってやろう。アイツはきっと、ジャン好みの倒したくてたまらない悪に違いない。アイツのあわてる姿が目に浮かぶなぁ。
この退屈な森も、暫くにぎやかになりそうじゃぁねぇか。
終
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる