GM8 Garden Manage 8 Narrative

RHone

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こころ優しき人攫い長

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 すべてを許すのは、要するに全てから許されて欲しいと願うからかもしれない。
 かつては廻らなかった思考は……円熟し、時に余計な想像もする。
 だがそれはあくまで想像に過ぎず、しかしどこかで実は現実だとしても。

 もうどうでも良い事だ。

 どうでも良いのだから、私はこの世の全てを許そうと思う。

 思っているが、達観したはずであるのに、実はやっぱり納得が行かずに嫌だと思ってしまう事が在るのだ、実は。

 全部許すとか言っておいて何だが、細かい所を上げると実はけっこうある事が分かって来た。

 例えば、丹精込めて一から作った私の自慢のコーヒー畑を荒らされる事。
 至福の一服を喫している所をヘタに邪魔される事。
 パッと思いつく所ではそんなところだが、ああ、あと一つそれだけは止めて欲しいと願っている事があった。

 分別が付かない子供を攫う事。

 いかなる理由があったとしても、子供の誘拐だけはしないようにとフリードに注文を付けた事があった。
 殺しも盗みもほぼ見て見ぬふりの癖に、しかもその中には子供を殺してしまう事も含まれているのに。どうして誘拐だけは止めろと云うのか。よろしければその理由をお聞かせ願いますかと、フリードから目だけ無駄にギラギラさせて迫られて、私は少し悩んだ。
 何だろうな、なんとなくそれが嫌だと思うのだがその理屈を自分でも良く分からない。
 思い出すのは大変なのだ、もはや都合のよい記憶の上だけで暮らしている自覚がある。かつて自分が何であったかを忘れた訳では無いが、何をしてどうなったかと言う事はもはや無意味に等しいので、正しい道順を辿り正しい正解にたどり着くのが至難の業だ。
 昨日見た夢を、昼も過ぎてから反芻するに等しい。
 記憶と想像と憶測が混じりあい、混沌としていた筈の微睡みを『理解のできる舞台』にしてしまう。そんなもの、本当に正しかったかなど自分にも分からないのだ、他人はもっと理解出来まい。

「驚きましたね、貴方のその心的外傷はそこまで深いものでしたか」

 そういう時は観測者を頼るに限る。
 私を長年監察して来たという、頼もしい者達がこの庭には集っている。フリードもその一人を自ら名乗っている節はあるがまだまだ。
 私がまだ普通の人であった時から私を知るという猛者がこの庭には集っているのだ。分からない事があるなら彼らに聞けば良い。
 その様にフリードに誤魔化したところ、実のところ彼らの事を好いていないらしいフリードは良い顔をしなかったが……。最終的には好奇心が勝ったのだろう。
「良いのですか?話しても」
「構わないだろう、私も忘れている位だ」
「忘れているのに生理的に嫌悪を感じている、思い出したらまた傷口を抉る様に苦い思いをするかもしれませんよ?」
「痛みやら苦しみには慣れてしまったからな」
 
 花盛りの季節で、私は元来自分で開いた小さな庭の雑草抜きをしながら、幽霊の様に緑の影に佇む顔色の悪い魔導士を見た。

「お前は私の心配をしているのか?」
「……それこそ無用のものでしたかね。分かりました、貴方のお望みとあらば、彼には詳しく言い聞かせておきますよ。我らが王が如何に人攫いが苦手であるのか」
「私は、人攫いが苦手なのか」
「貴方、自分で私達に言ったんですよ?自分は自分で人買いに攫ってもらってそれで、大変な目に会ったものだ、と」
 しつこい雑草の根を掘り起こして引き抜きながら私は、思わず声を上げて笑う。
「それは壮絶だな、自分で自分を売ったのなら誰にも恨み言が言えない」

 そうですね、貴方はかつても……そうやって笑いながらご自分の事を話されていた。

 すでに笑い話なんだと、無駄に、自慢げに。
 

*** *** ***


「えー、そういうワケでこのような手引書を配布する運びとなりました。皆さん、お手元に資料は行き渡っておりますか?」
「御頭ァ」
 本当はその、オカシラとかトウリョウとかいう呼ばれも気に食わないフリードであるのだが、かといって常に『フリード様』などと呼ばせていると何処で誰に自分の所業が無駄にバレるか分かった物ではない。
 なまじ悪事を働く軍団である故に、誰の仕業か相手にバレてしまうかもしれない危険は冒す訳にも行かないだろう。名前が売れる、というのはこの界隈悪く無い事ながら。もはやその道の一つの頂点を極めたつもりであるから、今更売名行為を必死にする必要も無い。
 ……というワケで部下たちの、多分元来染みついたその『役職呼び』を黙認している。
 ちなみに、フリードに葛藤がある為何も指導していない都合、統一性は無い。
「解ってます、良いでしょう質問を受け付けます。発言や良し」
「御頭ァ!俺ぁ字が読めねぇ」
「おらは読めるけど意味がわかんねぇ」
「難しいッス、なんか難しい事書いてあるッス」
 一斉に大半がその様に喚き散らすのを、勿論知っているのでフリードは慌てなかった。
「慌てる事は無い一同、識字率の低さは想定済みだ。故に、資料は手元にあるかと確認しています」
 ある、と言う事を示すようにフリークス・フリード『人事調達部』の長、10人ほどが配られた冊子を示してみせる。
「よろしい、ではまず表紙から読み合わせて行きましょう……ラング君、そちらは裏表紙なのでひっくり返して、ああ天地も逆ですよ。そうです、その方向です。皆さんもよろしいですか?表紙はこの薔薇の……花の絵のある方です」
 では読めない皆さんの為に私がゆっくり読みながら進めますので、合図で復唱するように。
「ちょっと待ってくださいよ隊長」
 と、言ってからしまったというふうに口に手を当てている大男が小さく頭を下げた。
「すいません、やっぱり癖が抜けませんで」
「別に構わないと言った筈ですがね、スー。ほかの連中だって好き勝手に呼んでいる」
「いやでも、隊長じゃぁなんとなくこう……格式が」
 フリードを呼ぶ呼称がそれぞれに違うのには、理由がある。

 それぞれが、それぞれ別の『組織』だったからだ。

 山賊団からフリードの傘下に加わった者が比較的多いが他にも、殺しも辞さない盗賊団から金持ちからしか盗みをしない義賊の輩、海を股にかけて荒稼ぎをする海賊や、戦の匂いをかぎ分けて群がる傭兵団、個人の暗殺者や国で指名手配されている様な犯罪者達。
 じわじわと巨大化していく組織の為に有用な人材をあらゆる方法で掻き集める……それが、この人事調達部創立の始であった。

 『小悪党』フリークス・フリードの元にはありとあらゆる犯罪者が集い集まっている。
 悪が集まって来てしまうと云われるこの、魔王の庭と似たようなものだ。
 行き場をなくした荒くれや犯罪者を『何らかの方法』でもって引き抜き、傘下に加えて来た。
 否、フリードの所業は所詮魔王の森の下位互換。彼自身がそうだと認めているから、庭の王に激しい劣等感を抱きつつも傅いているのだ。
 多くの悪を率いて更なる大きな悪となり、世界を脅かす存在となろうとしたのがフリードという存在であるが、その様に頂きに登り詰めた先にあったものは……そういった巨悪を魅了する……この魔王の庭だ。
 この庭の、恐るべき魅力は『本物』に成らなければ分かるまい。
 それだけがフリードの矜持を僅かに保っている。
 事実、彼の部下達も『この庭の主が何者であるのか』を良く分かっていない者が大半だろう。

 スーは、比較的庭の王への『理解力』がある部下である。何より文字の読み書きが出来る。西方の王族や政治家だけが使っている難しい文字にも精通しているのは、昔は西の小国で隊を率いていたからだ。
「隊長は、じゃなかった。……フリード様はこの庭においてはもはや、無くてはならない存在。その手足である俺達とは立っている次元が違うというのに隊長、だなんて」
「気にしてませんよ、慣れ親しんだ呼称で構いません」
 部下と言ってもそれこそあの手この手の様々な方法で傘下に加えた者も多い中で……フリードが悪を率い始めた初期の頃からの面子は貴重であるし、純粋に慕ってくれているという人材は希少だ。
「それで、何か言いたい事がある様だが」
「ああ、ですから!まさかこの手引書を我ら一同、一から読めるようにするつもりですか!?」
「そのつもりです。いやいや、皆さんそう嫌な顔をしないで」
 フリードは大げさなジェスチャーで一同を抑える。
「何分王のご命令でもありますのでね、そういう事であるなら一つ徹底的に重箱の隅を突いて行こうと思いまして」
「へぇ、オウサマからの律令たぁ珍しいねぇ。滅多に命令とかしないって話だったじゃねぇか」
「そうなんですよ」
 フリードは仮面の下で破顔して大げさに胸に手を当て、我が部隊への直接命令という大変に名誉な事であるからして、ここはしっかり順守して事に当たらなければなりません、と続けた。
 フリード様は随分楽しそうだ、と一同は思ったが、あえて口にはしない。
 彼がご機嫌な時は要注意なのだ。

 大抵、面倒な事が待っている。
「表紙にはこの様に書いてあります……『幼子勧誘の手引』」
 ようするに、人攫いだなと『人事調達部』の長達は顔を見合わせた。人攫いは、彼らが比較的いつもやっている事である。ただ近年はあまり金に成らなくなってきたので、子供の人身売買からは手を引くかもしれない、という話は事前に聞いていた。ついにそれなのかとも思ったが、手引きとはどういう事か。
「ちなみに表紙の花は薔薇だと……さっき言いましたね。符丁としまして、事前に連絡をして置いた通り人事調達部は別名『バラ組』とします」
「えー」
「えーじゃありません。人事調達部であまり憚られる事は無いかと思いますが、我々もこの悪しき花庭に相応しい組織に歩み寄って行かねばなりません。それに考えてもみなさい」

 裏切り、手引き、引き抜きに人身誘拐からの悪への誘惑、果ては薬漬けにして洗脳まで。

「それらが全て『バラ組』の仕業……もとい、御業という事になります。なんとも滑稽で、なんとも愉快な事ではありませんか」
 ああ、真面目な話なんだけどこれは真面目に世の中を中傷しまくった結果かと、いつものフリードの調子にもはや苦笑するしかない。
「心惑わし、拐し、魅了するはバラの花。とても良い、良い具合に世の中を舐めている」
「で、それで親分、組織名が変わったってのはわかったよ、おらは字は読めるけど、難しくって頭に入って行かねぇだ。そいで結局おらたちの仕事に変わりはあるのかい?」
 東方出身で、主に東国方面に子供を売買する市場担当者のキドが、今後の方針を気にして話を元に戻す。
「結果から先にお伝えすれば、あまり変わりは無いです」
「それ聞いておらちょっとほっとしたど」
「ただちょっと方法が……」
 問題なのは名称ではなく、結局のところ仕事内容がどう変わるかである。人間、出来れば楽をしたいもので変わった事はなるべく無い方が良いものだ。一同、首を前に出してフリードの話の続きを促す。
「方法、というよりは『手続き』が煩雑化しましたので。このように手引書を作った次第です」

 どうにも、庭の王が幼児のかどわかしを良く思っていないとの話に、あの王様はそういう意見も御言いになるんですな、という感嘆の声が多く上がる。
「何考えているか、良くわっがんねぇ人だが、けど見た目は完全に東の人だからかおら、親近感みたいなものはあったども。そうかぁ、まぁ良い事ではないからのぅ」
「強盗は良くて人攫いが良くない、ってぇ話がよくわかんねぇな。物資調達部はウチに負けず劣らずの凶悪ぶりだと聞いたがね」
 そういう話には耳を貸さず、フリードは『幼子勧誘の手引』を手にページをめくる。
「規則をいくつか設けました。これに違反する場合は罰則もある事を明記しています」
「まじかよ、御頭、やっぱり人身売買から手を引くって話はマジなのか?」
「手を引きたくない、と唱える者も少なからず居るのでこのように、」
 フリードは冊子を示す。
「規律化していく方向性です。ご安心ください、この流れは物資調達部も実戦全般部も同じです、少なからず規則を作って縛りを与えていきます。ここに限った話では無い」
「なんでッスか?」
「それは私から教える事ではありませんね、とにかくあなた達には、この講習が終わり次第、規則に従って行動して頂きますのでそのつもりで真面目に、やって頂きますよ?」


*** *** ***


 見事な薔薇の木で囲まれた、大きな城を見上げたまま……そのまま、入口はどこだろうかと回り込む。それにしても見事な薔薇の木だ。蔦薔薇の木が優に三階は在りそうな高さの巨大な壁を殆ど覆い尽くすようにして、青々とした葉を揺らしている。
 花は所々に見られる。柔らかい新緑の芝の上に、微かに桃色がかった花びらがいくつも落ちていた。つい拾い集めて歩いてしまう。花びらを集めた掌からは芳醇な薔薇の芳香が立ち上り、思わず花の咲いている方に足を伸ばす。
 日当たりのよい一画で、勢いよく咲く花があるが遥か高い壁際だ。
 それにしてもよくこんなに立派な蔓薔薇の木が育ったものだと、ジャンは思わずため息を漏らしながら掌の花びらを零した。
 花にはさほど興味は無いが、親族にはこういった見事な薔薇を育てる事を趣味として語る者もあって……いささかながらも知っている事は多い。

 不思議な事に建物はさほど、古くは見えない。真新しい訳ではないが、これほどの薔薇木が覆う程の年月この森にあった様には見えないので奇妙な感じがするのだろう。
 それ以上に、この建物はちょっと普通ではない。
 窓が、極端に少ないのだ。しかも全部に鉄格子が嵌っている。

 ようやく入口を見つけた、立派な一季咲の薔薇木が重厚な迫持門の様に巡らされた先にあるのが鉄の門扉で、薔薇の文様が入っている。それらは一般的な庭のものとは比べ物に成らないほどに大きい。
 ちょっと風化してしまった木の看板が薔薇の枝と葉に隠れている。棘に気を付けながら払ってみると何の事は無い。
『バラ部』と書いてあった。
 この、部のついた署はフリードの管轄の部隊である事をすでにジャンは知っていた。フリードはこの庭の管理維持を受け持っているとの事で、物資調達から庭の管理、様々な雑務をこなす部署がある事を知っているが……『バラ部』とは何か?

「やっぱり、薔薇の花を植えてるのかな?」

 ふいと奇妙な気配を感じて振り返る。すると、この大きな門に向かって轍が……車輪のある車が通る跡がついているのを見つけた。それは真っ直ぐ正面の森の奥へと続いているのだが、薄暗い森の奥に奇妙な光が走って、その後重い馬車の音が響いてくるのにジャンは、素直に道を譲った。
 馴染みは無いが説明は受けている……おそらくあれは魔法の光だ、とジャンは……たどり着いた大きな馬車を見やった。
 比較的僻地の、森の奥深くにあるこの庭と各国を行き来する為の『転位門』というものがいくつかあるのだという。魔法なのだから魔法使いか魔導士が居ないと開くことが出来ないのだが、一定の印をつけた所には転位門を封じた道具を遣えば魔法が支えなくとも門を開くことが出来ると云う。
 極めて高度な魔法技術だという事だ。そうだろう、そうでなければ困る。この庭にたどり着くまでどれ程の時間を費やしたか……それにしたって、庭には『悪』が集って封じ込められているのかと思えばそういうわけでは無い、と云う事でもある。

 馭者の大男が、薔薇の迫持門の手前で馬を止める。門を開ける為だろう。と云う事は、この『バラ部』の関係者であろうと知って何を運んできたのか、馬車の荷に目を移してジャンは、思わず剣の柄に手を当てていた。
「これは、何をしてきたものだ?」
 大男は突然殺気立った青年を見ても慌てる事無く馬車を降り、腰を折って言った。
「ジャン様とお見受けします、私はこの城の部署、人事調達部通称『バラ部』の長を収めておりますスーと申します。どうぞお見知りおきを」
 と、紳士に対応されてしまうと一旦矛先を収めてしまう、収めざるを得ないのが『絶対正義』の肩書を持つジャン・ジャスティという人となりだ。
「貴殿の推察の通り、ジャンだ。ここ最近厄介になったばかりだが、すでに部署連絡というものは徹底しているものか」
「特に我々、フリード様の部隊は庭のお世話も仰せつかっておりますので、客人には無礼の無い様にと徹底されておりますゆえ」
「そうなのか……で、その……バラ部?通称バラ部……人事調達部と言ったか?」
「はい」
 スーは、全く動揺せずに答えて馬車の積荷が気になりますかと先手に出た。
「まぁ驚かれた事でしょうが、部署の名前の通りここは人事の調整などを行っている所でしてな」
 分厚い、帳簿を引っ張り出す。
「色々な人事を取引する部署なのですが、事、幼年の取り扱いは厳重にという事になっておりまして都合、このような檻に入っております」
「……それはどういう都合だ?」
 ジャンは、こういう馬車を見た事があった。
 人攫いや、人買いの馬車がまさしくこういう構造で……中に、ボロ布でくるまった明らかな少年少女が身を縮こませて詰め込まれている。全くそれらと相違無く、やはりこの庭はそういう人理に悖る人身売買も請け負う様な悪しき一面があるのかと、身構えている所である。
「庇護する親から様々な事情があってこのように、引き離された子は何を仕出かすか分かりません。突然走っている馬車から飛び降りたりして怪我などしてはいけませんので」
「うん、……うん?」
 まぁ、そういう考え方もあるかもしれない。子供と云うのは全く手に負えない物で、時に予想出来ない動きをして大人を手こずらせるものだ。
「えっと、人身売買とかではないのだな?」
 スーは、にっこりと笑って書類をジャンに向けた。
「ご安心ください、金銭のやり取りはありません。あくまで幼児の場合は庇護活動の一環としておりますので一般的な人買いの様に相手に金銭を与える、と云う事はしておりません。正直もはやこれは慈善事業みたいなものですよ」
 肩を竦めて、お蔭で大変な部署であるにもかかわらず匙を投げた者が半数もおりましてね、人事部であるのに新人が多くて部長の私もこうやって外回りに出る必要がありましてな、と苦笑を見せられてはジャンも苦笑うしかない。
 とにかく、見せられた契約書というのは何かと目を通すと……それは、契約書を交わした子供が都合保護者であった者から理由付で慈善孤児仲介保護団体、薔薇の城へと引き渡す旨の、同意書というものであるらしい。……血判も押してあり、これを押したのが大人であるのが大きさから把握できる。
「そもそも、身寄りのない者達を引き取るに保護者を見つけるのも大変な話だと思うのだが」
「そうなのです、大変で」
 スーは、大きな手で頭を押さえて笑った。目が細く、巨漢であって一見怖そうに見えるのかもしれないが存外、愛嬌のある顔をしている。笑った顔が優和で、思わずつられて微笑みたくなる。
「そういう場合は知っている人を辿って、一番保護者に近い人を見つけて事情を説明して、子供にも言い聞かせてもらってどうするか話し合って……いやはや、大変なのですよ」
「いや、感心した。変に疑ってしまった事は謝らせてくれ。しかしどうしてその様な大変な事業をやっているのだろう?」
「いやなに、流石に全員の面倒を見るというわけでは無いのです。先にも言った通り、仲介保護と言う事でここで身なりを整えてから、事前登録してある各国の孤児施設へと受け入れてもらうのです。意思と人事によってはこちらで引き取り教育などしますが、何分本部がココでしょう?」
「ああ、この城の頑強な作りはもしかすると……不用意に子供たちが外に出ない様にするためか?」
「そうなんです、ここは深い森の中であるし、フリード様の手の届かない乱暴者などもおりまして……ちと、危険ですので」
 乱暴者、というとレギオンなどがそうなのだろうか?とジャンはちらと考える。庭の王の周りを遊ぶ異形の子供たちも、外見はともあれ本性が毒虫だというからかなり危険には違いない。
 書類の束をスーに戻し、ジャンは邪魔をした、と一礼する。

 とりあえず、目くじらを立てる様な事は無かったのでこれ以上は仕事の邪魔になる、という判断であった。
 そうして、この薔薇は何時見ごろであるか、などの質問の答えを得て満足したようにジャンは去って行った。

 それを、深いため息をついて見送る バラ部 部長 スー。

「流石はフリード様、なんとか振り切りました」

 同意書に、勢いよく押された血判を見やってもう一つため息を漏らす。
 まさかこの書類の、不明な点は全てでっち上げであり、血判が殺した後に勝手に指を切り取って押してある事までは想像がつかなかったという事か。いや、そうではないな、とスーは思う。
 あの正義漢は自称正義であるが故に、悪意に疎いのだろう。
 悪意あって行われる詭弁に対し耐性が無いし、考えが及ばない。
 形ばかりの法があり、そこにしっかり収まってさえいれば『正しい』と思っているのだろう。そういうところ、もうすっかりフリードから手玉に取られている事を彼は……勿論、知る由もないだろう。
 ともあれ、この人事調達部が『バラ部』になって、人気が無いのは事実である。
 半分以上がでっち上げであったりする契約書は、何が何でも作成しないといけないという『法』は今も強く働いていて、それが面倒臭い事には変わりない。

 ……子供を攫う事業を、畳まないでほしいと願ったのは、スーだ。
 
 生きるも地獄であるような、最低限以下の環境で生きる孤児達を部門外として見捨てたくはなかったのだ。違う環境にあれば違った生き方が出来るかもしれない。勿論、全てが上手く行くわけでは無い事は知っていて、現実的には厳しい事もスーは分かっていた。それでも、彼らはまだ幼い。先にある未来には、まだまだ多くの可能性がある事だろう。どうしても、それらを彼らに与えずには居られないのだ。


「いいですよ、スーがそこまで言うのなら考えて見ます」
「……御叱りは、無いのですな」
「貴方とは割と長い付き合いですからねぇ、貴方に……偽善である事への自覚が大いにある事、」
 口元を微笑ませて、フリードはゆっくりと大男であるスーを見あげる。
 すっかり見透かされている事、同時に理解して貰えている事。それは、スーがフリードを慕うに至る理由そのものだった。
「その上で救いの手を差し伸べたいという貴方の利己主義的な考え方……嫌いではありませんねぇ。ま、ちょっと我々の部隊は巨悪に成りすぎて制御のし辛い所なども出てきております。その辺り、どう舵を切ろうかと考えていたところでもありますし」


 そうしてあの『幼子勧誘の手引』が出来た。
 あれは人身売買を禁ずる為に作られたのではなく、そもそも人事調達部の仕事が荒事になり始めた事への戒めだ。精査もよくせず武力などに物を言わせて対象を確保し……不要な物を全て切り捨てる様な仕事が多くなっていて正しく『悪しき』名前ばかりが横行していると情報統括部から警告を受けているくらいだ。
 ちょっと揃える書類の類が増えただけで、結局……やっている事は変わりがない。キドの質問にフリードが答えた通りだ。
 子供を買い取る様な事はしないが、金銭をせびる様な保護者は大抵ろくでもないので殺して子供を奪い取る。保護と称して連れてきた子供に最低限の養育はする訳だが、その後売買はしないものの『贈与』という形で有用に利用されている。
 近年は子供を売ったり捨てたりする親は相変わらずだが、逆に買う人は減ってきている事実もあり……いっそ人攫いは自粛の方向へ舵を切るというフリードの判断は正しかったのだろう。
 部員は半分になったがその分、本当にこの道でしか自らを満足させる事が出来ないと悟った猛者だけが残ったともいえる。
 労働力としての大人を狩りだす時に、子供が絡む事は多い。その時にこの『幼子勧誘の手引』が出来た為に見逃された親子も少なくなかった。今までは言う事を聞かない、あるいは面倒だと思った場合は根こそぎ捕らえて売り叩くかあるいは、皆殺しにしてしまうと事もままあった。
 ところが不思議な事にあの手引きは一瞬人攫い達の意識を冷静にたたき起こすのだ。幼子に手を出す時には色々と書類作成をしなくてはならないという、フリードから叩き込まれた律が……一瞬間を作る。
 勢いで殺しも辞さない殺戮者に冷や水を浴びせ、関わり会う事そのものを忌避させる。
 それはあまりにも無法で、無残であるとスーが懸念していた事を、まさかこんな方法で解決させてしまうとは、全く我が隊の主はなんと頭の切れる方であろうか。

 荷馬車の中で、じっと動かない子供達を見やってスーは馬車へと足を掛けた。
「さて……待たせたな、寒かったろう。城では風呂と食事を用意しているからな、安心して寝れるベッドもある」
 その声が、届いているのか。届かない子もいるのか。反応はまちまちで、大抵はすでに動く気力も無さそうに身じろぎもしない。
 この薔薇の城の中と、外でどれ程の違いがあるかは分からない。分からないが……スーは、比較的積極的に……身寄りのない孤児を集めている。
 子供は嫌いではなかった。昔この道に踏み入る前、小国の兵隊に属していた頃はいつか嫁を貰って子供を設けて、平凡に暮らすものだと思っていたくらいだ。
 それが……どうだ。戦争で国が破れて、生きて行く為には何でもやななければならなくなり、そうしているうちに御尋ね者になった。フリードに恩が出来て付いて行く様になってから、どうやらこの悪の道からは抜け出せそうにないと腹は括っていたが、ひょんなことで罪滅ぼしの真似事は出来ている。
 極めて利己的ではあるが……『幼子勧誘の手引』とはまた一方で、一見、合法的に何処にも寄る部も無い子らを、その悲しい現実から連れ出す事が出来る。そういう法でもあるのだから。


*** *** ***


 勿論今はその延長上で、大人の奴隷を使役する時にも『雇用契約書』とかいうものを交わす事になっており、諸々の使役契約と年季明けについての取り決めなどもきっちりされている。

 スーには良く分からないが、何故かそれで労働力の質が上がっているのだという。ならば、極めて良策なのだろう。

 全く、フリード様の御業は我々凡人には理解しがたい。


   終
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