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第6章
半ば強引に、というよりは、有無を言わさず。
俺は、半裸で紅茶まみれの美少女メイド、スズネに突きつけられた契約書に、震える手でサインをさせられた。
羊皮紙にインクが染み込んだ瞬間、契約書は青白い光を発して消滅し、俺の右手甲に、うっすらと魔法陣のような紋様が浮かび上がって、すぐに消えた。
それが、俺がこの店の『関係者』になった証らしかった。
そして今、俺は。
「……いや、意味が分からん」
店の奥にあるというスタッフルームで、一人、頭を抱えていた。
ここは、店の幻想的な雰囲気とは少し違い、どこか生活感のある空間だった。
柔らかなソファ、大きなクッション、壁際にはメイドたちの私物らしきものが置かれた棚がある。可愛らしいぬいぐるみが山積みになっていたり、逆に、分厚くて難解そうな魔導書が積まれていたり。
だが、そんな落ち着くはずの空間にいても、俺の頭はオーバーヒート寸前だった。
異世界。扉。鍵持ち。
まるで、健太や卓が熱く語るラノベの設定そのものだ。
だが、目の前で起きたことは、紛れもない現実。
魔法は存在し、メイドたちは人間ではなく、そして俺は、なぜかその中心人物にされてしまった。
「責任、か……」
スズネの冷たい声が、脳内でリフレインする。
ただの高校生の俺に、一体何を守れって言うんだ。
コンコン。
控えめなノックの音に、俺はハッと顔を上げた。
「ご主人様、エリナです。入っても、よろしいでしょうか?」
「あ、ああ。どうぞ」
扉がゆっくりと開き、銀髪の美少女メイド、エリナが顔を覗かせた。
その手には、銀色のお盆に乗せられた、巨大なパフェ。
「お疲れ様です♡ 甘いものでも召し上がって、元気を出してくださいね」
にこっ、と彼女が微笑む。
その屈託のない笑顔は、さっきまでのカオスな状況でささくれ立っていた俺の心を、ふわりと優しく撫でるようだった。
俺の前に置かれたパフェは、芸術品と言ってもよかった。
グラスの底にはルビー色のゼリー、その上に純白の生クリーム、黄金色のカステラ、そしてバニラビーンズが浮かぶ高級そうなアイスクリーム。
頂上には、まるで魔法のようにキラキラと光る粉が振りかけられた、真っ赤なイチゴが鎮座している。
「すげえ……」
「えへへ。ご主人様のために、がんばりました」
エリナは俺の向かいの椅子に、ちょこんと腰を下ろす。
二人きり。静かな空間。
甘いパフェの香り。
さっきまでの、あのエロ暴走モードはどこへやら、今の彼女は、ただただ可愛らしい、世話好きな女の子にしか見えない。
そのギャップに、俺の心臓がまた、きゅう、と甘い音を立てた。
しばらく、無言でパフェを口に運ぶ。
その、脳がとろけるような甘さに感動していると、ふいにエリナが口を開いた。
その表情は、少しだけ真剣だった。
「あの、ご主人様。本当に、本当に、来てくださって嬉しいんです」
「……え?」
「わたしも、スズネちゃんも、マリーちゃんも……ずっと、待っていたから」
ずっと、待っていた?
イレギュラーで、危険な存在なんじゃなかったのか?
スズネの言葉と、エリナの言葉。
どっちが本当なんだ?
「……俺に、何ができるってんだよ」
思わず、弱音がこぼれた。
力らしい力もない、ただの平凡な高校生。
責任だの義務だの言われても、どうしようもない。
すると、エリナは、ふわりと花が綻ぶように微笑んだ。
それは、さっきまでの悪戯っぽい笑顔でも、情熱的な笑顔でもない。
ただひたすらに、優しく、慈愛に満ちた、聖母のような微笑みだった。
「いてくれるだけで、いいんです」
その笑顔を見た瞬間、俺の中で、何かが、カチリと音を立てて繋がった。
ああ、そうか。
俺は。
この笑顔を――。
この、エリナっていう女の子の、とんでもなく可愛いこの笑顔を、守りたいのかもしれない。
初めて、心の底から、そう思った。
その、瞬間だった。
ブツンッ!
突如、スタッフルームのランプが激しく明滅し、店内全体から、地響きのような、低く、不気味な唸り声が響き渡った。
空気が、一瞬で氷点下まで下がる。
肌を刺すような悪寒。
粘つくような、濃密な悪意が、店の外からこちらを「覗いている」のが、直感で分かった。
「……っ!」
俺の目の前で、エリナの顔から、血の気が引いていく。
さっきまでの聖母のような微笑みは消え去り、そのルビーの瞳が、過去の恐怖を思い出したかのように、絶望の色に見開かれていた。
カタカタと、華奢な身体が震え始める。
「……いや」
絞り出すような、か細い声。
「来ないで……お願い……もう、いや……」
それは、漠然とした恐怖じゃない。
彼女が、はっきりと『何か』を認識し、それに怯えている証拠だった。
守りたい、と誓ったはずの笑顔が、今、俺の目の前で、恐怖に歪んでいく。
俺は、半裸で紅茶まみれの美少女メイド、スズネに突きつけられた契約書に、震える手でサインをさせられた。
羊皮紙にインクが染み込んだ瞬間、契約書は青白い光を発して消滅し、俺の右手甲に、うっすらと魔法陣のような紋様が浮かび上がって、すぐに消えた。
それが、俺がこの店の『関係者』になった証らしかった。
そして今、俺は。
「……いや、意味が分からん」
店の奥にあるというスタッフルームで、一人、頭を抱えていた。
ここは、店の幻想的な雰囲気とは少し違い、どこか生活感のある空間だった。
柔らかなソファ、大きなクッション、壁際にはメイドたちの私物らしきものが置かれた棚がある。可愛らしいぬいぐるみが山積みになっていたり、逆に、分厚くて難解そうな魔導書が積まれていたり。
だが、そんな落ち着くはずの空間にいても、俺の頭はオーバーヒート寸前だった。
異世界。扉。鍵持ち。
まるで、健太や卓が熱く語るラノベの設定そのものだ。
だが、目の前で起きたことは、紛れもない現実。
魔法は存在し、メイドたちは人間ではなく、そして俺は、なぜかその中心人物にされてしまった。
「責任、か……」
スズネの冷たい声が、脳内でリフレインする。
ただの高校生の俺に、一体何を守れって言うんだ。
コンコン。
控えめなノックの音に、俺はハッと顔を上げた。
「ご主人様、エリナです。入っても、よろしいでしょうか?」
「あ、ああ。どうぞ」
扉がゆっくりと開き、銀髪の美少女メイド、エリナが顔を覗かせた。
その手には、銀色のお盆に乗せられた、巨大なパフェ。
「お疲れ様です♡ 甘いものでも召し上がって、元気を出してくださいね」
にこっ、と彼女が微笑む。
その屈託のない笑顔は、さっきまでのカオスな状況でささくれ立っていた俺の心を、ふわりと優しく撫でるようだった。
俺の前に置かれたパフェは、芸術品と言ってもよかった。
グラスの底にはルビー色のゼリー、その上に純白の生クリーム、黄金色のカステラ、そしてバニラビーンズが浮かぶ高級そうなアイスクリーム。
頂上には、まるで魔法のようにキラキラと光る粉が振りかけられた、真っ赤なイチゴが鎮座している。
「すげえ……」
「えへへ。ご主人様のために、がんばりました」
エリナは俺の向かいの椅子に、ちょこんと腰を下ろす。
二人きり。静かな空間。
甘いパフェの香り。
さっきまでの、あのエロ暴走モードはどこへやら、今の彼女は、ただただ可愛らしい、世話好きな女の子にしか見えない。
そのギャップに、俺の心臓がまた、きゅう、と甘い音を立てた。
しばらく、無言でパフェを口に運ぶ。
その、脳がとろけるような甘さに感動していると、ふいにエリナが口を開いた。
その表情は、少しだけ真剣だった。
「あの、ご主人様。本当に、本当に、来てくださって嬉しいんです」
「……え?」
「わたしも、スズネちゃんも、マリーちゃんも……ずっと、待っていたから」
ずっと、待っていた?
イレギュラーで、危険な存在なんじゃなかったのか?
スズネの言葉と、エリナの言葉。
どっちが本当なんだ?
「……俺に、何ができるってんだよ」
思わず、弱音がこぼれた。
力らしい力もない、ただの平凡な高校生。
責任だの義務だの言われても、どうしようもない。
すると、エリナは、ふわりと花が綻ぶように微笑んだ。
それは、さっきまでの悪戯っぽい笑顔でも、情熱的な笑顔でもない。
ただひたすらに、優しく、慈愛に満ちた、聖母のような微笑みだった。
「いてくれるだけで、いいんです」
その笑顔を見た瞬間、俺の中で、何かが、カチリと音を立てて繋がった。
ああ、そうか。
俺は。
この笑顔を――。
この、エリナっていう女の子の、とんでもなく可愛いこの笑顔を、守りたいのかもしれない。
初めて、心の底から、そう思った。
その、瞬間だった。
ブツンッ!
突如、スタッフルームのランプが激しく明滅し、店内全体から、地響きのような、低く、不気味な唸り声が響き渡った。
空気が、一瞬で氷点下まで下がる。
肌を刺すような悪寒。
粘つくような、濃密な悪意が、店の外からこちらを「覗いている」のが、直感で分かった。
「……っ!」
俺の目の前で、エリナの顔から、血の気が引いていく。
さっきまでの聖母のような微笑みは消え去り、そのルビーの瞳が、過去の恐怖を思い出したかのように、絶望の色に見開かれていた。
カタカタと、華奢な身体が震え始める。
「……いや」
絞り出すような、か細い声。
「来ないで……お願い……もう、いや……」
それは、漠然とした恐怖じゃない。
彼女が、はっきりと『何か』を認識し、それに怯えている証拠だった。
守りたい、と誓ったはずの笑顔が、今、俺の目の前で、恐怖に歪んでいく。
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