記憶を失う僕と、感情をなくす君が紡ぐ学園再生譚

暁ノ鳥

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第11章「忍び寄る闇と灯る光」(2)

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 翌日の放課後、二人はシンとユキを体育館裏へ呼び出した。

「シン、ユキ。実は、見てほしいものがあるんだ」

 コウタは厳しい表情のまま、スマホを操作して、あの倉庫で撮影した資料の画像を開く。
 ナツミも隣で神妙な面持ちだ。

「……これって?」

 シンが画面を覗き込むと、「被験体のレポート」「念動力」「感情読心」「副作用:記憶欠落・感情麻痺」など、まさに自分とユキを指し示すような単語が並んでいる。

「やっぱり、二人とも……昔から研究対象にされてたんだよ」とナツミが声を落とす。
 ユキは息を呑む。
 無表情だったはずの瞳がわずかに揺れた。

「わたし、やっぱり……実験体だったんだ」

 ユキは囁くように言い、背筋を震わせる。
 シンは手が震えだすのを止められない。

「これ……榎本先生のイニシャルだよな?」

 コウタが画像の隅を拡大して見せる。
 小さく‘E.M’と記されている。

「俺たち、最初は信じたくなかったんだけど……先生が研究施設と関わってるのは確実だ」
「研究施設が、今も動いてる……? じゃあ、榎本先生は……ずっと俺たちを……」

 シンが唇を震わせる。
 頭痛が鈍く襲ってくるようで、彼はこめかみを押さえた。

「落ち着いて、シン」

 ナツミの声は悲痛だ。
 ユキは軽く目を閉じ、息をつく。

「……文化祭の準備で、行事が盛り上がるほど、わたし……ノイズがきつい。シンも……記憶、飛びそう、でしょう?」
「うん……もう正直、ギリギリかも」

 短く答えたシンに、コウタが拳を握りしめる。

「だから俺とナツミが何とか考える。だけど、気をつけろ。先生が絶対何かしてくる」
「わかる……でも、どうすれば?」

 ユキは不安げに上目遣いをする。
 そんな彼女の姿を見るのは珍しく、ナツミは思わず胸が締めつけられる。

「わからない。……わかんないけど、このまま放っておけない。シンもユキも、壊れちゃうかもしれないんだろ?」

 コウタが荒っぽく言う。

「壊れる、ね。そんなの……嫌だ。……だけど、もう遅いのかな」

 ユキは自己嫌悪のようにつぶやく。
 シンは横で首を振った。

「まだ遅くない。――たとえ俺が記憶を全部失っても、ユキが感情を失っても……コウタやナツミもいる。だから、きっと何とかなる」
「シン……」

 ユキの目にわずかな光が宿る。
 コウタは重い沈黙をひと呼吸で振りほどくように話を続ける。

「明日以降、もっと警戒しよう。榎本先生が怪しい動きをしてたら、すぐ知らせる。お前らは無理に能力を使うな。いいな?」

「うん……ありがとう、コウタ、ナツミ」

 シンはそう言い、手の震えを抑えるようにして両拳を握りしめる。
 ユキは黙ったまま、苦しい呼吸を整えようと深く息を吸い込んだ。

 ◇◇◇

 ――その夜、シンは自室の机に広げられた資料コピーを眺めていた。
 どれも彼の頭の中に定着しにくい。
 集中力が途切れ、気づくと同じ行を何度も読み返している。

「……もし本当に、研究施設の実験で俺の記憶喪失が進んでいるなら……どうすれば止められるんだろう」

 机に突っ伏すようにしながら、シンは震える声で呟く。
 ノートには“念動力”“テレパシー”“副作用:記憶欠落”など、自分を追い詰めるような単語が殴り書きされている。

 スマホに目をやると、画面に通知が光っていた。
 ユキからのメッセージが届いているらしい。

『今日はありがとう。大丈夫だから』

 その短い文章を見た瞬間、シンは目を伏せる。

「ユキも、ほんとは大丈夫じゃないはずなのに……」

 小さく言いながら返信画面を開き、  『そっちこそ無理しないで。俺のほうこそありがとう』と打ち込み、指を震わせながら送信ボタンに触れる。
 メッセージを送った後、ベッドにもたれかかって天井を見上げた。

「ユキがいなかったら、俺、もっと早く壊れてた気がする。それに、コウタやナツミも……」

 彼はギリギリと頭痛をこらえながら、そう自嘲気味に微笑む。
 文化祭という華やかな行事の裏で、自分が崩壊寸前だなんて、誰が想像するだろう。
 周囲は楽しそうで、クラスの仲間は遅くまで準備に勤しみ、笑顔を交わしている――そんな光景が幻のように思えて仕方ない。
 記憶を失いつつあっても、まだ手はあるはず。
 まだ立ち止まるわけにはいかない。
 暗い部屋の中、彼は強く強くペンを握りしめていた。

(これで終わりになんか、させない……)

 そう胸の中で呟き、シンはノートを開いて“やるべきこと”を書き殴る。
 パッと見は支離滅裂なメモかもしれないが、これが彼にとって唯一の拠り所だ。
 ――少なくとも、ユキのことや友人たちの想いは、ここに書けば次の日思い出せる。
 彼はペン先を走らせながら、次第に重くなる瞼をこすった。
 夜はまだ長い。
 だが、心に巣くう恐怖はもっとずっと暗い。
 深夜の静けさの中、白山シンは、文化祭が無事に終わることを切に願わずにはいられなかった。

 それが、記憶を失いつつある自分に残された、かすかな希望でもあったから――。
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