石を操るなんて地味と言われたけれど、実は王都を揺るがす力でした

暁ノ鳥

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第2章 王都グラン・エテリオンの光と影(2)

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 宰相府を出て廊下を進むと、待ち構えていた兵がリオンに声をかける。

「お前さん、今日はこれから教会のほうにも行くのか? 高位司祭セラフィーナ殿が『もしよければ訪ねてきてほしい』と仰っていたぞ」

「教会……セラフィーナって人は、確か王都の大聖堂を取り仕切る立場の人……でしたか?」

 レオンが首をかしげると、兵士は頷く。

「そうだ。神聖教会の高位司祭で、王国内の教義や儀式を束ねている要人だ。石神信仰の象徴とされる『聖石』を守る大役でもある。お前みたいに石を操る力を持つ者が現れたとなれば、関心を示して当然かもしれないな」

 兵士の言葉に、リオンとレオンはまた顔を見合わせる。
 宰相府からの監視だけでも気が重いのに、教会にも呼ばれているとは……。
 だが、断るのも得策ではない。
 ここは王都という大舞台。
 各勢力との関係づくりを避けては通れないのだろう。

「わかりました。教会の場所は……?」
「中央区画の大聖堂だ。探せばすぐわかる。尖塔が高くそびえているからな」

 兵士がそう言って去っていき、リオンは苦笑まじりにため息をつく。
 レオンが「行くか?」と尋ねると、リオンは意を決して頷いた。

 ◇◇◇

 王都の中心部にそびえる大聖堂は、一目でわかるほど壮麗だった。
 石造りの外壁に緻密な彫刻が施され、ステンドグラスの窓が光を反射して虹色を放つ。
 入口には多くの信者や巡礼者が行き交い、司祭や修道士らしき人々が厳かな雰囲気を纏って祈りを捧げている。

 二人が受付の修道士に名前を告げると、すぐに案内される。
 大聖堂の奥へ続く回廊を進み、やや小振りの面談室に通されると、そこに現れたのは柔らかな光をまとったような女性――セラフィーナ・リューミエ高位司祭だった。
 白銀の司祭服に金の装飾をあしらい、金髪を長く垂らしている姿は、まるで聖女のごとく気品が漂う。

「ようこそ、リオン・アルドレアさん。あなたの噂は教会にも届いています。なんでも、石を操る力をお持ちだとか」

 セラフィーナの声は穏やかで、リオンは少し拍子抜けするほどだ。
 オレストのような厳しさとは対照的な柔和な表情で「どうか座ってください」と促してくれる。

「まずは私からお礼を申し上げたくて。実は、王都には『暗礁』という破壊的な組織の噂が絶えず、その者たちが石貨や石像を乱用する可能性を教会としても懸念しているのです。あなたの力が、そのような破壊に向かわないよう祈っています」

 リオンはセラフィーナの言葉をどう受け止めるべきか迷う。
 彼女は自分を最初から『救い手』として期待しているのか、それとも『破壊者』にならないか監視しているのか。

「実際、俺の力は大したものじゃありません。国を揺るがすほどのことなんて……」
「ええ、それはよくわかっています。ですが、教会には古い預言書があり、『石を操る者は世界を創造し、同時に破壊する力を秘める』とも書かれています。あなたがどの道へ進むか、私たちは見守り、必要ならば導くつもりです」

 そのとき、室内の扉が乱暴に開かれた。
 現れたのはギルダン・ヴァルト――黒い衣装の壮年男性で、異端審問官として名高い人物だ。
 鋭い視線でリオンを睨みつけ、まるで罪人を見るかのような声を放つ。

「セラフィーナ様、なぜこのような者を教会に招き入れるのです? もし本当に破壊者の側に立ったらどうするつもりだ。私はすぐにでも排除すべきと考えますがね」

 リオンが言葉を失うのをよそに、セラフィーナが静かに手を挙げて制する。

「ギルダン、彼はまだ何もしていない。力があるかもしれないからといって、すぐに異端扱いはできません。むしろ私たちの役に立ってくれる可能性だってあるのですよ」
「甘い……甘すぎる。暗礁に利用されたらどう責任を取るおつもりか。石の力は神の聖域に関わるとも言われている。異端の危険が見え隠れする以上、断固とした措置を取るべきだ」

 ギルダンは声を荒げ、リオンとレオンを忌々しげに見やる。
 レオンは片手を剣の柄にかけそうになるが、セラフィーナが落ち着いた笑みを浮かべてこちらを向く。

「ごめんなさいね、リオン・アルドレアさん。教会内にもさまざまな意見があります。ただ、私はあなたを歓迎します。もし困ったことがあれば、いつでも私を頼ってください」

 そう言い残すと、セラフィーナはギルダンを促すようにして部屋を後にする。
 ギルダンは納得しきれない表情のまま、嫌な一瞥をリオンへ残して出て行った。
 この一幕だけで、教会内でも『破壊者か救世主か』を巡って意見が真っ二つに割れていると感じ取れる。
 リオンは座ったまま固まってしまい、レオンがそっと彼の肩を叩く。

「ここも簡単じゃなさそうだな……。どこへ行ってもお前は注目の的だ」

 リオンは力なく笑って立ち上がる。
 「注目」されたいわけではないが、そうならざるを得ない立場に追い込まれている。
 それが王都という場所のようだ。

 ◇◇◇

 宰相や教会での面会を終えた、夕刻。
 リオンとレオンは一度宿へ戻って軽く身支度を整える。
 何しろ、今夜はルカ・ローディンが誘ってきた『情報交換会』へ顔を出す予定だ。
 多くの有力者や貴族が集まる場というから、服装もあまりみすぼらしい格好は避けたい。
 とはいえ旅装束しか持っていない二人なので、せめて洗って整えたシャツを着込み、髪を整える程度しかできないが……。

「今から考えても緊張するな。貴族や上流階級の集まりなんて初めてだ」
「俺だって似たようなもんだ。ごちゃごちゃ言われても、ひとまず耐えるしかない。最悪、ルカがフォローしてくれるだろう」

 日が暮れ、王都の大通りに明かりがともり始める。
 薄暗い空を映すように石畳が照らされ、人々の影が長く伸びる。
 行き交う馬車や歩行者はまだ多いが、昼間の喧噪とはまた違った活気が漂っている。

 会場に指定された場所は、貴族街の外れにある大きな邸宅だ。
 ルカが借り上げたホールのようで、門の前には衛兵こそいないものの、明らかに裕福そうな人々がドレスアップして出入りしている。

「うわ……俺たち、場違いじゃないか?」

 レオンが苦笑し、リオンも小声で「だよな……」と返す。
 だが、ここまで来て引き返すわけにもいかない。

 中へ入ると、豪華なシャンデリアやカーテンに度肝を抜かれる。
 中央の広間には立食形式のテーブルが並べられ、ワインや食事が振る舞われている。
 貴族や高位商人らしき男女が思い思いに談笑し、笑い声が響くが、その視線の一部は早くもリオンへ注がれている。

「よう、来たな」

 奥から軽快な声がして、ルカ・ローディンが姿を見せた。
 金髪を後ろでまとめたスタイルは相変わらず洗練されており、周囲の人々も彼をただの商人ではなく『ローディン商会の若き当主』として一目置いているらしい。

「遠慮しなくていい。好きに飲み食いして、適当に顔を売ればいいんだ。あと、紹介しておきたい人もいるから、あとで連れていくよ」

 リオンは慣れない空気にのまれそうになりながらも、「わかりました……」と答える。
 レオンは「失礼がないように俺も気を張っておく」と誓うように言う。

 ほどなくして、ルカはリオンたちを連れ、会場の一角に陣取る人々へ声をかけた。
 そこには王都の商人ギルド関係者や貴族の子弟、さらに隣国からの外交官らしき人影もあった。
 その中でも特に目を引いたのは、紺色のドレスをまとい、美しい宝石を胸元にあしらった若い女性――フィオナ・クラウディスだ。

「リオン・アルドレア……会えて光栄だわ。あなたの話、私の国でも聞いているわよ」

 フィオナは涼やかな瞳でリオンを見つめる。
 レオンが思わず居心地悪そうに身を引くほど、洗練された雰囲気がある。
 その態度には、どこか探るような意図も感じられる。

「あなたが石貨を操れるかもしれないと聞いて、驚いたの。一介の雑貨屋の青年が、王都の経済を揺るがす可能性を秘めているなんて……。もっとも、今は『そんな力はない』と言っているそうだけど」

 フィオナはくすりと笑い、ワイングラスを傾ける。
 その様子にリオンは圧倒されつつ、「力なんて大層なものじゃ……」と反論しようとする。
 しかし、周囲の人々も興味津々な視線を向けているため、どう言葉を選べばいいかわからない。

「まあ、噂と実際は違うわよね。ただ、私としてはあなたを危険視しているわけでもないの。むしろ、もし本当に石貨の流通をスムーズにできるなら、それは私の国との交易にもプラスになるんじゃないかと考えていて……」

 その言葉には『私の国の利益』というニュアンスがはっきり見え隠れする。
 外交官として、自国にとって有利な人物を把握し、取り込むのは当然の動きなのだろう。
 しかし、リオンには『取り込まれる』という響きがどことなく重くのしかかる。

 すると、少し離れた場所から別の貴族が「石貨を増やすなんて本当にできるのか?」と口を挟む。
 また別の商人が「建築資材を操れるなら、巨大工事が一気に進むのでは?」と噂話を交わしはじめる。
 リオンが曖昧な笑みを浮かべていると、レオンがさりげなく間に入り「そういう具体的な話はまだ早いですよ」と制してくれる。

 ルカはそのやり取りを愉快そうに眺めながら、「ほらな? 君はもう『超大物』扱いなんだよ。俺たちギルドも、王宮や教会も、そして隣国までも君に興味を持っている。……どうせ避けられないなら、上手く渡るしかないだろう?」と耳打ちする。

 ◇◇◇

 会場の外れ、裏口に近い暗がりでは、ひそやかな会話が交わされていた。

「リオン・アルドレアがいるな。実際に見た感じ、あまり『破壊者』という感じはしないが」
「それはわからない。あの力が本当に開花すれば、王都の秩序を崩す大きな歯車になるかもしれん」

 闇に溶け込むように立つ二人の黒い影。
 まるで盗み見るかのようにホールを覗いているが、その会話の端々から、『暗礁』という言葉が漏れ聞こえる。

「レイラ・アステリス様はどう動くのだ?」
「さあな。興味があるのかないのか。下手に衝突して暴れられたら厄介だ」

 不穏な気配がうごめきながら、彼らは姿を消す。
 王都に潜み、石貨経済を根本から揺さぶろうとする闇の組織『暗礁』は、すでにリオンの動向を注視している。
 その事実を、今のリオンは知る由もない。

 ◇◇◇

 パーティを終盤までやり過ごしたリオンとレオンは、夜風に当たるため会場のテラスへ出た。
 そこここで談笑や音楽が続いているが、二人は少し離れた場所で休んでいる。

「疲れたな……。宰相や教会の面会でも神経すり減ったってのに、今度はギルドと隣国と貴族まで一気に押し寄せてきた感じだ」

 リオンが気の抜けた声でつぶやくと、レオンは複雑な表情を浮かべる。

「お前に近づいてくる人間のほとんどは、自分たちの得になるか、あるいは危険回避になるかで動いてるだけだ。お前が『破壊者』か『救世主』かなんて、彼らにとっては手段でしかないかもしれない」

「そう……かもしれない。俺がこうして王都に呼ばれたのも、誰かにとっては重大な利害があるからなんだろうし」

 リオンはわかってはいるが、やりきれない。
 自分の意思や夢より、周囲の思惑に翻弄される現実がつらい。
 そう思ってうつむくリオンを、レオンはじっと見つめる。

「悪いな……俺が守るなんて言っておきながら、結局、お前は疲れっぱなしだ。いっそ田舎に戻りたいって思ってもおかしくない状況だろうに」
「戻れるなら戻りたいよ。でも逃げてたら、きっともっと面倒なことになる。暗礁とかいう組織が王都を狙ってるなら、下手をしたらオルディナにも影響が及ぶかも……」

 リオンの言葉に、レオンは目を見開く。
 いつのまにかリオンの意識は、単なる自己保身ではなく『町の人々や家族を守る』という大きな視点に向かっている。
 それは、レオンが思っていたよりも強い覚悟かもしれない。
 少しだけホッとしたように、レオンは微笑む。

「そっか。お前、ちゃんとわかってるんだな。なら俺も、もっとしっかりしないとな」
「十分しっかりしてるよ、お前は。俺こそ、ただ流されるだけにならないように気をつけないと……」

 そんな会話を交わした矢先、テラスの向こうからフィオナが足早にやって来る。

「ごめんね、急に。リオン、もし今後王都で暗礁に狙われるようなことがあれば、私たち隣国も協力できるかもしれないわ。もちろん条件次第だけれど、あなたが本当に『破壊』ではなく『創造』の道を選ぶなら、悪い話じゃないと思うの」

 唐突な提案に、リオンは驚く。
 それはまるで「隣国を頼ってくれれば保護する」という趣旨にも聞こえるが、同時に「その力を有効に使わせてほしい」という含みもあるのだろう。
 レオンは複雑そうにフィオナを見遣る。

「リオンは誰にも利用されたくないって言ってるんだ。あんたの国の兵器か何かとして引き込まれるくらいなら、王都にいたほうがまだマシじゃないか?」
「兵器なんて物騒ね。でも、それはあなたたち次第でしょう。私が言っているのは『可能性』の話よ。石操作が破壊をもたらすか、創造につながるか。それを決めるのはリオン自身ですもの」

 フィオナの言葉は柔らかいが、その裏に外交官としての冷静な視点が透けている。
 「私たちはいつでも選択肢を用意しているわよ」というアピールかもしれない。

 リオンは戸惑いつつも、否定はしない。
 いくつもの道があるのだろう。
 しかし、暗礁に絡め取られる危険が日に日に大きくなっていくのなら、いずれ自分もどこかの勢力と手を結ばなければ立ち行かなくなるかもしれない。
 そんな不安と運命の予感が、胸を締めつけるのだった。

 ◇◇◇

 情報交換会は夜が更けるまで続き、リオンとレオンが宿に戻ったのは深夜近くだった。
 くたくたの状態で部屋に入り、ベッドに倒れ込むように腰を下ろす。
 あの豪華なホールや貴族たちの華やかな装い、テーブルいっぱいの食事とワイン。
 すべてが田舎暮らしでは想像もつかなかった光景だ。

「結局……誰を信じていいのかわからないまま、王都2日目が終わったな」

 レオンがポツリとこぼす。
 リオンは苦笑し、床に転がった小石を手に取る。
 指でなぞると、石がかすかに震え、宙をゆらりと浮いてから掌に落ちた。
 地味で小さな現象。
 だが、この力がいま、王都を、あるいは世界を揺るがす『可能性』として見られている。

「でも、なんとなく見えてきたよ。宰相府、教会、ギルド、隣国――それぞれが俺の力をどう扱うか探ってる。暗礁っていう組織がそれをかき乱そうとしてる。もし俺がこのまま流されてしまったら、本当に破滅へ向かうかもしれない。そうなる前に、何か決断しなきゃいけないんだろうな」

 レオンはその言葉にうなずきかけて、ふと口をつぐむ。
 リオンが『決断』の先にどんな道を描いているのか、まだはっきりしない。
 でも、『石操作』を巡る騒動から逃げるのではなく、正面から向き合おうとしているのは伝わってくる。
 それが嬉しくもあり、少しだけ寂しさを含んだ複雑な感情でもある。

「俺は……お前を守るよ」

 レオンが誓うように言い、リオンは疲れた笑みを浮かべて「ありがとう」と返す。
 いずれは『石操作』を自らの意思で使い、誰かを救うか、あるいは破壊に加担するかもしれない。
 そんな重い予感が、リオンのまぶたを突き合わせるように引きずる。
 もう頭は回らない。
 眠りに落ちる寸前、最後に宰相オレストの冷たい眼差しと、セラフィーナの優しい微笑みが交互に浮かんだ。

 ◇◇◇

 夜の帳が降りた王都の一角、人気のない路地裏。
 そこでは先ほどの会場とは違う闇の集いが行われていた。
 黒ずくめのフードを目深に被った者たちが、何か地図のようなものを広げ、低い声で言葉を交わしている。

「リオン・アルドレアがギルドと接触した。宰相府も教会も注目しているようだ」
「わかっている。問題は『破壊』の道へ誘えるかどうか……。奴に手心を加える必要はない。もし利用できないなら排除だ」

 そして、彼らの中心に佇む一人の少女――レイラ・アステリス。
 銀色の髪を首元で束ね、目にはどこか虚ろな光を宿している。
 彼女自身も『石を操る力』を持ち、暗礁に深く関わっていた。

「リオン・アルドレア……同じ力を持つ者がいるなんてね。でも、あの子は『破壊の衝動』に目覚めているかしら?」

 レイラは小さく笑い、足元の石を踵で踏むと、砕けた破片が浮かび上がる。
 宙を舞う石片は、彼女の手のひらへ吸い寄せられ、次の瞬間にはパッと散弾のように四方へと飛び散った。

「教会や宰相がどう動こうが関係ない。私は私のやり方で、『破壊』を成就するだけ」

 そう言い放つ彼女の瞳には、狂気にも似た強い意志が宿っていた。
 周囲の男たちは息をのむように沈黙する。
 レイラこそ、暗礁が抱えるもう一人の『石操作』であり、圧倒的な破壊力を秘めた存在なのだ。
 もし彼女とリオンが対立することになれば、王都どころかこの国全体を巻き込む災厄が起きるかもしれない。

 かすかな笑い声を残して、レイラは闇に溶け込むように姿を消す。
 誰もが気づかぬうちに、しかし確かな脈動をもって『破壊への道筋』が作られていく。
 王都の夜は静かに深まるが、その裏で激しい暗流が流れ出す気配があった。
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